第二章38 『葛藤と迷い』
夕方。
ふと目が覚めると、そこに映し出されたのは見慣れた天井――――ではなく物凄く心配した表情でこっちを見つめるクロエの顔だった。
彼女の必死の呼びかけが意識を引き戻してくれたのだろうか。焦点の定まらない眼でクロエを見ると急に抱き着いて来る。
「目覚めた! ティア! ティア~~!!」
「わっ。クロエ?」
そして強く抱き着き頬ずりした。
一体何がどうなってるのだろう。そんな疑問はクロエの他に覗き込んで来たリークの顔で明かされる。汗を掻きながらも覗き込んだリークは言う。
「やっと目覚めたか。傷が深くなくてよかった」
「えっと……一応どうなったか聞いていいか?」
「ああ。サリーとリサが俺達に助けを求めて来て、みんなで向かった先にはティアルスとクロエ、イルシアがいた。ティアルスとクロエは比較的軽傷だったけど、イルシアは全身火傷や打撲と重症だった。そして今ティアルスが目覚めたっていうのが現状だ」
「そっか」
とりあえず全員助かった。その事実に安堵する。
イルシアも治癒が終わってるって事は一先ず一命は取り留めてるはずだ。つまり命の安全は取れてると見ていいんだろう。
まだくっついてるクロエを引き剥そうと力を入れつつも会話を続けた。
「他のみんなはどうしてるんだ?」
「ラインハルト、シファー、ロストルクは外で待機してる。レシリアとアルスタはまだ目覚めないまま。サリーとリサは個室で静かにしてるよ」
「……そっか」
怪我を負ったのは桜木組で済んだんだ。今は他のみんなに被害が及ばなくてほっとする。
だけどそれだけで話は終わらない。
「何があったか聞いていいか?」
「ああ……」
リーク達は何が起こったのかは全く知らないから当然質問される。だからティアルスは全てを話した。あそこで何があって何に襲われたのかを。
その間リークは静かに聞き続けた。
「サリーとリサと一緒に墓参りへ行ったんだ。で、そこで剣を持った奴に襲われた。俺達は助けを呼んでもらう為に2人を逃がして抵抗し続けたんだけど、そいつ凄く強くて。それでこれは多分の話だけど……」
「うん」
「……そいつは主催者だ」
でもティアルスがそう言うとリークは軽く戦慄する。
だって会議室で話した内容じゃ主催者は決して出て来そうな感じはしなかったし。それについても説明を重ねた。
「攻撃された時に言ったんだ。「お前、主催者だな」って。するとあいつは「さぁどうでしょう」って言ったんだけど、あいつからは本当の『色』が微かにでも滲み出てた」
「そう言う事か……」
魔眼が見せる景色は絶対。だからティアルスはあの男が主催者だって事をすぐに確認した。――あの時にもっと動けていたら。そんな後悔がひたすらに胸を打つ。
だけどリークは一番引っ掛かっている事を質問して。
ティアルスは思わず硬直する。
「あの時に聞こえてた咆哮、何か分かるか?」
「っ――――」
その瞬間に動きかけた口が石となった。
……あの時。ティアルスが薄れゆく意識の中で聞いた人らしからぬ咆哮。
ぼやける眼で見た光景は、襲って来た男に乱暴な攻撃を繰り出すイルシアだった。でも、くぐもった音を拾う耳で聞いたのはイルシアから発せられた獣の様な咆哮で――――。
即座に顔を伏せる。
「……ごめん。その時は意識を引っ張るので精一杯だった」
「そうか」
クロエを引き剥してベッドを降りると外へ出ようと足を動かす。確認しなきゃいけない事がまだまだあるから。そもそもイルシアにはこの件以外にも聞きたい事は山ほどあるんだ。それを早く聞くに越した事は無いはず。
ドアノブを握ると言った。
「俺、イルシアが心配だから見て来る」
「私も」
「分かった。イルシアなら自室にいると思うぞ」
その言葉を最後に部屋を出る。
リークの言う通りイルシアの部屋へ向かって足を動かすけど、その途中でクロエが喋りかけて来るから廊下で立ち止まった。
「ティア、あの時……」
「分かってる。でも、それを受け入れなきゃ話は始まらない」
「……うん」
あの時に見せたイルシアの戦いぶりは常軌を逸していた。よく分からない仕組みで爆発した直後も、全身が酷い火傷や打撲で覆われていたというのに、イルシアは戦うのをやめるどころか更に戦おうとしていたのだから。
そんな姿を見た時、ティアルスとクロエは恐怖した。
でもその事実を受け止めなきゃまともに会話すらもままならない。
だから2人はソレを確かめるべくイルシアの部屋の扉をノックする。
「イルシア。いるか?」
「……返事、ないね」
しかし部屋の中から返事は返されなかった。
互いに顔をしかめつつも返事がないのをいい事にドアノブを捻る。その先にいたのは、武装を解除し外を見て黄昏るイルシアで。
「イルシア……」
名前を呼ぶとゆっくりこっちを見た。
そして瞳だけで伝える。「何の用?」と。だからティアルスは心を落ち着かせてからいきなり本題へと突入した。
「イルシア。過去に何があったんだ」
「――――――」
すると予想通り黙り込んでしまう。その表情にいつもの様な温かさはなく、今は非常に思い詰めた表情が顔に張り付いていた。
責めるつもりはない。だけどティアルスは質問を重ねる。
「何であの時、あんな戦い方をしたんだ……?」
でも答えない。ただ俯いたまま黙り込むだけ。
やがて流れ込んで来る微妙な空気に耐え忍んでいると、葛藤から答えを得た様子のイルシアは静かに喋り始める。
けどそれはあまりにも残酷な物で。
「――私は《虚》らしいから。感情も何も持たない死神みたい。……子供の頃からずっとそうだった。ずっと、何者かになりたいって足掻いては殺し続けた」
「そんな事――――!」
「ない事はない!!」
イルシアの言葉に何か言おうとしても大きな声で遮られてしまう。
びっくりして言葉を詰まらせるとその隙に彼女はまた言葉を重ねていく。どこか諦めのような物を感じさせる声で。
「……私の背負った罪は絶対に償える物じゃない。だからと言って投げ捨てられる様なものでもない。この罪は。この異変は。全て私のせいで起ってしまった物なの。全てが全て私に収束する」
「イルシア……」
「私が何者かになろうって思ってしまったから引き起こった異変なのよ。そう。全部全部、私が存在したから、こんな……」
自分が背負っている罪にもがき苦しむイルシアを見て自分を責め続ける。何で気づいてやれなかったんだって。自分なら気づけたはずだろって。
魔眼は時にして人の感情を読み取れるらしい。だからティアルスが一番イルシアの気持ちに気づいてあげられたはずのなのに、こんなになるまで気づいてあげられなかった。
――ずっと、苦しんでたんだ。足掻いてたんだ。俺以上にずっと。
だというのに、ティアルスは何てちっぽけな事にもがき苦しんでたんだ。イルシアがこれだけ思い詰めていたのに「死にたくない」とかの薄っぺらい理由で苦しんでたなんて。
拳を強く握り締める。
「私が生まれてなんかなければ、こんな事には――――!」
「ッ――――!!」
その言葉を合図にティアルスは動いた。
ずかずかと歩み寄ってはイルシアの両肩に手を伸ばし、何の躊躇もせずに思いっきり、全力の頭突きを食らわせる。
「でいッ!!」
「ティア!?」
急に頭突きした事に背後にいたクロエが驚愕する。
イルシア相手なら頬を叩いただけじゃ何の効果も無い。だから頭突きを選んだまで。……まぁ、その結果はむしろ返り討ちにあったのだけど。
「だっ、大丈夫!? 血が出てるけど……」
「大丈夫」
額からちょっとだけ血を出た事には目を瞑ってイルシアを見る。ティアルスは血が出たのにぶつかった跡すらもないイルシアを。
すると目を丸くした彼女は不思議そうな目でこっちを見た。
だからティアルスは思った事をそのまま伝える。
「生まれなければなんて言っちゃダメだ! だって、それを言っちゃ……自分を否定したら、イルシアはどうなっちゃうんだよ!!」
「…………」
「もう一つの屋敷にいた女将が言ってた。今の自分を生かすのは過去に行った自分がいるからだって。例えそれが罪や過ちばかりでも、生きて生きて、生き抜いてくれって!」
「…………!」
その言葉にティアルスは背中を押された。過去も何もないティアルスだけど、確かにその言葉が背中を押してくれたんだ。
――空白であるティアルスでさえ響いたんだ。きっとイルシアにだって響くはず。
「残酷な世界で輝ける希望になれるのは、どんな時でも笑える人だから!」
「ティア……」
ふと名前を呼ぶ。
これが借り物の言葉であるのは確実。っていうかティアルスが投げかける言葉って大体が借り物の言葉な訳だけど。
でも、今だけは借り物だけじゃいられなかった。
「――イルシアは一人じゃない。俺達がいるから」
「…………!」
「何があったか話してくれ。俺達なら、力になれるから!」
その言葉は心の底から湧いて出た言葉だ。イルシアには苦しんでほしくないし、辛い思いもさせたくない。だから彼女の力になりたかった。
――でも、イルシアは答えてくれなくて。
「……ごめん。少し、考えさせて」
小さな声でそう言った。
その言葉には何も言い返せないティアルスとクロエは互いに顔を合わせる。……もしかしたらイルシアは信じてくれてないのかもしれない。だけど、そうだったとしても、ティアルスは力になりたかった。
だから彼女に言う。
「イルシア」
「なに?」
「俺は、イルシアの味方だから」
―――――――
翌日。朝。
朝一で起きたティアルスとクロエは真っ先にイルシアの部屋へと向かう。昨日待たされた返事を聞く為に。出来れば話してもらいたい所だけど……。
昨日と同じようにノックする。
「イルシア。いるか?」
「……デジャブだね」
「だな」
昨日の夕方と全く同じ展開となった事に顔をしかめる。だから同じようにしてドアノブを捻って勝手に部屋の中に入った。
――嫌な予感がする。まだ寝てるだけならいいけど。
直感で何かが起りそうな気がして、ドアを開く事に躊躇ってしまうも無理やり手を動かしてドアノブを捻り切った。
でも、部屋の中にイルシアの姿は無くて。
「イルシア? どこだ?」
「匂いもしない……。少なくとも私達が来る少し前まではこの部屋にいなかったみたい」
「匂いとかで判別できるのか……」
クロエがさり気なく獣の能力的な物を発揮しつつも見回す。
部屋に異常はなく、窓が開いてるだけでそれ以外に何も変化はない。
――いや、何で窓が開いてるんだ。
「ん、何だコレ」
そんな中で見つけてしまう。机の上に置かれた紙切れを。
心の中で嫌な予感が確信へと変わる中、後ろから覗き込むクロエと共に紙切れを開いた。その中に書かれていた文を読む。
その瞬間、あまりの驚愕で紙切れを床へ落とした。
今回にて第二章は終わりとなります。
よければ感想など送ってくると嬉しいです!
ちなみにですが第三章がこの作品の最終章となります。みんながどうなって物語が終わるのか、ぜひ読んでみてください!




