第三章2 『潜入開始』
「森の中は意外と明るいんだな。昼って事もあるだろうけど」
「偵察は怠るなよ。どこから敵が来るかも分からないんだから」
全員で固まって森を駆け抜ける中、周囲を見渡したロストルクがそう言う。そう言われれば確かにそうだ。イルシアの家があった山とは大違いだし。
しかしそれはそれ。これはこれだ。
「……なあ、方向は分かってるのか?」
どんな所かが分かっても方向が分からないアルスタは問いかけた。
確かに、ユークリウスとかの協力を得てどんな所とかは分かってる(らしい)けど、それが森の真ん中にあるのか端っこにあるのかは伝えられていない。
だからエスタリテがすぐに答える。
「安心して。ちゃんとユークリウスに教えて貰ったから。私達はその場所を特定して最短ルートで走ってるから、少なくとも迷うなんて事はないと思うわ」
「最短ルートか……」
でも何だか不安そうだったアルスタはその言葉を繰り返した。
……不安なのは分かる。ティアルスだってそうだから。もし辿り着いたとしてもイルシアが《虚飾》として生まれ変わっていたら。そう思うと不安で不安で仕方なくなる。
もちろんクロエだって。
「大丈夫です。きっと何とかなるから」
「……そうだよな」
けど、今だけはそう信じ込むしか前へ進む方法がない。未来が不確定だなんて当たり前の事だ。ならその不確定な未来にはみんなが笑い合える未来があるって認識も出来る。だから、今だけはこの足を止める訳にはいかない。
――私が生まれてなんてなければ!
――感情も何も持たない死神みたい。
――何者かになりたいって足掻いては殺し続けた。
――私の背負った罪は絶対に償える物じゃない。
――私のせいで。
あの時にイルシアが言った言葉が脳裏で勝手に再生される。
全ての言葉を思い出す度胸が締め付けられた。何で気づいてやれなかったんだって。どうしてイルシアだけが苦しまなきゃいけないんだって。
イルシアが悪い訳じゃないのに。彼女はただ、英雄に憧れただけなはずなのに。その先に待ち受けていたのがこんな結末だなんて―――――。
――大丈夫だよな。絶対、負けたりなんかしないよな。
今はそう祈り続けるしかなかった。
あれだけ強くて、数千数万の軍勢をたった一人で撃退できるような人間なんだ。あんな吸血鬼なんかには負けないはず。イルシアの根底にある憧れは、絶対に止められる様なものじゃないから。
そんな事を考えていると周囲の異変にようやく気付く。
「……なんか、白くなってきてないか?」
「霧が出て来たな。さすが朝霧の森……。昼頃だが」
入ってから数分しか経ってないのにもう霧がかかるエリアにまで到達したのか。それ程なまでに走るのが速いだけなのかも知れないけど。
しかし、こうも霧が掛かっていると周囲が見渡しにくくて仕方ない。
つい木の枝を人だと見間違える事もあるし。
「更に気を引き締めろ。どこから襲って来るかも分からないからな」
「ラジャー!」
シファーの掛け声でラインハルトに気合いが入る。でもそうは言ってもティアルスに探索の能力は微塵もない。魔眼を使っても憎悪とかそういうアレでしか探せないし、厄介な事に“憎悪”と“敵意”は一緒に入らないらしいから。“殺意”とまでなれば話は変わって来るが。
一応魔眼で探索しつつも走り続けた。
でも同期組の中で唯一探索に長けてると言えばクロエだ。
「クロエ、どうだ?」
「今の所は何も聞こえない。少なくとも周囲には誰もいないみたい」
「そうか」
獣人族であるクロエは耳だけじゃなく鼻や目も良い。だから五感的な探索はクロエが一番長けてると言える。まあ、直感的な探索をしてる大人組には負ける訳だけど。ティアルスはよく分からないけど視線すらも感知できるらしい。
――でも、それは裏を返せば厄介な事にもなる。
もし相手が静止したまま偵察してるのだとしたら……。
「何か見えて来たぞ」
「何だアレ。建物、か?」
すると前方に何かが見えて来る。霧のせいでほとんど見ずらいけど、何か結構大きい建物みたいだ。近づくにつれ城みたいに見えていく。
森の中に城?
と、考えた時だった。
木の上にいた誰かが微笑んだのは。
「――――ッ!? 下だ!!!」
魔眼で何かを探知しそう叫ぶ。何かは分からないけど足元に何かの反応があったんだ。妙に魔術っぽい物を感じさせる何かが。
突如、先頭を走っていたシファーが床を踏むと周囲に魔方陣が展開される。
「魔方陣!?」
「罠か!!」
その瞬間にはそれぞれの大人組が動いた。リークはレシリアを抱えながら抜け出し、ラインハルトはティアルスを投げ、同じ様にしてエスタリテもアルスタを投げ飛ばした。結果的にリーク、レシリア、ティアルス、アルスタが魔方陣から抜け出した事になる。
でも残ったシファー、ロストルク、エスタリテ、ラインハルト、クロエ、は魔方陣から抜け出せないまま。
「クロエ、早く!!」
「ティア!!」
だからせめて一番近くにいたクロエへと手を伸ばした。だけどティアルスの手はあと一歩クロエには届かず、残ったメンバーはその場で跡形もなく消え去ってしまう。
一秒前までクロエの手があった所に今更届きながらも目を見開いた。
「……クロエ? みんな?」
「…………」
その現象に残った三人も黙り込む。
まさか人が消滅する罠があるだなんて誰が予想出来ようか。そんな想像すらも出来なかった罠があった事実に驚愕していた。
クロエが。ラインハルトが。みんなが――――。そうしているとリークが言った。
「……恐らく転移魔法だ。あの建物に気を向けさせて全員をどこかへ転移させる気だったんだろう。となればみんなはまだ生きてる」
「あ、ああ」
「それにシファーとロストルクとエスタリテも付いてるんだ。大丈夫」
リークの説得を鵜呑みにして心を落ち着かせる。
そうだ。今は冷静にしなくちゃいけない。どんな状況でも一瞬の驚愕が命取りになるんだから。それを今までの戦闘で学んだ。
ふとアルスタが呟く。
「これから、どうする」
しかしみんなは一時的にでも黙り込む。そりゃ、こんな事になるだなんて予想すらも出来なかったんだから頭が回らないはずだ。
でもそんな中でティアルスは無理やりにでも口を動かす。
「……行ってみるしかないだろ。あそこに」
「あの建物か」
四人で目の前にそびえ立つ大きな建物を見た。
あそこに何があるのかは分からない。でもこんな深い森の中で建ってる程なんだから何か意味があっての事なんだろう。
……すると背後から声をかけられる。
「大きい建物~」
「上るの大変そうだね」
「ひぇっ!?」
その声にびっくりして後ろへ振り向くと予想外の人物がいた。あの時の様にボロボロなマントを身に纏い完全武装となっているサリーとリサを。
こんな所にいるだなんて思わないからつい声を出す。
「なっ、何でこんな所に! 屋敷で待ってろって言わなかったか!?」
「言われたよ。で、付いて来た」
「…………」
反省の色は微塵もないサリーに驚きを通り越して呆れ果てる。
だって、二人には武家屋敷から出ないようにとあらかじめ釘を刺しておいたのだ。きっと付いて来るだろうから。なのに結局はここまで来るだなんて……。
分かってはいるものの一応聞いた。
「何で付いて来たんだ。リスクは分かってるだろ」
「分かってるよ。でも、動かずにはいられなかったの。少しでもティアお兄ちゃん達の力になりたかった」
「パパは私達の笑える未来を望んだ。けど私はみんなと一緒が良い! みんなと一緒じゃなきゃ笑えない! ……だから付いて来た」
二人の弁明を聞いて考える。
だからと言って今から起こるであろう危険な戦闘に参加させていいのか。確かに実力じゃティアルスよりもずっと上だ。けど、こんな幼い少女を殺し合いに――――。
そう言えば既に殺し合った仲だったっけ。
どの道戻れはしない訳だから仕方なく頷いた。
「……分かった」
「ちょっ、いいの!?」
「二人は帰り道も分からない。そしていずれにせよ俺達も戻る訳にはいかない。だからここは連れて行こう。それに戦力は多い方が安全だし」
そう言うと二人は嬉しそうに目を輝かせてハイタッチを交わした。
本来ならリークに指示を任せるべきなのだけど、今だけは自ら指示を出さずにティアルスに譲ってくれていた。
だけどこれから先は覚悟なしじゃ痛い目を見るだろう。
「戦う覚悟はあるんだな」
問いただすと二人とも同時に顔を縦に振る。だからティアルスは納得して付いて来る許可を出した。まあ、ここまで来たこの二人ならダメと言っても付いて来るだろうけど。
だからティアルス達は足を動かす。
目の前にそびえ立つ城のような建物へ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「みんな大丈夫か!?」
「俺は何とか……。ラインハルト?」
「大丈夫だ」
「私もです……」
「一先ず全員無事みたいね」
景色が変わった直後、激しい衝撃と共に床へ激突した全員はそれぞれで生存確認を取った。クロエも痛んだ耳を撫でつつ返事をする。
やがて目の前を見て驚愕した。
今さっきまで外にいたのに、気が付けば地下通路っぽい所にいたのだから。
「転移魔法か。どうやら、相手は相当高位の魔術が使えるらしいな」
「ってなるとリーク達はまだあそこにいるって事になるな。あそこじゃ無事だろうけど、ここからどうなるか……」
すぐに現状を把握する大人組の言葉に唾を飲み込む。
罠って事は、もうそろそろクロエ達を殺す為の仕掛けが作動するはずだ。だから全員で感覚を研ぎ澄ませるのだけど、いつまで経っても仕掛けは作動しない。
それどころか導くように壁にかけてあった魔石が薄く光って行く。
「……進めって事か」
「みたいね」
その光景を見てロストルクが呟くとエスタリテが短く返した。
こんな地下通路に呼び出して、進む方向まで教えて、一体何をしようというのだろう。敵の意図が微塵も理解出来ないみんなは疑いながらも歩き始める。
「他に道は……ないみたいだな。癪だけど、進むしかないか」
「ええ。気を張って行きましょう」
そうして全員で固まり地下通路を進んで行った。
水の滴る音が反響する中、全力で警戒しながら。




