第三章3 『待ち受ける刺客』
「……肌寒くなって来たな」
「ああ。やっぱりそうか」
腕を摩りながらラインハルトが言うとロストルクが両手を伸ばして呟いた。確かにさっきから少しだけ肌寒い。ここが本物の地下通路って事なのだろうか。
転移地点から案外歩いたのにまだ終わりが見えない。
不安だけが降り積もる中、クロエは逃れる様に胸の前で手を握る。
「クロエ。何か聞こえるか?」
「音が反響し過ぎる場所は初めてなので、まだ……」
「そうか」
後ろを向いたシファーからそんな事を問いかけられるけど、クロエは少しだけ目を逸らすとありのままを答えた。
初めて音が反響し過ぎる場所に来たし、何より全員分の足音がこの通路中に響き渡っているから他の音が聞き取りにくい。足音より大きな音なら聞き分けられると思うけれど。
それにやっぱり意図的に導いてるんだろう。少し先の通路は真っ黒なくせに歩けば歩く程先の通路が照らされていく。それと比例して背後の魔石も輝きを失くしていった。だから無限ループに陥ってる様な感覚に落ちいる。
「まさかこのまま無限ループで彷徨い続けるなんて事は無いよな……」
「これが殺す為の罠ならあり得るかもな。……でも、その線はないみたいだぞ」
クロエと全く同じ思考になったロストルクはそう呟くけど、先を見据えたシファーがそう答えた。その言葉に釣られて前を見ると目の前に空間がある事を見つめて。
駆け出そうとすると手を横にして制止させられるから足取りを整える。
……そうだ。ここが敵地だって事を忘れちゃいけない。
「戦闘態勢」
シファーの声でそれぞれが柄に手を掛ける。
やがて息を揃えると一斉に目の前の空間へ飛び出し、一斉に抜刀して構えた。だけどその空間に広がっていたのはまさしく異様な光景で。
「なっ!?」
「何だコレ……」
「ここ、地下だよね」
地下だというのに目の前に広がったのは夜の森。地下空間なはずなのに存在する森。更に夜空には星まで輝き、今まで通って来た道が何かのセットなんじゃないのかって思えて来る。上り坂って訳でもないみたいだったのに。
だからそれぞれが驚愕した。
「鳥……」
「どうやら虫までいるみたいだな」
その上聞こえたのは小鳥のさえずり。ラインハルトは虫がいる事も見抜いて足元の石を軽く転がした。その下にいたのは一匹の昆虫。
まだ状況に追いつけないけれど、道がない以上進むしかないと全員が覚悟を決める。
こんなのどうやってるのかも分からないまま。
「……幻かも知れない。精神が引き込まれない様に気を付けて行こう」
エスタリテがそう警戒しながらも柄を握り締める。――大人組だって緊張してるんだ。きっと、こんなの初めての事だから。
クロエだってこんな現象初めて経験した。だからさっきから鼓動の回数が速くなって頬に汗が流れる。そのせいで五感の探索に支障をきたしていた。
――でも、前方にいた大人組が一斉に刃を構えたので気づく。
「幻なんかじゃねェよ。これは全て本物さ」
「っ……」
そうして自ら姿を表した。黒い衣装に身を包み真紅の戦鎚を肩にした大柄の男は、シファー一行を見るなり嬉しそうに微笑んだ。それも歪な形で。
その笑顔を見るだけで察する。こいつが刺客なんだって。
すると重そうな戦鎚を片腕で振り回すと言う。
「報告じゃ四人少ねぇが……ま、いいか。俺は敵ィ! お前らを今からぶっ殺す。だからお前らも全力で俺を殺しに来い。じゃなきゃ、フェアな殺し合いになんてならねェよなァ!?」
「…………」
――快楽殺人鬼。それが奴に抱いた一番最初の印象だった。
口の端が大きく裂けて歯茎が丸見えになり、片目は潰れ義眼となっている。そんな恐ろしい姿をした男が平然と“殺し合い”って言うんだから恐怖した。
でもシファーは手を横にして庇う態勢を取ると小さく言う。
「俺達の目的は何だ」
「……!」
つまり彼はこう言いたいんだ。「ここは俺に任せて行け」って。
でも奴はイルシアでも負けた様な化け物の刺客なのに、シファーたった一人で勝てるのだろうか。いくら力技で攻めて来そうだからと言ってそんな事――――。するとラインハルトが横に立つ。
「みんな、行ってくれ」
「ラインハルト……?」
「ここは俺と師匠で食い止める。――大丈夫、絶対に負けないから!」
突如として対立する事になった二人。当然クロエも戦おうと足を前に動かすのだけど、エスタリテに抱えられてそれどころではなくなってしまう。
そして抱えられたままエスタリテとロストルクは森の奥へ走り始める。
「わ、私も――――むがっ」
「……お願いね」
「頼んだ」
「ちょっ、エスタリテさん!?」
降りようともがくけど固定された腕は一向に外れず、クロエの視線の先に映った三人が遠く離れてしまう。二人だって本能で危険だと判断してるはずなのに何で――――。
するとエスタリテから声をかけられた。
「何で……! 何で!!」
「あの二人が。誰よりも熱い男を目指すあの二人が大丈夫って言ったの! なら私達はそれを信じるしかないでしょ!!」
「っ……!!」
その言葉にラインハルトの過去を重ねた。彼はもう二度と誰も失わない為に熱い男を目指していて……。なのにその男を信じないのは失礼なんじゃないのか。
「……もう、大丈夫です。自分で走れます」
「分かった」
そうしてようやく降ろしてもらう。
彼は誰にからでも頼られる存在になりたいんだ。だから、ラインハルトの言葉を信じてあげなきゃ、いつラインハルトが《熱血》になれるっていうのか。
出口すらも分からない中で、残った三人は森の中をひたすらに走り続けた。
無事でありますようにって祈りながら。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「結構優しいんだな。先に行かせてくれるなんて」
「元からあいつらに興味なんかねェ。俺が殺し合いてぇのはテメーらだ。その湧き上がる闘志……。俺ァずっとテメーらみたいなのを待ちわびてたんだ」
「要するに命の殴り合いをしたいって事なんだな」
「ああ」
要約するとそういう事なんだろう。奴は自分の手で相手の命を殴り、自分の命を殴られる。そんな極限の命のやり取りに快楽を覚えたんだ。殺し合いこそが最高の愉悦――――。きっとアルスタがいたら怒りで我を忘れて真っ先に飛び込んでただろう。
まあ、ラインハルトも同じ状況な訳なのだけど。
ふとシファーが問いかけて来る。
「よかったのか、これで」
それは戦う為の覚悟を確認する質問だった。
ここに残ったのにはそれなりの理由がある。シファーが心配だとかそういった系列の理由もあるけど、でも、何よりも譲れない『信念』があったから。
「いいんだ。これで。――何よりも熱い男になる為には。誰でも救える様な男になる為には。目の前の敵を粉砕して進まなきゃいけない。その為の一歩を今ここで踏み出したかったから」
「……そうか。いい心がけだ!」
するとシファーはわしゃわしゃと頭を撫でた。
――そうだ。ラインハルトがここへ来たのは異変を終わらせる為だけじゃない。ここで誰よりも、何よりも熱い男になりたかったからだ。誰でも護れる様な熱い男に。
シファーの背中に憧れた日の記憶は、絶対に消えてなくならない。
「話はいいか」
「ああ。ちょうど終わった所だ」
ある程度の間を見て奴がそう言って来るから、シファーは大剣を振るとありのままを答えた。体験談や噂で聞いたことがある。ああいう系の男には小細工なんて一切通用しない。戦うんなら真正面から力でねじ伏せるしかないって。
奴は戦鎚を手に持ち力なく垂れさせると言った。
「《血塗れの暴君》ダリクティ」
「《熱血》シファー・ウォスルパイト」
それぞれが名乗るからラインハルトも名乗る。
だけどラインハルトには二人の様な大層な異名は持ち合わせていない。だからせめて胸を張ろうと頭に浮かんだ言葉をそのまま喋った。
「シファー・ウォルスパイトが師。ラインハルト」
全員が名乗った瞬間、それぞれの合間に静寂が流れ込んだ。方や初動の見切り。方や受けの見切り。奴の――――ダリクティから来る眼光は本気のシファーのソレと全く同じだ。だから無意識に喉を鳴らす。初撃を見切れなければ死んでしまうだろうから。
すると、痺れを切らしたシファーが突如横から消え去る。
正確には高速移動したのだ。瞬間的に間合いを詰めたシファーは、全身全霊の初撃をダリクティへと叩き込む。
《紅焔流》一の型:烈火。
踏み込みと同時に加速した刃は即座に反応したダリクティの戦鎚へと激突した。でもその瞬間、互いに激突した衝撃で周囲の木々が根っこから吹き飛ぶ。
高く舞い上がった土埃と木々、そして鼓膜が破れそうな程の轟音を持ってして、この死闘は幕を開けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――誰もいないね」
「人がいないかただの罠か。どっちにせよ誘導されてるみたいだ」
城に侵入した六人はなるべく陰に隠れて上への階段を探していたのだけど、その道中に敵影の姿は微塵も無かった。それどころか丁寧に進むべき道を示してくれている。
罠だって事は分かってるけど他に道も無さそうだ。
「なぁ、リーク」
「どうした?」
「ここで聞くべき事じゃないって分かってるんだけど、聞かせてくれ。――イルシアの過去って、どうなんだ」
すると今までピクリともしなかったリークの頬が僅かに動く。
こんな状況で聞くべき事じゃないっていうのは十分承知してるんだ。でも、ずっと聞ける機会が無かった。だからどうしても気になって今問いかけたまで。
最初は戸惑っていたのだけど、少しだけ足を遅くするとリークは語り始めた。
「……エスタリテ程じゃないが、俺もイルシアを知っている」
「…………」
「初めて会ったのは剣舞際の開催直前だった。初めて立ち寄った街の中で、イルシアは困った人には手を差し伸べ、厄介事には首を突っ込んで解決する、絵に描いた様な『善人』だった」
子供の頃以外に聞いたイルシアの過去。
《虚》から成長し街で人助け――――。その言葉を思い出し過去と照らし合わせる度に胸がきつく締め付けられた。
「絵になってたよ。街人にお礼を言われながら道を歩くイルシアの背中は。そんなイルシアに会って俺は凄く憧れた。確実に上位を狙える実力がありながらも剣舞際には参加せず、ただ自分のやりたい事を本能のまま成し遂げる姿に」
「……今と全くの別人みたいだな」
「ああ。ほんとにそうだ。そして俺はイルシアと知り合った。友達としてじゃなくて、ライバルとして。互いにやりたい事をするって約束をしたんだ。でも、その半年後。俺の所にイルシアからの手紙が届いた」
「それが今回の件って事か?」
「そう言う事だ」
一通りこの件に参加した経緯を話したリークは、感慨深そうな顔をして太刀の柄に手を触れる。だから釣られてティアルスも刀の柄を握った。
その時、前を見て理解する。リークが柄を触った理由を。
「……この先にいるの?」
「そうみたいだ」
レシリアの問いにアルスタが答える。
全員が見つめた先にあった戸。それにリークは全力で警戒しながらもゆっくりと手を触れた。




