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彼岸に咲く願いの華  作者: 大根沢庵
第二章 存在と証明
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第二章34 『遥か未来へ』

「イルシア。サリー、リサ。大丈夫か?」


「な、何とか……」


 最後の力を振り絞って風の翼を作り出すと、イルシアと落下して来た2人を掴んで落下ダメージもなく地上へと送り届ける。

 でもティアルスだって既に限界の極地――――もしかしたら限界を超えているかも知れない。だから地上へ降りた瞬間に全身の力を抜いて体を瓦へと叩きつけた。

 すると駆け寄って来たクロエ達によって抱き起される。


「ティア! ティア!!」


「大丈夫!?」


 ティアルスはクロエに抱きかかえられ、思いっきり腕の中で抱きしめては彼女の嗚咽を聞いていた。イルシアはそこまでじゃないけどエスタリテに抱えられる。

 だけどまだ気を抜いちゃいけない。

 肩を借りて立ち上がると2人の傍へと歩み寄った。

 一緒に駆けつけていた父に抱き着く2人に。


「サリー、リサ……」


 声をかけると2人はゆっくりと振り返ってこっちを見た。血を流しボロボロになったティアルスを見るなり互いに頷くと言う。


「私達はどうなっても構わない。だから、パパをどうか……」


「お願い。助けて、下さい」


 彼は既に虫の息だった。今すぐ助けなきゃ数分後には死ぬだろう。2人はそんな父を想ってどうなってもいいからと助ける事を求めてて来た。

 けどその答えは既に決まっている。

 その証拠にリークは彼に近寄ると治癒魔法をかけ始めた。


「……元々そのつもりだったんだ。最初こそは勘違いしてたけど、みんな、君達を救うつもりで動いてたんだよ」


「…………」


 するとサリーは黙り込む。

 理由は知っていた。きっと同じ立場だったらティアルスだってそうするから。そうしているとイルシアが歩み寄って頭をわしゃわしゃと撫でる。


「あなた達が悪い訳じゃない。だから心配しなくても大丈夫だよ」


「でもっ。……でも、私達……」


「本当は嫌だったんだろ。それくらい分かってるよ。……もう大丈夫。大丈夫だから」


 きっと、この“赦し”が今の彼女達にとっての救いでもあるんだろう。ティアルスがリサの瞳を見つめながらそう言うと、実行犯であり人殺しでもある彼女達は同時に膝から崩れ落ちた。そして力尽きて倒れて来た彼女達の体をティアルスが受け止める。


「ごめんなさい! ごめんなさい……!!」


「私達のせいでみんなが……っ!!」


 当然赦されるはずのない罪だ。でも彼女達は心の何処かで祈っていた。いつか自分達が救われる事を。だからティアルスはその祈りに応える為に。そして自分がやりたいから2人を助けた。

 それでいい。今はその結果でよかった。

 ……だけどまだ安心は出来ない。その証拠として父は口から吐血する。


「ゴボッ……! がッ、ぅ……ギァ……!」


「「――パパ!」」


 その声に2人は反応する。

 ティアルスも治療中のリークを見つめるけど、険しい表情から見るにどうやら難しい壁で立ち止まっているらしい。


「リーク、どう?」


「難しいな。俺だけで助けられるかどうか」


「そっか……」


 ボロボロになったティアルスが言える事じゃないけど、えらく傷ついた上に血が全然止まらない。更に瞳を見て驚愕した。リークは既に真意を発動しているのに傷が癒えないのだ。魔法に乗せれば威力が上がるはずなのに、それでも治らないとなると……。

 彼は未だ苦しみもがいていた。

 それを見る度に2人が心配そうに声をかける。


「頼む。早く治ってくれよ。早く……!」


「…………」


 この場に治癒魔法を使えるのはリークしかいない。だからその他の全員はただ見つめる事しか出来なかった。真意を使ってでも傷が癒えない彼を。

 だけど彼はリークの手首を掴むと言う。


「無駄だ。僕の体は、もう、持たない……」


「何言ってるんだ。絶対に助けるから頑張れ!!」


「――呪いなんだ。魂に掛けられられた、呪い……。代償は命っていう、諸刃の、剣、なんだ」


「呪いだって……!?」


 その言葉を聞いてリークは目を見開く。

 呪い……ティアルスはよく分からないけど、きっと凄く厄介なものなのだろう。魂にも絡み付くって事はそれ程なまでに代償がでかいハズだから。

 彼は尚も話し続ける。


「僕はその呪いを、意図的に、解除した。彼女に勝ちたかったから。ただ短期間の使用なら、なんともないんだ。でも、僕は、あいつを足止めする為に……」


「そんな……!」


 話を聞いていたサリーとリサは驚愕する。だってそれは自分達が捕まってしまったからでもあって、そうならなければ彼は助かっていたはずだから。それはイルシアも同じで。

 しかし彼は優しく微笑みかけると言った。


「けど、貴女のせいじゃない。僕はやりたい事を、やれたから」


「でも死んだらあなたの命は戻らない。なのに、何で知ってて……」


「気づいてたんだ。死ぬ事に。……ただ」


 そうして彼は2人を見る。今にも死にそうな自分を涙目になって見つめるサリーとリサを。すると彼は残された片腕で2人を抱き寄せると胸に抱いて呟いた。

 儚く優しい、微かな願い事を。


「悔いがあるとするなら、2人の未来が見れない、こと、かな」


「「……っ!」」


「僕が叶えたかった願いは、2人の未来なんだ。2人は一度未来を閉ざされた身だ。だから、何をしてでも願いを叶えたかった。――ゴホッ! ぐっ、がぁ……!!」


「喋るな。傷が……」


「……愛おしい2人の未来を見たかった。でも、これでいい。これで……」


 リークの制止も聞かず喋り続ける。

 それは純粋なまでに美しく儚い親子の愛だった。でも、だからこそ胸が締め付けられる。父は娘の為。娘は父の為に苦しみもがいて来たのに、その結末がこんなものだなんて。

 するとサリーが叫んだ。


「いい訳ない!!! 私はッ! 私はパパがいなきゃやだ!! パパがいない世界に、生きる意味なんて……!」


 心の底からの叫び。その言葉をティアルス達はずっと聞くだけだった。

 でも彼の言葉は本物だ。もうじき本当に死ぬ。だから彼は安心させるように2人の頬を撫でると微笑みながらも言った。


「大丈夫。例え死んでも、2人の中に……。記憶の、心の中で生き続ける。だから、ほら」


「パパ……?」


「――大好きだよ」


「「……っ!!」」


 彼は抱き寄せると耳元でそう囁く。それが別れの挨拶代りである事をすぐに察して、サリーとリサは必死になって彼の魂を呼び止めようと声をかける。

 だけどもう止められない。

 彼は最期の力を振り絞って震える声ながらも続けた。


「生きて。生きて。生き抜いて。2人が生きている限り、僕も生きてるから。だから、僕に2人の未来を見せて欲しいんだ。……それと」


 そう言うと彼はこっちを向いた。

 何を言われるのだろう。そう思っていると真っ白な世界でも言われた同じ言葉を伝えて来て、それで確信する。あの時に声をかけて背中を押してくれたのは彼なんだって。


「2人を頼む。僕の望む、遥か未来へ……。君なら、出来る」


「……任せてくれ」


 もちろんそう出来る確信なんて何もない。だけどティアルスは自信を持ってそう言えた。彼がティアルスに向けて言った最期の望みだったから。

 喋りたい事を喋れて満足したのだろうか。彼はそれから2人だけを見つめていた。

 そして、本当の本当に最期の言葉を……。


「忘れないで。……僕は、いつまでも、2人の事を、あぃ、て―――――」


 一番最後まで言い切る事も無く目を閉ざした。愛おしそうに撫でていた手も力なく横たわり、それ以降彼が何か言ったり動く事も無かった。

 四肢を覆っていたモヤも抜けて普通の手足が現れ、それだけが彼の死を表していた。

 ――2人は何も言わない。ただ、嗚咽を零しながら大粒の涙を流していた。

 そんな彼女達にイルシアは言う。


「……かの大英雄が言ってた。人の本当の死は忘れ去られた時だって。忘れない限りその人は記憶の中で生き続ける。だからどんなに辛くてもその人を忘れちゃいけない。その人の死に意味を与えるのは、覚えている私達だから」


「うんっ」


 するとリサは大人しく頷いた。

 強い子だなって、本当にそう思う。普通なら嘆き喚いたって何らおかしくはないから。彼を想っていた彼女達にとって父の死というのは何よりも辛いはずだ。なのに2人は嘆こうともせず、ただ上を向いて涙をこらえていた。

 未だ明けない真っ暗な夜を。


 ――今、俺が出来る事は……。


 彼から願いを託された者として考えた。

 ティアルスじゃ彼の変わりは務まらない事は既に分かっている。だけど、せめてこの状況で安心できる様な行動くらいはしてあげたいじゃないか。

 だからティアルスはいつもイルシアにされてる様に頭を撫でた。


「頑張ったな」


「「……っ!」」


 今行ってあげられる言葉はこれくらいしか考えられない。これで安心できるのかも分からないけれど。でも、少しでも安心してくれればそれでよかった。

 すると2人は耐え兼ねた様にティアルスへ抱き着き嗚咽を零した。

 一瞬だけどうすれば分からなかったからイルシアに視線を撫でるジェスチャーをされて。


「本当によく頑張ったよ。本当に――――」


 だけどある音を聞いてティアルスの言葉は消え去った。同時に温かい目線で見ていた全員の視線がそれぞれ別方向へ行く。

 シャリン、シャリン。そんな音で嫌な予感を察しつつ周囲を見た。

 その先には数え切れないくらいの黒装束がいて―――――。


「え――――」


「嘘……」


 それぞれが驚愕した。何でまだここにいるんだって。

 リヒトーは大将だったんじゃないのか。大将がやられたんじゃみんな撤退するはずなのに。大将なくしても構える黒装束を見て、ティアルスは反射的に2人を抱きしめる。

 だけど錫杖が降って来る事は無かった。その代わりに雷や炎が降る事となり。


「……魔法? 何で?」


 イルシアが呟く。周囲の黒装束が一掃された事を確認するとティアルスは警戒を解いて力を抜いた。そして黒装束を一掃した元凶はすぐに表れて。


「危機一髪だったな。少年」


「なっ。ゆ、ユークリウス!?」


「そのと~ぅり!!」


 ティアルスが捕まえたはずのユークリウスが現れた。それもえらくボロボロになって。

 驚愕していると彼は真っ先に降参のポーズを取り、最初に誤解を晴らす。


「あっちなみにだけど脱獄した訳じゃないぞ! いやまあ脱獄と言えば脱獄だが……。私は人々の避難を中心として動いていた。時々聞こえていた轟音はそれだな。……本当だぞ? なっ少年?」


「信じ難いけど本当だ。信じてあげてくれ」


「……分かった。本当に信じ難いけどね。ありがと」


 お礼を言われるとユークリウスは嬉しそうに微笑み髭を撫でた。……のだけど住民を助けた事と脱獄した事は別みたいで、抵抗しないのも分かっていたからシファーが肩を掴んで身動きできなくする。


「取り合えず、詳しい事は後で聞く」


「あっ。ハイ」


 するとユークリウスは潔く諦めた。そんな姿にふと微笑みを零す。

 そんな風にしていると、ようやく朝日が昇って来てくれた。空が明るくなり太陽が出て来たのと同時に侵食現象も消えてなくなる。その光景に全員が安堵した。当然ティアルスも。

 だからティアルスはすぐに気を失ってしまった。ボロボロで疲れ果てた体を抱きしめた2人に預けながら。

 ただ、既に死んだはずの彼の声を聞きながら。


 ――僕は願うよ。君達の遥か未来も。

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