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終ノ夜  作者: 風戸輝斗
序章
3/29

3 『決意』

「なあタカ」

「ん」


 放課後を目前にして騒がしくなった教室の中でも、その澄んだ声ははっきりと聞こえた。


「どうした陽介」


 (あお)(やま)(よう)(すけ)は、慎吾と同様に悠一とクラスでとりわけ仲のいい人物だ。悠一のことを『タカ』と呼ぶ人物は陽介の他にいない。

 陽介は眼前の椅子におもむろに腰掛けると、茜色の夕空を見据えた。


「いいよなこの席。一番後ろでおまけに窓際。景色を堪能しながら、内職し放題じゃないか」


 赤みがかった髪が夕風にたなびく。薄茶の瞳を細めて空の彼方を見つめるその姿はどこか悲壮感を漂わせていて、なんでもない仕草のはずなのにやたらと絵になっている。

 この瞬間を切り取ってTVで放映しようものなら、陽介が一夜にしてスターになること間違いなしだ。陽介がこんな田舎に生まれてしまったことが残念で仕方ない。


「平等ってなんだろうな」


 視線を窓の外にやり、頬杖をついて悠一は呟く。


「唐突になんだよ。寝惚けてんのか」

「いいや。青山は恵まれてんなと思ってさ」

「なんだ嫉妬か?」


 可愛い奴めなんて言いながら、陽介が嫌な笑みを浮かべている。

 少しイライラしてきたから、仕返しとして陽介の頬を抓ることにした。


「いりゃりゃ。りゃめでぐれよちゃか」

「こんくらいのハンデがないと、僕は青山に勝てないからな」

「にゃにとちゃちゃかってるんだよ~」


 美貌を崩そうと試みて頬を抓ったのだが、陽介の顔はまるで不細工になっていない。もち肌だからか、抓ってもあまり影響を受けないようだ。

 芳しくない成果にため息をつきながら、手を離して悠一は問いかける。


「で、なんか用か」


 ぶっきら棒に言うと、陽介は頬を摩りながら答えた。


「あっ、そうだった。タカさ、山吹さんとなんかあった?」

「え……」


 悠一と陽介の間でその名前が挙がるのは初めてのことだ。

 彩里からの手紙の一件を話していたのなら、話題に上がってもおかしくないのだが、悠一は陽介にそのことを話していない。だから、このタイミングで彩里の名前が挙がるのは不自然なことだった。

 しばしの沈黙の後、陽介は片方の口の端を得意気に釣り上げた。


「これはビンゴだな」

「……ああ、その通りだよ。けどさ、どうしてわかったんだ? 僕は青山に今朝のことを話してないぞ」


 勘のいい陽介だ。隠しても無駄だと思い、悠一は陽介の言葉を肯定した。

 ただし、今朝『なにが』あったのかはぼかして。


「どうしてもなにも、今日一日、タカが山吹さんの方ばっか見てたからだよ」

「……」


 探偵めいた発想も数知れない陽介だから油断できないと身構えたが、どうやらその必要はなかったらしい。原因は九分九厘、悠一にあった。


「まさか僕の挙動を逐一確認したりしてないよな?」

「してないしてない。タカは僕をなんだと思ってるんだ」

「モテ男」


 反射的に答えると、陽介は一瞬たじろいで苦笑した。


「慎吾もよく言うけど、言うほど僕モテてないからな? 彼女いないからな?」

「青山に鈍感っていう欠点がなければ、きっとハーレムができてたんだろうなあ」


 性格、容姿、共に文句のつけようがないのに、鈍感だから好意に気づかない。熱烈にアプローチされても、まるで好意に気づかない。陽介は筋金入りの鈍感王子なのだ。


「ハーレムなんてごめんだよ。お姫様は一人で十分だ」


 その癖、こんな王子様染みたことをなんでもないことのように言うのだから性質が悪い。陽介の会話相手にしてみれば、完全に不意打ちだろう。好意を抱いてしまうのも納得だ。

 陽介に恋心を抱く無数の女子に同情を寄せていると、教室のドアが開いた。


「帰りのホームルーム始めるぞ。席につけ~」


 担任教師のしまりのない声を機に、クラスメイトが続々と自席に戻っていく。

 陽介は不満げな表情で「帰りに絶対聞き出すからな」と言い残すと、足早に去って行った。


「そう言われたら、普通待たないよな」


 去りゆく背中に小さく呟いて右斜め前を向く。視線の先にいるのは山吹彩里だ。

 藤色のショートボブと黒縁の丸眼鏡が特徴的な彼女。友達は少なく、空き時間はほとんど読書をしている。春休み明けの課題テストの日の早朝も読書に勤しんでいたから、相当に本が好きなのだろう。


 ――あの山吹さんが僕を、か。


 内向的な彼女が悠一に手紙を贈ってきた。

 今夜十二時に学校に来てほしいと。

 どうして彼女が? どうして十二時に? どうして窓が施錠できないと知っていた?

 不可解な疑問点はいくつかあるが、行かないという選択を取るわけにはいかない。

 告白というのは悠一の希望的観測にすぎないのかも知れないが、それでも彩里がなにかを伝えたくて手紙を贈ってきたというのは紛れのない事実だ。

 恐らく、彩里は手紙を下駄箱に忍ばせる際に葛藤したと思う。迷いに迷ったと思う。

 だから、悠一は本気で彩里の思いに答えなければいけない。

 本気の思いには本気の思いで答えるのが道理だから。

 担任教師の言葉を流し聞きながら、視線を藍と橙のグラデーションで彩られた空に向ける。飛行機雲の架かった空。西日は少しずつ厚い雲に閉ざされ、街に影を落とし始めている。

 季節は五月。出会いの季節といっても、まだ差し支えのない季節だ。

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