第二章33 『みんなで紡いだ一撃』
「ティア!?」
「離せっ! 貴様ァ!!」
「絶対に離すもんか! 2人を離したとしても、お前を絶対に倒す!!」
奴の足にしがみつくティアルスだけど、例え蹴られようと振り回されようと絶対に諦めようとはしなかった。武器も何も持たずただ文字通りに足を引っ張っている。額から血が噴き出したとしても。
そんな中でさえティアルスは2人を助けようと手を伸ばしていた。
普通なら耐えるのに必死で手なんか伸ばせないはずなのに。
――絶対に諦めない。自分が救うって決めた人を救うまで、ティアは絶対に諦めない……。
地上でティアルスを追いかけながらも脳裏で呟く。
あれは完全に彼の根っこから出る行動……『ティアの本質』だ。例え救う事を拒まれたとしても絶対に救う事を諦めない。
その本質こそがまさに、
――英雄の本質。
ティアルスの本質はまさに英雄だ。
幼い頃、大切な儚い命よりも憧れた英雄の本質。イルシアの人生を狂わせたと言っても過言じゃない、英雄の――――。
鼓動が大きくなる。
一度じゃなく何度も諦めかけた英雄が、今、目の前に……。
「ぐッ!!」
「ティア!」
地面に叩きつけようと奴の体を振り回すも飛行魔法にはさして意味もなく、空中で制止した奴は振り回された勢いを利用して高速で地面に叩きつけられた。
その衝撃で建物の木片が高く飛ぶ。
でも諦めずにもう一度飛び上がる。例え血が飛び散る程の大怪我を抱えていたのだとしても。何度でも。
「貴様ァ!!」
奴はうっとおしいティアルスに向かって全力で攻撃を仕掛ける。腰から抜いた短刀を足で持ってティアルスの腕を串刺しにしたのだ。その痛みに耐えきれず手を離してしまったティアルスは落下をし始める。
だから今すぐに駆けつけようとイルシアは足をかがめるのだけど、その時に奇妙な光景を目にして思わず足を止めた。
「え――――?」
「なっ!?」
ティアルスが空中で制止していた。それもまるで見えない壁でもあるかのように足をかがめながら。そんな事で斬るはずがない。だってティアルスは飛行魔法なんか使えないし、何より魔術自体マナがあるだけで技術は全くないはずだ。
なのに空中で制止していた。
――その瞬間、彼の両足から薄緑色の紋様の様な形をした翼が出現して。
「っ!!」
無言の気合いと共に高く飛び上がった。
普通のジャンプだったら避けられて終わりだろう。でもティアルスは空中で旋回してもう一度奴に襲いかかった。
「貴様、まさか……!」
「飛んでるの!? それも風魔法だけで!?」
それが分かった瞬間に奴は距離を開けようと全力で飛行し始め、ティアルスは不格好な姿勢ながらも根気よく追いかける。
もしあれが風魔法でやっている物なら原理は分かる。
でも風魔法で飛行するのには途轍もない技術が必要だって聞いたし、ティアルスがソレをやってのけるとは到底――――。
でもあの翼の色は風属性のマナの集合体の証だ。つまりティアルスは今、足に溜め込んだマナを外へ放出し続け具現化する事によって、途轍もない風圧を生み出しそれを利用して飛んでいる。
にわかには信じ難い話だけど今起っている現象を説明するにはそれしかない。
イルシアだって空中を飛ぶ事は出来る。蹴った風圧での移動だけど。でもあれ程まで綺麗に飛行するだなんてとてもじゃないけど出来る芸当じゃない。
けどティアルスは一瞬だけでも操作を誤って地上へと墜落した。
「ティア!!」
「ふん。もう飛ぶ気力すらも残っていないみたいだな」
そりゃ、あれだけの数の黒白装束を相手に戦ってボロボロになって、それでも尚2人を助けようとマナを沢山使用したのだからそうなっても当然だ。普通なら動けなくなっても仕方ない。
――そう。“普通なら”。
高く舞い上がっっていた木片や土埃が急に竜巻の様に回転し始める。やがてそれは周囲の物を巻き込むくらい強くなっていった。
ふと、蒼白い桜が舞う。
「ティア、まさか……」
「貴様……」
「――絶対に逃がさない。殺させもしない。俺が絶対に止めるから」
ティアルスの足元にあった風の紋様は更に大きくなり、身の丈をも上回る程大きな翼へと変化する。――傷つき血を流しても尚、彼は諦めない。
すると神速と言ってもいい程の速度で飛び出した。
「きさ――――――っ!?」
威力を全く殺さずに真意を乗せた拳を奴の鳩尾に叩き込む。真意の光は尾を引いて収束し、やがて奴は双子を離して遠くにある時計塔の方角まで一直線に吹き飛ばされる。
イルシアでさえあの距離を吹き飛ばす事は出来ないのに、たった一撃で……。
無事にサリーとリサを保護するとすぐに地上へ降ろした。のだけど、
「ここは危ないから、2人は――――」
「お願い。連れて行って!」
「えっ?」
「あいつだけは私達が倒さなきゃ駄目なの。パパを騙して裏切った、あいつだけは!」
「けど――――」
サリーはティアルスの服を強く掴むとそう言った。
愛する父を騙し裏切り殺そうとした。となればそうなっても当然か。でも今は――――。そこまで脳裏で考えた瞬間だった。
「――伏せて!」
イルシアがそう言うから思いっきり頭を下げる。いつの間にか戻って来ていた奴に刀を投げつけると、間一髪で振るった刃に当たって僅かに軌道を逸らす。
そしてその姿を見て驚愕した。
「なっ!?」
「いつの間に!?」
体の半分が悪魔に染まっていた。父の様に。
ティアルスが咄嗟の判断で蹴り飛ばしても今度はそんなに効果はない。ただほんの少し後退しただけ。
「……もはやこれまで使う事になるとはな。我をここまで追い詰めたのは貴様で2人目だ。――この《悪魔》リヒトーをな」
「リヒトー……?」
初めて聞いた奴の名をもう一度繰り返す。なんか、どこかで聞いた気が……。
でもそんな事を気にしている場合じゃない。気が付けばリヒトーはまた刹那で接近しては掌から生まれる波動でティアルスを攻撃する。
だけどティアルスは血を吐きながらリヒトーの腕を力強く握り締める。
「悪魔だ何だって知った事か! 俺はお前を打ち倒す!!」
「ならやってみればいい!!」
「っ!?」
その瞬間に空高く蹴り飛ばされ、リヒトーは止めを刺すべく踵を天高く振り上げた。あの速度で蹴られたら、いくら真意を身にまとうティアルスでもひとたまりもないはず。もしかしたら死ぬかもしれない。
だけど明らかに間に合わない距離だ。
――なら、間に合わなければ届かせればいいだけ。
「ティアっ!!」
イルシアは自分の刀を投げつけた。真意を乗せた腕なら自分が飛ぶよりもずっと速く刀が届くから。何とか柄を握り締めたティアルスは即座に真意を発動させて刃を振る。
踵と刃は触れた瞬間に互いに威力を相殺した。
しかし、微かにでも押されたティアルスはリヒトーみたいに時計塔の方まで蹴り飛ばされてしまう。彗星の如き速度で落下したティアルスはそのまま起き上がる事は無く。
「……この程度か。これなら――――」
「――させない!!」
でも即座に背後を取った父は拳を振り下ろした。
互いに悪魔に染まった状態での戦闘は凄まじく、拳を一度振るだけでも風圧を発生させる。そんな拳が無数に繰り出される。
「貴様もいずれ殺してやる。待っていろ」
「誰も殺させない! サリーもリサも、俺達を救おうとしてくれた彼女や彼も!!」
既に彼にはイルシア達に向けての敵意なんてないみたいだった。彼の背中から分かるのはただ1つの期待だけ。いつ自分達は救われるのだろうと言う期待だけだ。
しかし彼はイルシアとの戦闘と槍で串刺しにされたので体力も既にない。だから刹那の判断ミスだけで片腕を引き千切られる。
でも、
「さらば――――」
「させねぇッ!!!」
「やらせない!!!」
振り落とされた一撃をアルスタとエスタリテが全力で弾き飛ばす。直後にロストルクとクロエが硬直の隙を突いて胴体を切り裂き、ラインハルトとシファーが背後に迫って地上へ叩き落とした。レシリアは落下する父を助けて双子の傍まで移動させる。
「みんな!」
別行動中だったはずの全員が合流して連続攻撃を仕掛けた。
もちろんその中にイルシアも混ざろうとするけど、リヒトーが発生させた激しい豪風によって周囲の全員が吹き飛ばされる。その瞬間に伸びて来たギザギザの斬撃に全員が巻き込まれて血を撒き散らした。
しかし離れていたレシリアとリークが決死の覚悟で飛び込んでは刃を振り下ろす。
「らぁッ!!」
「せいっ!!」
でもリヒトーは両手で易々と受け止める。それどころか刀身を握って振り回し2人を瓦礫に投げつけて見せた。
そして最後に残ったイルシアを見て足を動かす。よりにもよって後方に。
だけど既にイルシアの脚には大量のマナが流れ込んでいる。
「逃がすかぁぁぁぁぁぁぁ―――――ッ!!!!」
すぐ隣に落ちていたティアルスの折れた刀を拾った。
大量の業火を足元に放出させて距離を取るリヒトーを追う。きっとこのまま距離を離したら物凄い攻撃を繰り出されるだろう。だからそれをさせまいとティアルスみたいに足から業火を放出して追いかける。
リヒトーが向かったのは時計塔。多分時計塔で急上昇でもする気だろう。
必死に追いかけるけど、やっぱり悪魔の逃げ足には届かない。
――駄目だ、絶対に追いつけ!!
必死に手を伸ばす。純白の桜に包まれたこの刃じゃまだ届かない。だから、何でもいいから、あいつに届く奇跡が起こって欲しい。そんな風に祈りながら追い続けた。
けど、リヒトーは既に時計塔を上り始めていて――――。
直後に背後の瓦礫から何かが飛び出して来た。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――動け。動けよ! 今動かなきゃいけないんだ! みんなを、イルシアを、あの3人を助ける為に!!
体が一寸たりとも動かない。真意とマナを使い過ぎた反動だろうか。何も感じないのはいいけどその代償に指先すらも動かなかった。
ただ真っ白な世界に取り残され漂うだけ。
意識を失ってる訳でもなければ死んでる訳でもない。現実を認識しながらも意識の世界に放り込まれているみたいだ。
するとどこからか声が聞こえてきて。
『頑張って』
――だれ、だ……?
『頑張れ』
『頑張るッス』
『頑張りたまえ』
全員聞いたことがある声だ。
そんな思い出せないまま聞いた事のある声を聞いていると、自然と体に力が入る。いつもやってる様に、自分の意志で起き上がった。
真っ白な世界で手を伸ばす。その先に何かがある気がしたから。
――行くんだ。助けろ。絶対に……!!
輝く光に手を伸ばし続けた。だけど届かない。自分だけの力じゃ到底届かない様な距離がある。それを分かっていても必死に伸ばし続けた。
ふと、誰かに背中を押されて。
『あの子達を頼む。僕の望む、遥か未来へ……』
触れる掌は凄く優しく温かい。そんな手に背中を押され、ティアルスはようやく届きそうな距離まで上り詰める。誰かは分からないでもその人のおかげでやっと光をこの手で掴めた。
その瞬間、一瞬で世界が戻ったのと同時に刀が握られていて。
「――――っ!!」
気が付けば体が勝手に起き上がっていた。埋もれていた瓦礫から抜け出しては一直線に空中を駆け抜け、引き寄せられる様にリヒトーへと刃を定める。
イルシアが追いかけていた彼はティアルスを視認するなり驚愕して両目を大きく見開いた。柄を握り締め、何人もの意識が重なったみたいに輝く真意の刃を構える。蒼白い桜を宿したこの刃を。
――今を、燃やし尽くせ!!
ふと脳裏に浮かんだ言葉を掛け声に振り下ろした。
塞がれるけど関係ない。ただ渾身の一撃を叩きつけるだけなんだから。
するとイルシアも純白の桜を宿した刃を振りおろし、リヒトーが防ぐ事で両腕を封じた。互いに全身全霊で刃を振り下ろす中リヒトーも負けずと叫び力を入れる。
だけど、その結果はまたもや相殺。イルシアとティアルスの刃は跳ね返された。
でも、
「――これで終わりじゃない!」
「なっ!?」
「本命は、あの2人だ!!!」
真下から神速で襲って来たサリーとリサに為す術もなく空中へと弾き飛ばされる。互いに真っ黒なオーラを纏う刃を防ぐけど、今さっきの攻撃が聞いたみたいで。
「ぐっ!!」
「「らあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――ッ!!!」」
即死の一撃を受けたリヒトーの防御は崩れ去り、みんなで紡いだ一撃は彼を切り裂くどころかあまりの威力で消し炭にした。そしてその反動は真上にある雲にまで届いて綺麗に切り裂く。
やがて、今の一撃で力尽きたサリーとリサは落下し始める。
イルシアやティアルスだって。
真っ直ぐに地上へと。




