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彼岸に咲く願いの華  作者: 大根沢庵
第一章 零の追憶
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第一章8  『手紙の正体』

「こっちかな……」


 ロクに覚えられもしなかった感覚を頼りに山を進む。日は既に沈んで空は暗く染まり、昼でさえも薄暗かったこの山は真っ暗闇へと変わって行った。

 時々木の根っこに足を取られながらも前へ進む。

 そう言えば刀を持って来たから重いし動きにくいで色々邪魔になってしまう。刀ってこんなに邪魔になる物だったのか。

 ……昨日の戦いはそこまで気にならなかったと言うのに。


 しばらくすれば目が暗闇にも慣れてある程度は動ける様になる。行動範囲はそこまで広くならない様心がけて進んだ。それにこの山は基本的に斜面しかないから下れば必ず街へと辿り着く……はず……かもしれない。


「冷えるな……」


 やっぱり夜で山だと結構冷える。というかティアルスはイルシアの様な服装じゃなくて薄着だから当たり前なのだけど。

 あまり奥へ進み過ぎるのはやめようと思い至って少し来た道を戻る。

 でも、異変に気付くのには遅すぎた。


「……あれ? 来た道が……」


 ない。もっと正確に言えば消え失せた。

 今さっきまで通って来たルートとはまるで別物。さらに目印として強めに踏んで来た足跡でさえも無くなってしまっている。

 何か不審な雰囲気を感じとりながらも慎重に来た道を戻った。


 ――大丈夫だ。落ち着け。斜面を辿れば必ず家に着く。


 そう言い聞かせる。

 目印にしていた足跡さえも無くなってるから少し不安になるけど、大丈夫だって言い聞かせた。これは好奇心に任せたのが凶と出たか……。

 しかし凶どころか大凶と出るのは今からで。


 ティアルスは戻るのに集中しすぎて気づけなかった。背後から確実と脅威が迫って来ている事に。


「――――っ!?」


 視線を感じて振り返った頃にはソレが飛び込んできていた。咄嗟に飛び乗るけど完全に避ける事は出来ずに頬を掠める。

 目の前を通り過ぎた人影は四足歩行で着地すると、その姿を露わにする。


「オイオイ、こんな所にも人がいんのかよ」


 ――人、じゃない!?


 幾重にも重なった人の声。

 影だけなら人に見えるかも知れない。でもその正体は鎌の様な足が付いた四足歩行の化け物で、目はなく大きな口だけが異様な雰囲気を放っている。

 ソレが魔物だって事は一瞬で見抜けた。

 だけど何でこんな所に魔物がいる。


「まあいいや。とりあえずシネ! シネ!!」


 そうして大きな鎌を振りかざしながらも接近してくるから刀を握った。夕方の時みたいに、足を踏み込めば体が勝手に動いてくれるはず――――。

 でもそうする事は無かった。


「これで――――最後ッ!」


「イルシア!?」


 昨日の朝の様にイルシアが上空から落ちて来て魔物を串刺しにする。

 そしてティアルスを見るなりびっくりするけど、デジャブを感じさせるかの如く流れでチョップが脳天に命中した。正直昨日より痛い。

 激痛にもがいているとまた激怒して。


「も~! また勝手に飛び出して!」


「す、すいません……」


「最近こういうのがうろついてるから家にいるように言ったのに、誰の影響なんだか……」


「そこまで言われてないんだが」


 昨日と今日で妙な別れ方をしたのはこのせいだったのか。

 イルシアは周囲を見渡して敵がいない事を確認すると、ティアルスが立ち上がるのを手伝って怪我がないかを確認される。


「大丈夫? 怪我ない?」


「強いて言えばたった今怪我したかな」


「あ、ごめん。つい」


 苦笑いでなだめるイルシアを少しだけ睨んでから表情を変えた。しかし今一番気になるのはさっきの魔物の事。あんな異形の姿は見たことがない。

 するとティアルスの気がかりを見抜いたイルシアがすぐに説明してくれた。


「……あれは最近この山で発生してる魔物なの。好戦的で即座に倒さないと仲間を呼ばれる」


「最近用事でいなくなるのはこいつらを倒す為だったのか」


 頷くイルシアに少しだけ心配する。

 気を使ってくれるのは嬉しいし、身を案じてくれてるのも十分嬉しい。でもイルシアのしている事が危ないような気がしてならなかった。

 けど運悪く、その予想は的中してしまって。


「もしこれが自然でも意図的でも危険な事には変わりない。魔物が沸くって事は、必ず元凶が近くにいるって事だから」


「それってつまり、今の奴みたいなのを増やしてる親玉がいるのか?」


「そう見て間違いないと思う。……多分、この山のどこかに」


 そう言って周囲を見渡した。

 この山のどこかに今の魔物を増やしている親玉がいる――――。聞いただけでも背筋がゾッとしてしまう。あんなのがずっと沸いて来たら街がどうなるのかだって分からない。つい昨日大型の魔物が暴れたばっかりで復興も進んでないみたいなのに。


 なら身の安全の為にも街や人々の安全の為にも、早く見付けてどうにかしたいのだけどティアルスに見つける手段がないのは事実で。

 イルシアは手を掴んで移動しようとした。でも移動という単語に引っ掛かって足を止めさせる。


「――そう言えばさっき、木の位置が変わってたんだ」


「木の位置が?」


「そう。なんて言えばいいか……。地形が動いてたみたいな。何を言ってるのか分からないと思うけど俺も何があったんかは分からなかった」


「地形が動く、ねぇ」


 自分でも何をされたのかは分からなかったけど、来た道が完全に変わっていた事だけは確かだった。そう聞いたイルシアは何度か足跡を付けたりするけど特に何かが変わる訳でも無く。

 半信半疑に思われてるみたいだけどそれも仕方ないのかと片付けとした。

 でも、


「――――わっ!」


「地震かな」


 急に地面が激しく揺れ始める。

 ティアルスがびっくりしてバランスを崩すのに対してイルシアは平常心でバランスを保っていた。かなり激しい。これじゃあ立っているのがやっとだ。

 しかしこれがただの地震ならそれだけで留まっただろう。あろう事か足元が歪んで地形が変わって行く。


「地面が!?」


「これがさっき言ってたやつね。多分さっきよりも激しいと思うけど」


「何でそんな平気そうに立ってられるんだ……」


 ティアルスにとってはもう立ってられない程の揺れ。なのにイルシアは未だに普通に立っていた。そのバランス力が今は羨ましい。

 激しい揺れに耐えていると木々が移動しているのが見えて中にはこっちに突進してくる木もある。だからその度にイルシアが根元から切り倒すけど、切り倒された木は地面に呑み込まれて姿を消してしまう。


「今度こそ私から離れないでね!!」


「わ、分かった!」


 そう言うからしがみ付くかのように近づく。

 やがて時間が経てば地形変動も次第と弱くなって行き、完全に停止するまでイルシアはずっと突進してくる木々を薙ぎ倒していた。

 ようやく事態が収まると長い溜息をついて。


「……こんな事、初めて起きた。山の地形が変わるなんて」


 イルシアがどれだけこの山に住んでいたかはまだ知らない。でもここまで驚愕してるなんて、ただ事じゃないってすぐに悟れる。

 さっきから起きる異変の数々。これも誰かの仕業なのかと考える。

 だけどそんな暇さえ与えてはくれない。


「――伏せて!」


 突然そう叫びながらも刀を振るから咄嗟に頭を低くした。すると直後に少しの風と金属音が鳴り響き、人影が2人を通り過ぎて滑らかな動作で着地する。


 ――今度は何だ!?


 そうして振り向くと両刃の直剣を握った男が刃を構えていて、その剣を見た瞬間に何が起こったのかを理解した。――殺されそうになったのか。あの男に。

 奇襲に失敗した男は残念そうに肩を落とすと喋り出して。


「あ~あ。奇襲には自信あったんだけどなぁ~」


「奇襲って……。いきなり何するの! 殺す気か!」


「殺す気だよ」


「っ!」


 なんの躊躇もなく「殺す」と言い放つ。

 その様子から危険だと判断したイルシアはティアルスが前に出ない様に自分の陰に隠した。相手から確実な殺意を感じる中、どして奇襲したのかを問いただす。でもその返答はあまりにも自分勝手なもので。


「何で殺そうとするの。私達は関係ないでしょ」


「関係なくないさ。ただ邪魔になるから殺すだけ。俺の目的を邪魔する奴は殺すって決めてるからな」


「なっ――――!」


「あんたも貰ってんだろ? 朝霧の森への招待状を」


「朝霧の森への、招待状?」


 招待状って……あの手紙の事か。あれってここだけじゃなく他の所にまで行き届いていたのか。

 直剣をくるくる回していじっていると男は言う。


「何だ、もしかして何も知らないのか? 朝霧の森へ行こうとしてる奴は全員知ってるんだぞ?」


「どういう事」


「しゃーねぇな。どうせ死ぬんだから冥土の土産話に聞かせてやるよ」


 既に殺す気満々の男は機嫌よく話し始めた。あの手紙の正体と今から起ころうとしている悲劇を。


「あの手紙を貰った奴は全員朝霧の森へ行こうとしてる。だが全員が同じ所に集まると願いを叶える為の競争が始まっちまう。だから森へ行こうと決めた奴の下にこう届くんだよ。【殺される前に殺せ】ってな」


「――――――」


 なんでそうなる。その一言に尽きた。

 他にも言いたい事は色々ある。でもそれ以上に分かる事が1つだけ存在していた。

 みんな狂ってる――――。


「何でも願いが叶うってのは凄い事だ。だから全員こぞって願いを叶えようとする。その過程で邪魔をする奴は殺せ。それが《主催者》から寄せられた言葉なんだよ」


「確かに願いが叶うのは凄い。でも何も殺し合わなくたっていいじゃない! 他の方法で解決すれば――――」


「お前は地の底に叩きつけられる感覚を知ってんだろ?」


 男がそう言った瞬間にイルシアは黙り込んだ。

 どうしてこの男が嫌われてる事を知ってるんだって疑問が沸いて来る。すると男は続けて話す。


「あの手紙は嫌われ者や荒くれ者の剣士に送られる。その他にも届いてる奴らはいたけどな。そいつらは大抵望み過ぎて破綻した奴らだ。だから願いを叶えようと足掻いてる」


「――朝霧の森へ行った所で本当に願いが叶うと思ってるの。罠って言う危険もあるのよ」


「知ってる。けど天秤に掛けりゃ必ず望みの方に傾く。だから殺すんだよ」


 ――男の気持ちも分かる気はする。だけどそこから殺すと言う結論に至った事が許せなかった。だって、あの男は今“届いてる奴もいた”って言ったんだ。ここで過去形になってるって事は、つまり――――。

 イルシアだって英雄に憧れたせいで嫌われ地の底に叩きつけられている。でもそこから殺すという結論には至っていない。

 なのになんでこの男は。


「そこまでして、手を汚してまで掴み取った願いを、あなたは喜んで受け取るというの!?」


「ああ。俺にはそれしか道がないからな」


 広い視野を持てないんだ。

 男の口から伝わる言葉の重さは紛れもない事実。魔眼を使えば確実だ。でも、だからこそ迷いが生まれてしまった。

 男が姿勢を低くするとイルシアはティアルスを後方へ投げ飛ばして叫ぶ。


「――走って!」


「で、でも……」


「いいから走れ!!」


 斬撃を受け止めつつも叫び続ける。

 この男の言葉は嘘じゃない。だからこそ男を止める為には殺すしか道は無い。……彼は止まらないだろう。自分の願いを勝ち取るまで。イルシアはそれを分かってて攻撃を受けている。

 でも、ティアルスは方角も分からないのに走り始めた。


 安全な街の方角さえも分からないのに。

そろそろ1話づつの投稿になると思います。書き溜めとかもろもろ減って来たので。ちょっと最初から飛ばし過ぎたかな……。

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