第三章38 『ただいま』
「っ!!」
イルシアの刀が左肩を貫く。そうして血が飛び出た瞬間に引き抜いてはすかさず次の攻撃へと繋げ、ティアルスはギリギリでそれらの攻撃を防いだ。
するとバランスを崩して低めの攻撃となった刃をジャンプで交わし蹴り飛ばす。
次第と体力を奪われるティアルスの攻撃は浅い物となって行き、その度にイルシアへ反撃の隙を与えてしまう。だからと言って一気に体力や傷が回復する訳でもない。
「らああぁぁぁぁぁぁッ!!」
「――――ッ!!」
床に転がった状態で刃を振る。直後に激しく衝突し蒼白い桜は周囲へと飛び散った。けど行き場を失くした衝撃はその場で爆発し二人を後方へと吹き飛ばす。そうして床を転がるのを利用して態勢を整えすかさず全身強化を発動する。
やがて高速で体を前方へ撃ち出す。
イルシアも同じ様にして高速で接近し、互いにすれ違った瞬間に刃を振り払う。ティアルスはバランスを崩し柱へ激突。イルシアは刀を大きく弾かれた衝撃で回転しながらもしっかり受身を取った。
柱へ体が抉り込み抜け出そうとしているとイルシアの刃がすぐそこまで来ていて。
「うわっ!?」
――息つく間もない!!
さっきみたいに刀の腹で神速の突きを受け止める。
最早反撃の隙がない程に速い。そりゃ、全力でも攻撃を食らいながらギリギリ渡り合えるだから当然とも言えるけど、イルシアは次第と加速していくから対応が追い付かないんだ。
腹を蹴って距離を開けたって結果は変わらない。一瞬にして詰められるだけ。
だからすぐさま吹き飛ばされてしまう。
――重すぎるっ……!!
力が残ってないせいなのだろうか。普通の振り払いですら重く感じて容易に吹き飛ばされた。そしてまた床を転がっては柱へ激突する。
……体は既に限界へと達した。このままいけば死は避けられない。
けどそうなってしまうとイルシアはみんなを殺すだろう。そうなれば流れ込んで来た記憶と同じような光景になってしまうはず。
そんな事は絶対にさせたくない。
でも、それを分かっても体が動かないんだ。どれだけ起き上がろうと力を振り絞ったって微かにしか動かない。もう起き上がる事さえままならない。
「くそっ! こんな時に……!!」
いつもだったら無茶を押し通して立ち上がれるはずなのに。骨が折れるまで戦って、全身から血が噴き出すくらいの傷を負っても戦えるはずなのに。それなのに今に至って立ち上がれない。
イルシアは息を荒くしながらも必死にもがくティアルスを見て接近してくる。きっと止めを刺すつもりなんだろう。あの時みたいにとんでもない技術を持った技で。
――立て! 立てよ!!
全身強化を使ってまで無理やり体を起こそうとする。けどイルシアが目の前に立ち塞がる方が速くて、ティアルスを見下ろす彼女は刃を振り上げた。
……あと数秒もしない内にティアルスは死ぬだろう。クロエやみんなを残したまま。イルシアも救えないで。そうすれば記憶通り地獄絵図の未来になるはずだ。みんなが死にイルシアが《虚飾》となる未来に。
そんなのお断りだ。
次の瞬間からイルシアは刃を振り下ろした。微かな予備動作の後に神速で腕を動かし、彼女の刃はティアルスの首へと接近していく。
でもティアルスは刃もイルシアも見つめなかった。ただ宙を見つめて俯くだけ。
また意識が加速していくのを感じる。また記憶の世界へと引きずり込まれるのだろうか。こんな時にまで一体何を見せるつもりなのか。もうどうしようもない感覚をそのまま受け入れた。そうして次に目を開けると荒野に立たされていて――――。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「…………」
目の前に立つ一人の男。ティアルスが立っていたのはイルシアの世界と同じような荒野……なのだけど、風景が少しだけ違う。空すらも黒雲とか砂で覆われたイルシアの世界とは違い、この世界の空には青色が果てしなく広がっていた。
少しだけ柔らかい雰囲気を見せる世界の中に二人は経っていた。
やがて男はティアルスの顔も見ないで喋り出す。
「君は何になりたい?」
「えっ? 俺は……英雄になりたい」
いきなり質問されるから咄嗟に思いのまま答える。すると彼は小さく笑いながら振り向きその容姿を露わにした。
赤銅色の髪に凛とした顔立ちで、いかにも戦士と言う様な雰囲気を醸し出す男――――。
彼はティアルスを見つめると意味ありげな言葉を言う。
「やっぱり、憧れはみんな同じか」
「みんな……?」
「あいや、ただの独り言だよ」
どうしてここで彼と会ったのだろう。その意味を考えるけどよくわからないままだ。だって、彼は恐らくイルシアの師匠なはず。ならどうしてこうして会話出来ているのだろう。
そんな疑問はすぐさま置いてかれる。
「じゃあどんな英雄になりたい?」
「それは……」
さっきから一方的に質問される事へ違和感を抱くけど、考えた瞬間に自分の中での定義が曖昧だった事に気づいて深く考える。
英雄――――。それは誰も成し遂げられなかった事を成し遂げた者。または人々に希望を与え世界を平和へ導いた者。もしくは、己が英雄と定めた憧れの人。
だからティアルスの英雄を思い返す。イルシアはどんな時も強気な笑みを浮かべていて、絶対に心配させない様な強さを誇っていた。故に誰も心配させずに勝つ。それがティアルスの英雄像だ。
そして事あるごとにイルシアが言い、ティアルスも影響されたあの一言――――。
大丈夫。私がいる。
あの一言だけでティアルスは凄く安心できた。だからティアルスも覚悟を決めた時に言っていたのだけど、それはもしかしたらティアルスも彼女みたいになりたいって心の底から思っていたからなのかもしれない。
そして度々みんなから向けられる不安そうな目線。あれは戦う度にボロボロになるからみんなに心配されてるんだ。
全員から心配される者……。そんな人間が英雄と呼ばれるに等しいだろうか。
ティアルスの憧れた英雄像はどんな人間だった。
だから正々堂々と言える。
「絶対に負けない、どんな人も救える様な、そんな英雄になりたい」
「……そっか」
これがティアルスの答え。自分自身で探し求め導き出した答えだ。
すると彼は嬉しそうに口元に笑みを浮かべ、輝かしい期待の眼でこっちを見つめた。だから何だろうとつい首をかしげる。
そうしていると彼は伝えた。
「なら、君はどんな人でも救えるはずだ。何が起こったってその憧れが君を突き動かす」
「えっと、さっきから何を……?」
「……安心した。イルシアをよろしく頼む」
「――――!!」
その言葉を聞いて確信した。やっぱり彼がイルシアの師匠なんだ。イルシアに希望と剣を教え、憧れをもう一度呼び覚ませた。
近づいて肩を掴むとイルシアに似た力強い瞳でティアルスの瞳の奥を見つめる。
「俺の弟子を。君の英雄を。……導いてやってくれ」
どうして彼と話せたのかは分からない。でも、夢じゃないんだって事だけは確実に分かる。ティアルスは彼の意志と会話し託されているから。
だからこそ言わなくてはならない。
託された事に応えなきゃ、理想の英雄とは言えないから。
「……任せろ」
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
気が付けば目の前で蒼白い桜が舞っていた。激しい金属音によって引き戻されたティアルスは前を向いてイルシアを見つめ、そして即座に起き上がり反撃する。そんな力、もう残ってないはずなのに。
気合いだけで体を動かすと咆哮しながら剣戟を撃ち込んだ。
「らああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
使用できる全ての流派の全ての型を以ってして最後の反撃を開始する。これが正真正銘最後の戦い。ここでイルシアを救えなければ待っているのは確実な死だけだ。
もう一歩も止まっちゃいけない。一歩でも止まってしまえば必ず倒れるから。
記憶が流れ込んで来る。幼い頃にイルシアの蓄積させた技術が。
だから次第に動きは変わって行った。型になぞらえて攻撃する動きから変幻自在の剣筋へと変化させていく。みんなの記憶が集結するみたいな感覚を噛みしめながら。
そのせいなのだろう。イルシアは圧されていった。
――この一撃に全てを賭ける!!
その時、イルシアの攻撃を柄で受け止めたティアルスは思いっきり体を回転させた。そして刀を弾くとがら空きになった胴体へと刃を振りかざす。
「イルシア――――――ッッ!!!」
次の瞬間。イルシアの刃が頬を掠った事も気にせず全力でイルシアを貫いた。渾身の力で撃ち込んだ刃の威力は凄まじく、その余波だけでも背後の柱を吹き飛ばす。これも全身全霊の真意を乗せたからだろう。
これが最後の一撃――――。
全ての力を出し切ったティアルスはそのまま前立ち止まりイルシアを見る。
「…………?」
反応がないから数歩だけ下がって様子を伺った。貫かれた時から無言のままで喋ろうとせず、その時の態勢なまま硬直しているだけ。
どうしたのだろうと思って名前を呼ぶと手に持った刀を落として。
「っぁ……!」
「イルシア!?」
急に膝を付くから急いで歩み寄った。けれどティアルスも既に限界で足に力が入らず同じように膝を付く。それでも近寄って手を伸ばす。のだけど、服に触れる直前に手を弾かれて。
「イル……シア……?」
「何で」
ようやく喋ったと思ったらその一言しか言わない。元に戻っているかも分からないけど、喋った事に嬉しさが込み上げて来る。
けど、直後に放たれた言葉でその嬉しさもすぐに消し去り。
「何で、連れ戻しに来たの」
そんなの一つしかない。というかそれ以外に理由があるならもっと別の事を考えていただろう。だからこそハッキリと言う。
「イルシアを助ける為だ」
「…………」
見えた瞳を見て確信する。イルシアは元通りになってるんだって。
でもその瞳には輝きは灯らない。ただひたすらに深い霧に覆われていて、その暗闇の底はとてもじゃないけど見えそうになかった。
「言いたい事は沢山ある。聞きたい事も沢山ある。けど、何よりもいいたい事が一つだけ」
「…………?」
「――イルシアの師匠に頼まれちゃったからな」
「…………!!」
すると面を食らった様な顔をする。そりゃ、イルシアから見れば嘘にも等しい言葉だ。今その師匠がどこにいるかは知らないけど、ティアルスと師匠が会える訳がないから。
だけどティアルスの顔を見るとイルシアはその言葉を受け入れた。
「言われたよ。イルシアの事をよろしく頼むって。だから助けに来た。……それにまだ言いたい事もあるし」
そう言って頭を下げた。
これは自分自身への戒めでもある。あの夕方に、イルシアの事なんか何も知らず、上辺だけの言葉を並べてしまった自分への。
だから思いのまま浮かんだ言葉を口にする。
「ごめん。何も知らずに「独りじゃない」なんて上辺の言葉を並べて。……分かってなかったのは俺だった。誰かの記憶があるからって知ってる気でいた。何もかもが解決できる気でいた。だから、ごめん」
「そんな、ティアのせいじゃ……。それだったら私の――――」
「イルシアがどれだけ苦しんでるのかを知れなかった。なのに俺は自分なら救えるって思って……」
今思い返せばあの時の自分はどうにかしていた。きっと、応援されてるからっていい気になってたんだ。アイネス達に背中を押された直後にこうなるなんて、知られたら絶対に笑われてしまう。
拳を握りしめると更に言葉を重ねた。
「でも、もうそんな過ちは繰り返さない。……イルシアにも繰り返させない」
「ティア……」
「俺、ようやく分かったん気がしたんだ。自分が何の為に空から落ちて来たのか。何の為に存在してるのかって」
確信はもちろんない。証拠も。けど分かった気がした。きっと自分は“この為”に生まれて来たんだって。
「俺はきっと、み――――――――」
その時だった。胸から刃が出て来たのは。
グサリ。その音を聞いて体を見下ろした。その先に映ったのは胸から突き出た血塗れの刃で、瞬間、自分が貫かれた事を自覚する。
でもその時には力なく前に倒れていて。
「ぃ、あ――――」
「ティア!?」
目の前にいたイルシアが倒れて来るティアルスの体を受け止めた。
……全てが遠ざかる。五感も、意識も、託された願いさえも。これが死って物なのだろうか。体が冷たくなって行くのを感じた。
そんな中で唯一聞こえるイルシアの声。
「待って、ティア。置いてかないで。私まだ言ってない……。私だって、言いたい事が……!!」
けれどイルシアの声は届かない。暗闇の深層へと意識が引きずり込まれる中、必死に手を伸ばし続けた。その先に何でもいいから掴みたくて。
でも、最期に指で触れたのはイルシアの頬に流れる温かい涙だけだった。




