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彼岸に咲く願いの華  作者: 大根沢庵
第三章 描かれる未来
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第三章39 『鉄の鎖』

「愚かな奴だ。自ら苦しみへ飛び込むとは」


「あんた……」


 突如かけられた声に反応する。そうして咄嗟に前を見るとリヒトーが神殿の入り口で佇んでいた。それも数え切れない程の黒白装束を引き連れて。

 だからその瞬間に理解する。一度戻ったイルシアをもう一度引き戻す気なんだって。

 リヒトーは近くにいた白装束から武器を借りると前に出る。


「抗わなければ楽になれたというのに、何故そこまでして抗う。何故お前は自分の感情に足掻く」


「…………」


 問われた言葉に黙り込んだ。それは自分でも分からなくて、ずっと前から考え続けてきた事だから。

 最近、イルシアは何になりたかったのかを忘れていた。……いや、違う。どうして英雄になりたかったのかを忘れてたんだ。遥か前に抱いた憧れを忘れ、微かに残った物だけを抱いて今日まで来た。

 だけど、それをティアルスが思い出させてくれたから――――。

 今一度思い出せた憧れを口にする。


「――英雄になる為。どんな人をも助けられる様な、そんな理想の英雄になる為に」


「英雄……」


 するとリヒトーは小さく呟いた。

 奴がいるって事は本気なんだろう。何が何でもイルシアを連れ戻す気だ。だから、ティアルスが紡いでくれた意志を守る為にも。イルシアを救ってくれたティアルス自身を守る為にも。腹から刃を引き抜いて自分の刀を握り締めた。


「待っててね。絶対に死なせないから」


 既に空虚な瞳へと変わっていたティアルスにそう囁く。

 けど大丈夫。ティアルスなら絶対に戻ってきてくれる。みんなにしていたみたいに、イルシアの言葉を借りて絶対に戻って来てくれるから……。

 だからこそ希望を持って戦う事が出来る。例え今が絶望的だとしても。

 刀を握りリヒトーの前に立ちふさがった。全力で足掻くという意思を示す為に。


「……苦しみを選ぶか」


「ええ。清々しく枯れるよりも、見苦しく散り急いだ方が私の性に合うからね」


 この選択を選んだ果てにある苦しみなんて知らない。そんなの確定された未来じゃないんだから。それに苦しみならよく知っている。心が擦り減り憧れを打ち壊され未来を閉ざされる苦しみなら。

 だからこそもう何も違いたくない。


「何故だ。我らと来れば永遠の命も、憧れの実現も、全て望みのまま叶うのだぞ」


「――そんな物いらない。永遠なんていらない。私には最高の今があるから」


 それに憧れの実現は自分の手で叶える物だ。近道してズルで手に入れた現実なんて、イルシアは微塵も欲しくなんかない。

 するとリヒトーの眉間にしわが寄る。


「貴様に残されたのは絶望と後悔だけだ。それでも尚貴様は自ら絶望の海に飛び込むと言うのか」


「ええ。喜んで飛び込むわ」


「っ……!」


 必死になる姿で分かる。リヒトーもリヒトーで何かしらの譲れない物を抱えてるんだろう。それが何なのかは分からないけど。

 でも、戦いっていうのはどちらかが破れるのが定め。つまり相手の夢や誓いをへし折ってでも前に進むしかないのだ。その覚悟がない奴程戦場で真っ先に死ぬ。


 イルシアは今まで何千人もの夢や誓いをへし折っては踏み台にして今日まで生きて来た。例え“正当防衛”が成立したとしても、それは紛れもない罪となりイルシアの背中に重くのしかかる。

 だからこそ前に進まなきゃいけない。

 もう止まれない修羅の道を歩んでしまったから。リヒトーの夢をへし折ってでも前に進まなきゃならない。


 それが己で定めた、鉄の鎖。


「私はもう後悔なんて恐れない。迷ったりもしない。ティアが思い出させてくれた憧れは、絶対に止まる物じゃないから!!」


 その時、握り締めた刀から純白の桜が飛び出した。

 リヒトーが目を細めた瞬間に前へ飛び出すと黒白装束が彼を守る様に前に出て来て、各々で武器を構え始める。けどそんな防御はイルシアの一振りで全てが消飛ばされた。

 そして視界の先で刃を振りかざしていたリヒトーへ叫ぶ。


「待ってくれてる人がいる限り、私は絶対に負けない!!!」


「ならその人間を殺してくれる!!」


 リヒトーが付き出した刃をギリギリで受け流し反撃を加える。やがてリヒトーの空虚な瞳が目の前まで迫ると輝きの灯った瞳で見つめ返した。


「それをさせない為に私がいる」


「…………!」


 頭突きをして怯ませると一回転して腹を切り裂こうと振り払う。けど間一髪で防がれ、リヒトーはさっきのティアルスみたいに柱へと激突してはすぐに起き上がった。

 そうして飛び出しながらも振るった刃を弾いて追撃をも受け流す。


 イルシアだって単体で主催者を十三回も殺せた程なんだ。ティアルスと叩き傷ついた今でもリヒトー倒すくらい出来るはず。

 不規則な動きで背後を取られては柄で刃を止め、剣を滑らせては鍔で攻撃を防いだ。途中で割り込んで来る敵も振り払いで一掃しては隙を突かれる。


「――――ッ!!!」


 けど今のイルシアにそんな攻撃は聞かない。鞘の鯉口を押してリヒトーの顎に(こじり)を叩きつけ、また怯んだ隙に胴体を斬り裂いた。

 しかしそんな事なかったかのような反応をするリヒトーは出血覚悟の反撃をくらわす。

 そんな風にして激しい攻防を繰り返した。


「…………?」


 でもその最中に違和感を感じ取って顔をしかめる。

 何と言うか、前と比べて動きが少しだけ鈍いのだ。それと傷の再生速度が明らかに遅くなっていた。前なら一瞬で再生させた傷をジワジワと再生させている。


 ――傷の再生が遅い。まさかティアルス達と一度戦った……? って事はダメージとか疲労が蓄積されて再生が遅くなってるの……?


 彼の表情には前みたいな余裕そうな色は無い。精一杯で戦ってる表所だ。だから確信した瞬間に真意や型を惜しみなく解き放ってリヒトーを追い詰める。

 するとどんどん険しい表情へ変わっていき、その手捌きにも心象が映されて剣筋が少しずつブレていく。


「私を倒せる物なら倒してみなさい! 今度こそ完膚なきまで叩き潰してあげるから!!」


「貴様……!」


 そう言うと苛立った表情を向けてイルシアの事を思いっきり睨んだ。

 リヒトーが何を思ってこんな事をしてるかなんて到底わからない。けど、イルシアだって譲れない物がたくさんあるから、だからこそ引く事は絶対に許されない。


 神速で振り下ろした刃を間一髪で避けて床にめり込んだ刀身を踏みつける。そして首を狙って思いっきり振り払うと、柄から手を離し大きく仰け反ってはイルシアの攻撃を回避した。次に仰け反った威力を殺さずに脚を蹴り上げては牽制した。

 最後に血で無数の弾幕を張るとそれらを全てイルシアに投げつける。


「――死ね!!」


 雨の様に絶え間なく迫って来る弾幕を見て一瞬だけ困惑するもすぐに立て直す。腰の所に刃を構えて舞の様に体を回転させながらも攻撃するこの型なら――――。

 地面を強く蹴ると勢いを殺さず回転させ迫る弾幕を全て弾き落とす。


「なっ!?」


 ――これならいける!


 七の型:桜吹雪。

 遠心力を殺さずして舞を続ける度に威力は上がって行き、リヒトーが地面に着地したのと同時に走り出した。接近するまでの間も弾幕が飛んでくるから攻撃しながらもひたすらに駆け抜ける。

 急所以外は全て無視。一歩でも多く、一撃でも多く叩き込まなきゃいけないから。


 《桜木流》の全ての型を掛け合わせる事で発動する奥義技。ソレを使う事にって威力や反応速度共に上昇して止めの一撃を更に強くしていく。

 純白の桜を舞い散らしながらも接近してくるイルシアを見てリヒトーは更に眉間にしわを寄せた。それでもなおイルシアは血を流しつつも駆け抜ける。

 やがて間合いの少し先まで接近すると思いっきり刃を突き出した。


 【百華】乱れ桜。


「らあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!!」


 全力で突き出した三段突きは確実にリヒトーを撃ち抜く。その余波だけで後ろにあった壁を粉々に壊した。

 ――これでイルシアの憶測が検証できる。再生しない様なら更に追い打ちをかけるし、即座に再生する様ならティアルスを抱えて逃げなきゃ危ない。イルシアを引き戻した所を見られただろうからきっとティアルスを最優先に攻撃するはず。


 そうして刃を引き抜くとリヒトーの体は――――再生しなかった。やっぱり疲労とかが溜まって回復に影響してるんだ。

 だからソレを確認したイルシアは即座に真意を発動させて振り払う。


「ぐっ!?」


「どうやらここに来る前に散々やられたみたいね!!」


 攻撃後の隙を体術で埋め舞の様な動きでリヒトーを攻撃する。反撃されたって急所じゃなければどうって事は無い。今はいち早くリヒトーを倒す事だけに集中しなきゃいけないから。ぼんやりとしか覚えてないけど、みんなと主催者が別れてから時間も経ってしまっている。ここは少しでも動かなきゃみんなが危ない。

 この異変を終わらせなきゃいけない者として早く向かわなきゃ。


「せぁッ!!!」


 足に真意を乗せて思いっきり蹴り飛ばす。柱二本を貫く程の威力に当てられ吹き飛ばされたリヒトーは壁に激突してからようやく止まり、立ち上がろうと腕に力を入れようとしていた。……体も限界なのだろう。精一杯起きようとしても力が入らないのが見て取れる。

 だからそれを好機と見て走り出した。


「――そこまでです」


 でも、その声と共に何かが天井を突き破って来るから即座に飛び退く。

 飛び散った土埃に口元を覆うけど、直後に刀を軽く振って飛び降りて来た主を確認した。のだけど、それよりも先に踏まれたシファーと首を掴まれたアルスタが目に入って。


「――――!?」


「あ、少し調整ミスりましたかね……。いけないいけない」


 そう言ってアルスタを投げ捨てシファーから足を離した。

 やがて奴はイルシアを見ると言う。


「さて。貴女も目覚めたみたいですし……第二ラウンド、行きますか」

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