第三章33 『乱戦へ』
たった一瞬だけでも誰かの記憶を見つめていた。でもそうしている内に戦況は激動し、それぞれが全力でイルシアに立ち向かいながら彼女の攻撃を耐え凌ぐ。
何で今になって記憶が流れ込んで来たのだろう。そんな事を脳裏で考えつつも刃を振るう。
今まで記憶が流れ込んで来た時は必ず何かが起こる時だ。実際サリーとリサやリークの時だってそうだったし、現実と少し違ってもソレと似た光景が繰り出される。まるでティアルスがその未来を改変したかのように。
だから今回もその光景に似た事が起ると思った。
でも記憶を見た瞬間に驚愕する。
だって、血塗れたイルシアの周囲に転がっていたのが黒白装束じゃなくリークを除いた大人組全員だったのだから。それも首がなかったり臓器が腹からはみ出ていたり。
――なん、だ。コレ……。
感覚が引き伸ばされる。一瞬が凄く長く感じる様になって、全員の動きが確認出来るくらいに世界がゆっくり動いていた。
ふと本能が体を動かす。「このままじゃ死ぬ程後悔するぞ」って。
信じたくないけど記憶に映ったのは大人組の死体だ。それもリークだけを除いた。じゃあリークと同期組はどこへ行ったのだろう。
……一つ憶測が出来る。リークはリヒトー戦で死に他の大人組はここで死ぬんじゃないかって。でもリークはリヒトーとの激戦で生き抜き今ここで戦っているのに、なんでそんな光景が――――。
「ティア!!」
「っ!!」
クロエの声で現実世界に引き戻され咄嗟に体を宙へ投げ込んだ。すると直後にイルシアの刃が真横を通り過ぎては床を穿つ。
感覚が正常になっても記憶からの呼びかけは止まない。
何だか「目を逸らすな」って言われている気がして見つめようとするのだけど、その光景を見つめるとどうしても目を逸らしそうになってしまう。それ程なまでに残酷な光景だった。
――何を伝えようとしてるんだ……?
事実とは少し違った結果を見せつけて何を伝えようとしてるのだろう。記憶を失う前の記憶……ではないと思うのだけど、曖昧な部分が多すぎて判断はしかねない。
記憶が流れ込んで来る原理だって曖昧なままだ。突発的に流れ込んで来てはティアルスに選択をゆだねて来る。
だから今回もそうなのかって思ったのだけど、否定しきれない部分も多い。
悩まされる事が多い記憶だけど今回に至ってはむしろ邪魔でもある。よりにもよって戦闘中に記憶が流れ込んで来るだなんて。
いつもならこのまま終わる所でも未だ記憶は流れ込み続けた。その情報量を脳が処理できずに鋭い頭痛がティアルスを襲う。
――もう、何なんだよ!!
心の中でそう叫びながらも刃を振るう。
今はクロエの呼びかけてイルシアが元通りになるかを試してるんだ。余計な事に思考を使っている余裕は全くない。
だから一時的にでも忘れようと刃を振った。
「っ!!」
微かにでも記憶に気を取られればその分防御がおろそかになる。だからイルシアからの反撃を食らっては浅く切り裂かれ血が噴き出す。
その度にクロエがカバーに入ってくれるもクロエだって体力が無限な訳じゃない。
だからこそティアルスが頑張らなきゃいけないのに、今に限って――――。
【■――■―■■■―――■■――!!】
記憶は様々な視点で移り変わっては同じ光景を繰り返し見せ続ける。その中にはイルシアが来ていた服の切れ端やラインハルトの腕らしき物も転がっていた。
そして変わらず映る大人組の骸。
――もう、止めてくれ。
残酷な光景を見せられ続け、そのせいでみんなをピンチに追いやり、自分さえも傷ついて行く。そんな現状が嫌で絶望していった。
なのに記憶は流れ込み続ける。追い打ちをかけるかの様に。
――やめろよッ!!!
余程追い詰めたいのだろうか。今度は様々な視点でイルシアに攻撃される記憶さえ流れ込んで来た。みんなは為す術もなく刀を弾かれては切り刻まれる。
溢れ出る血が飛びついても気にしないイルシアは虚無な瞳で見据え続けていた。
なのだけど、アルスタの視点で刃が振られた時にティアルスの体も無意識の内に同じ動作、速度、力で刃を振るっていて。
「え――――?」
「っ――――」
鋭く突いた刃がイルシアの頬を浅く切り裂いた。
《暁光流》四の型:雷光。
その光景があまりにも信じられずに一瞬だけ放心する。だってティアルスの刃がイルシアに届くだなんて思わなかったから。
続いて手首を捻っては剣先を巧みに操る。
――これ、レシリアの……?
《水神流》五の型:閃結露。
ティアルスの振るった刃は《桜木流》じゃなく確実に《水神流》の振り方だった。それもレシリアと全く同じ動作の。
するとイルシア懐に潜り込んでは剣先が脇腹を掠めた。
イルシアは即座に反撃へ移行すると神速の刃を振るう。でもティアルスはその刃を受け止めた。――いや、受け止められた。
目で追えなかったのに。感で動かした訳じゃないのに。それなのにイルシアの刃を受け止める事に成功した。
次の攻撃も間一髪で避けては無意識に反撃し、初めてまともに防御される。そんな風に体が勝手に動いては《暁光流》、《水神流》、《紅焔流》、そして《桜木流》の型を駆使してイルシアと互角に渡り合って行く。他の三つの流派は合わないどころか使えないって言われたはずなのに、それでも型を完璧に使いこなし攻守共に両立させる。
二人の間で繰り出される剣戟に割り込める隙さえ見切れない様子の大人組は少し離れた所で見守る。もちろん同期組も。やがてクロエが呟いた。
「師匠とギリギリで渡り合ってる……。ティアはあの剣筋が見えてるの……?」
見えてる訳がない。それどころかどこに刃があるのか分からないくらいだ。なのに腕が動いた先には刃があって、本当にギリギリの距離で防ぐ事に成功する。
するとラインハルトが驚愕しながらも話し始める。
「違う。見えてるんじゃない。感で捌いてる訳でもない」
「じゃあ何で……?」
「それは……」
「――知ってるんだ。あの刃を」
でもクロエの問いかけに言葉を詰まらせ深く考える。その瞬間にリークが割り込んで解説した。彼自身も目の前の光景が信じられない様だったけど、それでも二人の激戦を分析してはその結果をみんなに話す。
「信じられないけどそう説明するしかない。あの《死神》相手に――――刃だけが反応してる」
「刃だけが……」
戦っている自分自身でさえも何が何だから全く分からない。どうして戦えてるのかさえも。……リークの言う通り、刃だけが反応してるんだ。手で握る刃だけが。
到底見切れるはずのない技だって間一髪で受け流しては別の流派の型を発動しては別の流派の型へ繋げていく。
そんな光景に奴も驚愕していたみたいで。
「……これは素直に驚きました。まさか《虚》と渡り合う人間がいるとは」
体術を含めた攻撃で牽制しては舞の様な動きで攻撃の隙を許さない。さっきまでとは別物だって自覚する。だから体が憑依されてるみたいな感覚に陥った。
――何で戦えてるんだ。相手はイルシアなんだぞ。リヒトー以上の奴を十三回も殺したイルシアなのに、何で渡り合えて……。
直後に振るった刃は神速の威力を持ってしてイルシアの刀を大きく弾いた。すると全身強化と真意を使用して神速を限界まで加速させる。やがて一重になった三連撃はイルシアの胴体を穿つ。
《暁光流》七の型:光彩陸離。
「ッ――――!」
「イルシアに一発いれた!?」
真正面から攻撃を受けたイルシアは吹っ飛んで柱へと激突する。それも柱が崩れる程の速度で。ようやく距離が開くと一時的に記憶から解放されたティアルスは刀を杖に体重をかけた。
それから一つ確信を得たから背後にいる全員に向かって叫ぶ。
「……みんな、あいつを頼んだ!!」
「あいつってまさか――――」
「イルシアは俺だけで抑え込む!!!」
するとありえない宣言に全員が驚愕した。そりゃそうだ。さっきまでボコボコにやられてた人が一時的に渡り合える様になったからって、いきなりそんな事を宣言されれば驚愕するはず。
だけど手段はそれしかない。
イルシアだけに戦力を使ってたんじゃせっかく目の前に出て来てくれた主催者は倒せないし、奴はイルシアがピンチになればいつでもティアルス達を殺せるだろう。だからソレをさせない為にも足止めは必要不可欠。
しかしイルシア相手に一人だけで勝てるだろうか。イルシアを倒した相手に八人だけで勝てるだろうか。そんな疑問は止まない。それどころか不安に駆られる一方だ。
……だけど、怖いからっていつまでも考えてちゃ何も始まらない。
勝つ為には戦わなきゃいけないし、戦う為には選択しなきゃいけない。だからティアルスは選ぶ。勝つ為に戦うっていう選択肢を。
やがて刀を振り立ち上がるとイルシアの言葉をまた借りる。
「――大丈夫。俺がいる」
「「…………!!」」
その言葉に同期組全員が反応した。すると次第に刃を持ち直す音が聞こえ、ティアルスの背中から視線が剥されては奴の方へと行く。
だから意志が届いてくれた事を安心しつつこっちも目の前を見据えた。起き上がりティアルスだけを見つめていた空虚の瞳を。
するとクロエから言葉を投げかけられて。
「……死なないで」
「当たり前だ」
その会話を最後に全員が奴の方へと刃を向ける。そしてティアルスはイルシアへ。イルシアはティアルスへ。それぞれが刃を向けると奴は高笑いした。
それから額を押さえて喋り出す。
「正気ですか。彼女も倒せてないのに私と戦おうだなんて」
「ティアルスが言ったんだ。なら信じるしかないだろ」
「信じる……。そうですか。では場所を移しましょう。ここでは戦いにくいので!」
すると奴は血の刀を作り出しては地面に突き立てた。
――その瞬間、この神殿そのものが歪み始める。まるでティアルス達を潰さんとしているかの様に。
やがてティアルス達は二つに分かれる形で分散される事となった。




