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彼岸に咲く願いの華  作者: 大根沢庵
第二章 存在と証明
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第二章35 『各々の選択』

 真っ白な世界にいた。

 その世界に立っているのはティアルスと――――今まで戦って来た人達。その6人が真っ白な世界で立ち尽くしていた。

 するとアイネスが喋り始める。


「――私達は沢山の罪を犯して来た。沢山の人を殺して来た。沢山の血でこの手を汚して来た」


 そうしてアイネスは掌を見つめた。掌からは真っ赤な血が流れて目に見えない真っ白な床を真紅に染めていく。――全員そうだった。ティアルス以外の全員は手から血を流し続けている。

 やがてアイネスは血に塗れた掌から視線を移すと言う。


「でもその罪は決して私達の背中から離れる事はない。今まで背負って来た罪は、例えどんな事をしたって償える物じゃないの」


 彼女の瞳が先に言いたい事を伝えていた。

 だけどティアルスにそれは答えられない。だって、ティアルスはみんなと比べれば何も知らない生まれたてのひよこなのだから。

 無垢な碧眼がティアルスを見つめた。


「――私達は、どうすればいい?」


「…………」


 あまりにも無責任な質問に言葉を見失う。

 そんな事言われたって分かる訳がない。何て答えればいいのかも、何が正解なのかも。だから何も言えずに佇んだ。

 でも自分なりの答えを見出して伝える。


「……分からない。多分、それに正解なんてないから。赦される事があれば、何をしても赦されない事もあると思う」


「…………」


「だから、自分のやりたい事をしたらいいと思う」


「やりたい事……?」


「そう。でも人道から外れる事だけは絶対にしちゃいけない。決して人道を違わぬ様に、自分のやりたい事を精一杯やればいいと思う。そしたらきっと誰かが気づいてくれる」


 もちろんこれが正解かなんて分からないままだ。けど今は心からそう言う事が出来た。5人の内1人はまだ生きてる訳だけど、もしみんなが生きていたらって思ってしまう。

 みんな優しい人なのは間違いない。だからせめて選択くらいは与えてあげたいと思った。


「人生で罪を背負わない人なんていないと思う。だから、前を向いて」


 何も知らないティアルスが言えたことじゃない。だけどこれだけは言ってあげたい事だったから。目の前に選択で迷ってる人がいるのなら、ティアルスは最善の選択をしてもらえる様に説得してあげたい。


「どんなに違っても元に戻る様に努力すれば、きっとまた戻れるはずだから。どれだけ過酷な道なのかは分からないけど……でも、きっと……!」


 ティアルスは過酷な道なんて歩んだ事がないから分からない。イルシアやみんなの様に重い過去もなければ辛い感情を抱いた事もない。……不安だった。空白である自分の言葉がこれで伝わっているのかが。

 するとアイネスは選択した。


「……じゃあ、私はあなたを応援するわ」


「えっ?」


「私はあなたに助けられた。体は死んでも、心は救われたの。だから今度は、“私達”があなたを応援する」


「私達って……」


 アイネスの背後に佇んでいた4人を見つめる。戦ってる時はみんな殺意を向けていたけど、今になればとても優しい瞳でこっちを見つめていて。

 スリッチ、ラコル、ユークリウス――――リキアはアイネスと肩を並べる。

 ……あれ。何で一度も聞いた事のない彼の名前が分かったのだろう。


「その、なんだ。俺に限ってはお前とほとんど接点がなければ関わりもないけど、お前の行動に胸を撃たれたよ」


「えっ」


「俺がバケモンになった時、お前仲間を護る為に俺の攻撃受け止めただろ?」


「ああ、あの時の……」


 武家屋敷じゃない所で寝泊りしようと思ったら襲撃された日の事か。そう言えばあの化け物はスリッチが魔物化した時の姿だったっけ。

 彼は後頭部を掻くと続けて言った。


「あん時、地味に俺の意識はあったんだ。で、真っ暗な意識の中でもがいてた時に、お前が身を挺して仲間を護る姿を見て胸を撃たれた。だからと言って意識を取り戻した訳じゃねぇけど、その……」


「その?」


「俺はお前を殺そうとしながらも心の中で何かが動いた。だからつまりだな……」


「改心したって事ッスよね」


「ああそれだ」


 するとラコルが横から割り言って探していた言葉を付け足す。

 改心……。ティアルスの行動が彼に影響を与えたって、本当なのだろうかと疑ってしまう。だってティアルスは無我夢中でイルシアの真似事をしたに過ぎない。なのに影響を与えるだなんて……。そんな思考は読まれていた様子。


「謙遜する必要はないッスよ。オイラだって君の行動に心打たれた害悪殺人鬼ッスから」


「自分で言うなよ……」


「事実じゃないッスか。影響を与えられた事も。オイラ達は既に亡き命ッスけど、それでも最期は君の行動に心を打たれた。……オイラが言えた事じゃないけど、その事実に胸を張れ」


 あの時の様に口調がしっかりしながらもそう言った。

 大英雄に憧れたイルシアに憧れた結果の行動だけど、それでも彼らに影響を与える事が出来た。なら、今はそれを誇っていいんじゃないだろうか。ティアルスはそう言い聞かせる。


「君はもう、立派な正義の剣士ッス」


「……ありがとう」


 ラコルの言葉に礼を言う。ちょっと残念だけど、自信のないティアルスを立派な正義の剣士にしてくれたのはラコルだから。

 そんな風にしているとユークリウスが喋りかけて来る。


「……私はまだ生きてる訳だが、言いたい事がある」


「言いたい事?」


「私も彼らの一員だ。たかが数十分戦っただけに過ぎないが、私だって君に影響された一員だよ」


「そっか」


「まあ、私はそろそろ寿命だからこれが最期みたいなものなのだがね」


「えっ!?」


 さり気なく最期と言ったユークリウスに質問しようとする。けど、彼は人差し指を唇に当てるとティアルスを黙らせた。現実世界に戻れば分かるって事なのだろうか。

 すると今度はリキアが喋りかけてきた。


「君に謝りたい事がある。それと感謝したい事もある」


「…………」


「迷惑をかけてすまなかった。僕のせいで君達を苦しませてしまって。本当に、いくら謝罪してもし足りないよ」


「リキア……」


 そうして深々と頭を下げた。

 きっと凄い反省してるんだろう。

 いくら利用されていたとはいえ、あの異変は彼の手によって起こされた物だ。だからリキアはどれだけ謝罪したってしたりないはずだから。

 顔を上げると続けて礼を言う。


「それとあの時、僕の願いを聞いてくれて本当にありがとう。感謝してもし足りない」


「……一つ、聞いてもいいか?」


 だけどリキアの言葉を遮り今度はこっちから喋り始めた。

 あの時は時間がなかったからって思っていたけど、今になって疑問が沸いて出て来る。

 しかしその質問は今さっきの自分と同じように遮られて。


「何であの時俺の言葉を信じられたんだ。元々敵な俺を信じるだなんて――――」


「君なら……君達なら大丈夫って思ったからだ。それに彼女達は君に救われていた。だから君になら彼女達を託せるって思った。それだけだ」


「……そっか」


 そうだったんだ。今まで気づいていなかっただけで、ティアルスは敵でさえも救っていたんだ。……いや、救おうと動いてたけど本当に救われていたのかと疑問に思っていたに過ぎない。要するにティアルスは心配性って事か。

 ようやく一周し終ると今度はアイネスが喋り出す。


「私達はあなたに救われた。それが人殺しの咎を背負った殺人鬼でも。――だから、自信を持って。私達でもさえも救ってくれたあなたなら、きっと誰もかもを救えるわ」


「そう、かな。そうだといいな」


 今はそれがティアルスにとっての救いだった。誰かを救う事に憧れたから、救われたって言ってくれた事が嬉しかったのだ。

 アイネスはティアルスの手を掴もうと手を伸ばす。でも血で汚れてしまったからだろうか、すぐに手を離してしまう。だからティアルスの方から彼女の手を掴みに行った。


「ありがとう。……あの時、頑張れって声をかけてくれたのはみんななんだろ?」


 あの時。ティアルスの体が動かなくてどうしようもなくなった時、頑張れって声をかけられた。今目の前にいるみんなから。

 だからあの時に確信した。あれはこの場にいる全員の声なんだって。

 ティアルスの背中を押すって言う前から、ずっと力強く押してくれていた。

 するとアイネスは髪をいじりながら言う。


「……ええ。あなたには負けて欲しくなかったから」


「オイラ達は君に救われた。だからオイラ達は精一杯君を応援する事にしたんッスよ。例えこの声が届かなくても、何度も何度でもってね」


 敵だった人から応援される。その現状に少しだけ心が高鳴った。

 みんなだけじゃない。ティアルスには敵だった人達からも応援されているんだって。そう思うとこれからも頑張っていけそうだったから。

 だから言わなきゃいけない。


「届いたよ、みんなの声。みんなの手も。ちゃんと俺の背中に届いた」


 あれがたった一瞬の出来事だったのは覚えている。でも、確実にみんなが声や手で背中を押してくれた事もしっかり覚えている。

 きっと、あの時に応援されなきゃ駄目だっただろう。


「だから、また今度も応援して欲しいな。俺がどうしようもなくなって絶望した時に、また声をかけて、背中を押して欲しい」


 最早敵だ味方だなんて関係ない。今ここにいる人達は、ティアルスが覚えているからこそ記憶の中で生きている人達だ。いやまあまだ生きてる人も居る訳だけど。それでもティアルスが覚えている限りこの人達は絶対に死なない。死なせない。

 みんな、もうティアルスの一部みたいなものなんだから。

 するとラコルが気楽に笑って言う。


「そんなの当たり前ッスよ。なんなら常時背中を押してあげてもいいんスよ?」


「そりゃ迷惑じゃねぇか……?」


「それくらいの覚悟があるって事ッスよ」


 そんな風に気軽に会話をしている2人はさて置きとアイネスが喋り始める。また何か激励の言葉でも言われるのかと思いきやその内容は結構重大な物で。


「……多分、そろそろ異変が終わるわ」


「終わる? 終わるってどういう事だ?」


「そうね。本当はもっと早く言いたかったんだけど、仕方ない事なの。――恐らく今回の件を通して血の採取が終わったはず」


「っ!?」


 その言葉に驚愕した。まさかみんな現実世界の出来事を知ってるのか。ずっとこの世界と現実世界は隔離された場所だと思ってたのだけど……まあ、精神世界みたいなものだし干渉も出来る、のか?

 アイネスは肩を掴むと真剣な眼差しで言う。


「よく聞いて。あなた達が言う主催者は私と同じ吸血鬼よ。それも何人もの部下を従える程の威厳と、世界を書き換える程の黒魔術が使える程の技術を持った」


「ああ」


「彼は願いを叶える気なんてさらさらない。ただ一人の人間を招き入れられれば何でもいいのよ」


「一人の人間……?」


「……全て話すわ。この異変がどう終わろうとしているのかを」


 やがて彼女は話し始めた。文字通り異変の全てを。

 この“計画”がどういう物なのかも。

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