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彼岸に咲く願いの華  作者: 大根沢庵
第三章 描かれる未来
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第三章6  『自分の手で掴みたい理想』

「師匠、荷物ここでいいですか?」


「ああ。そこでいいぞ」


 シファーの所へ弟子入りして数年。体も精神も成長したラインハルトは十分剣士の様な身なりになっていた。幼い頃に独自で考えていた剣技は捨て《紅焔流》を習い、今一度『誰よりも強く熱い男』を目指す様になった。

 しかし今までと変わらない事だってある。夜間筋トレフルコースは今も続けているし、暇さえあれば木刀を振り、その度に父の言葉を思い出す。

 そんな風にしてラインハルトは力を付けて来た。


 ……本当はまだ怖い所だって沢山ある。

 今はこうして前を向けているけど、あの時みたいな状況に陥ったら立ち上がれないだろうから。自分が気づいてないだけでああなるのが怖いからこそ前を向けているのかもしれない。

 確かに根底にある憧れは止まらないし止まれない。


 だけどあの夜を思い出す度にこう思ってしまう。「一度は何も護れなかったんだぞ」って。自分が弱かったから。命を殺す事を躊躇ってしまったから。そんな後悔は何年もラインハルトを縛り付けていた。

 例え人助けが出来る様になり周りから「正義の剣士」と呼ばれても、ソレだけは決して変わる事は無かった。


 そんな時にあの手紙が届いたのだ。


「これを見てくれ。ラインハルト」


「はい?」


 シファーが見せて来た手紙を覗き込む。

 そこには【願いを叶えたくば朝霧の森へ来い】と書かれていて、明らかに嘘だと思い込んだラインハルトは驚愕を通り越して呆れ果てた。

 でも彼は続けて言う。


「嘘だと思うよな」


「嘘に決まってるじゃないで――――」


「これを信じ込んだが故に被害者が続出してる」


「………!」


 その言葉に息を呑む。まさか、こんな嘘っぱちの手紙を信じて朝霧の森とやらへ行った人がいるのか。願いなんて到底叶う訳でもないのに。

 真剣な眼差しでラインハルトを捉えたシファーは問いかける。


「言いたい事は分かるな」


「はい」


 二人は今まで数多くの異変や事件を解決して来た。だからもう一々言わなくたってシファーの伝えたい事は分かる。

 要するに「覚悟はあるか?」って言いたいのだろう。

 即座に意図を理解する。「願いを叶える」って言葉の魔力はとんでもないだろうから、幼い頃からの憧れを持ち、そして一度砕かれたラインハルトの行動を気にかけているんだ。願いが叶うってなれば、ラインハルトは無意識にでも『誰よりも強く熱い男』を叶えると思うから。

 しかしラインハルトだって言いたいことがある。


「――俺は自分の手で掴みたいんです。楽をして褒め称えられるだなんて嫌だ。それに既に被害者が出てるのならいち早く止めなきゃけない」


「……分かった」


 ラインハルトの言葉にシファーは頷いた。

 でも口では言わずとも自分自身で理解している。きっとその森に近づけば近づく程自己との闘いになると。元々ラインハルトの目指している道はどんなに頑張ったって到底届かない様な修羅の道。それを近道出来る手段があるのなら、きっとその手を伸ばそうとしてしまうはずだから。


 もちろんそんな手段はラインハルトの性に合わないから選ばないと思う。しかし、その戦いの中で遠いと感じれば感じる程、自分の中で何かが生まれるはずだ。だからソレとの闘いになるだろう。

 例えば向かった先に『英雄の本質』を持つ人がいた場合。

 きっとラインハルトは差を感じて落ち込むはず。その中で近道が用意されていたら―――――。

 顔を左右に振って頬を叩くと思考を変えた。


「俺が保有する武家屋敷がある。そこへ行こう。それで戦力を集めるんだ。詳しい話は馬車の中で!」


「はい!!」



 だけど、出会ってしまった。『英雄の本質』を持つ人に。



「俺はティアルス。こっちはクロエ」


「よ、よろしくです」


 ある日、焦げ茶色の髪に癖毛があって、中性的な容姿をした少年に出会う。最初はアルスタだけだったから不安だったけど、同期がいてくれた事が純粋に嬉しかったのだ。

 その後は彼らと行動して過ごす事になる。

 互いの流派の良い所だけを集めて剣術を教えるのは楽しかったし、無垢である彼と喋るのは凄く新鮮だった。


 ――掴み所のない性格。それがティアルスに抱いた第一印象だ。

 厳しさも優しさも特に表面上じゃ出さず、淡々と喋り会話を合わせる。言うなれば『無個性の少年』だった。普段の言い振りからして自分の性格に気づいてないんだろう。

 自分で言うのも何だけど“親しみやすい”と評判の笑顔にも特に反応しなかった。逆にクロエには苦手がられたけど。


 後にレシリアも参戦して《同期組》となり五人での生活になっていく。今思えば沢山の人に囲まれて生活するだなんて子供の時以来だったから、新鮮さを感じたのはそれかもしれない。


 そして異変に参加し初めての戦闘。そこでティアルスの本質を垣間見る事となった。


「ティア、クロエーっ!! いぎででよがっだ~~っ!!」


「い、イルシア……! ちょっと苦しい」


「あっ、ごめん。つい」


 ティアルスとクロエに抱き着くイルシアら三人を見つめていた。そしてついさっきまでの戦闘を思い返す。

 自身もボロボロでもしかしたら死んじゃうかも知れないのに、レシリアを護る為何の躊躇もなく飛び込んだティアルスの背中――――。

 血を流し傷ついても尚立ち向かい続けたティアルスに差を感じたのだ。


 こっちは背中を引き裂かれただけでも足がもつれたのに、至る所を引き裂かれ、更にはマナの負荷で体が壊れてるはずなのに、それでも彼は仲間を護る事を優先した。

 ……嫉妬、の様な物が生まれていく感覚に奥歯を噛みしめる。


 ユークリウスとの戦闘だって、住民を護る為だけに腕を壊してまで鉄の塊を受け止めたと聞いた。その上もう誰も死なせない為に壊れた腕で立ち向かった。

 サリーとリサを救う時には限界を超えてまで時間を稼ぎ勝利する。

 そんな背中に嫉妬する反面、理想の英雄像を無意識に彼と重ねた。


 ティアルスの本質は、ラインハルトの追い求めた『英雄の本質』と全く同じだったのだ。彼が無垢だったから故に生まれた物なのか、はたまた根底にある憧れだったのかは分からなかったけど。

 でも刃を振るう度に痛感する。ティアルスとの差を。

 その差がラインハルトに焦燥や絶望を―――――。


 ――大丈夫。俺がいる。


 ティアルスが何か大きな行動を起こす度に言ってくれる言葉だ。元々はイルシアが言っていた言葉らしいけど、ラインハルトはその言葉に凄く安心を感じた。彼の背中なら護ってくれるからって思えたから。

 だからラインハルトもそうなれる様に頑張ろうって決めた。

 精一杯もがいて足掻いて頑張ろうって。

 いつしか自分も彼の様な、誰でも護れる様な誰よりも強く熱い男――――英雄になりたいから。


 それにティアルスはみんなと過ごす度に色んな事を言ったり多くの反応をする様になったのだ。まるで純白の色紙に沢山の彩が追加されていくみたいに。変わっていく彼を見ているのが楽しかった。

 変わり、護り、闘い、救う。やがてラインハルトはこう認識する。「彼は自分の憧れそのままなんだ」って。


 いつか自分で掴み取りたい理想が目の前にいる。そう思うと胸が躍って仕方なかった。だから胸に刻む。例えどんな敵が来ようとも全力で前に向かいひた走ると―――――。





 ――何弱気になってるんだ。何もしない事の恐怖ならずっと前から知ってるんじゃなかったのか!!


 動かなかった手がようやく動く。

 転がっていた刀を握って立ち上がり、額から流れる血が目に入ってもお構いなしに前方を見据えた。その先にいるシファーとダリクティじゃない。二人のもっと遥か先にいる、ティアルスの面影に。


 ――掴み取れ。願いなんかに負けるな。じゃなきゃ英雄になんかなれないぞ……!


 折れた足で歩き始めた。傷だらけの手でほんの微かにでも理想に近づけるのなら、何にでもしがみ付くから。

 視線の先じゃ生死の賭けにでたシファーが必死になってダリクティの攻撃に耐え忍んでいる。互いの武器がぶつかり合って無数の火花を激しく散らした。いくら《紅焔流》の必殺技である“奥義技”を使おうと、奴の攻撃には耐えきれないんだ。


 ――耐え切れないからなんだ。怖いからなんだ。ちっぽけな力でも絶対的不条理に抗うのが英雄だろ!!!


 呼吸を整えて刃を構えた。

 まだ恐怖は消えない。下手をすれば死んでしまうから。でもそれ以上に怖い事ならずっと前から知っている。大切な人を失う恐怖に比べれば、自分が死ぬ恐怖なんてほんの些細な事でしかない。


 ――奥義なら……!


 姿勢を低くして飛び出した。その衝撃だけで背後の木が吹き飛ぶ。

 この奥義技はいわゆる最後の切り札だ。戦闘中どうしようもなくなった時にだけ真価が発揮される諸刃の剣。

 如何なる攻撃も受け付けない技だけど、その代償として体に掛かる負荷はマナの全身強化もあって途轍もない物へと変貌する。


「死ねェェェェェェェェッ!!!!」


「ぐっ!」


 その時、ダリクティの放った最期の一撃はラインハルトによって弾かれた。弾いた反動だけで腕が痺れて動けなくなりそうになる。でも、それが奴にとっての普通の攻撃なんだ。

 だから次の攻撃が迫って来る。

 内心恐怖で叫びまくってるけど、それでも尚地面を割る程の一歩を踏み出した。


「らァァァァァァァァァァァッ!!!」


 やがてもう一撃も弾き飛ばす。

 自身の攻撃が弾かれた事に驚愕したダリクティは目を見開いてラインハルトを見つめる。その瞬間に引きつった笑顔を浮かべ、皮膚を噛み千切りながらも左手を振りかざした。

 すると噛み千切った所から出る血が一カ所に収束して戦鎚の形を生成していく。まさかと思った時には左手でも戦鎚を握っていて。


「っ!!!」


「いいぜいいぜその調子だ! もっと耐えて楽しませろやァァァァァァァァ!!!」


 片腕だけでも必殺の威力だと言うのに、両手で戦鎚を握ったダリクティは狂気の眼を剥き出しにして本能の赴くまま振り続けた。

 やがて防御と攻撃の負荷に耐え切れず腕から血が噴き出す。

 このまま続ければ確実に死ぬ。けど、


「負けるかあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」


 腕が壊れようと。足が悲鳴を上げようと。それでも刃を振り続けた。

 呼吸を微かにでも違えば死に至る。そんな極限の状況でラインハルトはふと彼の背中を思い出す。自分の理想を掴む為には奴どころか、ティアルスさえも越えなきゃいけないんだから。


 《紅焔流》奥義――――。


 ラインハルトは全ての力を振り絞って最後の刃を振るった。

 互いに咆哮しながらもぶつけ合った一撃は激しく衝突して周囲の地面や木々を更に遠くへ吹き飛ばす。

 そして、ラインハルトは一歩踏み出した。


 【獄炎】迦楼羅鳥舞(かるらちょうぶ)


 やがて衝突の末に生まれた反動は、あまりの威力に互いの武器を後方へと吹き飛ばした。刀を弾かれてしまったラインハルトは薄れゆく意識の中で奴を見据える。

 まだだ。ダリクティにはまだ片方の戦鎚が残っている。

 ――でも、シファーが体を支えると最後の一撃を叩き込んだ。


「なっ―――――」


「……言っただろ。俺が生きている限り、誰も死なせないと」


 紅い花弁を纏わせ放ったシファーの一撃は、ダリクティの戦鎚を粉々に粉砕して首元を思いっきり切り裂いた。

 首元から大量の血を流しつつもダリクティは倒れ込む。

 鈍い音を立てながらも大の字になって倒れた彼はそれ以降動く事は無かった。しかし今までの何ら変わらない瞳で月を見つめると呟いた。


「……ああ。俺、負けたのは初めてだ」

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