第一章4 『不審な始まり』
イルシアの言葉が嘘だと言う事は直ぐに分かった。だけど彼女の話には嘘だって一蹴する事が出来ない程の重さがあった。
どんな事を言えばいいかを迷うティアルスに笑顔で言って見せる。
「だけどね、後悔はしてないの。これは私の道だから。それに修羅の道を突き進むって言うのも、ある意味英雄らしさがあるからね」
今度は嘘の『色』は見えない。でも色が見えなくたって薄々感じれる。それが許容じゃなくて諦観だって事くらいは。
「……悔しくないのか?」
「今は平気かな。ただ当時は凄く悔しかった。でも過去を嘆いたって意味は無い。だから今を燃やして突き進もうって決めたの」
その言葉にはイルシアの覚悟と決意が垣間見える。
ティアルスは何て言うべきだろうと言葉を探すけど見つからなくて、元よりこんな状況は何もしらないのだからと決めつけて別の言葉を探す。
でも頭を撫でられる事によって我に返った。
「別に言葉を探そうとしなくてもいいよ。それに疲れただろうし」
「疲れた?」
「走り回って走りまくって、初めて魔物を見て私の話でびっくりした。それで疲れない訳ないもん。何よりティアルスは今日初めて目覚めたばっかりなんだから」
「そう言えばそうだったな……」
思えば記憶喪失だった事を忘れるくらい忙しかった。話を聞いてる時も自分じゃなくてイルシアの事だけしか考えてなかった。
自分の為に動いていたのに自分の事を忘れていたのに苦笑いする。
そうしていつの間にか家まで辿り着くと、イルシアは鳩がいる事に気づいて近寄った。首元に紙が付けられている所を見ると――――。
「……伝書鳩?」
「伝書鳩は知ってるのね」
紐を外して紙を取るなり鳩は飛び立ってしまった。用が済んだって理解しているのだろうか。
小さな紙を広げるイルシアの背後から見ようとするけど、内容が目に入る前にくしゃっと閉じてしまう。その行動に少し不思議がって顔を見ると言う。
「何て書いてあったんだ?」
「……ちょっとした情報よ。問題ない」
少しだけ間が空く。
問題ないと片付けたイルシアは颯爽と扉を開けて中へ入りこっちゃこいとティアルスを手招きした。
そうしてようやく一息付けたティアルスは間髪入れずに問いかける。
「そう言えば街はいいのか?」
「今日は行かない方がいいかな~。行った所で何かを言われる訳でもないけど、嫌な視線を向けられるのは嫌いでしょ」
「ああ、うん」
あんな大きな魔物を討伐したというのに嫌な視線を向けられるなんて、本当に意味が分からない。どうしてもっと手を取り合えないのか。
手を取り合えないでまた新たな事に気づくからついでにそれも質問した。
確かイルシアもちょっとだけ言っていた事だ。
「最近よく魔物が現れるって言ってたけど、あれって?」
「ああアレ? そこんとこは私もよく分からないのよ。ただ最近頻繁に大型の魔物が出て来る様になった事だけは確かなんだけど……」
そうして顎に手を当てる。
原因も分からないのに大型の魔物が現れるだなんて、街に住んでる人達は恐ろしい事この上ないはずだ。
最後に何よりも気になってた質問をするとイルシアは咄嗟に振り返る。
「……イルシアが戦っていた時、一瞬だけ別の光景が頭に浮かんだんだ」
「別の? どういう事?」
「何て言えばいいのかな。誰かの記憶が流れ込んで来たみたいな感じで、イルシアの剣筋に既視感みたいなのを感じたんだ」
「既視感、ねぇ……」
するとさっきよりも深く考えこむ。ティアルスだってどうしてそうなったのかは分からない。だけどあの時、確かに流れ込んで来た。似たような動きをした誰かの記憶が。
パチン、と指を鳴らすと床に置いていた刀を持っていう。
今回ばかりは彼女の考えが読める。
「じゃ、外で技を見せるから同じ事が起きるか検証しましょ」
「何かそう言うと思った」
ティアルスの言葉にあははと小さな笑顔を浮かべる。
自分の事を話してた時よりも明るくなった様子に安心しつつ、意気揚々と外へ出るイルシアの後を追って同じく外へ出た。
「じゃあ早速やってみせるから、よく見ててね」
「ああ」
するとイルシアは鋭い音を立てながら刀を鞘から抜き出す。その姿に思わず声が漏れた。何と言うか、蒼い羽織を着て刀を持ったイルシアは妙に様になっている。
両手で構えると急速な動きで前に3連撃を繰り出した。この動きは確か魔物と戦った時と同じ技だっけ。
その動きを見た途端に脳裏で何かがチクッと反応する。
他にもイルシアは様々な技を見せてくれた。その1つ1つの技が凄く綺麗で、桜が舞うかのような動きについ見惚れそうになる。
一通りの技を見せ終わり鞘に収めると期待を込めた顔で問いかけて来た。
「……どう? 何か思い出せそう?」
「少なくとも分かった事は、その剣術を見たことがある。もしくは使った事がある。かもしれない」
「使った事がある? なら――――」
あくまで憶測でしかない。というか確証すらも持てない。だけどイルシアの剣術にはどこか懐かしさを感じていたのだ。
この感覚を引き出せば他にも分かるかも知れない。そう思って目を瞑り必死に思い出そうとするのだけど、気が付いたら手には刀が握られていて。
「……え?」
「試しに振ってみればいいじゃん」
「えっ!?」
何の躊躇もなくそう言われる。いや、もしかしたら素人かも知れないのにいきなり刀を振るわせるのか……。イルシアって楽観的なんだろうけどどこか抜けているような気もする。一応行動には気を付けよう。
でも物は試しだ。せっかくだし振ってみようと同じように構えた。
「確か、こう……」
そうしてイルシアの動きを真似て同じように振ってみる。
だけど思った以上に刀が重くてつまずいてしまった。
「わっ!?」
「よいしょっと」
しかしまた顔面から転びそうになったからイルシアが支えてくれた。
やってみた感覚で悟る。多分刀は振った事がない。となるとやっぱり誰かが振っているのを見ていたのだろうか。
イルシアも今の振りだけで見抜く。
「少なくとも剣を振った事がない動きね。となると同じ剣術をどこかで見てたのかな……?」
「ど、どうだろ」
「とりあえずもう夕方だし、今日はここまでにしましょ」
「ほんとだ。いつの間に……」
「まあ忙しかったからね」
そう言われて初めて夕方なのに気づいた。空を仰げばオレンジ色の夕焼けが空を包んでいて綺麗な光景を作り出している。
ここまでにしようと思った瞬間に疲労感が体を襲ってきて、ついイルシアに肩を預けた。すると小さく「頑張ったね」と言ってお姫様抱っこをしてくれる。
「ちょっ、これ恥ずかしいんだけど。それに家すぐ近くにあるんだし歩けるって」
「誰も見てないからへーきへーき」
「そう言う問題か……?」
降ろす様に促すけどイルシアは楽しそうに運ぶ。
だからティアルスはどうにもなりそうにないと半ば諦めらめて身を委ねる。その最中で考えた。
――俺、どこから来た誰なんだろう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「どうしたものか……」
夜。イルシアは1人考えていた。
ティアルスは既に寝静まっていびきまでかいている。そんな彼を背に頬杖をついていた。机に広げていたのは伝書鳩から届いた手紙――――。
――何で彼がアレを持っていたの。
昼過ぎに見たティアルスの瞳。アレを見た瞬間思わずゾッとした。
嘘を見抜かれただけでもびっくりしたのに、まさかティアルスがアレを持っていただなんて。嘘を見抜いた瞬間の彼の瞳は、
――魔眼。
彼の瞳は髪と同じ焦げ茶色だ。なのにあの瞬間だけ瞳の色は金色に輝いていた。あれは間違いなく魔眼の色で間違いない。でも普通の人が魔眼を手に入れられるはずがない。ならティアルスは普通の人じゃないって事になる。
ティアルスは一体何者なのか……。
それに届いた手紙も十分不可思議な物だ。彼に見せない様くしゃくしゃにしたせいで見づらいけど信じ難い事が書いてある。
【願いを叶えたくば朝霧の森へ来い】。
明らかに何かがある。
――これとティアルスは繋がってる……? となると、ティアルスはどうして空から落ちて来たの……?
仮にこれとティアルスが関係あるとして何で空から落ちて来る事になったのだろう。見た所この手紙はただの挑発文でもない。そしてこの家は場所が特定しずらいようにと山奥にある。なのに送って来たっていう事は相手はかなり広い範囲まで知り尽くしているはずだ。
不信感は消えない。それどころか増すばかり。
彼の記憶がない事にも関係があるのか。
「朝霧の森って確か、遠くはなかったような……」
そうして地図を広げてみる。
朝霧の森――――。原因不明の濃い霧が不規則に発生するせいで危険な森とされている場所だ。普通ならそこに来いと言われたって近づく人はいない。でも、だからと言ってこれがいたずらに見えるかと言ったら……不明瞭としか言いようがない。
もしかしたらティアルスの存在を確かめたくて無理やり関連付けようとしてるだけかもしれない。だけどイルシアの感が伝えていた。何かがあるって。
イルシアの感は野生の感かってくらい的確に当たりやすい。
今までの経験則が確かに震えていた。
ふと後ろを向く。
普段自分が寝ているベッドで気持ちよさそうに眠っているティアルスを。
――明日、確認しよう。もし彼の持ってる魔眼が予想通りなら……。