第一章5 『戦う理由』
「――どう?」
「…………」
次の日の朝。イルシアは早速ティアルスに昨日来た手紙を見せていた。この手紙の真偽を確認する為と、自分の抱いた憶測を確認する為に。
もしイルシアの予想通りなのだとしたらティアルスの魔眼は――――。
金色の瞳へと変えたティアルスは結果を告げた。
「嘘じゃない、と思う本当の『色』が見えるから」
「そっか。ありがと」
――やっぱりね。まさか本当にそうだなんて。
脳裏でそう呟く。
これでハッキリとした。ティアルスが嘘を見抜いた理由が。
彼は魔眼を持っている。だけどこの世界には魔眼がいくつか存在していて、それらは全て別々の能力を持っているのが確認されていた。中には事象の真偽を見抜く魔眼も。
だからティアルスの持っている魔眼は事象の真偽を見抜く事が出来る、
――《真偽の魔眼》。
ここ300年でも滅多に見ない魔眼らしい。いや魔眼自体も滅多に見れないけど、その中でも滅多にって事は希少中の希少という事になる。
もし彼の魔眼の存在が知れ渡ったらどうなるかは分からない。
どうにかそれを伝えようと言葉を探していたのだけど、ティアルスは当然手紙の内容に興味を示す訳で。それも嘘じゃないなら尚更。
「なあ、これって何か、聞いてもいいか」
「―――――――」
遠慮気味に投げかけられた問いに黙り込む。
もちろん問いかけられる事は予想していた。でもその答えよりも真偽の方が気になってしまって――――。イルシアはありのままを答える。
「見たままよ。これが本当だって事は、朝霧の森へ行けば願いが叶う……かも知れない」
「願いが叶う……」
そうして深く考えこもうとしたティアルスに「でもね」と続けて無理やり思考を遮った。これに限っては何が起こるか予測が付かない。
仮にそうだったとして何が待ち受けているのかさえも。
「これは罠かも知れないの。だから今のティアルスが行ったとしても、多分……」
「弱くて戦えない、か?」
ゆっくりと頷く。
今の技量じゃティアルスは何の抵抗も出来ずにやられるだろう。最悪死ぬかもしれない。ここはそういう世界なんだから。
その事実にティアルスは静かに俯いた。
「でもこの世界じゃ力のない人は淘汰され餌食にされる。そうならない為に冒険者達が民を守り、民は報酬を与えるの。……それが現実」
「だとしても、俺は――――」
その瞬間だった。街の方から轟音が耳に届いたのは。
咄嗟に音が響いた方角へ行くと黒煙が上空へ向けて伸びていて、それが魔物のせいなんだって事は直ぐに分かった。
だから走り出しながらも彼に伝える。
「嘘、連続で出るなんて! ――ここから出ないで待ってて! 絶対だからね!!」
「ちょっ、イルシ――――」
「絶対ね!!!」
強く言いながらも全力で地面を蹴った。高く飛び上がると昨日の様な魔物が4……いや、大型だけでも6体はいるのが見える。これじゃあ衛兵だけで対処できない訳だ。
例え倒した所で昨日みたいになると分かりつつ街へ向かう。
ただ、悪い予感だけを抱えながら。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
幾つの轟音を数えただろう。
イルシアの言う通り家の中で帰ってくるのを待つけど、あんな状況を見せられた後じゃ1秒1秒が凄く長く感じて仕方がない。
これでいいのか。そんな疑問を覚える。
昨日、イルシアの剣技を見た時に感じた感覚。あれをもし自分の動きに適応出来るのなら、ティアルスだって戦えるんじゃないか。そんな事をずっと思索する。
もしこの手で戦う事が出来るのなら――――。
自分にとっての戦う理由はなんだろう。
イルシアは英雄になりたいからと言っていた。その時、憧れは戦う理由には十分だって知ったけど、自分にとっての戦う理由って言われるとなると……。
ふと刀が飾ってある事に気づく。
握ってみただけで分かった。これは真剣だと。
少しだけ抜くと刃の側面に反射した自分の顔が見えて、どれだけ迷っているのかが目に見えた。でも、その瞬間に覚悟が決まる。
自分の戦う理由は……。
――――――――――
まだ空も明るいというのに地上は何と言う地獄絵図だろうか。大型の魔物は2体に減ったけど取り巻きの数が凄まじく、見ただけでイルシアが帰って来れない理由が分かる。
そんな光景に、なけなしの覚悟を引き下げて山を出たティアルスは動揺する。
しかしこんなところで止まるなと頬を叩いて体を動かした。
イルシアが貸してくれた服を着て腰に刀を下げただけだけど意外と走りやすい。やっぱりよく走るみたいから服も考えてるのか。
けどそんな思考は目の前に現れた魔物で掻き消される。
人型の黒い化け物が――――。
一瞬だけ歩みが止まって数歩だけ引き下がった。
だけど何の為にここにいるのかを言い聞かせて無理やりにでも手を動かす。確証もないし思っただけで飛び出したからもしかしてここで死ぬかも知れないけど、それでも自分でやらなきゃと見様見真似で構えた。
――落ち着け。あの時の感覚を思い出せ。
イルシアや自分じゃない記憶の動きを真似すれば、きっと。そうして鞘から抜き出し足を踏み込んだ瞬間、脳裏に流れたノイズと共に体が半ば勝手に動く。
【■■――■―■■――――■】
前へ素早い3連撃を繰り出して魔物を深く切り裂いた。
その動きに自分でさえもびっくりする。
――この技、イルシアの……?
試しに振った時はこんな滑らかな動きじゃなかった。なのに何で今になってこの技が振れる様になったんだ……?
理由は当然分からない。でも、振り続けたら何かが分かるという事だけは理解できた。
だから衝撃を自信に変えて前へ踏み出す。細かい霧となって消滅した魔物には目もくれず、必死になって街中を走り始めた。
「街の人は……!?」
走り回って確認するけど街の人は1人たりとも見当たらない。せめて逃げてくれたのならいいけど。
でも次々と襲いかかって来る魔物を倒すのに必死になって探すどころじゃなくなってしまう。動きは依然訳も分からず素早い動きで刀を振るけど、上手く体と合わずに完全な動きとはいかない。
両手で握り締める刀でひたすらに切り裂き続けた。
――キリがない。俺の体力がいつまで持つかも……!
自分で突っ込みながらも上手く体が動かせない事に後悔し始める。
そもそも何も分からないまま未完成の技をうろ覚えで振っているのだから当然と言えば当然か。というか今更ながら何で戦えてるのかが不思議に思えて来る。
そうして魔物を切り裂きながらも必死に進むとある事に気づいて。
「あれ、何か……赤い?」
地面や建物が薄赤くなっていた。蜘蛛の巣の様な赤い薄光は模様は奥へ進むにつれ太く赤くなっていて、そこが中心とでもいうかのような光景を見せる。
でもまだ街の全体の2割も移動してないような……。パッと見ただけだけど。
けど魔物が多い理由はソレで理解できた。
赤い模様から何かが生成されている。やがてそれらは魔物を模って倒して来た個体と同じ形をしていった。なるほど、この赤い模様が沢山の取り巻きを生成しているのか。
早速倒そうと刀を両手で握るけど急に少し前の家が壊されて。
「らぁぁぁぁぁぁッ!!」
倒れた大型の魔物に上から急降下で刀を刺した。やがて消滅した魔物から降りて来たイルシアは次のとこへ行こうと姿勢を低くする。
でもソレをすぐに引き留めた。
「イルシア!」
「何、だれ――――ティア!?」
すると目を皿にしてびっくりした。そりゃ、絶対に山から出ないでと言ったのに結局は飛び出してるんだからびっくりするはずだ。
そうして近づいたら稲妻の如き速さで頭をガツンと殴られる。
痛みに悶えているとイルシアの怒号が聞こえて。
「何で来たの! 家で待っててって言わなかった!?」
「確かに言われた。でも理由があるんだ! 俺は――――」
「ここがどれだけ危険な場所か分かってる!? 一歩でも間違えれば死ぬかも知れない場所なんだよ!? なのになん……で……」
でも、イルシアは真剣な顔をしたティアルスを見て徐々に言葉を弱めた。まだまだ言いたい事はあったはずなのに体で葛藤を表現して抑え込める。とりあえず肩をガッシリと掴むと強めに言う。
「話も理由も後で聞きます! 戦える訳もね! で、ここまで来たって事はどうせ止めても無駄だから、私に付いて来て!」
「分かった」
「離れないでよ!」
するとイルシアはティアルスに合わせてわざわざ走って移動し始めた。いつでも助けられる様に間合いへ入れる為だろうか。
走っている最中でも魔物は出現するけど、イルシアはそれらを全て一刀両断する。
そんな中で何が起こっているのかを尋ねた。
「……何が起こっているんだ?」
「魔物の奇襲って言えばわかりやすいかな。大型の魔物が巣を張って取り巻きを増やしまくってるの」
「なっ。何の為に!?」
「それが分からない。魔物を使役する人が何かを狙ってるのか、それともただ暴走してるだけか。少なくとも街に被害が出てる事だけは確かなんだから倒し続けなきゃ」
どうしてこんなところに魔物が奇襲を仕掛ける。そんな事を考えるけど襲って来る魔物が多いせいでまともな考察はできそうになかった。
しかし今大事なのはイルシアが言ってた大型が取り巻きを増やしてるという話。っていう事は大型のさえ倒してしまえばこの騒ぎはどうにかなるのだろうか。大型のさえ倒してしまえば――――。
「あれが最後かな。小型の低級は自分で何とかできそう?」
「……多分」
「わかった。じゃあ10秒だけ待ってて!」
「10秒で済むのか!?」
あんな大型を10秒で仕留められる物なのか。薄々思ってはいたけどもしかしてイルシアって相当強い部類……?
昨日の様に高く飛び上がったイルシアは足を斬りつつも上昇してすぐに弱点らしき所を捉える。そのまま重力に従って急降下し胴体を貫いた。
あまりにも呆気ない戦闘に呆然としているとイルシアは近寄って自然と話し出す。
「――大丈夫? 怪我、無い?」
「まあないけど……その、強いんだな」
「鍛錬してますから」
って事は昨日の戦闘は全く本気じゃなかったって事か……。イルシアの戦闘力が未知数な事に驚愕しているとその場で問いかけて来る。
さっき保留にした問題を。
「それで……何で来たの?」
改めて言われると自分で決めた理由に自信を失くしてくる。これでいいのかっていうのもあるけど、何より、戸惑いが生まれていたから。
そうして迷っているとイルシアから言葉が投げかけられて。
「――迷わないで」
「え?」
「ここに来れる程の理由を見出したのなら迷わないで。それはあなたを突き動かした理由なんでしょ?」
突如、何かが胸に込み上げて来るのを感じて咄嗟に押さえ付けた。
この戦場に来れる程の自分を突き動かした理由――――。イルシアの言う通り、それに迷ってしまったら理由を見付けた意味がなくなってしまう。
だから答えた。あの時に見付けた理由をそのまま。
「俺がここに来れた理由は……」
「うん」
「戦えば自分が見つかるって思ったからだ」