姫彼岸花
君と出会ってからどれくらいがたっただろう。
いつも通りの日だと思っていた。
『ねぇ。』
僕を呼ぶ声が震えているような、今にも泣き出してしまいそうな声に聞こえた。
「どうしたの?」
動揺を隠しきれていない声で聞き返すと、
『もう、ね。会えないんだ。』
君は静かに、そういった。
秋を彩るネリネ。
美しい彩りの花が、晴れぬ君の顔にこたえるように咲いていた。
出会ってから幾度目かの秋。
会うは別れの始めとは言うが、共に過ごしていた時間の中では、別れの事など考えてもいなかった。
ずっとそばにいれると思っていた。
君が好きだから、君の好きな花を好きになったんだ。
まるで、空を映す水面のような、僕の心に響いた。
紅葉が宙を舞い、そして、水溜まりに落ちた。
水溜まりに写った空が、静かに揺れた。
いつから、君の事が好きになったんだろう。
泡沫の夢。これからもずっとそばにいてほしいと。
ようやく伝えられると思ったんだけどな。
それなのに、もう会えないんだ。
分かっている。分かったつもりなんだ。
心にそう言い聞かせても、駄目だ。気持ちが追いつかない。
それでも別れはやってくる。
なら、言わなくちゃ。お別れの、言葉だけは。
「またさ、いつか会える日が来るよ。」
僕の声は震えていた。
「だからさ。その時まで、さようなら。」
そう言って君にネリネを渡した。
「きっと、時間がかかるだろうから。だからさ、今度また会えたら、君の話を聞きたいんだ。」
約束を。ありきたりだけど、僕たちにとっては、かけがえのない約束を。
「君が見てきた景色を、君が聞いてきた音色を、君が出会ってきた人達の話をさ。」
涙を堪え力強く言う。
「日が昇って、月が出るまで。僕に話してよ。」
「さようなら。愛しのイヴ。」