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彼岸に咲く願いの華  作者: 大根沢庵
第三章 描かれる未来
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第三章12 『姉弟喧嘩』

 稲妻の如き神速で刃が振るわれ、全ては弾ききれずとも半分は弾き、残りの半分は回避を諦めて致命傷にならない程度に攻撃を受ける。

 自分の攻撃に対応してきただからだろうか。アリーシャは少しだけ頬を動かすと微かに眉間にしわを寄せた。


「セアアァァァァッ!!!」


「っ――――」


 四の型:雷光。

 ギリギリ間合いが届く距離まで行って攻撃を繰り出すと、顔を傾けて突きを回避しその瞬間に縦横無尽の斬撃を繰り出して来る。

 でも、その攻撃の対処なら知っている。

 だからアリーシャはついに目を見開いてびっくりした。


「っ――――!?」


「やっぱり。姉ちゃんならここはストレートで来ると思った!!」


 しかし間一髪で回避したアルスタは続けて刃を振るう。左右に体を振りながら僅かでも狙いを逸らし、刹那でも隙が生まれた瞬間に近づいて斬撃を叩き込む。

 二の型:羅列炯然。

 ようやく攻撃らしい攻撃を繰り出せると、脇腹から微かに血が飛び出たアリーシャは即座に後方へと捻る様に刃を振るった。


 けどその攻撃さえもこっちは読めている。

 全てという訳じゃないけど、何度も何度も手合せしたこっちは“こう動いたらこう返して来る”という記憶がきちんと残っているのだから。

 そのままつば競り合いにまで持ち込んでいく。


「姉ちゃん。あんたはその技を教えてくれた人や、支えてくれた人の事を覚えてるのか」


「…………!」


「大切な事を教えてくれた師匠の事も。精一杯背中を押してくれた家族の事も! 全部思い出せ!!!」


 そして力任せに振り抜いて隙を与えぬと連撃を繰り出す。

 糸を縫うかの様な動きをする剣先は確実にアリーシャの刃を弾き、そして彼女自身にもその剣先を届かせる。意志と同時に加速する刃は止まらずに動き続けた。


 こんな事で戻るだなんて思えない。こんな程度で記憶が戻るのならアリーシャはここにはいないはずだから。彼女はそれだけ精神力が強い、まさに英雄の様な人間だったのだ。

 でもアルスタはこんな事も覚えている。

 よく彼女が言っていた言葉である「刃に込めた想いは必ず届く」も。

 だから、アルスタは願いを込めて刃を振るった。


 ――刃に込めた想いは必ず届く! 姉ちゃんがそう言ってくれたんだ!!


「みんなを助ける事! 理想の英雄になる事! それが姉ちゃんの願いだったんじゃなかったのか!! ――答えろ、アリーシャ!!!」


 五の型:絢閃々。

 巡らせた糸をなぞる様な変幻自在の連撃を叩き込む。しかしその連撃に対応を見せていくアリーシャの剣先は素早くなり次第とアルスタの刃は弾かれていくようになった。

 そしてついに大きく弾かれる。


「しまっ!?」


 その隙を突いたアリーシャは一瞬で縦横無尽の攻撃を繰り出した。目にも止まらぬ斬撃は刹那に何連撃も重なり、全ての斬撃が同時に振られる。《暁光流》の奥義を除いた型の中で唯一神速の型――――。

 八の型:光彩陸離。

 アリーシャの振った刃は刹那で五連撃にも重なる。

 視界に捉える事すらも出来なかったアルスタは斬られるしか道は無く。


「っぁ――――!」


 あまりの衝撃に背骨すらも切り裂かれそうな痛みを感じつつ後方へと吹き飛んだ。何とか足を踏ん張って転倒する事は回避するも、体からは大量の血が出て――――はいない。

 死を感じさせる攻撃だったから覚悟したけど、何とか致命傷は避けられたみたいだ。


 ――あれ、何で。何かタイミングが悪かったのか……?


 今の状態のアリーシャが何かを間違えるだなんて事は考えずらい。

 だって今の彼女は自然体で殺気を放ってるような状態だ。そこまで出来るアリーシャが間違えるだなんて……。そこまで考えた瞬間だった。とある仮説とアリーシャの刃が首元に迫っていたのは。

 その時、アリーシャは言う。とても冷酷な瞳と声で。


「――あなたの刃は、届かない」


 死ぬ。直後に本能でそう察した。

 全てがゆっくりに感じる中、アリーシャの瞳を見つめる。せめて最後に自分の知っている彼女の瞳に戻って欲しいと思ったから。それが“諦め”である事を悟った時に既に――――、


 ――あ。


 今更腕が動く。無意識に加速された感覚と腕は自分の意識よりも速く動き、絶対に間に合わない距離を埋めようと神速で動き始めた。

 普通なら死んで当然だ。

 でも、その時、微かにでもアリーシャの瞳に光が灯って体を硬直させる。だからアルスタはその一瞬の隙を突いて刃を弾き飛ばした。


「っぶな!!」


「っ――――!!」


 息を荒くしつつも距離を離す。

 今、アリーシャは完全に変化を見せた。アルスタの首へ刃を通そうとした瞬間、確かに自分の知っている瞳へと戻って腕が止まったのだ。

 それが意味する事は……。


 ふと体の内から力が沸いて来るのを感じる。微かにでも僅かにでも、いずれにせよ可能性があるのなら諦める訳にはいかない。例えそれが砂漠から一粒の砂を見付ける程の可能性だとしても。

 口元が自然と微笑み始める。

 こんな状況で微笑むだなんてついに壊れたのだろうか……。でもアリーシャを助けられるのならそれも悪くないって思った。


「光は見えた」


「…………」


 そう呟くと改めて刃を構える。

 可能性が見えただけまだマシだ。絶望の中にいるよりかはこっちの方がずっと精神的に楽だから。そして柄を握り締めると脳裏で呟く。


 ――刃に込めた想いは、必ず届く!


 それがどれだけ険しい道なのかは知っている。アルスタの考えじゃ、今の様な攻撃をずっと受け続けなきゃいけない訳だから。

 でも、それでアリーシャを救えるのならそれでいい。

 躊躇う理由なんて何一つない。


「俺の刃は確かに届かなかったよ。でも――――信念の刃なら届くだろ!!」


 こっちだって負けられない理由がある。

 最初はイルシアを追いかける事を目的としていたけど、こうなった以上アルスタはその作戦から抜ける事になってしまうが、それでもアリーシャを救いたかった。

 そうして飛び出すと速攻で刃を振るう。

 でも。


「っ!!」


「何度やっても同じ」


 アルスタが全力で振るう刃に、アリーシャはいかにも余裕そうな表情で全て弾き反撃までしてくる。鋭く突かれた一撃はアルスタの脇腹を貫き、引き抜くのと同時に蹴っては距離を開けた。

 それでも尚諦めずに向かっていく。


「同じじゃない。想いは必ず届くから!!」


 神速の剣戟を繰り返し何度も撃ち込む。

 だけど、いくら顔で冷静さを装っても剣筋は確実に変化を見せているのが分かる。見た目じゃ分からないけど確かに分かるのだ。


「一緒に舞を踊って、師匠と修行して、辛い時も楽しい時も悲しい時も、ずっと一緒にいただろ! 大罪教徒なんかに負けて、憧れた英雄になれるのかよ!!」


「っ――――」


 瞬間、一瞬だけ剣筋が微かにズレた。

 だからその隙を突いて様々な連撃を繰り出す。何度も何度も五の型を連発しては剣先の軌道を変えてアリーシャを惑わせる。

 どんな動きにでも対応できるのなら、対応できないくらい素早く動けばいいだけだ。それも現実味の帯びた話じゃないのだけど。


「ぐぅ……ッ!!!」


「――――!!」


 床すらも巻き込む剣戟を繰り返す。

 二人の放つ連撃の衝撃波や斬撃は床を切り裂き、穿ち、あまつさえ離れた所に血が飛んでいく程の激戦へと変貌していく。


「俺は英雄に焦がれ憧れる姉ちゃんの背中に憧れた! ――なのに、英雄を目指す奴が大罪教徒に負けていいはずがないだろ!! 目を覚ませ、正義バカ!!!」


「くッ――――!」


 ふと苦しそうに片目を細くした。それを何らかの反応があったと捉えるアルスタは更に刃の速度を速める。限界を超えたって構わない。体が朽ちたって。

 次第と弱まっていく剣筋に追い打ちをかけるかの様に押していく。

 するとついに一歩だけ後ろに下がった。今までアルスタが下がって追いかけるって構図だったからびっくりするものの、ここまでの好機は絶対にないと見切ってここぞと連撃を重ねる。


 部屋の中で互いに足を踏ん張り合いながらも激しく動き回る。体力は奪われるばかりだけど、それでも着実にアリーシャを追い詰められているのだ。だから絶対に諦める訳にはいかない。

 胸に受けた斬撃の措置をしてないから体を大きく動かす度に痛みが全身を駆け巡る。

 正直、今すぐに倒れてしまいたいくらいだ。


 なのに。なのにアルスタはどこか懐かしさを感じた。ずっと前にこんな様な光景を見たことがあるから。確かその時は本当に怒って、互いに木刀を振り上げまくっていた気がする。

 その光景が連鎖的に脳裏に浮かんだ。


 ――ああ。喧嘩の時はよくこうしてたっけ。


 脳裏でそう呟く。

 何か揉め事がある度に二人とも全力で木刀を振るい「勝った方が正しい」とか変な理屈で戦ってたっけ。それも手合せ以上の本気度で。

 きっと、今がそうなんだ。


「――――!」


 無意識に浮かんだアルスタの微笑みを見た瞬間、アリーシャの瞳が一瞬だけでも輝きを取り戻す。

 戦いの内容は姉弟喧嘩のクセにその戦いぶりは喧嘩の度合いを遥か高く凌駕ていて、それを見ていた家族は毎回「本物の戦士みたい」と微笑んでいた。

 今の様に。神速の連撃を二人で繰り出して。


「何で、笑って――――?」


「姉ちゃんだって笑ってるだろ」


 殺し合いをしているはずだ。命を賭けた殺し合いで、ついさっきだってアルスタは殺されかけた。……なのに。それなのにどうして微笑んでしまうんだろう。

 おかしいじゃないか。殺し合いの最中に笑うだなんて快楽殺人鬼でもあるまいし。


 アリーシャだって歪ながらも微笑んでいた。

 きっと、何もかもを忘れてもまだ覚えてるんだ。記憶の奥底にべっとりと焦げ付いた、嫌で楽しくて、大切な、姉弟喧嘩の記憶が。

 それがアルスタとアリーシャの強さを唯一証明できる戦いだったから。


「――姉ちゃんを助ける。お前の忘れた記憶を取り戻させて見せる!!」


 蘇るあの記憶。道場で神速の木刀を撃ち合ったあの日々。それさえも忘れてしまっているのなら、絶対に思い出させて見せる。

 だからこそ刃を振るった。


「俺の刃が届かなくても。俺達の記憶を乗せた刃なら、届くだろ!!!」


 そうして、姉弟喧嘩は熱を帯びて行った。

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