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第26話

「その代わりに頼まれたの。勇者をやって欲しいって」


「勇者? 臆病者になるなってこと?」


 勇気ある者、それを称える言葉が勇者だ。だけどそれは行動の結果に向けられる称賛の言葉であって、自ら目指すようなものでもなければ意識してなるものでもない。


「ううん、そうじゃなくて。わたしの前世では――あ、空想上の話なんだけどね、勇者っていうのは力のない人たちを守ったり、悪人に立ち向かったり、強大な力をもつ魔王を討伐したりする人のことを言うの」


「魔王? 天魔王とは違うの?」


 また知らない言葉がサーラの口から出てきた。


「うん。魔王も勇者と同じで空想上の話。敵の親玉みたいな意味かな」


 天魔王と大して変わりない響きだし、ある意味天魔王も天魔の親玉みたいなものだから意味としては似たようなものなんだろう。


「だからね。わたしは転生させてくれた神様へのお礼――って言ったら変だけど、ちゃんと役に立ちたいの。チートももらったし。あ、チートっていうのはすごい能力のことだよ。わたしの場合は学習能力や成長能力が大幅にアップするの」


 は? チート?

 よくわからないけど、サーラがやたらと飲み込み早いのはそれのおかげなのか?


「天魔を倒してみんなを守る、それがこの世界に転生したわたしの役目だと思うんだ。だからね、お兄ちゃん。わたし行くよ。お兄ちゃんがついて来てくれるならすごく嬉しいし心強いけど、たとえひとりだったとしてもわたしは行くから」


 転生したサーラの役目? もしかして……八年前、サーラがたったひとりでイスタークのいる前線都市に向かったのはその役目とやらがあったからか?


 正直妹のカミングアウトが衝撃的すぎて僕も混乱しているのがわかる。


 転生者?

 前世の記憶?

 勇者?

 魔王?

 チート?


 ちょっと考えを整理する時間が欲しいけど、今はそれが許される状況じゃなかった。サーラに関するあれこれはあとでゆっくり考えるとして、とりあえず今は対マドリックの戦いに意識を向けるべきだろう。


 問題はサーラを連れていくかどうかだけど……。

 まあ、実際のところ結論は出ているよ。このままサーラを置いて行ってもどうせ後からひとりでついて来るだけだろうし、それだったら僕の目が届く場所にいてもらった方が安心する。戦力としても今のサーラは十分頼りになるし、マドリックへは僕が当たれば良いだろう。


「……わかったよ。いや、正直転生うんぬんについてはまだちょっと困惑が抜けきらないけど、サーラの気持ちは十分にわかった」


 僕に守られなきゃ危なくなるほどサーラは弱くない。だったら戦力が増えたことを素直に喜ぼう。


「僕と一緒に行こうか。ふたりでさっさとマドリックを倒して戻って来よう」


「うん! わたしとお兄ちゃんのふたりならきっと大丈夫だよ! 鬼に金棒! 虎に翼だね!」


 妹の笑顔がまぶしい。幼い頃、「これで畑の収量アップ間違いなし!」とか言いながらわけのわからないものを畑の土に混ぜ込んでいた時と同じ顔をしているよ。

 今思えばあれも前世知識で何かやっていたんだろうな。実際あれからうちの畑は妙に収穫が増えていたし。


 でも、翼って何なのかな? どうせサーラの前世知識なんだろうから、気にするだけ無駄か。


「まったく、君たちふたりは……」


 たっぷりと呆れのこもった声が暗い夜道から聞こえてきた。

 不意のことにもかかわらず、僕もサーラも警戒をあらわにすることはない。その声が普段聞き慣れたものだったからだ。


「ミリアさん……」


 ゆっくりと進み出て姿を現したのは部隊のリーダーにして僕とサーラの上官でもあるミリアさん。その後ろには重傷者をのぞく部隊の仲間がそろっていた。


「毎度毎度無茶をするやつだとは思っていたが、まさかマドリック相手にふたりで乗り込もうとするほど無茶だとは思っていなかったぞ」


「どうしてわかったんですか?」


「気付いたのはテミスだ」


 ミリアの横にテミスが進み出てくる。


「サーラの部屋に行ったら姿が見えなくて……、ノアの部屋だろうと思って行ってみれば貴方の姿も見当たらないじゃない」


 テミスが責めるような視線を僕らに向けてくる。


「たまたまだとは思わなかったの?」


「何年一緒に戦ってると思ってるのよ。貴方とサーラが考えることなんて、決まってるでしょ」


 果たして喜んで良いのか悪いのか。僕がサーラの考えなどお見通しだったのと同様に、僕らの行動もテミスには見抜かれていたらしい。


「テミスの言う通りだったか。本当に君たちは困った部下だよ」


 困ったと言いながらもどこか満足そうな顔をミリアさん見せる。


「……止めに来たんですか?」


「本来なら止めるべきだろうな。持ち場を離れて前線都市を抜け出すとなれば敵前逃亡罪を適用されてもおかしくない。だがまあ、止めはせんよ。逃げ出すわけではあるまい」


 それは助かる。

 普通に考えればたったふたりであの天魔に突っ込んで、さらに序列三位の化け物を討ち取ってこようなどと、何の寝言かと一笑されるだろう。やめておけと言われるのは当然のことだし、それを命令する権利もミリアさんにはある。


 だけど少なくともミリアさんやテミスからは僕を引き留めようとする気配は感じられない。それは良いのだけれど……。


「まさか一緒に行くとか言いませんよね?」


「これでも部隊を預かる身なのでな。そんな無謀な戦いへ死ぬとわかって部下全員を巻き込むわけにもいかん」


「じゃあ――」


「だが作戦の一環として夜間奇襲による攻撃くらいならば上層部も否とは言うまい。実際、攻められっぱなしでは戦況も悪くなる一方だ。流れを変えるためにもこちらから攻勢に出る必要がある。たまたまそれを我が部隊が担当し、たまたまふたりほど戦いの最中ではぐれてしまうというだけの話だ」


 片唇を上げ、男性よりもむしろ女性から黄色い嬌声を浴びそうな笑みでミリアさんは言い放った。

 ハッキリとは口にしないが、それはつまり僕とサーラが少しでも天魔の目を逃れられるよう、陽動の役目を引き受けてくれるということだ。


「ミリアさん……」


「我々は敵の最も少ない第三門から打って出て、多少なりとも暴れるつもりだ。その結果、敵が第三門に集まって他が手薄になる可能性はある。あとは君たち次第だろう」


 どんな男よりも男前なことを口にするミリアさんに、僕はただひと言を口にするのが精一杯だった。


「……すみません」


「謝るのは私の方だ。……戻って来いよ」


「はい」


 ミリアさんとの話が一区切りしたところでテミスが近付いてくる。


「サーラ、ノア……。きっと私じゃふたりについていっても、足手まといになるのがわかってる。だから一体でも多くの天魔を引きつけられるように、みんなと一緒に陽動の方へ回るわ」


「大丈夫、任せといて! テミスの分も頑張ってくるから!」


 僕の代わりにサーラが妙に元気良く答える。


「ひとりで突っ込んじゃだめよ。ノアから離れないよう気をつけてね。強そうな敵は全部ノアに任せて無理はしないのよ。ちゃんと触媒の残りを意識しながら式装しきそうを使うようにね。あとは、あとは……」


「あはは。テミスったらお母さんみたいだよ」


「だって……だって」


 言葉に詰まったテミスがサーラに抱きつく。


「ちゃんと帰ってきなさいよ。絶対だからね」


「うん。大丈夫だよ。お兄ちゃんが一緒だもん。ちゃんと帰ってくるから」


 サーラもテミスの背中に両手を回して抱擁を受け止めた。お互いの温もりを惜しむようにギュッと抱きしめる。


「だからテミスも無理はしないでね。ミリアさんやみんながついてるから大丈夫だと思うけど」


 逆にテミスの身を案じるサーラへ仲間たちが口々に反応する。


「わかってるじゃないか、サーラ!」


「俺たちだってそう捨てたもんじゃないってところを見せてやるよ!」


「陽動はオレらに任せとけ!」


「しっかり天魔どもを引きつけて、ついでに数も減らしておくからな!」


「だからあんたたちもちゃんと帰ってきなさいよ!」


 仲間たちだって数々の戦いをくぐり抜けてきた精鋭の戦士や天則式者たちだ。下級天魔相手ならひけはとらないし、ミリアさんが指揮を執るのだから引き際だって見誤ることはないだろう。


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