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彼岸に咲く願いの華  作者: 大根沢庵
第三章 描かれる未来
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第三章10 『臆病な正義の剣士』

「レシリア」


「はい」


「君の本質は頑固さだ」


 「戦法を学ぼう」と言われ参考書的なのを用意しロストルクの前へ行くも、まず最初にそう言われる。だけどそんな自覚なんてないから首をかしげた。

 するとロストルクは苦笑いして続ける。


「やっぱり気づいてないのか……。いいかい。君はずっと《悪魔の子》と言われ周囲から蔑まれていただろ?」


「はい」


「でも、それでも君は自分の理想である『正義の剣士』を諦めなかった。それこそが君の本質なんだ」


「…………?」


 更によく分からなくなった気がして顔をかしげる。

 諦めなかった、と言われてもしっくりこない。だってレシリア自身の捉え方は“完全に諦めた理想”だし、ロストルクが現れて思い出した事を“諦めなかった”と言われても実感が沸かないのだ。


「私、『正義の剣士』については完全に――――」


「諦めてない」


 だからそれを伝えようとしてもロストルクに遮られた。いつもより厳しい顔になったロストルクはレシリアを見据えると、緊張して肩に力を入れたレシリアに向かって言う。

 それも自分じゃない事を正々堂々自信を持って。


「レシリアはまだ諦めてなんかいなかった」


「……何で。何でそう言い切れるんですか」


 それはレシリアにとってある意味の黒歴史だ。だからそれを勝手に改変されてる気がしてほんの微かにでも反抗の視線を向ける。

 いつもだったらすぐ謝って来るのに、今回に限っては全く動じなかった。

 やがて言う。


「あの時、レシリアの瞳には輝きがあったからだ。俺が名乗った瞬間、君の瞳は憧れに満ちた。――根底にある憧れは絶対に止められる物じゃないから」


「根底にある、憧れ……」


「そう。レシリアは《悪魔の子》と蔑まれ、未来を閉ざされて尚、例え自分が「諦めてる」と言っても心だけは絶対に諦めなかった」


「そう、なのかな」


 果たしてそうだったのかと考え込む。

 レシリア自身は完全に諦めてるつもりでいたし、ロストルクにそう言われたってもちろん実感が沸く訳でもない。

 確かにロストルクが名乗った時、過去に抱いた夢とロストルクを重ねて憧れた。でもそれは今まで忘れていた物でもあって、それを「諦めなかった」と言っていいのかどうか。


 そんな風に一人考え事をしているとロストルクは指を鳴らして思考を中断させた。そして視線を注目させると続けてこういう。

 でも、それはいかにも滅茶苦茶な事で。


「だから、例え未来を閉ざされても夢を諦めなかったレシリアの本質は『頑固さ』なんだ。その強さは戦場でどうしようもなくなった時、大切な物が賭けられた時にきっと役に立つ」


「頑固さ……。私自身そんな物があるだなんてとても……」


「レシリアが気づいてないだけでちゃーんとその身に宿ってる。だから胸を張れ。自分を信じろ」


 真剣な眼差しでレシリアの瞳を見据えつつもそう言った。

 胸を張れ。自分を信じろ。その言葉に胸が躍る所があったのは確かだけど、やっぱり実感が沸きそうにない。だって自分にそんな頑固さがあるだなんてまだ自覚してないのだから。


 だけど、いつか戦場に立った時に分かるのだろうか。自分がどれだけの頑固さを持っているのかが。



    ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 ――そうか。これが私の強さなんだ。


 刃を振るいつつもそう呟いた。

 血を流し腕を折られても尚諦めずに戦い抜くその姿。例え本能が「戦いたくない」と叫んでいても心がソレを拒絶する。

 もちろん激痛が全身に走ってる。既に腕の感覚は凄く熱いくらいしかないし、視界だって目眩が酷くとてもじゃないけど立てそうにない。


 でも足を踏ん張って立ち続けた。体が朽ちても心が倒れる事を許さず、悲鳴を上げる体を無理やりにでも動かす。

 絶対に負けられない理由があるから。


 この戦いに負けたりなんかしたら、きっとレシリアはレシリアでいられなくなるだろう。理想を完全にへし折られもう二度と立ち上がれなくなる気がする。

 だからそうならない為にも踏ん張って刃を振り続けた。負けない為に、一振り一振りに憧憬と全てを込めて振るい続ける。


「甘いわァ!!!」


「ッ!!!」


 四の型:水簾。

 上段から三連撃を繰り出し、二連撃目で奴の手元を狂わせ最後の一撃を叩き込んだ。肩を切り裂き血が噴き出すもルクルは気にも留めない。それどころか血を撒き散らしながら更にモーニングスターを握り締める。


 やがて血に足を取られて大きくバランスを崩したレシリアに、鉄球を天井を突き破るくらい高く振り上げて全力で振り下ろす。それも爆発で落下の速度を高めながら。

 しかし防御はもちろん回避すらも出来そうにない状況だ。

 だから、レシリアは重心を前に傾けて刃を突き刺した。


「死ぬがい―――――」


 半ば投げ捨てるかの様に刃を突き刺し、ルクルの硬い胴体をたった一突きで貫く。

 六の型:水琴窟。

 滑らかに鋭く、ただ一点だけを集中して一直線に穿つ突きの型。《暁光流》の様に素早くないから硬い物は穿てないけど、それでも人体なら豆腐みたいに突き刺す事が出来る技だ。


「これでお相子」


 その直後に急降下して来た鉄球が床と激突して激しい衝撃を生む。爆発で加速した必殺の鉄球は今まで一度も壊れなかった床を撃ち抜き、下の階にまで到達させてみせた。

 当たれば確実な死が待っている一撃を見て二人は絶句する。


「……お相子ではない。我の勝ちだ」


 ルクルはそう言うと少しだけ力を抜く。だけどまだサリーとリサが残っているのだから倒れる訳にはいかない。だから二人を殺す為に近づき始めた。

 でも、


「…………!!」


 リサはある事に気づいたかの様な表情を浮かべ、手に持ったマチェーテを躊躇なく投げつけた。しかしその攻撃は当たらずルクルの頬を掠って通り過ぎる。

 彼にとっては見苦しい足掻き同然の行動に少しだけ口元を引きつらせた。

 やがてモーニングスターを持ち上げると言う。


「安心しろ。貴様らもすぐ奴と同じ所に……ッ!?」


 けどルクルは言葉を詰まらせて後ろを向いた。

 何故なら、その先にリサが投げたマチェーテを逆手に持ち振り上げるレシリアがいたのだから。焦ったルクルは掌で刃を受け止める。でも、レシリアは肩を掴んで飛び越えると胴体に刺さっていた刀を引き抜き二人の前へと後ずさりした。

 生きてるだなんて思わなかったはずのルクルは驚愕した表情を見せる。


「貴様、何故……!?」


「……《水神流》三の型:水毬。歩法を変える事によって攻撃を回避したの」


 ――それと呼吸法も変えてね。


 最後の一言は隠しながらも刀を構える。疲労のあまり剣先が揺れまくる刀を。

 攻撃を回避と言っても回避し切れた訳じゃない。あの一撃は腕に掠っただけでもその部分の服が焼け焦げ、剥き出しになった肌は酷い火傷を負った。

 更に呼吸法を無理やり変えたから体が負荷に耐え切れず途轍もない疲労が体を襲う。


 ここだめ型を連発したのは初めてだ。型っていうのは通常決めてみたいな物だし、決まらなくてもここまで連発するだなんて機会は少ない。実際以前魔物や黒装束と戦った時もここまで連発しなかったし。

 ……体が重い。でも、倒れまいと必死に食らい付いた。


「なら今度こそあの世へ送ってやる。貴様ら全員! 灰すらも残さず!! ――ここで消えていけ!!!」


「っ!!!」


 もう一度モーニングスターを振り回す。それもさっき以上の速度を持っていて。

 ルクル自身もその速さに追いつけていないのだろうか。踏ん張ろうとしても鎖に体が引っ張られて重心がバラバラになっている。

 それ程なまでに強い一撃が来るって証だ。


「セァァァァッ!!!!」


 そうして即死の威力を秘めた一撃は真正面から向かって来る。

 しかし真上から来ないだけまだマシだ。今から放つ型は真正面からの方が攻撃を当てやすいし。

 鉄球と刀。真正面から打ち合ったら確実に刀が負けるだろう。更に向こうのモーニングスターは特殊な鉱石で作られているからレシリアでも斬れない硬度になっている。

 でもそれは“普通の型なら”の話。


 ――《水神流》奥義……。


 右足を前に。左足を後ろに。重心を前にして刃を鞘に戻して居合の構えを取った。腰を下げて左足に力を入れ、体を渾身の力で捻るのと同時に左足に溜めたマナを爆発させる。

 それと同時に引き抜いた刃は神速となって鉄球と激突した。


 そして、鉄球は鎖もろとも真っ二つとなってルクルの手元まで斬撃が行き届く。


「なっ!?」


 滑らかな断面を見せた鉄球は背後へ通り過ぎ、壁に激突して隣の部屋に入り込んだ。爆発で速度を高めたのにも関わらず真正面から刀と打ち合い負けたのだ。

 微かながらも蒼色の花弁が刃から舞う中、振り抜いたレシリアは眼光でルクルを見据える。


 ――【龍神】鏡花水月。


 その瞬間にルクルの手元はもう一度切り裂かれ大量の鮮血が零れ落ちた。

 レシリアの刃が振るわれた場所には真空が残り、刃を振った衝撃は向こうにまで届いたのだ。その事を即座に理解したルクルはすかさず距離を詰めて来る。

 今の一撃で限界の極地を超えたレシリアの身体はもう動きそうになかった。


 でも。


 ――まだだ。


「―――――っ!?」


 ――まだ、諦めるな!!


 横へ倒れそうになるも踏ん張り、その勢いを回転に変えてもう一度刃を振り抜く。決して諦めない瞳でルクルを見つめ、距離を詰めて来た奴の首に向かって思いっきり刃を叩き込んだ。

 ロストルクよりも先代の使い手が生んだ七番目の型。

 七の型:八雲渦。


 不完全ながらも型としてギリギリ成立した刃は、遠心力を攻撃力へと変換してルクルの首を切り裂いて完全に両断した。

 そして頭が落下するのと同時にレシリアも力なく倒れる。

 奥義技の硬直を呼吸法で無理やり解除して不格好なまま型を繰り出したのだ。それに掛かって来る体への負荷は計り知れない。

 だけどルクルは首だけになりながらも喋り出した。


「ぐっ……! まさか我が負けるとは……!!」


「喋った!? 気持ち悪っ!!」


 首だけになりつつも喋った事に対してサリーがドストレートな感想を残す。

 そんな中でリサがレシリアの身体を抱き起した。息すらも浅くなったレシリアを。

 やがてレシリアは瞼を開くと、憧れた英雄の背中が見えた気がして無意識に呟く。


「私。正義の、剣士にっ、なれたかな……」


「なれたよ。だって、だって私達を護ってくれたもんっ!!」


 するとリサがそう答えた事によって我に返る。

 危うく持っていかれそうだった所を間一髪で持ち直し意識を集中させた。


「……持ってかれる所だった」


「えっ。何に!?」


 ルクルの方を見ると既に死にそうで、一言も喋らずにただ呆然とした表情でこっちを見つめていた。どうしたのだろう。そう思っていると彼からこんな言葉を呟いた。


「……そうか。俺は――」


「――――?」


「お前の様な人に憧れたんだ」


「――――!?」


 その言葉に驚愕した。まさかルクルからそんな言葉がかけられるだなんて思いもしなかったから。

 ――きっと、彼もまた英雄に憧れていたのだろう。

 続いて口を開くと言ってくれた。

 何でか分からないけど、まるで背中を押してくれる彼の様な言葉を。


「貴様の想い。届くといいな」

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