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彼岸に咲く願いの華  作者: 大根沢庵
第三章 描かれる未来
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第三章5  『誰よりも強く熱い男』

「ラインハルト。いいかよく聞け。剣ってのは鋼の純度で決まる。叩けば叩く程不純物が飛んでより高質な鋼になるんだ。何にも折れない鋼にな。――だから、おめぇも誰にも負けない、熱い男になれ」


 父がよく言ってくれた言葉だ。幼く言葉の意味が理解出来ない頃からもずっと言ってくれた言葉。その言葉は時に勇気を与え、時に覚悟を与えてくれた。

 ラインハルトは心からそう言える父に憧れたのだ。

 人を護る為にひたすら鋼を打つ。そんな背中に強く惹かれた。

 だからラインハルトも最初は鍛冶師になろうって思ったのだけど、その話をする度に父は微笑みながらもこういう。


「父さん! 俺、父さんみたいな誰よりも熱い鍛冶師になるよ!!」


「いいや、鍛冶師は俺だけで間に合ってる。だからお前は誰よりも熱い剣士になれ」


「剣士?」


「そう。困ってる人を助け救う、そんな正義の剣士にだ。熱い鍛冶師の作った剣を熱い剣士が使ったら、そりゃもう世界最強になるからな!!」


 父と子で助け合い最強になる。そんな父の提案はラインハルトに火を付けさせた。いつか自分が剣士となり、父の作った剣で悪を裁き弱き人を救う。そんな理想に夢を馳せたのだ。

 だからそれ以降ラインハルトは剣を振り続けた。

 誰でも護れる様に。どんな時でも笑っていられる様な強さを手に入れる為に。


 寺子屋にも通ったし、自主練習も夜通しやって筋トレもいつだってやった。強くなれるのなら何でもやり続けたのだ。父特製の超強化リストも全てこなして食事中には空気椅子とかもする。

 ただ純粋に強くなりたかった。その気持ちに嘘は無かった。


 ある日、友達から一冊の本を借りる事になる。タイトルは『英雄の詩編』という物で、今まで世界に名を轟かせた英雄達の物語がまとめられた大きな本。

 最初は英雄に興味はなく勧められたから読んでみただけだったけど、ラインハルトはその内容に父の提案なみに凄く惹かれた。


 自身が持つちっぽけな力だけで絶対的不条理に抗う英雄。罪を背負いながらも理想へ夢を馳せ戦う英雄。空っぽの手の中で剣を握り戦った英雄。己が身を犠牲にして世界を平和へと導いた大英雄。

 それぞれの英雄の詩には大切な教訓が書かれていて、その半分くらいが理解出来なかったものの、ラインハルトはそれでも英雄と言う物に憧れた。やがていつしか自分が英雄になる未来を憧れる様になる。誰よりも熱く、強く、どんな人でも救える様な、そんな理想の英雄を。


「父さん! 俺、正義の剣士にもなるけど、この本みたいな英雄にもなる!!」


「いいじゃねぇか! 親子揃って世界の為になる。痺れるねぇ~!」


 父もその理想に強く賛成した。

 それ以降ラインハルトの火は業火へと変わり、より一層修練に励むようになる。英雄になるのにはこれくらいの努力じゃ足りないから。もっともっと頑張らないと。

 たまに体を壊す事もあったし、体調を崩して寝込んだ事もあった。

 しかしラインハルトは着実に強さをその身に宿し、いつしか筋肉バカと呼ばれるようにまでなって行く。まだ小さい少年なのに筋肉モリモリなのは流石にちょっと異常だっただろうか。


 でもそのおかげで自信もついたりしてより一層自分を誇れるようになった。時にして父の言葉に勇気を貰い、ラインハルトは幼いながらにその村じゃ頼られる存在となる。そんな日々が凄く楽しかった。頼られるのは理想に近づけている証だって思えたから。


 それから『誰よりも強く熱い男』を目指して更に高みを目指した。この村だけじゃない。冒険者や剣士になったら他の村や街でも頼られる存在にならなきゃいけないんだし。

 日々明るい理想を持ちつつ励むのは凄く楽しかった。

 そう。“楽しかった”。


 そんな理想が完膚なきまで粉々に粉砕され、もう二度と戻らなくなる様になるまでは。





 夜。習慣と化した夜間筋トレフルコースなる物を実践していたラインハルトはある事に気づく。外から妙な声がしてカーテンの奥が少し赤くなっていたのだ。

 どうしたのだろう。そう思って扉を開けると戦慄した。


「え――――?」


 この世の生物とは思えぬ姿をした異形の化け物。そんな化け物――――いや、魔物がラインハルトの村を襲撃していたのだ。村人に向かって攻撃しているのを見てラインハルトはすかさず立ち上がる。

 父がラインハルトの為だけに作ってくれた剣を持って飛び出し、奴らがどれだけ凶悪なのかも知らずに、家族がどこにいるかも分からずに、ただひたすら焦燥に駆られて魔物の群れへと刃を振りかざしたのだ。


「こんのッ! 村から出て行け!!」


 そうして一番近くにいた魔物に刃を突き刺す。すると突き刺した所から真っ赤な鮮血が溢れ出し、それは全てラインハルトに掛かっては暴れ出す。

 初めて見る魔物に動揺していたのもあるけど、ラインハルトは焦る感情を忘れたいが為に無我夢中で刃を振るう。馬乗りになって何度も何度も突き刺しその度に血を浴びた。やがて魔物が消滅した時には全身血塗れになっていて、どれだけ拭っても取れない血に恐怖を覚える。


「っ――――」


 その時に気づいた。ラインハルトは今まで強くなる為に剣を振るって来たけど、その中で命を殺すだなんて事は一度も無かったと。魔物であれど初めてこの手で殺した命に動揺する。

 醜い化け物でも生きていると捉えただけで殺した事の重さが全てのしかかった。


「……違う。こいつは村人を殺そうとした。早くみんなを助けなきゃ!」


 だからその現実から逃れる様に思考を捻じ曲げて立ち上がる。

 しかし振り返った時に見た光景はまさに地獄だった。建物は全て燃え、周囲からは必死に逃げ惑う悲鳴。絶命時の絶望の叫び。痛みに耐え切れずに出る喉が掻き切れる程の咆哮。

 せめて家族や友達だけでもそう思った走り出した。


 ――違う。違う。


 駆け抜ける先には既に何十人もの村人や滞在していた冒険者が死んでいて、それらを見る度に心が蝕まれていく。

 寝る前まで輝かしい笑顔を向けていた人達が死んでいる姿を見る度、今まで自分が抱えていた理想がへし折られ、もう二度と戻らなくなるくらい粉々にされていった。


 ――俺はこんな結果を望んだんじゃない。どんな時でもみんなを救える様な……。


 どこへ行っても何をしても手遅れ。今の自分に出来る事はただ絶望を感じながらその手を血に染める事だけ。せめて一人でもと探し続けるけど誰も見つからない。みんな寝込みを襲われて死んでしまったんだ。

 そう思った時、目の前の家から本を貸してくれた友達が飛び出す。


「ラインハルト! 助け――――」


「―――――!!!!」


 その背後を見て絶望した。カマキリの様な見た目をした魔物が、既に刃を振り下ろしていたのだから。

 全てがゆっくりに感じる。

 自分の中の時間が引き伸ばされているのがよく分かった。


 ――頼む神様。一人でいいから。一人だけでもいいから。助けさせてくれよ。誰も救えないだなんて、そんなの嫌だ!! 俺は、誰よりも強く熱い、どんな人も助けられる英雄に……。


 願いは届かなかった。あと一歩。本当にあと一歩の所で友は目の前で死んだ。

 胴体が引き裂かれ上半身が宙を舞う。その瞳がラインハルトを捉えていた。果てしない絶望に包まれ、光を失くした虚ろな瞳で。

 そして、目の前の魔物は今度はラインハルトに刃を定めて―――――。



 それからの記憶は全くない。



 気が付いたら知らない人の手を握って村を眺めていた。燃え盛る村を山の上から見下ろし、ただ焼け焦げるのを見ていただけだったのだ。

 握り締めていた手の先を見つめる。

 赤銅色の髪をし、悔しそうな目で村を見下ろす男を。

 すると男は奥歯を噛みしめながらもこう言った。


「……すまなかった。君しか救ってやれなくて」


「救う……」


 そうして村をもう一度見下ろす。……救われたのだろうか。自分は。明るかった今を失い、理想を全て完膚なきまでにへし折られ、生きる意味すらも失った自分が。

 もう何も戻らない。失った人たちは戻って来ないのだ。

 そんな自分に救われる価値なんかあるのだろうか。

 ふと、勝手に口が動いて彼に問いかける。


「強さってなに?」


「え……」


「英雄とか、正義の剣士とか、強さって何なの。何が英雄で、何が正義の剣士なの」


 突如問いかけられた定義に彼は困惑した。そりゃ、こういう系列の質問は人の価値観で全てが変わるんだから答えずらくて当然だろう。

 でも分からなかった。自分が目指していた物がなんだったのかさえも。だから例え価値観が違くたって答えが欲しかった。今はその答えによって諦められる気がしたから。

 しかし彼は全く同じことを言った。


「誰よりも強く熱い男、だと俺は思う」


「……!!」


 自分と全く同じ定義を持っていた彼に視線を向けた。光のない虚ろな瞳から一変、微かな希望を見据えた輝かしい瞳へ変えて。

 彼はラインハルトの瞳を見て何があったのかを理解したのだろう。

 胸の前で拳を握ると呟いた。


「……そうか。君は誰よりも強く熱い英雄になりたかったんだな」


 彼は本気で悔やんでいるみたいだった。理想をへし折られ絶望したラインハルトの事を。その言葉に頷こうとしたのだけど、心がソレを許そうとはしなかった。

 またここで“そんな物”に憧れてしまったら、今度同じ光景に会った時、もう二度と立ち上がれないんじゃないか。これ以上の絶望が襲って来るんじゃないか。――なら、ここで諦めてしまった方が楽なのかも知れない。


 だけど一人葛藤する。「それでいいのか」ってラインハルトの根底がそう問いかけて来るから。人生をも賭けようと誓った夢を、“そんな程度の絶望”で捨てていいのかって。

 家族はもういない。だけど記憶の中の父がずっと強く叫び続けているんだ。それはどんなと出来もラインハルトを諦めさせなかった力強い言葉。


 ――逃げるのは構わねぇ。泣いてもいいし転んでもいい。だが、絶対に諦めちゃダメだ。この世界で何よりも怖いのは『何もしない事の恐怖』だからな。……って、大英雄も言ってたらしい。


 何もしない事の恐怖。当時はその意味が分かりずらかったけど今ならハッキリと理解出来る。きっと、父はラインハルトがいつかこうなる事を見越してこんな言葉を残したんだ。

 何もしなきゃ英雄にはなれない。諦めちゃ父や家族、周囲の人達が向けてくれていた期待や情熱が全て水泡に帰してしまう。

 そんなの嫌だ。


 今までしてきた全ての努力は何の為にある。今まで払って来た全ての犠牲は何の為にあった。それらは諦める為にしてきたんじゃない。英雄になる為にして来たんじゃなかったのか。

 ……ラインハルトは長い葛藤の末に頷いた。

 すると彼は嬉しそうに頭を撫でる。


「よしよし強い子だ! 根底にある憧れは誰にも止められる様な物じゃないからな。君は君の目指したい英雄を力一杯目指すといい!!」


 そう撫でていると彼は閃いたように手を合わせて言った。それもラインハルトにとっては唯一の救いを。


「じゃあ、俺の一番弟子になるか?」


「えっ」


「俺が君を誰よりも強く熱い男に導いて見せる。だから君は、理想の英雄になるんだ」


「……うん!」


 それが、ラインハルトの本当の始まりだった。

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