第三章41 『救いのない世界』
――起きて! 起きて!
どこかから声が聞こえた。精神世界で聞いたアイネスの声だ。向こう側から干渉してくるって事は、現実世界は大変な事になってるのだろうか。
確か、ティアルスはイルシアを連れ戻した後に刃が胸を貫いて、その後は――――。
――起きないとみんなが死んじゃう!!
――っ!
その瞬間に目を見開いた。そうだ。起きないと、みんなが主催者に殺されちゃう。
だから体を動かそうと思ったのだけど上手く動かない。――いや、動けなかった。
目の前に映ったのはイルシアの世界とは全く異なった世界。足元にある岩盤は地平線の彼方にまで繋がっていて、空はペンで塗り潰したみたいに真っ暗だった。
そんな中にティアルスは立っていたのだけど、ティアルスだけという訳でもない。その他にも数人の人影が確認出来た。誰なのかは分からないけれど。
その人達は互いに十人で睨み合っていた。
どうして睨み合っているのかは分からない。けれどその間に因縁みたいなものを感じていた。
――ティア!!
ふと聞こえるクロエの叫び声。
必死に呼びかけては今にも引き千切れそうなくらいのか細い声でティアルスを呼びかけてくれる。そんな声に引っ張られて意識は呼び戻された。
――さぁ、行って!
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
ティアルスとイルシア。二人に前後から真意で斬られたリヒトーの体からは大量の血が溢れ出る。彼は起き上がったティアルスに対して驚愕していたみたいだけど、イルシアがその隙を見逃す訳がなく、直後に全力の振り払いを受け止めたものの途轍もない威力で吹き飛ばされた。
やがて刀を杖に寄りかかる。
「ティア、大丈夫なの!?」
「ああ、何とか」
――みんなに背中を押されて、奇跡的に動いたに過ぎない。真意を抜けばすぐに動けなくなるはずだ。これ以上戦闘を続ければ命の保証はない、けど……!
奴がこんな程度でやられるはずがない。いくらイルシアが強くたって、今は一人じゃ勝てないはずだから。誰かがイルシアを支えてあげないといけない。
けどこんな状態のティアルスにそんな事が務まる訳がなくて。
「ティア、もう――――」
その時、二人の前にクロエが背中を向けて立ちはだかった。
たったそれだけで自分の意志を表してみせたクロエは、何の迷いもない剣先を奴に向ける。
「もう、二人は傷つけさせない」
「クロエ……」
びっくりした。前までのクロエならこんな事はしなかったはずなのに、今は微かな躊躇すらもなく守ってくれているのだから。きっとここに来るまでで何かが変わったのだろう。
するとその剣先を見た奴は言う。
「まさか、起きて来るとは思いませんでしたね……」
「……もう、イルシアには何も失わせたくないからな」
真意は使えば使う程反動が大きくなる。けど今はその真意を持続させないと動く事が出来ない。だから、無理を押し通してでも体を動かして見せる。
でも奴は不敵な笑みを浮かべて。
「失わせたくない、か……。けどもう遅いですよ」
「遅いのはあんたの方よ。オルニクス」
オルニクス……。そうか、それが奴の名前なんだ。
イルシアはそう言いながら力なく瓦礫に横たわる奴を見る。何か狙いがあっての事なんだろうけど、魔眼が反応してしまう。その言葉は決して嘘じゃないと。追い詰められているのはこっちなんだって。
――奴の狙い。それに気づいたけど時既に遅く。
「いいえ。その台詞、そっくりそのままお返しします」
直後に飛んで来た剣を全力で弾き返した。その音に周囲を見たイルシアも気づく。遅かったのは本当にこっちの方だったんだって。
いつの間にか周囲を囲んでいた数え切れない程の軍団。それらを見て驚愕する。
「私の使役する大罪教徒の全勢力です。新たな大罪が生まれると聞いて駆けつけて来てくれたんですよ」
「嘘……。なに、この数……」
その数を見てクロエが驚愕のあまり目を見開いていた。けど普通ならそうなる程の数だ。見ただけで数百……いや、千を突破していてもおかしくない。
全員がボロボロでもう戦えそうにないのに、こんな数を相手にするとなったら確実に――――。そこまでしてイルシアを取り込みたいって事は分かったけどやっぱり納得できない。
するとオルニクスは呟いた。
「私は、何としてでも目的を達成しなきゃいけない。例え大勢の人の夢や希望、約束、誓いをへし折ってでも、それでも前に進まなきゃいけないんだ」
「オルニクス……」
「だから私は諦めない。だから……諦めて下さい!」
その言葉を合図に全員が動き出す。イルシア以外の全員を殺す為に。
――オルニクスにも絶対に譲れない信念がある。それは十分と理解出来た。けど、それはこっちだって同じだ。オルニクスがティアルス達の信念を打ち砕いて願いを叶えようとするみたいに、こっちだって譲れない物がある。
だからこそ刃を振り払って前方の黒装束を吹き飛ばす。
次々と迫って来る白装束はクロエの真意によって吹き飛ばされ、二人でイルシアを守る形で敵を一振りで圧倒する。
……体が悲鳴を上げた。けれどもう絶対に立ち止まる事は出来ないから。
全力で抗いつつも叫ぶ。
「絶対に諦めない! 何が何でも諦めるもんか!!」
「その通り、私達は絶対に止まらない!」
今イルシアを単独で戦わせればいずれ倒れてしまうだろう。でも、だからと言って残った大人組と同期組、そしてサリーとリサはリヒトーの相手をしているから増援は望めない。
つまりどっちからここで敵を受け止めイルシアの援護をする事くらいしか――――。
「クロエ、イルシアを頼む!」
「えっ!?」
「今のイルシアを援護できるのはクロエしかいないんだ! 頼む!!」
そうは言ってもクロエだってティアルスの傷を知ってる。だから到底離れられないのを知っていたけど、それでも今はこれしか方法がないと思った。
迷って当然だ。ティアルスだって同じ立場だったら絶対に迷うだろう。
でも何とか頷いて既に戦っているイルシアの元へ駆け寄ろうと足を動かした。
その時だ。大きな爆発と共にイルシアが神殿の方まで吹き飛ばされたのは。
「え――――?」
何が通り過ぎたのかさえ分からない速度で真横を通った。やがて吹き飛ばされた方角を見ると、その先には自身から出る血で塗れたイルシアが倒れていて。
その姿を見た途端にティアルスの口からは声が零れる。
「いるし……? ――イルシア!!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
薄れる意識の中でティアルスとクロエの声が届く。その声を頼りに自分の意識を手探りで掴まえていると、いつの間にか目の前まで接近して来たオルニクスが呟いた。
真っ赤な雲を背後にして。
「――選びなさい。醜く抗い皆を殺されるか。潔く諦めて皆を助けるか」
「っ……!」
突如投げかけられた選択に困惑する。
出来る物なら後者を選びたいけど、そうすればティアルス達が絶対に抗う。だからと言ってイルシアが抗えばオルニクスはイルシア以外を殺すはずだ。
みんなを護りたくて英雄になりたいイルシアにとってはどっちも選べない選択で。
――どうすれば。どうすればみんなを護れて、こいつを倒す事が出来る……?
これもオルニクスなりの慈悲なんだろう。憧れや夢を諦めるか仲間と共に憧れを追ったまま消えていくか。どっちも嫌な事だけどもう選択の余地はない。
けれど、不敵に微笑んだままのオルニクスは言う。
「まあ、行く道はみんな同じですがね」
「何を……?」
「そこで見ていればいいですよ。みんなが死ぬ様を」
「……ッ!!」
そうして血の刀を生成して歩み寄っていった。黒白装束に今にも殺されそうになっているみんなに。だからそれをさせない為に体を動かそうとするけど微塵も動かない。
ただ指先が微かに動く程度。
――そんな!?
「待て! 待って!!」
叫んでもオルニクスは止まらない。イルシアの反応を楽しそうに横目で見つめながらも刀を振り回し歩いて行った。
駄目だ。今行かせたら絶対に駄目だ。
奴なら本当に殺すだろう。でも、そんな事させたくなくても体は微塵も動かなくて――――。
するとある意味父の仇でもあるオルニクス相手にサリーとリサが飛び込んで来た。互いに凄まじい連携で攻撃を仕掛けるも全く届かない。それどころか反撃を食らって更に血を流すだけ。
リヒトーを相手にするみんなだって黒装束の加勢で一気に連携が乱され、体が切り刻まれては血を吹きだす。
そしてティアルスとクロエは今にも死にそうなくらい追い詰められていて。
――動け……!
今この現状を助けられるのはイルシアだけだ。ここで動けなきゃみんなは死にイルシアの憧れは打ち壊され、オルニクスの思った通りに事が進んでしまう。それだけは絶対に嫌だ。
でもどうしても動かない。
――お願い、動いて……ッ!!!
この異変を引き起こした原因はイルシアなんだ。なのに自分の手で終わらせる事さえも出来ず、それどころか自分すらも終わりそうになってるだなんて。
みんなの悲鳴が聞こえる。
絶望の声が聞こえる。
今まで何度も聞いて来た絶望の声が。
何も守れないのだろうか。今回もまた前みたいに、大切な存在を自分が関わったせいで殺してしまうのだろうか。自分が《虚》であったから。
この場が絶望で覆い尽くされる。
絶対に救いは訪れない。与えられるのは希望さえも届かない深く暗い絶望の底だけ。あの時に知った、救いのない世界―――――。
その時、ティアルスの声が響き渡った。
「――諦めるな!!!!」




