第三章8 『悪魔の子』
「よもやこの攻撃を受けて耐えられるとはな」
そう言いつつもルクルは手元にモーニングスターを引き寄せた。ほんの僅かでも間が開いた所で膝を付くと、口の端から血を流す。
……さすがに強がり過ぎた。
いくら人が死なない程度の爆発とはいえ、逆に言えば当たると体力をごっそり持っていかれるという事になる。
その様子を見てルクルは蔑む。
「ふん。どうやら見切りに勝ったのは俺の様だな。いくら目が良くとも俺の一撃は見切れないわ」
「……それはどうかな」
「なに?」
だけど、レシリアは何も見切りを失敗した訳じゃない。最初こそは避けようとしたけど、別の可能性を見出したからその可能性を見切っただけ。
そして可能性は開けた。
握っていた拳を開くとルクルは驚愕する。
「これ、何だと思う?」
「それはっ……!?」
そうして手元にあるモーニングスターを凝視する。鎖の先にある鉄球には殺傷力を高める為幾つかの棘が付いていたけど、その何本かがレシリアの手元にあるのだ。
棘を背後に投げると種明かしする。
「確かにあなたの鉄球は斬れなかった。――けど、ソレに付いてる棘なら別。その程度なら私に斬れない物じゃない」
「……ふん。だが棘を斬った所で何になる。貴様はまだ何も変わっていないではないか」
「分からないの? 頑張れば私でも鎖が斬れるかもって事!!」
いくら鉄球の一部だといえ斬る事は出来たんだ。なら、鉄球自体が斬れなくても鎖くらいは斬れるんじゃないか。もしそれが出来るのなら状況は大きく異なる。
しかしそう上手く行きそうもない。
棘を斬る為には爆発する鉄球に近づかなきゃいけないし、鎖は変幻自在に動く為いくらレシリアと言えど捉えるのは難しい。
「なら、やってみるがいい!!」
するとルクルはまたモーニングスターを爆発させながらも振り回した。常時爆発っていう厄介すぎる事もあるけど、何よりも面倒くさいのが爆煙で鉄球の位置を見失う事だ。つまり時間をかければかける程こっちが無理になる。
「サリー! リサ! お願いできる!?」
「「分かった!!」」
だから一人だけじゃ無理だと判断して二人に協力してもらう。
けど触れちゃダメだって事は二人も理解しているから、当然間接的な協力になってしまうのだけど。
――二人が何か手を打つまで、私が耐えるしかない!!
ルクルに近づく為には隙を作らなきゃいけない。しかしその隙を作る為にはいずれにせよ接近しなきゃいけない。だから二人にしてもらいたいけど……正直それ自体も微妙な所ではある。
牽制としてブーメランを投げるからその軌道を追って動き出す。
「そんな満身創痍で何が出来る!」
「あなたを倒す事が出来る!!」
そうして脳天に迫る鉄球を二人が弾き、レシリアはその隙に思いっきり距離を詰めた。でも爆煙を抜けた先に待っていたのは正拳突きの構えを取るルクルで。
「なっ!?」
咄嗟に足を滑らせて正拳突きを回避し、股の下を潜り抜けて何とかやり過ごす。今のは動体視力がよくなかったら絶対に当たっていただろう。本当に危なかった。
しかし接近出来たのならこっちのもの。
「せぃッ!!」
さっきと同じく五の型で連続攻撃しようと刃を振るった。
でも、
「――その程度か」
「っ!?」
あろう事か素手で刃が止められる。
まるで読まれていたかのような動きに驚愕していると、もう片方の手は鎖を動かしレシリアの脳天に鉄球を当てようと動き始める。
無理やりにでも指の間から刃を引き抜き撤退した。だけどそれすらも読まれていたみたいで、背後には既に鉄球が迫って来ていて。
「しまっ――――」
直後に爆発してレシリアは前方へと吹き飛ばされた。それも爆破と鉄球が衝突するダメージを全て背中で受けながら。――何本か折れただろうか。口から吐血しながらも前を見た。
飛んでくるレシリアに対して拳を握りしめるルクルを。
「まずい!」
「リアお姉ちゃん!!」
爆煙が晴れた事によってサリーとリサが助けに入ろうとしてくれるけど、二人ともどれだけ急いだって間に合わない距離にいた。
だからレシリアは構えも取れずに正拳突きを食らった。
そのあまりの威力に爆発以上の速度で壁に激突して抉り込む。
「がはっ!」
衝撃に耐えきれずまた口から鮮血を吐き出す。更に今度は骨が折れるおまけつきだ。額からも血が流れ、瞼を開けるのを阻止してくる。
しかし無理やりにでも見開く。じゃなきゃ、ルクルの首に刃を通す事さえも出来ないから。
「リアお姉ちゃん! 大丈夫!?」
「しっかりして! ねぇってば!!」
そんな二人の声が聞こえて来る。でも今はソレに構ってられる程の余裕はない。レシリアはリサの肩を強く掴むと朽ちた体を無理やりにでも立たせる。二人から心配の眼差しを向けられながらも。
刀を握り締め、鋭い光が灯る眼光で奴を見据えた。
今ので行動不能直前にされたのは確かだ。でも、だからってここで諦めたら何もかもが終わってしまうじゃないか。
――刀を握れ。前を見ろ。その眼を逸らすな……!
力の入らない手で柄を握り締めた。体が鉛の様に重くたって必死に前を向き視界の真ん中で見据える。絶対に諦めちゃいけない理由があるから。
きっと今が信念を貫き通す時だから。
――君の根底にある本質は『頑固さ』だ。きっと限界まで追いやられた時、それが君を限界の先まで連れて行ってくれる。
かつてロストルクに言われた言葉だ。当時は自分に頑固さだなんて微塵もないんだと思い込んでいた。けど今なら分かる。レシリアという人間の根底にある本質が。絶対に諦めないって意志がその頑固さを伝えてくれる。
だからこそ立ち向かう。
体が朽ち果てたって。限界を超えたって。護りたい人や想いと貫き通したい信念が此処にあるから。だからレシリアは姿勢を低くし屈んだ。
息を整え呼吸法を変える。
サリーとリサが呼びかける中で、レシリアはそんな制止も聞かずひたすらに足にマナを溜めこむ。いずれ足から雷が発生して周囲の物を焦がしていく。
そして、刹那の鬨の声と共にその一歩を踏み出した。
「――――ッ!!!!!」
自分が立っていた場所すらも吹き飛ばす程の神速で駆け抜け、爆煙と鎖の中を通り越し刹那の時間でルクルの居場所まで到達する。
瞬間移動の如く現れたレシリアに驚愕した表情を見せる。
そこへ思いっきり刃を叩き込んだ。
「っ!?」
「らあああああぁぁぁぁッ!!!!」
ただ、その一撃に全てを込めながら。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「見て、あの燃え跡」
「わっ。何も残ってないじゃん」
「家族の灰すらも残らなかったらしいわよ」
「本当? あの子、可哀想ね……」
雨が降る日の事。
レシリアが初めて大切な人を失ったのは8の頃だった。自分が遊びに行っている間に“不慮の事故”によって家は全焼。家族は灰すらも残らず何もかもが燃え尽きた。
思い出も、愛も、楽しさも、幸せも、文字通り何もかもが燃え尽きたのだ。
これが数年後だったらまだ心が持ち直せたのかもしれない。でも、まだ親離れできない子供にとっての衝撃は凄まじい物だった。
自分の全てが奪われ行く当てもなく絶望する。それを背負うのにはまだ早すぎたのだ。
その日に見つめた“家だった物”の光景は瞳の奥どころか魂にも焼付いた。一切忘れられぬ光景となって記憶の奥底に焼き付けられた感覚もその日に知った。
果てしない絶望に覆われながらも雨に打たれる感覚も。
行く当てのないレシリアは孤児院に引き取られ、それからは“生徒”としての扱いを受けて育っていく事になる。慣れない環境と人達に困惑しながらも同い年の子に導かれる日々は、レシリアの中で次第と救いになっていった。
孤児院には同じ境遇で育ったりした子が多く集まる所だ。故にレシリアに共感してくれる子もいて、その場所と子供達がレシリアにとっての“大切”になる。
「レシリア大丈夫~?」
「派手に転んだね」
「う、うん。大丈夫」
それからレシリア自身も知らなかった事が色々と露わになっていった。実は意外と運がなかったり、料理が下手だったり、運動神経と動体視力が群を抜いて良かったり。
まだ見ぬ自分を探し仲間達と笑うのは本当に“楽しかった”。
一緒に本を読んだりもしたし、同じ夢を持ったりもした。
その夢っていうのが、
「正義の剣士か~。私もなりたいなぁ」
「レシリアならなれるんじゃない? 運動神経とかいいし」
「そうかな……?」
「もちろん私もなるけどね!」
正義の剣士になる事だった。もちろん他の子達は英雄に憧れたりもしていたけど、レシリアにとっての目指したい理想は正義の剣士で丁度良かった。
身の丈の夢を持った方が良いって、どこかでそう思ったから。
浅い憧れながらも将来の夢を持ち共に歩むのが夢でもあったレシリアは、途轍もない充実感に満たされていた。
それが両親が死んだからこうなったって思うとやるせなさが込み上げるけど。
でも、そこからレシリアの運命は大きく狂い始める。
雨が降る日。傘も何も差さずにただ呆然と立ち尽くしていた。目の前に映るのは粉々に粉砕された孤児院の建物。
魔術師が運行し実験していた遠隔魔道具が突如孤児院に落下したのだ。
“不慮の事故”によって崩壊した瓦礫に全員が潰され、その事故で生き残ったのは職員を含め、食材の買い足しへ行き道に迷っていたレシリアのみとなる。
夢を共にし、将来を誓い、約束を交わし合った仲間がたった一瞬で死んでいった。その現実を受け入れきれずレシリアは軽い鬱の様な症状を患う。
もう一度何もかもを奪われ現実を見なくなってしまったのだ。
その後に受けたカウンセリングによって何とか立ち直すものの、その時に唯一の救いとなっていたドクターは馬車に乗っている最中に賊に襲われ死亡。
どうしようもなく教会へ入れられた後は唯一信頼した司教様が病にかかり死亡。
絶望する中で「貴女のせいじゃないわ」と言ってくれた少女は厨房で大爆発が起き死亡。
全て雨が降る日の事だった。
そんな風にしてレシリアは色んな所を転々としては見つけた希望を塗りつぶされ、いつしかレシリアの噂は国中に広がり蔑まれるようになる。
誰が言いだしたのか「蒼髪の少女と一緒にいるだけで死ぬ」という様な噂も出回り、その噂も手伝い最終的に保護される予定だった所にまで拒否された。
自分じゃ手を下してないものの、一緒にいるだけで死ぬと噂が広まったせいで街にいれば石を投げられ、食べ物なんか到底与えられない。
ついには宛先を探してくれていた人も連れて行かれ、微かな希望であったその人も後に死んだと言う。
文字通り行き場を失くしたレシリアはスラム街を彷徨った。その住人にさえも嫌われ、ゴミの中からご飯を探す生活が始まる。
14の少女にとって「信じれる人を作るな」という現実はあまりにも過酷だった。
後にレシリアは街全体でこう呼ばれるようになる。
《悪魔の子》と。




