第三章16 『血と鴉』
「こんのっ! 逃げるな!!」
「ふんっ」
洞窟の中を逃げ回る奴を追う中、ロストルクは必死に足を動かして壁を蹴ったりして追いかけた。地形が複雑な上に相手は飛行して逃げる事が出来る。だから少しでもつまづくだけで簡単に距離が離されてしまう。
おびき寄せられているのは普通に分かった。だけどロストルクとエスタリテの感を持ってしても探知できなかった相手なのだ。ここで見逃すと次にどこから攻撃されるのかも分からない。
「食らえ!!」
すると翼から舞い落ちる羽を使ってこっちに飛ばして来る。普通の羽なら払うだけで済んだのだけど、投げつけられた羽はあろう事か刃に当たった瞬間火花を散らしながら弾けた。さらに他の羽は体を貫いて血を流させた。
「ぐっ!?」
「やはり手数には弱い様だな!」
今度は壁に天井に接近したと思いきや翼を天井に当て、普通じゃ折れるはずなのに切り裂いては粉々になった岩石をぶつけて来る。
だから弾くのに集中する為飛び上がるけど、その隙を突いて一時停止し急接近した。
それから手に持った刃を振りかぶる。
「くぅッ!!」
「ほお。これにも反応するか」
普通には弾けない。そう判断から刀の柄を使って奴の攻撃を受け止めた。けどこれ自体不利な態勢なのだから刃を滑らせれば簡単に抜けられる。だからわざと刃を滑らせて奴はロストルクの真下へと潜り込んだ。そして太腿を深く切り裂かれる。
体を縦に回転させて刃を振りかざすけど、その頃には既に奴は遠く離れた場所で飛行していて。
「まずい!」
――今距離を離されたらどうなるか……!
足が地面に触れた瞬間から全力で追いかける。ここぞとばかりに加速して遠ざかっていく奴に刃を叩き込む為に。
しかし複雑な狭い洞窟の中を駆け抜けるのにはかなり難しく、自由に飛び回る奴に追いつける気は一向にしない。せめて奴が飛行中にミスをしてくれるのならチャンスはあるが……このままじゃ届くかどうかも怪しかった。
だから型を使う。
――三の型:水毬……!
歩法を変えてやや無理やりながらも速度を上げて駆け抜けた。鍛え上げられた足から出る瞬発力は絶大で、歩法さえ変えてしまえば簡単に追いつける。だからロストルクはそのまま刃を振り上げる。
――でも、偽マグマの光に反射された奴を見て驚愕した。
「なっ!?」
真っ赤かったのだ。全身が赤くなり、まるで血で構成されているかのような真紅……。その瞬間に理解する。これは奴でも何でもない、ただの囮なんだって。
咄嗟に振り向いて刃を振るうも一瞬だけ遅く。
「どこを見てるんだ。そいつは偽物だぞ」
「くそ!」
囮だとバレさせない為に態々暗く狭い洞窟の中に入り込み、ロストルクが囮だと気づいた瞬間に背後から攻撃する。そんな作戦にまんまとハマったロストルクは舌打ちしながらも本体へ向けて刃を振るった。
しかしそれさえも阻止されて。
囮の役目はただ囮になるだけじゃない。本体が気づかれた時に後ろから攻撃させる用でもあったのだ。
最終的に前後から攻撃を食らったロストルクは口の端から血の糸を引く。
「ッ!?」
「まあ、ある意味俺も囮なんだがな」
そう言うと身動きのできなくなったロストルクを偽マグマへと蹴り飛ばした。でもあそこは本物じゃないとはいえ熱は入ったらひとたまりもない温度。絶対に入る訳にはいかない。
だから天井から伸びる鍾乳洞みたいな形をした岩を掴んで無理やり方向を変更する。
何とかマグマには入らなかったものの着地した所は細かい棘が沢山あって。
――まずい! 奴が来る!!
背後の棘へ串刺しにする為に蹴りの姿勢を整えた。
でもこっちだってやられっぱなしという訳にもいかない。
「こんのッ!!」
七の型:八雲渦。
剣先を捻っては回転し竜巻を生み出した。その竜巻は背後の棘をある程度は巻き込み、竜巻の威力を高めながらも奴へ向かって行った。
翼で全身を包み防御するも翼から少量の血が飛び出す。
だからすかさず反撃へと転じた。
「どうやらその翼も絶対的に硬い訳じゃないみたいだな」
「くっ!」
初めて苦しそうな表情を見せる彼に向って刃を振り下ろす。それも手前じゃなくて、少し後ろに下がる事を見越して。ロストルクの読み通り奴の翼は刃には何の抵抗も無く切り裂かれた。
洞窟の天井を穿つから相当硬いのかと思っていたけど、いくら吸血鬼の血を持ってしてでも翼までは硬質化出来なかったようだ。
「――逃がさない!」
飛び去ろうとしている彼の足を掴んで地面へと叩きつけた。更にそこから急降下して地面を割り偽マグマを出現させる程の一撃を繰り出す。
そこから飛び出してもパターンは全く同じ。
「また……!」
「これでどうだ!!」
同じく地面へと叩きつけるけど、今度は相手の耐性から飛び退く方向を考慮して刃を突き刺した。その結果、相手の足を少なからず斬る事に成功する。
すると彼は飛び去ろうとはせず刃を振りかざすとつば競り合いに持ち込んだ。
そしていきなり名乗り出す。
「……そう言えば自己紹介がまだだったな」
「随分と丁寧なんだな。こんな殺し合い中に自己紹介だなんて」
「几帳面な性格でね。相手と会うんじゃ挨拶からやらないと気が済まないんだ」
「じゃあ最初っから奇襲なんかしないで挨拶してくれよッ!!」
完全に発言と行動が合ってない彼の刃を受け流すと、その勢いを殺さず攻撃に転換した。背中を斬り付けるも翼である程度防御され連撃を繰り出す。
その連撃を受けながらも話し続けた。
「ただ敵なら別だ。奇襲が成功するなら話す意味はないし、失敗して戦ってるのなら意味はある。だから名乗らせてもらう!」
するとわざと後ろに飛んで弾かれた衝撃を和らげる。
それから真っ黒な羽を撒き散らしながらも翼を広げその場に留まると、如何にも悪役の様な姿と眼で自己紹介した。
「新・大罪教徒幹部が一人。《血雨の鴉》サジリット」
「鴉か。……剣豪の一角《慈悲》のロストルク」
「ほお。お前が世界最強の剣豪に数えられる《慈悲》だったのか」
せっかくだからこっちも名乗ると、サジリットは興味深そうに顎を触ってマジマジと見つめた。
何の感情も感じさせない眼。漆黒の翼。それでもなお出る圧倒的威圧感。確かに吸血鬼の鴉といった所だろうか。
……感情が、ない?
――そうか。俺が気づけなかったのは、サジリットには“感情がないから”なんだ。……自分で言っておきながら信じ難い話だけど。
大人組が敵を探知する方法は敵意を向けられているかで判断している。視線もそうなのだけど。でも仮に何の感情も持たない敵がいたとしたなら。となると更に厄介な事になる。殺意を見せる敵の攻撃は割と読みやすいけど、サジリットの場合は例外だ。
つまり苦戦を強いられる事になるだろう。
――どうする。仮に本当なら厄介だぞ。敵意すらも見せない敵の攻撃を予測できるのか。
するとサジリットが動き始める。だからロストルクは迎撃する為に刃を構えるのだけど、脇腹に訪れた激痛に気づいて手元を荒ぶらせた。
後ろを振り返ると、そこには真っ赤な龍が偽マグマから飛び出し脇腹を噛みついていて。
「龍っ!?」
びっくりしているのも束の間。その龍は凄まじい力でロストルクを持ち上げると、更に牙を食い込ませながらも振り回し始めた。直感で何か危険だと判断したロストルクはその龍を切り裂く。だけど切断面からまた新たな顔が出現して。
今度は腕に噛みつくとサジリットへと投げ飛ばした。
そして彼は血の刃を振り下ろす。
――しまっ!!
防御しようとしても間一髪で間に合わず、ロストルクは肩を深く切り裂かれながらも宙を伝った。やがて壁に激突すると重力に従って地面へと墜落する。
直後に悟った。感情を見せないという事は、敵の背後から自分の攻撃が迫ってもバレないという事だ。血を自在に操って囮を用意できるサジリットにとっては常時奇襲が出来る訳で。
すぐ近くに偽マグマが迫って来る中、立ち上がるとこっちを見下ろしながらも浮きながら近づいて来る。すると目の前の偽マグマ地帯からもう一度龍を飛び出す。
その横に並ぶと言った。
「この血龍は偽マグマの中でも自由に行動出来る。そして全てのマグマ地帯は地下で繋がっている」
「……っ!」
「つまり俺はいつでもお前の背中を攻撃する事が出来る訳だ。――降参するのなら今の内だが?」
サジリットから投げかけられた降参の機会。まさか敵側からそう言われるだなんて思わなかったから驚愕するけど、ロストルクがその提案を受け入れてしまう訳にはいかない。
だから刀を杖にして立ち上がった。
「悪いが断る。ここで降伏するくらいなら、俺は四肢を失ってでもお前を倒す」
「なるほど。生きる事は諦めないと」
本当は怖い。性格を悟られない様に強がってはいるけど、心は今でも逃げ出したいと足掻いている。だけどそれと諦められない理由を天秤で比べてしまえば、どうしようもなく片方に偏ってしまう。
諦められない理由があるからこそ、ロストルクは刃を握り締めた。
「しかしなぜだ。どうして勝てないと悟りながらも……怯えた眼で俺には勝てないと俺自身に伝えつつも、何故お前は諦めない」
「――誓いがあるからだ。俺を突き動かす、違いがあるから」
「……なるほど」
すると羽の形をした血の剣は姿を変え、今度はちゃんとした剣となってその手に握られる。それも厄介な事にさらに鋭さが上がったみたいで。
偽マグマの光が跳ね返される刃を見て冷や汗を流した。
やがて血龍とかいう龍を動かすのと同時に羽も投げつけて来る。
「なら諦めさせてやる! 俺には勝てぬという事を!!」
「っ!!」
飛んでくる羽の雨と迫って来る血龍。
どうすれば反撃出来るだろう。そうして打算を積み重ねるけど、結局のところ答えは最初っから決まっている。
それを実行する為にも柄を握り締めた。
――負けないでくれ。
かつて友から貰った掛け声を思い出しながらも刃を振るった。
自分が死ぬ程憎んだ、自分自身の体が生み出す圧倒的な力を如何なく発揮しながら。




