第三章9 『絶望の中でも止まらない希望』
「君が街で噂されてる《悪魔の子》かい?」
「――――ッ!!」
ある日、いつも通りゴミ漁りをしていた時に声をかけられた。だからレシリアは反射的に飛び退き、人を近寄らせない為に覚えた『威嚇』でその人を怖がらせる。
でもレシリアの前に現れた男はフードを取るとその顔を露わにした。
「ひっ!?」
大柄の男はとても険しい表情でレシリアを見据え、人を近寄らせない為に覚えた威嚇よりも気迫のある表情をこっちに向けたのだ。だからソレに怯んだレシリアは尻餅をつく。
襲われると思ったのだけど、彼は怖い表情ながらも無邪気に微笑むとレシリアの反応を知っていた様に喋り出す。
「やっぱりこの顔は怖がっちゃうか。え~と……こんな顔だけど連れて行ったりとかそう言う事はしないから、安心していいよ」
「…………!」
「あれ、更に警戒された?」
直後に嘘だと思い込んだレシリアは更に警戒する。
そういう人は何度も見て来たし、何度も経験した。みんな大丈夫と言いつつもレシリアを連れ去ろうとするんだから、どうせ今回もそうに決まってる。
と思い込んでいた。
すると彼は自分の荷物を全て床に置き、来ていたローブすらも脱いで他意がない事を表した。
「大丈夫だよ。ほら」
「…………」
今までここへ来た人達は荷物を置いても服だけは中身を見せなかった。しかし彼は服の中身やポケットの中身まで全てを見せびらかし、何も持っていない事を教えてくれる。
だからほんの少しだけ警戒を解いた。
でも彼は今のレシリアにとって何よりも信用できない言葉を口にする。
「俺は君を探しに来た。そして安全な所に保護しようと思ってる」
「…………!」
「あれ何で!?」
その言葉を聞いた瞬間に出来る限りの力で飛び退いた。もう一度全力警戒するレシリアを見て彼はびっくりする。
しかし直後にそうする理由を悟って言い方を変えた。
「……正確に言うなら、君を救いたいと思ってる」
声の音量や震えを聞き分けて嘘か嘘じゃないかを判断する。今回は嘘じゃないみたいだったから少しだけ近づくけど、今まで通り嘘だったら全力で逃げていた所だった。
彼は手を差し伸べると言う。
「君を救いに来た」
「…………」
レシリアはじっとその手を見つめた。
今回やってきた人はいつもとは違うみたいだし、信じてもいいのだろうか。
そう考えつつゆっくり手を伸ばし始めたけど一瞬で我に返り手を引っ込める。信じるって事は、救おうとしてくれてるこの人も死んでしまうんじゃないか。
でも、彼は微笑むと安心させる為に伝えた。
「俺はみんなから《慈悲》って言われてる。知ってるかな?」
「《慈悲》って、あの?」
「そう」
何度か話しで聞いたり新聞で見たりした。確か最強の剣豪だとか何とか。そんな人がこんな所にまで足を運んだと言うのか。
かつて憧れた正義の剣士が。
一度諦めてしまった憧れが目の前にいる事に目を輝かせる。
「だから俺は死なない。どんな事があろうとも、どんな死線を潜り抜けて来た俺なら大丈夫だ。……どうかな」
そう問いかけられても、《慈悲》と言われてレシリアの覚悟は既に柔いながらも決まっていた。だから差し伸べてくれる手を握ろうとこっちも手を伸ばす。
もしわがままを言っていいのなら。
もし、一度でも諦めてしまった憧れをもう一度抱いていいのなら。
「私を……助けて」
―――――――
そうしてレシリアはロストルクの所へ弟子入りする事になった。最初は「自分がいても邪魔だ」と思っていたのだけど、ロストルクは思ったよりドジッ子で危なっかしく、最初の一週間を過ごすだけでもレシリアは自分が必要とされている事に気づく。
更には彼が憧れであった事もあり、ようやく信頼できる人を見つけられて心から嬉しかった。
――嬉しかったのだ。でも自分が《悪魔の子》だという認識は一向に消えはしない。かつて死んでいった人達は《悪魔の子》という名前に姿を変えてレシリアを縛っていたのだ。それをすぐに悟った。
だから「信じても大丈夫」だと認識する中、「絶対に信じるな」と言い聞かせてる自分がいる事もいる。別にロストルクの事を信じてない訳じゃないのに、“信じる事が怖い”からどうしても信じられなかったのだ。
“信じたいのに信じるのが怖いから信じられない”。そんな風になってしまう自分が嫌で、きっとそれを忘れたいが為に修行へ撃ち込んだのかもしれない。ただの現実逃避だという事を知っておきながら。
それがレシリアにかけられた呪いなんだと思う。
何をしようとも絶対に離れる事はない、一生背中にまとわりつく呪い。
でも憧れだけがそれに唯一対抗できる手段だった。
レシリアがかつて抱いた夢を思い出す度、その憧れだけが呪いを跳ね除けて気持ちを軽くしてくれる。だから少しでも憧れを強くするために刀を振るい続けた。
朝昼晩と問わず振るい、早く現実を忘れる様にと、憧れで呪いを押し潰す為に。
だけどいつまでたっても縛り付ける呪いを忘れる事は出来なかった。
「レシリア。これ、知ってるか」
「たった今情報収集してきました。……行くんですよね」
そんな時にあの手紙が届いたのだ。
ロストルクは心から出た思いをそのまま行動へ起こしたのだろうけど、レシリアは心から出た思いとは真逆の行動を起こした。
だって願いが叶うって事は何でも出来るって事で、それが何らかの形であれ立証されているからこそこうなっているのだろう。だからレシリアは心の何処かで既に願ったのだ。本当に願いが叶えられますようにと。
それがどれだけ汚いのか。“異変解決”に適してないのか。全て分かっていながらも心に嘘を付いてまで“異変解決”を名目に付いていくと決めた。
自分の気持ちを押し殺しながら異変解決に参加すると決めたのだ。
いずれ人殺しをするかもしれない、という可能性を自分で悟っておきながら。
武家屋敷へ行くと三人の少年と一人の少女が待ち受けていた。成り行きで仲間の輪に入り同期組となったレシリアは、彼自身も叶えたい願いがある事を知りながら参加していた事に安堵し、自分から進んで絆を強くしていった。
いや、もしかしたら憧れていたのかもしれない。
彼らが放っていた明るい雰囲気に懐かしさの様な物を感じたのかも。
実際その明るい雰囲気の中に飛び込んで話し合うのは楽しかったし、凄く自然体のまま過ごせたから気持ち的にも楽だった。何より過去を打ち明けても尚受け入れてくれた事が凄く嬉しかった。
ここにいていいんだって。嘘を付かなくていいんだって。そう思えたから。
それに様々な人間性に囲まれて沢山の事を覚えた。これまでみんながして来た旅の話や、互いにどんな願いを持つのか、将来どんなふうになりたいのか。それらの会話に花が咲く感覚が懐かしかった。
中でも気になったのはティアルスだ。最初は掴み所のない『無個性の少年』みたいだったけど、みんなと触れ合う内に影響されていく彼を見るのは凄くワクワクする。彼がどんな風に成長するのかが気になったから。
でも、現実を思い知らされるのはそのすぐ後になる。
突如襲撃して来た二人の剣士と冒険者。その二人に攻撃され、レシリアは逃げる事しか出来なかった。みんなが血を流しボロボロになって戦っても、レシリアはただ見つめるだけしか出来なかったんだ。
大人組が助けに来なきゃ死んでいたかも知れないのに。怖いからって理由で足が竦んでしまって。
だからその時凄く絶望した。例え刃を振り強くなっても自分は自分のままなんだと思い知らされたから。実際敵にも言われた。「強気な彼よりずっと強いのに弱気だから強くなれない」と。本当にその通りだったから現実を叩きつけられて絶望する。
ティアルスが体を壊してまで助けてくれたのに「ありがとう」すらも言えず、あまつさえそんな彼にもう一度助けられた。
その時に悟ったのだ。いくら強くなったって、心を誤魔化したって、結局は何も変わらないんだって事を。
夢を持てば持つほど理想は崩れ落ち憧れは綻びる。
そんな崩れた現実知って絶望に駆られた。
迷い続けた果てに何も得る物は無く、それどころか精一杯抱えていた物さえも失ってしまう。そんな自分が凄い嫌だった。
――なのに、憧れる程絶望する自分が嫌だったのに、また憧れを抱いてしまう。懲りずに何度も同じ事を繰り返して。
それ以降ティアルスは様々な敵を打ち倒しては抗い続けた。
たった一人でユークリウスを倒し、サリーの全力と互角に渡り合い、折れた刃で黒装束と戦い生き残り、風魔法だけで空を飛び二人を助け、限界を超えているはずなのにリキアへ最後の一撃を叩き込む。
そんな彼の姿に強く憧れたのだ。
ティアルスの背中が自分の憧れた背中そのまんまで、まさに『理想の剣士の具現化』だった。レシリアの夢が“違う形で叶った”かの様な。
だから懲りずにもう一度憧れる。自分もいつかあんな剣士になりたいと。
散々絶望して現実を思い知り、何をしようとも変えられない己の根底を悟りながら、それでももう一度目指したいと憧れた。
そしてティアルスが絶望している最中に言ってくれた言葉。それが何よりもレシリアを救ってくれたのだ。憧れである彼は、誰かだけじゃなくレシリアも救ってくれた。それもついで感覚で。
「いてくれただけで俺は力を貰えた」
レシリアがいるだけでティアルスに力を与えられたのなら、レシリアはその言葉だけで凄く救われた。だからこそ彼に憧れたのだ。
理想の『正義の剣士』になる為には、そんな程度の絶望で止まっている訳にはいかないから。
だから静かな夜に誓った。
これからどんな絶望が覆い被さっても絶対に憧れを捨てないと。人の根底に生まれた憧れは、絶対に止められる様な物じゃないから。
もうみんなには血を流して欲しくない。苦しむ顔も見たくないし、今までの自分と同じ思いもしてもらいたくない。その為にも強くならなきゃいけないのだ。
――いや、強くあらなきゃいけない。
小さい頃に見た英雄も同じ事を言っていたんだし。
それがレシリアの選んだ道だから。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
目の前に迫る鉄拳を見た。
血を流しながらも腕を振るルクルは既に目の焦点があっていない。しかしどこを見つめているかも分からない宙を見つめる瞳は、確実にレシリアだけを見据えていた。
レシリアだって刃を振るう。額から大量の血を流し、腕が折れ、視界に激しい目眩が起ろうとも。
「やああああああああああああァァァァッッ!!!!」
「らああああああああああああァァァァッッ!!!!」
互いに刃とモーニングスターを振るう。爆発しながらも振られる鉄球はレシリアの脇腹を掠り、速攻で振られる刃は奴の腕を掠めた。
爆発の衝撃で吐血しても構わない。
ただ足を踏ん張って光のない瞳で奴を見据える。
折れた腕で鎖を掴みルクルを引き寄せ、残った腕で柄を握りもう一度刃を振るう。
「ぐっ!!」
「やあああああああああああああああああッッッ!!!!!!」
咆哮を轟かせ奴の巨体を切り裂く。それでもなお止まらないルクルは更に体術も織り交ぜて攻撃してくる。
けど回避なんて出来る状況じゃない。だから、今はただ攻撃に耐えつつこっちも攻撃するしかないのだ。だからこそ正拳突きを食らっても歯を食いしばる。
――まだだ。耐えろ!! 敵を倒すまで!!!
そう念じながらも刃を振り回す。
ロストルクによるとレシリアの本質は頑丈さなんだから、こんな程度の攻撃で倒れる訳にはいかない。もっともっと、限界すらも追い越す程の攻撃を食らわせなきゃ――――。
ふと、脳裏に走馬灯の如く記憶が流れ始めた。




