第二章37 『虚』
「ここがリキアの墓場……」
クロエに案内され付いていった先には、確かに一つの墓標があった。彼の使っていたと思われる魔道具が付きたてられた墓標が。
そこに向かって2人が駆け寄ると手を合わせて合掌する。
「2人共、あれから毎日ここに来てるの」
「毎日? じゃあラインハルトとかと?」
「うん」
そうする気持ちも分かる気がする。だって彼は最愛の父だったし、例え死んでしまったのだとしても、最期に生きる意味を与えてくれた彼が愛おしいのは変わらないはずだ。それに口や行動には出さずとも2人はまだ悔やんでいるはず。見方によれば自分達のせいで死んでしまったのと同義なのだから。
ふと、クロエが呟く。
「……話を聞いた時、怖かった」
「ん?」
「この異変が終わって欲しいとは思ってる。だけど、その時に……なんて言えばいいのかな。自分が自分じゃなくなるような気がするの。ティアから話を聞いてからそんな予感が止まらなくて」
それが直感なのか獣の感なのかは分からない。でも、似たようなのならティアルスだって抱えている。それもずっと前から。この異変を知った時から。
でも証拠がない確信だった。だからずっとモヤモヤした感覚を抱いて来たのだ。――だからこそクロエに言わなきゃいけない。
頭に手を乗っけると撫でながら言う。
「大丈夫だ。――俺がいる」
もちろんこの言葉も証拠のない確信だ。
この異変が終わった時、ティアルスがどうなってるかだなんて誰も知らないから。だけど今はそう言わなきゃやってられないのも事実。
するとクロエは目を細めて微笑むと少しだけ涙をこぼした。
「不安なのはみんな同じだ。だから大丈夫。そうならない為に俺達がいるんだから」
「そう、だよね。何弱気になってるんだろう。私」
そうして涙を拭う。……今の残酷な現状を生き抜くにはそう信じるしか手はない。例えそれが淡い期待だとしても、それに縋り付くしかないんだ。
だけどティアルスだって強くなれている。きっと大丈夫だ。
……そう信じたかった。
「――――っ!?」
次の瞬間、どこからか振り下ろされた刃にティアルスはすかさず反応する。
でも、あまりの速さに防御すらも出来ず、直後に大量の鮮血を周囲にまき散らした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「イルシア……」
「…………」
ティアルス達を会議室から退室させてから数十分後。5人の間にはひたすらに重い空気がまとわりついていた。話の全貌を理解したイルシアは俯き残りの4人が声をかける。
みんな分かってるんだ。イルシアが考えてる事くらい。
だから唯一イルシアと生死を共にしたエスタリテは言ってくれる。
「大丈夫。イルシアのせいじゃない。これは主催者の――――」
「違う」
でもその言葉を遮った。
本当はそうだって信じたい。嘘でもいいから思い込みたいよ。でも、今回ばかりは何もかもが『例外』に当てはまってしまう。
ティアルスはイルシアの事だけを避けて説明してくれた様だけど、言葉が足りなくたってこの場にいるメンツなら全員が理解出来てるはずだ。この異変はイルシアを狙ったものなんだって。
「これは、私のせいなの。私が過去に行った行動が捻じ曲げられてこうなってしまった。その事実は私がどんな事をしたって決して書き換えられるようなモノじゃない」
――私のせいでみんなが。関係ない人が……。
ひたすらにそう思う。だって、イルシアが過去にあんな事をしてしまったからこそこんな事に――――。そんな後悔は止まらない。
もしあの時にああできていればどうなっていただろう。
イルシアが刃を握らなければこんな事には……。
こうなってしまった元凶はイルシアでもある。なら、この異変を終わらせなければいけないのはイルシアなんじゃないか。
だからその覚悟を伝えるべく口を開いた。
でも。
「私は――――――」
一瞬だけ自分の中の世界が何もかも静止する。
主催者の目的はイルシアを探し向こう側へ引き込む事だ。もし、主催者が仕組んで今回の件を引き起こしたのだとしたら。今回を通してイルシアの存在を向こうに知られているのだとしたら。――おびき寄せる為のエサがあるのだとしたら。
「イルシア? どうしたんだ?」
「おーい」
心配したリークやシファーからの言葉は届かない。
今のイルシアを釣るエサがあるのだとしたら、それは――――。
次の瞬間には半ば勝手に体が動いて会議室から飛び出していた。そして一番最初に目に着いた執事を脅すような形相で問いかける。
でも現実は非情で。
「5人はどこ!? 誰か外に出たりしてる!?」
「そ、外でしたらティアルス様とクロエ様が……」
「ちっ……!」
舌打ちしながらも廊下を駆けだす。それも全速力で。玄関から出る程の余裕なんてないから窓から飛び出し、超感覚だけで2人がどこにいるかを探そうとする。
このタイミングで外を出るとなればあそこだろうか。
運悪く空からは雨が降り注ぎ、傘も何もしてないイルシアは雨に濡れながらも走り始めた。濡れた地面に足を取られつつも一心不乱に墓地へ急ぐ。
――お願い、勘違いであって……!!
そう祈りながら走り続ける。
歩いて数十分の距離なら1分くらいでつくはずだ。幸い彼の墓標がある場所までのルートは完全に把握している。
天が急かすかのように雨をより一層激しくさせた。それと同時に焦燥で染まっていくイルシアは無意識に腰の刀へ手を伸ばす。
やがて墓標へと辿り着くと、
「―――――――――」
ティアルスはクロエにのしかかる様にして倒れ、周囲に大きな血だまりを作っていた。そしてその血だまりは雨によってかき消されていく。
2人の近くに立っていたのは1人の男。
灰色の髪を真ん中で分けそこそこ長い髪をした男だ。
「ぁ――――」
手に血の付いた刃を持っているので察した。血塗れた剣を持った彼はただそこに佇み、慈悲も何もない空虚な瞳で2人を見つめている。
やがてイルシアに気づいてこっちに視線を移した。
その後に言われた台詞は予想通り。
「やはり来ましたか。待ってましたよ。――《虚》」
でも彼の声は聞こえない。イルシアの視線は倒れた2人にだけに向けられている。――動かない。重なった2人は指先すらも動かさなかった。
そんな光景にイルシアは立ち尽くす。
「殺す気はなかったんですがね。久しぶりに振るうと威力が難しいな……。一応言っておきますが、大人しくしていれば痛いこ――――」
でも次の瞬間、彼は途轍もない速度で吹き飛んでは後方にあった廃墟を貫いて壁と激突する。
吹き飛ばしたのはもちろんイルシアだ。さらにソレを素手でやってみせる。
普通なら死んでもおかしくない一撃なのに普通に起き上がると彼は微笑んだ。そして口の端から流れる血を拭って言う。
「いきなりグーぱんですか……。初めて会うのに酷い事しますねっ!」
すると吹き飛ばされたのと同じ速度で接近し、握り締めたその刃をイルシアに振り下ろした。それも見た目なら神速と言ってもいい速度で。
――けど、その刃はイルシアに振れる事なく砕け散る。
刃が砕けた事に彼は驚くけどそんなの関係ない。次に右の回し蹴りを繰り出すと奴の肋骨を何本かへし折った。
「っ! 中々強いじゃないで……ッ!?」
「 」
――殺意。
それも奴が一瞬だけ恐怖する程の。
血走った眼光で絶対に殺すと伝える。
細胞の1つ、灰の1つ、塵すらも残さないと言わんばかりの殺意を奴に向けて刀を振り下ろした。しかしその刃は奴の持っていた剣の柄で受け止められる。
「良い殺気です。コレですよコレ。私が求めていたあなたは」
「ッ―――!!!」
「もっと狂え。もっと怒れ。世界すらも消さんという殺意を持ちながら!」
すると全身全霊で振るったイルシアの刃を弾き返し、手刀で手首を切ったと思ったらそこから出る血で剣の刀身を生成する。その後もイルシアの攻撃は全て受け止め、嬉しそうな笑みを浮かべながらも血の刃を振るい続けた。
型を使った動きにさえも反応する。
「アアアアァァァァァァァァッッ!!!!!」
人間とは思えぬ咆哮をしながら振るった刃は巧みに振るわれる奴の刃に受け流された。
けどそれで終わりじゃない。
受け流された勢いを利用してさっきよりも早い一撃を叩き込んだ。
「おっ。やりますねぇ」
しかし首元を切り裂かれ大量の血が噴き出しているのに奴は冷静で、それどころかあまりの怒りで震えるイルシアの刀身をその手で掴む。あろう事かその刀身を全力で握り体から引き剥した。
「私にここまでの怪我を負わせたのは貴女で2人目だ。やはり貴女は《虚飾》に相応しい!」
「ぐッ!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛!!!」
でも握っている指を切り裂いて高速で振り上げた。それからも縦横無尽で神速の猛攻を続ける。奴の体は次第に全身から血が噴き出し、やがて生きてる事がありえない姿へと変わっていく。
なのに反撃もせず斬撃を受け続ける彼は言った。
「――そろそろ終いにしましょうか」
すると切り離したはずの腕を使って刃を弾く。切り裂いた場所を次第と修復させていくと、空虚な瞳でイルシアを見つめ指を鳴らした。
そしてイルシアに飛びつき地面に落ちた血が発光していくので理解する。
次の瞬間には奴の血が爆発して。
「ふっ!」
「ッ―――――!!!!」
全身を蝕む死にそうな程の激痛に耐えていると爆炎の中から現れた血の刃に肩を突き刺される。額やいたる所からも血を流しつつ、イルシアはすかさず右手から左手に刀を持ち変え振るった。足払いでバランスを崩させその脳天に刃を突き刺そうと振り下ろす。
でも刀は素手で弾かれ、その反動で指の骨を折る。
「……その瞳だ。何も見つめない、けれど殺意に駆られたその瞳。まさに《虚》だ。まさしく《虚飾》だ。例え骨が折れ剣を弾かれようとも、殺す為に何もかもを躊躇わないその姿。《死神》の異名は伊達じゃない様ですね」
折れた左手に真意を乗せ攻撃しようと拳を振るう。でも拳に乗った真意は弱々しく、彼はさっきよりも呆気なく弾くとイルシアの刀で壁に突き刺す。
残った右手で刃を引き抜こうと全力で握り締めた。手が斬れて血が出ているのも気にせず。
身動きを取れなくさせると彼は続けた。
「今から貴女を連行します。生まれ変わるんですよ。《虚》から《虚飾》へ。その時貴女は何者にもなれるしどんな願いも叶う」
「ッッ――――!!!!」
「堕ちろ。その罪に染まって」
そうして彼は気絶させるべく拳を振り上げた。きっと奴の一撃を受ければイルシアは間違いなく気絶するだろう。そして気が付けば新たな大罪である《虚飾》として生まれ変わっているはず。
――そんなのお断りだ。
イルシアがなりたかったのはそんな物じゃない。なりたかったのは…………。
一瞬でも忘れてしまった願いを、蒼白い桜が思い出させてくれる。
「なっ――――!?」
次の瞬間、イルシアでも斬れなかった奴の腕を斬り落としたのはティアルスだった。クロエの刀を使って蒼白い桜を纏い、刹那の隙を突いてイルシアを助けてくれる。
すると神速で刃を振るった。殴ろうと握り締めたもう片方の腕もたった一振りで宙へと斬り飛ばす。最後に何度か回転して首を深く切り裂くと不格好に着地して刃を構える。後ずさりした彼はティアルスを見ると思いっきり睨み付ける。
「動ける、訳が……」
でもその直後に体を硬直させた。――向かって来ているのだ。屋敷に残った大人組と同期組が。それをいち早く感知した彼は血が噴き出す首元を抑えつつ後退し始める。
「……長いし過ぎましたか。けど覚えておいてください。私達はまた彼女を奪おうと奇襲を仕掛ける。その時までには首を綺麗に洗っておいてくださいね!」
そうして彼は背中を向け飛び去ってしまう。
ティアルスは撤退した事を確認するとその場に倒れ込んでしまい、眩く輝いていた真意の光も消え失せる。左腕に刺さった刀を抜くとイルシアも力なく倒れた。
「……てぃ、あ……」
さっきの爆撃でかなりやられた。多分4本は骨が折れただろうか。
豪雨となる雨の中でティアルスの手を握る。殺意と怒りで我を忘れ、本当に《虚》になりかけたイルシアを引き戻してくれたティアルスの手を。
――私は……。
しばらくするとサリーとリサが呼んでくれたみんなが駆けつけて来る。
抱えられながらも意識が薄れ行く中で、イルシアは呟いた。
――何になりたかったんだっけ。




