第二章36 『誘われる存在』
この“計画”は一人の人間を誘い出す為だけに練られた計画でもある。
詳しい事は伝えられる前に逃げ出したから分からないけど、なんだかその人間には“素質”があるそう。それが何の素質かも分からないけど。
事の発端は10年前。数千数万の軍勢をたった一人の少女が殲滅した所から全てが始まる。
そんなの絶対にありえないって自分でも思った。だって一人の幼い少女が数千数万の軍勢相手に全滅させるだなんて。それもたった一本の武器を片手に。
でも彼はそんな少女を追い求め続けた。
しかし、どれだけ探してもその少女が見つかる事は無かったという。
だから彼はとんでもない手段に繰り出す。
軽い洗脳効果をもたらす術式が施された紙切れを様々な場所に当てずっぽうで送ったのだ。送れる範囲にいる荒くれ者や嫌われ者。剣士に限定せず旅の途中にいる冒険者ま魔術師でさえも。
彼は黒魔術で世界すらも書き換える事が出来るのだから紙切れに術式を施す事などお茶の子さいさい。それ故に高い隠蔽度を持ってして“異変の参加者”を集わせる事が可能になった。大きな組織に見つからず黒魔術に必要な血を集めつつ、目的の彼女を引き寄せる事を目的とした計画。
それがこの異変の全貌だ。
彼女なら死ぬ心配は微塵もない。何故なら、幼い頃に培った技術は絶対になくなる事はないから。彼女が多くの参加者を殺す度にその存在を浮き彫りにさせ、更に血の回収も同時に行えるようにしたのだ。
――でも、血なら誰のものでもいい。
その結論がありながら殺し合わせる事に正直恐怖した。
だからこそこの計画は彼女を呼び出す為だけに練られた計画なのだ。彼女が幼い頃に《虚》であったからこそ、彼女が「何者かになりたい」という願いを持っている事を知っていた。だから術式をかける事もあって彼女は絶対に来ると信じていたらしい。
そして来た。
いや、正確には“来てしまった”。
彼らの目的はたった一つ。《虚》を新たな大罪である《虚飾》に生まれ変わらせる事。理由を知らなければ意図も分からないけど、とにかく彼は彼女を欲している。曰く己が偉大なる目的の為に。
それが、この計画の全貌だ。
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「嘘だろ。そんな、まさか……」
「これが私の知り得る、みんなが異変って呼んでるものの全貌よ」
アイネスが全てを話し終わったあと、ティアルスはただひたすらに戦慄していた。今までずっと仮説だけで意図が不明だったけど、そんな目的があっただなんて。
それにその少女っていうのは――――。
「目的はイルシア……!?」
かつてみたイルシアらしき少女の記憶。もしあれがイルシアなら全てが繋がる。……いや、繋がってしまう。あの光景はまさしく戦場を駆る死神だ。だからイルシアは奴らに狙われている……?
ティアルスはアイネスの肩を掴んでもう一度確認する。
「じゃあ願いを叶えるっていうのは何なんだ!? 嘘なのか!?」
「嘘じゃないわ。ただ、正確に言えば“彼女限定”みたいなものらしいの。私は詳しく聞かされる前に逃げ出したからよく分からないけど……」
「イルシア限定……? どういう事だ?」
その言葉で指先を顎に当てた。
要するにイルシアは奴らの言う《虚》であって、同時に新たな大罪である《虚飾》になりうる素質がある。そして願いを叶える為の殺し合い。イルシア限定の黒魔術。
――どうやって願いを使って大罪を生ませるつもりなのだろうか。
だってそれじゃあイルシアが「あんたらがいない世界」みたいな願いにすれば元も子もないし、むしろ願いは相手の自由なんだからそれなりにリスクがあるはずだ。
――「何者かになりたい」って何なんだ?
ティアルスはイルシアに何があってどう思ったかまでは何も分からない。あの記憶を見て以来聞きずらいって所もあるけど、なにより聞くのが怖いから。聞いたらティアルスの知っているイルシアがイルシアじゃなくなる気がして怖いんだ。
聞いても、いいのだろうか。
するとアイネスが問いかけて来た。
「そろそろ行く?」
「……ああ。行かなきゃ。色々教えてくれてありがとう」
「応援するって決めたかんだから当然の事よ」
行って確認しなきゃいけない事。しなきゃいけない事が沢山あるのだ。いつまでもこの精神世界にいる訳にはいかない。
戻り方は既に分かってる。既にと言っても今回が初めてな訳だけど。
現実世界に戻ろうと目を瞑ると最後に声をかけられて。
「みんなをお願い」
「頑張れよ」
「応援してるッス」
「勝利を祈ろう」
「頼む」
その言葉を最後にティアルスは精神世界から目覚める事が出来た。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「…………」
「…………」
ついにここまで来たか、とつくづく思う。
心配してくれるのは嬉しい。それほど仲間だと思ってくれてるから。だけど、ついに毛布の中にまで入って来るとは誰が思っただろうか。
いや、前々から入り込んでるから状況的には一緒なのだけど。
すると頭に包帯を巻いたクロエは頬を染めながら言う。
「これは、その……看病! そう、看病だから!!」
「近くないか」
「気のせい!!」
そう言うクロエをなだめつつも起き上がった。あれだけ傷ついても起き上がれる所を見るに、既にあれから数日は経ってると見ていいのだろう。
やっぱりこうなってしまった事に内心で苦笑いしながら問いかける。
「……何日経ったんだ?」
「今はあれから3日。今回はティアだけじゃなくみんな酷い大怪我で、特にレシリアとアルスタはまだ目覚めてなくて……」
「そっか」
ティアルスはいつも通り全身怪我だらけだったけど、確かにレシリアはティアルスよりも一層と怪我が酷かった。よく生きてたなって本当に思う。
しかしイルシアが起きているのならやらなきゃいけない。
そうしてベッドから降りるとクロエが体を支えてくれる。
「ティア、どこに行くの?」
「ちょっと確認……っていうか報告しなきゃいけない事があってさ」
「報告?」
その後、今起きているメンバーを全員集めて何があったのかを話した。異変の全貌。主催者の狙い。計画の意味。全てとは言わないけど、大部分の事はあらかた。
レシリアとアルスタを除いた全員はティアルスの話に深く考えこむ。そりゃ、精神世界で死んだ人達と会話するだなんて普通じゃ信じられないだろうから。
するとシファーが喋り始めた。
「聞くが、ユークリウスにもその世界であったんだよな」
「はい」
「……以前聞いた事がある。世界には意志を託される事によって、例えその人が死んでも精神世界の中で会話が出来る人がいるって」
「えっ?」
「原理はよく分からないが実際に会話できるらしい。そしてこの場合は君がその存在に当たる」
意志を託される、か。
確かにアイネスやラコルからはそれらしき言葉を聞いてるし、実際会話も出来ている。でもスリッチとかに託された記憶はないけど……。
考察しているとロストルクが続けて言った。
「それなら俺も聞いた事がある。死の間際で自分の真意を相手に託すと、その人は忘れられない限り託した人に宿り続けると。恩恵としてその人の技術や技を受け継ぐ事が出来るらしい」
「にわかには信じ難い話だけど……」
エスタリテはティアルスの真剣な眼差しを受けて微笑んだ。そりゃ信じ難いはずだ。自分で理解してからも信じられなかったし。
何とかティアルスの話を信じてくれたみんなは、次は“計画”について話し始める。……のだけど、何故かティアルス達は会議室から退室する事になり。
「……ここからは俺達に任せてくれ。君達はサリーとリサを頼む」
「は、はい」
顔をしかめつつも言う通りに退室する。
まあ、色々と考える事があるのだろう。あまり同期組に重さを感じさせない為の気遣いなのだろうけど、今はそれでいいと納得させて頷いた。
イルシアに何があった。あれからそんな事をずっと考えていた。
今回の異変で壊れてしまった街を見つめつつも精神世界での事を振り返る。この計画はイルシアを狙った計画なら、イルシアを安全な所に預けるのが最優先だけど、果たしてイルシアが従うかどうか。
――何者かになりたい。その言葉の意味は何なんだろう。
「それでその後に駆けつけた衛兵が……って、ティア? おーい?」
「ああ、ごめん。少し考え事してた」
クロエが目の前で手を振った事に気づいて我に返る。
そうだ。今はクロエに事の顛末を詳しく聞いてる所だった。
「で、駆けつけた衛兵によった残った魔物は掃討された。……んだけど、ユークリウスが……」
「ユークリウス? あいつがどうしたんだ?」
「あの人、出て来た時にボロボロだったの覚えてる?」
その言葉に頷く。ユークリウスは自ら脱獄して住民の避難や魔物の相手をし、一人でも多くの命を助けようと献上していたって本人から聞いた。
そう言えばまだ彼を見ていない。
嫌な予感をひしひしと感じつつもクロエがその続きを言った。
目を逸らしながら。
「……あの時、肺に折れた骨が刺さってたんだって」
「なっ!?」
「あの人も黒装束に襲われたらしいの。で、懸命な治癒が続いたけど、あの人は……」
その先は言わずとも理解出来た。
精神世界で言っていた「そろそろ寿命」ってこの事だったのか。だからユークリウスはあの場所にいてティアルスと話す事が出来た、と。
記憶の中で生き続けると分かっていても死んでしまった事に複雑な感情を覚える。
「けど、あいつもそこまでする何かがあったって事なんだ。例えこの異変に巻き込まれた人なんだとしても、あいつにとって守りたい物があったんだろう」
「……そうだね」
突如明かされた真実に神妙な雰囲気が流れる。
互いに喋りにくい状況が作られていたのだけど、そんな風にして黙り込んでいると背後から声をかけられて。
「あっ。ティアお兄ちゃんにクロお姉ちゃん!」
「ん。サリーとリサ、どうしたんだ?」
武装も完全解除され、敵意の色もすっかり消え失せた2人は執事に連れられて名前を呼んだ。振り返るのと同時に2人がティアルスとクロエに突っ込むとすかさず要件を伝える。
「あのね、パパのお墓に行きたいの」
「お墓? って、どういう事だ?」
何も知らないティアルスは疑問の視線をクロエに流すと彼女は説明し始めた。
その様子は少し寂し気でもあったけど、声だけはしっかりしていて。
「あの後、街の離れにお父さんを埋葬したの。だけどルールとして2人は私達の許可なしにはどこにも行けないから私達を探してた。……って事なんだよね?」
「うんっ」
するとサリーが頷く。
なるほど。既に敵意がないとはいえ、まさかの事態に備えてそんな事になってるのか。2人がそのルールに従ってる所を見るに大丈夫そうだけど。
選択をクロエに任せると彼女はすぐに頷き、リサを抱きかかえて立ち上がる。
「やる事もないし、行こっか」
「やったー!」
「ティアはどう?」
「……俺も行くよ。言いたい事とかあるし」
そうしてティアルスも立ち上がった。
執事にアイコンタクトを取るとすぐに理解し、早速「こちらです」と案内を始めてくれる。だから流されるまま執事の後に付いていく。
……ただ、そこに彼が待ち受けていただなんて、ティアルスは思いもよらなかった。




