第三章40 『1人じゃない』
「シファー! アルスタ!!」
「普通の人間なら最強格なんでしょうけど、やはり柔いですね。ますます貴女の化け物っぷりが伺えます」
傷一つなく二人を完膚なきまでボロボロにした奴は軽く服をはたきながらも言う。残った大人組なら五回は殺せると思ったのだけど、服の傷すらもない奴は余裕そうな笑みを浮かべた。
すると大事な事を思い出したかの様に手を叩いて改まる。
「そうだ。まだ名乗ってませんでしたね」
「それ、今必要?」
「なぁに。余裕ですよってアピールです」
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていると、すぐに空気を入れ替えて自己紹介を始めた。背景が血塗れの神殿っていう状況なのに、何故かそれが彼にはとっても似合ってて。
「――新・大罪教徒、司教。オルニクス」
「オルニクス……」
ようやく知れた奴の名前を小さく繰り返す。初めて聞いた名前だけど妙に聞き覚えがある気がして考え込んだ。まあ、多分だけど遥か昔に聞いたのだろう。思い出せないけれど。
そう考えていると横の壁を撃ち抜いて残ったみんながゾロゾロと入って来る。
「イルシア! ……って、あれ?」
「ティア!?」
大人組はイルシアが自我を取り戻している事に気づき、同期組はティアルスが今にも死にそうな事に気づいてすぐに駆け寄った。そんな中で鋭く言う。
「聞きたい事は後で話す! それよりも今はあいつらを……!」
「分かった」
するとえらくボロボロになった大人組が肩を並べる。
まあ、肩を並べると言っても現状を見れば自分がどうするべきかだなんて明確だ。イルシアは刀を握り締めるとみんなに伝える。
「みんなはリヒトーをお願い。私はオルニクスをやる」
「イルシア!?」
「それしかないの。今のリヒトーは弱ってるからみんなでも倒す事が出来る。けど、あいつは……」
「……分かった」
遠回しにみんなじゃ弱いから倒せないと伝える。実際に全員で戦っても傷一つ付けられなかったらしい相手だ。言い方は少し悪いけど、みんなより群を抜いて強いイルシアの方が互角に戦える。
それを承知したリークは敵から奪った武器をリヒトーへ向けた。
残った大人組も同じ様にして構える。
ある程度意向が決まった所でそれぞれが戦う相手に武器を向けると、大体の状況を把握したオルニクスが余裕そうに「ほぉ~」と呟いてから動き始めた。
懐から小瓶を出すと真後ろにいたリヒトーへ渡す。それを見た瞬間に奴の血だと判断した全員が即座に駆けだした。
「させないッ!!」
「おっと」
でもオルニクスはエスタリテの攻撃を防ぐ。その隙にロストルクとリークがリヒトーへ襲いかかり、残ったシファーはがら空きになった胴体へ全力の攻撃を叩き込もうと刃を振りかざした。
しかし血の刃が一瞬にして液状化し、落ち始めたかと思いきやもう一度刀の形となり、逆手もちとなったオルニクスの刃は片腕だけでもシファーの攻撃を受け止める。
「なっ!?」
「言ったはずです。まだまだ遅いと!」
そうしてもう一度液状化させ持ち変えると脳天に向けて刃を振りかざした。
――けど、それを指せない為にイルシアがいる。
「――――ッ!!!」
振りかざした刃を全力で弾き飛ばす。同時に真意を乗せた足で蹴り飛ばし、ついでに血の入った小瓶を切り裂いてその場を去った。
そのまま起き上がる隙も与えずにつば競り合いにまで持ってく。
「あんたの相手は私! 無視する様ならまた殺してあげるけど」
「それなら何回でも復活するまでです!」
すると急に増加した力でイルシアを吹き飛ばす。背後じゃリヒトーと大人組での激戦が繰り広げられているけど、それよりも一層と激しい剣戟をたった二人で繰り出して見せる。ティアルスの時の様な剣戟を。
互いに一切の妥協を許さない剣戟――――。
刃が掠り血が飛び散るのも気にせずただ一心不乱に刃を振り続けた。
「はああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
一瞬の隙が見えれば即座に真意を乗せた攻撃を叩き込む。だから渾身の力でオルニクスの胴体を撃ち抜くのだけど、再生能力が桁違いな彼はすぐにその傷を再生させてしまう。
すると刃が突き刺さったまま再生させ皮膚にくっつけたオルニクスは刀身を握り締めると顔を近づけて言う。
「つ~かま~えたっ」
「――――!?」
直後に目の前から爆発が起こって吹き飛ばされる。それも神殿の壁を撃ち抜き外の森へ放り出されるくらいまで。あの時までの威力とはいかないものの、それなりのダメージを負ってしまったから動きが遅くなってしまう。
だからすぐに近づかれ殴られる。
「やっぱり強さは同じでも種族の差が勝敗を分けますね。貴女は人間で私は吸血鬼。人間は傷つけば治りは遅いし体が動かなくなる。けれど私はいつの間にか貴女に斬られた手首もこの通り」
そう言って斬り落とされた……っていうよりかは真意で消飛ばした手首を即座に再生させる。腹に刺さっていた刀を引き抜いて血を払うと刀身を持ち柄を差し出して来る。
「ですが、ここまで心の奥底から燃えそうになったのは数百年ぶりです。――まだ死なないでくださいね」
「……要するに楽しませろって事ね。ホント、余裕そうな顔が腹立つ」
イルシアは柄を掴んだ瞬間から真意を発動させ刀を振る。けれど同時に地形変動を起こさせたオルニクスはバランスを崩したイルシアを蹴り上げた。
でも、その時には既に片腕が消滅していて。
「おお」
「舐めない方がいいわよ。その楽しさが絶望に変わる時も近いから」
綺麗に着地したイルシアは傷口を押さえながらもそう宣言した。絶望に変わる時も近いとは言っても、それはきっとそっくりそのままお返しされるだろう。万全の状態でも負けた相手なのに、手負いの状態で勝てる訳がないだろうから。
増援は望めない。ティアルスなんて生死の境を彷徨ってるんだから以ての外。同期組も動けないだろう。見えないけどリヒトーの所へ加勢しているはずだ。
となれば残る可能性は一人だけでオルニクスを撃破するとかいう奇跡を願う事だけ――――。あまりにも運任せで自分でも苦笑いが浮き出る。
そうしているとオルニクスが動き出して。
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ!」
「なっ!?」
あの夜みたいに地形を大きく変動させる事に驚愕していると、血を鞭みたいに細長くしたオルニクスは神速で振りかざしイルシアを捕まえる。そのまま木々にぶつけながらも振り回すと最後は神殿へ向けて思いっきり投げ飛ばした。
「それっ!」
言い方とは裏腹に途轍もない威力をもって神殿を打ち壊す。既に半壊していた神殿だけど、支柱のほとんどを破壊する事によって天井を崩し真っ赤な空を映し出した。
瓦礫に潰れて欲しかったのだろう。崩れた神殿を見てニヤニヤしていたオルニクスに向かって黒装束の武器を投げ飛ばす。
「……その傷でまだ立ってられるなんて、人間かどうかと疑いますね」
「化け物はお互い様でしょ」
瓦礫の中から立ち上がったイルシアを見てそう言った。彼が引く程の傷って事は額から大量の血でも流れてるんだろう。何故か痛みは感じないから気づけなかった。
それから次々と起き上がる同期組はイルシアを見て驚愕する。
「し、しょう……?」
「クロエはティアをお願い」
でも短くそう言ってすぐに飛び出した。ティアルスがああなってしまってる今、最もティアルスを守れるのがクロエだけ。密かにティアルスと距離を縮め心の底から信頼しているクロエなら――――。
そんな思考は剣戟の音ですぐさま消し去る。
……不思議な感覚だ。全身がこれでもかってくらい傷ついて、体だって悲鳴を上げているのに、何故か負けるって気がしなかった。いつもだったらここまで傷つけば焦燥で微かにでも手元が狂うはずなのに。
これも待ってくれてる人がいるからだろうか。
ティアルスやクロエ。その他のみんなだって、全員がいてくれるからなのか。
――ああ、今の私、前とは違うんだ。
ようやくそう自覚する。
前は孤独で誰も近くにいなかったけど、今はみんなが近くにいる。例えイルシア自身が拒んだとしてもみんながいてくれるんだ。
ふと胸が熱くなる感覚が訪れる。
それと同時に体はどんどん加速してオルニクスの剣戟に対応していった。
「どんどん速くなって……?」
「先に宣言するわ。次に勝つのは――――“私達”だ!!」
そうして全力で振り下ろした刃は今までよりも深くオルニクスの体を切り裂いた。今ならいける。そう確信する。
――イルシアは一人じゃない。俺達がいるから。
――全く以って、その通りかもね。
あの時にティアルスが言ってくれた言葉に対してそう返す。ティアルスはイルシアの事を何も知らずにそう言った事を謝っていたけど、何も謝る事なんかない。だってその言葉がイルシアを動かしたんだから。
……単身でオルニクスを撃破すれば解決する。そう思った。だから単身で朝霧の森へ足を踏み入れたのだ。一緒にいてくれるって言ってくれたティアルスを失いたくなかったから――――。
「分かりませんね! どうしてそこまでするのかが!!」
「英雄になりたいから!! どんな人でさえも助けられる、絶対に無理って言われるみたいな、そんな理想の英雄になりたいから!!!」
一度忘れてしまった憧れはそんな姿だった。この世界の人々を全て救うだなんて絶対的に不可能な事だ。でも、その理想に憧れるからこそ英雄なりたいって思えるんじゃないのか。誰もを助けたいって願える心
は、決して間違っていないはずだから。
すると彼は英雄という言葉に反応して叫んだ。
「英雄……! 英雄なんて所詮偽善者でしかない!! 護りたいと願っては望まぬ結果を引き寄せるただの――――」
「あんたが英雄を語るなッ!!!」
怒りに任せてオルニクスの腕を真意で消飛ばす。
……でも、彼の言う事だって全てが間違ってる訳じゃない。英雄譚にも書かれていたけど、英雄は偽善者から始まり成り上がって行く物だから。
だからこそ言わなきゃいけない。
「例えそうだったとしても、私達の刃は……!!」
「っ!?」
その時、背後に立っていた人影にようやく気付く。
互いに真意を全力で発動させると叫びながらもその刃を振り払った。――――いつの間にか目覚めていたティアルスと一緒に。
「――人を守る刃だ!!!」




