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第29話

 速い!

 一瞬、消えたように見えた鞭が頬をかする。


「この速度はかわせまい!」


 嗜虐的な笑みを見せて再びマドリックが鞭を振るう。

 炎のくせに唸りをあげて宙を斬り裂き、その先端が捉えどころのない動きで迫る。


「そうでもないさ!」


 確かに目では追えないかもしれないけど、マドリックの腕が振り下ろされる動きや鞭が空気を切り裂く音さえあれば避けることはそれほど難しくない。そして鞭というのは剣や斧のように線をたどる攻撃ではなく、特定の目標へ叩きつける点の攻撃だ。タイミングさえわかれば回避するための動きも最小限ですむ。


 小さくステップをして身体の位置をずらすと、さっきまで僕が立っていた場所へ鞭が叩きつけられた。


「何だとっ!」


 かわされるとは思っていなかったのか、マドリックが見せたわずかな隙をついて距離を詰める。


 そのまま天則式を発動して叩き込もうとしたが、敵もさるもの。すぐさま紫炎で盾を作り出して攻撃を防いできた。

 盾で隠しきれていないマドリックの足もとを狙って足払いを仕掛けるが、それも新たに作り出された小さな盾で防がれてしまう。


「なるほどね!」


「なにがなるほどだ!?」


 小さくつぶやいた僕の言葉へマドリックが律儀に反応する。


「こっちの話だよ!」


「そうか!」


 ならば勝手にしろと言わんばかりにマドリックが至近距離から紫炎の槍を突き出した。盾から槍へ瞬時に変化した紫炎が僕の首を狙うが、それくらいはこちらも想定の範囲内だ。式装のひと振りでそれを弾くと、紫炎が今度は剣に形を変え僕に向かって振り下ろされる。避けるには遅いと判断して刀でそれを受け止めた。


 重い。天則式で強化していなければこちらの方が折れてしまいそうだった。

 こうも瞬時に武器が変化するのはやっかいだな。


「だけど!」


 強化が有効な今なら押し切れる。僕はそのまま力任せに刀を押しやりマドリックの紫炎を斬り裂く。


「ちいっ!」


 今度はマドリックの方が僕から距離を取る。

 追撃しようと踏み出した瞬間、マドリックの紫炎が小さないくつもの塊に分裂し、無数のトゲに変化した。爆発するかのようにそのトゲは先端を伸ばし、僕の身体を突き刺そうと襲いかかる。


 避ける?

 いや、数が多すぎる。


 後退する?

 いや、今さら前に踏み出した身体はそう簡単に止まれない。


 切り払う?

 いや、刀一本で切り払える範囲はしれている。


 いくつかの選択肢を瞬時に捨て去り、僕はとっさの判断で倒れこみながら刀を地面に叩きつけた。


 天則式を使って大地を削ることはできない。しかし天則式で強化された式装の一撃は大地をえぐり取るに十分な威力を持っていた。

 爆発を伴ってめくれ上がった岩石混じりの土が、暗幕のように紫炎のトゲから僕の身体を隠し包む。


 もちろんマドリックの紫炎がその程度で防ぎきれるわけもないが、多少の時間稼ぎにはなる。僕にとってはそのわずかな時間さえあれば十分だ。迫り来るトゲの中から急所へ直撃しそうなものだけを優先的に切り払う。


 全てを切り払うことはできない。足に三本、腕に二本が突き刺さる――かと思えば天則式によって強化された僕の身体が思った以上に強靱だったのか、それとも無数に分割された紫炎の威力が弱くなっていたのか、トゲは僕に大した傷も与えることなくポキリと折れてしまった。


 さすがに無傷とはいかないが、せいぜい尖った石をぶつけられた程度の傷だ。目や喉にさえ食らわなければ何の問題もなさそうだ。


「な、んだと……?」


 むしろマドリックの方が驚いている。いくら威力が弱いとはいえ、ちょっとした切り傷程度しか与えられないとは思ってもみなかったのだろう。


 なるほど、だいたいマドリックの底が見えてきた。

 マドリックの戦闘スタイルは少し変則的だ。武器や防具を身につけず、紫炎という特殊な攻撃によって相手に近寄る機会も与えず中距離から一方的に攻撃する。


 だけど見た目で勘違いしてはいけない。その外見から錯覚しそうになるけど、紫炎の本質は揺らめく炎のように定まった形を持っていないことにある。言うなれば変幻自在に形を変える武器が紫炎なんだ。


 鞭が頬をかすったときにわかったことだが、紫炎は炎ではない。一見炎のように見えるけど、実は触れても全然熱さを感じない見た目だけの炎だ。天則式を食らっても影響されないことから考えるに、マドリックの身体と連結しているわけでもない。また、実際の感触は金属のように硬く物理的な干渉が可能な点からも、その姿が炎に見えるだけで単に形状が変化する武器と考えた方が良さそうだ。


 しかも一度に複数の形状を保つことはできず、小さく分割するほどその威力は減少していく。その上、速度は十分対応可能な範囲とくれば……。


「なんだ、大した事ないじゃないか」


 舐めきった僕の言葉にマドリックの目つきが変わる。


「ふんっ。なにか勘違いをしているようだな。まあ、人間というのは現実を受け入れる能力が欠如しがちだからな」


「そうかな?」


 再びマドリックが放つ無数のトゲを、今度は顔と首だけ防御しながら無視して飛び込む。いくつかのトゲが命中するが、強化した僕の身体には小さな傷しか与えられない。

 接近されたマドリックは紫炎で剣を形作ると、それを手に持ち僕を迎え撃とうとする。


「人間を舐めすぎだよ!」


「ぬかせ!」


 赤い輝きを放つ刀で僕はマドリックの腕を狙う。その攻撃を紫炎の剣が阻むが、お構いなしに力一杯振り抜いた。

 渾身の一振りは紫炎の剣を砕き、その勢いのままマドリックの腕へ手傷を負わせる。


「ぐうっ……!」


 慌てて距離を取ろうとしたマドリックに食い下がり、さらに斬撃を見舞う。

 対するマドリックは紫炎の槍を作り出して何とか僕を下がらせようと放つが、動揺しているのか狙いが定まらない。半分は避け、半分は刀で斬り捨てながら追撃を続ける。


「に、人間ごときが……こんな!」


「人間がいつもいつも狩られるだけの存在だと思うな!」


 守りに入ったマドリックの盾を切り裂きながら、さらに距離を縮める。


「わ、私は序列三位の天魔だぞ!」


「だからどうした! しょせん三位だろうが!」


 逃げるマドリックに追いつき、その腕をようやく捉える。


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