第三章4 『圧倒的な脅威』
リークが戸をほんの僅かだけ開き、その隙間から中を覗こうと顔を近づけた。でもその瞬間に鉄球が飛んで来て全員を庇いつつ後ろへ飛ぶ。
それに反応出来ず尻餅を着きながらも壊された戸の奥を見つめた。
待ち受けていた50人以上の黒装束と一人の白装束を着た大男を。
「なっ!?」
「まさかこんな所まで来るとはな。さすが魔眼の保持者と言った所だ」
するとその中で真ん中に立っていた男が喋り始める。男は長い鎖に棘の付いた鉄球――――モーニングスターを手元へ戻してキャッチした。
重そうな鉄球なのにそれを指だけで持ち上げる。
「我は新・大罪教徒幹部が一人、《血流星》ルクル。ここへ立ち入ったのなら、その命ない物だと思え」
「大罪教徒、ねぇ」
「知ってのか?」
思わせぶりな台詞を言うリークにアルスタが問いかけると、彼は顔を縦に振って喋り始めた。目の前の男がどれだけ危険な人物なのかを。
「新たな大罪って聞いた時点で予想はしてたんだけどな……。大罪教徒ってのは要するに巨大な犯罪集団だ。神出鬼没で正体不明。基地も掴めず意図も不明で、見つけたら全力で逃げるか全力で殺せって言われてるくらいのヤバイ奴らだ」
「見付けたら全力で殺せって……」
さらっとえげつない事を言われたアルスタは剣先を震わせる。
それ程なまでにヤバイ奴らが何でイルシアを――――。いや、そこはもう関係ない。今のティアルスにある根底は『イルシアを助け出す事』なんだから。
ルクルは真っ先にリークを見据えるとモーニングスターを振り回した。
「こうして合間見えた以上、貴様には消えて貰う他ない。あぁ大罪よ。愚者に死の許しを!!」
そうして高速で振り回した鉄球をリークへと全力で投げつける。ヤバイと察したティアルスはすかさず後退の姿勢を取るのだけど、その時にサリーとリサが前へ出て鉄球を弾いた。
あんな小さな少女が鉄球を弾くだなんて思いもしなかったから驚愕する。
「サリー、リサ……!」
「ここは私達に任せて。お兄ちゃん達があんなおじさんに足止めされていい訳がない」
「その強さを向けるべき相手はこの先にもまだいるだろうから」
すると一撃で刃毀れしてしまった武器を握り締める。
――無理だ。二人じゃ勝てない。直後にそう悟った。たった一撃で刃毀れさせる様な武器を使う相手に、速度重視の二人が付いていけるだろうか。
ルクルはもう一度鉄球を振り回すと笑いながら言った。
「ふん。無駄な事を。例え貴様らがここを抜けたとて望みは叶わん。貴様らはただ無駄死にして地を這いつくばるのがお似合いよ! ――何の意味もなく、ここで死んでいけ!!」
「っ……!」
その時、咄嗟にレシリアが前へ出て刃を振るった。滑らかな斬撃を鉄球に当てると綺麗に真っ二つとなり、鎖さえも切れた鉄球は背後の壁に激突する。
やがて振り抜いた態勢から戻るといつも以上にハッキリとした声で伝えた。
それも恐怖で微塵も震えない声で。
「ごめん。私もここに残る」
「レシリア……」
「あいつだけは倒さないと気が済まないから」
いつも怯えていたレシリアとは思えぬ眼でルクルを見つめていた。それ程なまでに今さっきの言葉で何かが目覚めたんだろう。
これ以上戦力を分散させる訳にはいかない三人は頷くと駆け抜ける用意をする。
「鉄球を斬ったか。中々やる様だが……貴様にこれは斬れんぞ」
「……!」
でもルクルは背後に下げていたもう一つの真っ黒な鉄球を手に持つとおもむろに見せびらかして来た。その見た目を見ただけでも分かる。
真っ黒なのに天井の光を反射する棘の付いた鉄球を。
「紅獄鉄という鉱石から作られた物だ。何よりも重く硬い純正の鉄球……。果たして貴様如きに斬れるか」
「やってみなきゃ分からないでしょ」
そうしてレシリアは構えた。
すると眼だけで伝えて来る。突破の隙を作ると。何だか、こうして本気のレシリアを見るとイルシアに近しい物を感じる。
やがてルクルが真っ黒な鉄球を思いっきり振りかざした瞬間、レシリアは叫んだ。
「――行って!!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
直後、地を裂く程の攻撃がシファーを襲う。あまりの衝撃に膝を崩しそうになるけど、その攻撃を真正面から受け切ったシファーは鬨の声と共に弾き返す。
そして背後からラインハルトが刃を振るった。
「ハァッ!!」
二の型:噴火昇降。
振り上げた一撃目は戦鎚に防がれ、しかし急速な動きで振り下ろした二連撃目は微かにだけどダリクティの服を切り裂いた。
その瞬間にシファーが追撃を仕掛ける。
「――させるか!!」
「甘ェよ!!」
でもどっちの攻撃も同時に回避し、ほんの僅かにでも距離が開けば反撃を返して来る。だからそれを指せない為にも互いに距離を詰めて攻撃を受け流す。
一撃が半端なく重い。多分シファーみたいに真正面から受け切ったら刃が折れて頭を吹き飛ばされるだろう。
――が、何も対策がない訳じゃない。
以前ラインハルトはアルスタと一緒にティアルスへ「型を繋げるのは難しい」みたいな事を説明した。一つ一つの型がそれで終わっているし、《紅焔流》に限っては繋げられる様な柔らかい動作は微塵も出来ないから。
けど別の方法ならある。
互いに型を繰り出し“連携として型を繋げる”事なら可能なのだ。重い一撃を浴びせ硬直の隙がある《紅焔流》でも。
つまり重い一撃が連撃となって放つ事が可能になる。
その効果は例えダリクティの様な必殺の一撃を振るう相手にでも絶大だ。
「おっ?」
「ぐッ!!!」
右払いで攻撃したシファーの隙を埋めてラインハルトも右払いで攻撃する。連撃の防御で右側へ傾いたダリクティはバランスを取ろうとするけど、その隙さえもシファーが右払いで攻撃した。
「こんのっ。さっきから同じ方向ばかり……!」
「どうした! やっぱり真正面からの攻撃じゃなきゃ弱いのか!!」
その後も何度か同じ攻撃を仕掛ける二人だけど、シファーの煽りを聞いたダリクティは歪に微笑むと急に姿を消す。――――いや、違う。姿を消したんじゃなくて瞬時に死角へ入ったんだ。
ジャンプしたラインハルトの下を潜り抜けてすぐに飛び上がる。
「いいや!」
「なっ!?」
「俺も小細工は得意だ!!」
するとラインハルトへ戦鎚を振るうけど、咄嗟にカバーへ入ったシファーによって弾かれる。しかしそこで連撃が途絶えた。一瞬でも奴に隙を与えた以上、即座に反撃が開始される。それを耐えきれるかどうか――――。
「死ィィィィィねェェェェッ!!!!」
「ッ!!」
高速で振り回された戦鎚はシファーの大剣に当たり、背後にいたラインハルトもろとも木々を貫通して後方へと吹き飛ばされた。さらに発生した風で小石も鋭い攻撃となっては体に食い込む。
痛がってる暇さえ与えられない。だって、次の瞬間には既にダリクティが戦鎚を振りかぶっていたのだから。
「――危ない!!」
反射的に前へ出て刃を振るった。
でも、その選択が命取りとなる。攻撃をするには不格好な態勢の上、息も整ってないし焦っていた事もあって本来の威力が発揮できなかったのだ。だからラインハルトはあまりの威力に負けて地面に叩きつけられる。
「がはっ!?」
「ラインハルト!!」
地面に叩きつけられながらもボールの様にバウンドして後方の木々へ衝突した。その時に吐血して手から力が抜けてしまう。
転がった刃は動揺したラインハルトの表情を映す。
――痛い。間違えた。今のは反撃じゃなくて回避にすればよかった……!
そう悔やみながらも体を動かそうと力を入れる。でも、まるで制御が奪われたみたいに動かない。指先がほんの僅かに動く程度。それも恐怖によるものだから自分の意志じゃないけど。
動かない中でも痛みだけはしっかりと伝わって来る。
痺れた腕の痛みが全身を駆け巡る中、ラインハルトがいなくなった事で劣勢になるシファーを見つめた。
「オラオラどうしたァ! 弟子がいなきゃ何も出来ねぇのか!?」
「ぐぅっ!!」
――動け! 動けよ俺の体! こんな程度で、たった一撃で動けなくなってるんじゃないぞ!!
必死に念じてもようやく指先が動かせる程度。
こんなんじゃ動く事はおろか、刀を握る事さえも出来ない。あの一撃を半ば腕で受けてしまったからその反動で動けないんだ。骨にひびくらいは入っただろうか。
ふとシファーがこっちを見る。そして表情を歪めて体を震わせるラインハルトを見て察したんだろう。眉間にしわを寄せて向き直ると今一度刃を構える。
まさか囮にでもなるつもりなのか。
筋肉に全てを費やしたと言っても過言じゃないシファーでさえ弾かれたのに、一対一で戦うだなんて流石に無茶だ。
けど起き上がれないのも事実。
「――ダリクティ」
「あぁ?」
「お前、極限の命のやり取りをしたいんだよな。……なら俺が付き合ってやる」
するとシファーは剣の持ち方を変えて上段へ構えた。
駄目だ。彼は完全に時間稼ぎをするつもりなんだ。ラインハルトが起き上がる為の。一か八かの博打へ賭けたシファーは頬に汗を流すと宣言した。
「だが忘れるな。俺が生きている限り、みんなは絶対に死なせない。――そう、誰一人だ!!」
「ほぉ。って事は、テメーを殺せば皆殺しにしてもいいんだな!!」
――駄目だ。師匠。駄目だ!!
そうは思っても口さえ動かない。
早く行かなきゃいけないのに。あの威力でまだ本気も出してないダリクティ相手に、一人で敵う訳がない。
恐怖と絶望が覆って行くのを感じた。
――動け! また、また失うかも知れないんだぞ!! 動けないせいでまた! 俺が、動けないせいで!!! また……。
明確に分かる。今の自分が抱いている物を。
それは恐怖と絶望。それと焦燥、後悔だ。
あの時、ラインハルトが動けなかったからみんなが死んでしまった。あの時、勇気を振り絞って剣を握れていれば。その刃で戦う事が出来ていれば。――みんなは死ななかったはずなのに。
今目の前で起きている光景と全く同じだ。守る為に身を挺して囮になる姿が。
――たった一撃なんだぞ! たった一撃……受けた、だけで……。
奴にとっては本当に些細な事のはずだ。ラインハルトへ振るった一撃なんて。
じゃあその些細な一撃で立てなくなってる自分はどうなんだ。ほんの一撃食らっただけで恐怖し絶望し、立ち上がれなくなった自分は。
――次の一撃に耐えられるのか。奴にとっての普通の攻撃でこんなになってるのに、立ち上がった所で、何が……?
考える程に現実が押し付けられる。
例えラインハルトが立ち上がれた所で何が出来るだろう。何の役に立てるだろう。絶望の淵に追いやられたラインハルトは、ついに自分で定めた禁句を呟いてしまった。
――俺は、何も出来ないのか。




