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彼岸に咲く願いの華  作者: 大根沢庵
第一章 零の追憶
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第一章6  『修行開始』

 時は少し進んで山の入り口付近。


「――だからと言って無茶し過ぎ! 初めての戦場なんだからもっと迷ったりしなさい!!」


「す、すいませんでした……」


 いくら自分を探す為とはいえ危険な所へ確信も無く踏み込んだ事にイルシアは激怒する。もう1回飛んで着た拳を素直に受け止めて悶えながらも次の一手を覚悟した。

 けど振り上げた手が落ちて来る事はなくて。

 ふと前を向くと少しだけ涙ぐんだ瞳でこっちを見ていた。すると振り上げた手はゆっくりと頭を撫でる。


「でも、怪我が無くて何よりよ」


「イルシア……」


「初めての戦場を無傷で抜けた事とか、剣術を使えた事とか。他にも言いたい事はまだまだある。でも何より、私はティアルスが無傷でいてくれた事が嬉しい」


 イルシアが教えてくれた《魔眼》とやらを使わなくても分かる。彼女は本当にそう思ってるんだって。まだ付き合いは1日なのにここまで嬉しがるって、イルシアは本当に優しい人だ。

 そして怒りや嬉しさが一旦片付いたと思ったら次は質問が飛んでくる。


「にしても、本当によく剣術が使えたわね。あの時は全く扱えなかったのに」


「ああ、それに関しては俺もよく分からなくて……」


 あの時に刀を握っていた手先を見つめる。

 魔物と直面したあの時、確かに体が勝手に動いたのだ。まるで導かれるかの様に刃の先が敵を捉え切り裂いた。


「刀を握ったら頭がチクッとして、気づいたら体が動いてて、それで」


「もしかしたら記憶が無くなる前のティアルスは剣士だったのかもね」


「そうだといいな……」


 微笑みながらも言うイルシアに苦笑いで返す。

 本当に不思議で仕方なかった。試し振りの時は戦えず実戦じゃ戦える。そんな事ってあるのだろうか。しかし微かながらの収穫があった事も事実。

 するとイルシアは閃いたような表情で手を合わせると言った。

 それも戦う前じゃ絶対に言わなさそうな事を。


「そうだ! じゃあ、私と一緒に朝霧の森へ行こうよ!!」


「ああ。……ええっ!?」


「だってどの道確認しなきゃ私の性に合わないし、罠の確率は十分高いし、あの戦場で少しでも戦えたのならちょっと鍛えれば強くなるよ。多分。恐らく。きっと」


「自信はないのか」


 戦う前はあれだけ行くのを拒もうとしていたのに、今になって一緒に行く事を提案するとは……。掌返しの速さにもはやびっくりする。

 だけど完全に意見が変わった訳でもないらしく。


「――でも、本当はここにいて欲しい。罠かも知れないから。けどティアルスは自分が誰かも分からない状態がずっと続くのは嫌でしょ。だからあの時声をかけたんでしょう?」


「……ああ。早く自分が何者なのかを知りたかった。願いが叶うって言葉が本当だって知った時、そう思ったんだ」


「例えここに置いて行ったとしても、ティアルスは絶対に私の後を追って来る。それを今回で知った。だから私が見ててあげる。あなたが1人でも戦えるくらい強くなるまで」


 最初はそんな時間があるなら、と言おうとした。

 だけどイルシアの眼差しがそれを遮る。前に言ってたじゃないか。この世界は弱肉強食だって。そして今のティアルスじゃすぐにやられると。


「だから決めて。ここに残るか私に付いて来るか」


 罠の可能性を知りつつも行こうとしてるのだ。なら最大限の準備はしたって損は無いはず。だからと言って今のティアルスにすぐ強くなれるのかと言われたら……。

 そうして可能性だけの考えをしていると戦う理由を思い出して。


「……ついて行く。自分を探す為に」


 今はその理由だけで時間を割いていいのかが分からなかった。

 でもイルシアが言う事にも一理ある。だから無理やりにでも納得させて頷く。罠である所に行く為には少しでも戦力を大きくした方がいいし、自分の力を信じよう、と。

 すると柔らかい表情に戻して言った。


「じゃあ、早速始めましましょうか」


「始めるって……何から?」


「まずは体の動かし方から!」


 そう言ってイルシアはすぐさま手を引っ張って山の奥まで進んだ。一番最初に街はいいのかって思ったけど、イルシアがいると返って邪魔になる可能性が高いのだろう。それに犠牲者もいない様だし一件落着……なの、か……?

 引っ掛かる所とかはまだまだというか無茶苦茶あるけど今は胸の奥にしまった。


 昨日みたいに引っ張ってはくれるけど、その足取りには軽さが全く足りない。むしろ追いかける背中からは戸惑うのような物を感じるばかりだ。

 ここで魔眼を使うのは無粋だと判断して目を閉じる。

 彼女もまた彼女なりの迷いにいると思うから。

 家まで戻ると広場まで突っ切って振り返り、柄を握りながらも刀を外すに促した。


「じゃ、早速刀を外して」


「えっ? 何でイルシアも刀を?」


「まずは体の動かし方を学んでもらうの。その為には返って刀が邪魔になるからね」


「もうやるのか? ……えっと、その」


「……? どうしたの?」


 急にティアルスが額を抑えるからイルシアは首をかしげて問いかけた。

 正直、こればっかりは我が儘だと自分でも思う。でも心を落ち着かせる為にって理由で決めつけてイルシアに伝える。


「色々と変わってく状況の順応とか、させてほしい。――1分! 1分もあればいいから!」


「……そっか。ティアルスにとっては目まぐるしく状況が変わってるものね。……配慮が足りなかったかな」


 するとイルシアは申し訳なさそうに言う。

 今の自分にとって素早く変わる状況について上手く順応出来そうにない。だからほんの少しでも時間がほしかった。


「2日目にしては色々とあり過ぎたからね。……こっちも少しだけ考える」


 そう言って2人の間に静寂が流れ込む。

 ようやくつけた1息――――。それに凄くありがたみを感じながら状況を整理した。

 昨日目覚めて、仮の名前を付けて、街へ行って、魔物が現れて、それで…………。1分も経ってない気がするけど状況は読めた。

 すると様子を見て判断したイルシアは早速声を掛ける。


「聞いて、ティアルス。あなたには今から山を下ったり私と手合せして体の動かし方を学んでもらう。それも短期間でね。あまり時間を費やしてると願いが叶う云々で何かが起きかねないし」


「ああ」


「でもそれだけで強くなれる訳じゃないの。蓄積させた経験を実戦で放つ事でようやく強さが身に染みる。だから最終的にはあなたにもさっきみたいな化け物を相手してもらう」


「あんな化け物の相手……」


 さっきまでの柔らかい雰囲気から一転したイルシアに少しだけ体が強張る。

 今からするのは自分が死なない為の修行。そう考えただけでイルシアが行こうとしている所がどれだけ危険な場所なのかが分かる。

 でも、願いが叶うのなら自分の存在を――――。

 その為にも強くならなきゃいけないと言い聞かせる。


「でも山下りって言っても、山を下っておしまいなのか? それだけで体の動きが学べるとは――――」


「この山は木々が多いの。だから木々の合間をすり抜けて走るのって結構難しいのよ。そして躱しながら全力疾走するなら嫌でも体が回避の動きを身に着ける。……分かった?」


「何となく分かった」


 って事は最初は怪我しまくるって事じゃないか。

 刀を外して渡す最中でも色々と説明が続いた。


「ちなみに体の動かし方以外に反射速度も鍛えられるの。反射速度は戦場じゃ生死を左右するからね。更に言うと足の筋肉も付くから瞬発力も上がるよ」


「色々効果があるんだな」


「うん。それが終わったら私が模擬戦的なのをやって型と極意を叩きこむ。それも終わったら今までの全てを使って私と手合せする。それさえも終わってようやく実線って流れかな」


「……本当に短期間で出来るのか?」


「少なくとも私は2週間で出来た」


「早いな……」


 先が長そうな予定を聞いて不安になる。

 時間がないと言われたばっかりなのにそんな事本当に出来るのだろうか。さらっと凄い事を言い放ったイルシアに驚くどころか呆れつつも覚悟を決める。

 これは自分の為だと。


「大丈夫。あなたならそれくらいやってのけるでしょ」


「俺自身はあまりそう思わないんだけど……」


「普通の人よりも遥かに段階を踏み越えてるんだから、少しくらいは自信をもった方がいいと思うよ」


 刀を2本携えたイルシアはそう言って森の奥へと進んで行った。

 さっき言われた通り木々の間は中々に狭く、この中を駆け抜けるって考えただけでもどれだけの怪我をする事になるのかを想像してしまう。

 そして何より薄暗さ。

 太陽は真上を少し通り越したくらいなのに夕方かってくらい薄暗かった。これじゃあ足元を注意しなきゃ根っこにつまづいてしまいそうだ。


「ねぇ、ティアルス」


「どうした?」


「……願いが叶うってさ、絶対にありえない事も入るかな」


「…………」


 突然投げかけられた問い。

 何でそんな事を言ったのかは分からない。何を思ってそう言ったのかも。だけど今のティアルスにはこういう事しか出来なかった。


「入ると思う。絶対にありえない事を望むのも願いだと思うから」


「……そっか」


 自分なりの定義を答えるとイルシアは短く呟く。

 それからは2人の間に静寂が流れ込んだ。何とも言い難い雰囲気が身を包むけど、森の中をある程度進んだ所で立ち止まって喋り始める。でも、その様子は少し焦っている様に見えて。


「――――っ」


「どうした?」


「ここから山を下って。ここからなら10分もあれば家に辿り着くはずよ」


「わ、分かった」


 妙に早口な事に違和感を感じつつも頷いた。するとイルシアは何も言わずに飛び上がり、枝の上を自由に飛び回ってすぐに姿を消してしまう。……何かあったのだろうか。

 だけど今は修行に集中しろと自分に言い聞かせて頬を叩いた。

 約10分。それが山を下る目標タイムだ。


 自分なりに腰を低くしたりして走り方を工夫する。

 そうして早速山下りを開始した。

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