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彼岸に咲く願いの華  作者: 大根沢庵
第二章 存在と証明
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第二章31 『謎の組織』

「パパ……?」


「…………」


 ティアルスは目の前の光景を見て絶句する。2人の声で反応しようやく自我を取り戻したみたいなのに、その結果が胴体を貫かれる事だなんて。

 虚ろな瞳で宙を見つめ、こっちに手を伸ばしながらも力なく横たわる彼を見てサリーとリサは近づく。イルシアは少し離れたティアルスと同じところに着地し、その光景を見つめていた。


「イルシア、これって――――」


「そう言う事ね」


 でもイルシアはティアルスの問いには答えず1人ボソッと呟く。

 何で急に大きな槍が。そう思いながらどうやって刺したのかと周囲を見渡した。その瞬間に理解する。ティアルスが異常な光景に目を奪われているとようやくイルシアが解説してくれた。


「全員もれなく、誰もかもが掌で踊らされていたって事よ」


 いつの間にか周囲に現れた謎の黒装束。と、その中に混じった白装束。それらが各々に持っていた様々な武器。

 錫杖を揺らしてシャリン、シャリン、と音を鳴らす。

 幾重にも重なる音は次第と騒音にまで達していき、聞いているだけのティアルス達の鼓膜を音だけで攻撃してくる。正直、ちょっとウザい。


「……絶望だな」


「ええ。全く」


 そんな現状にふと苦笑いを浮かべたティアルスは言う。

 要するに今ここに立っている黒装束と白装束を全部倒さなきゃ生き残れないって話だろう。それもイルシアは大怪我を負いティアルスは刀が折れた状態で。

 なけなしの覚悟を決めようと呼吸を整えていたら後ろからか細い声が聞こえて来て。


「パパ。目を開けてよ。……ねぇ、パパってば!」


「パパっ!!」


 2人が動かない父の体を抱きしめた。

 そんな光景を見る度に胸が締め付けられそうになる。だって、2人は父の為に動いていたのに、その結果がこんな残酷な結果だなんて――――。

 ふとイルシアが動いた。手首や胸を触って口元を確認すると生きてるかを確認する。


「……微かにだけど息も鼓動もある。まだ助かる可能性はあるよ」


「本当!? どうやって!?」


「それは……」


 しかしサリーからの問いにイルシアは黙り込む。なんで彼があんな状態になったのかは分からない。でも仮に分かったとしても対処法がないのも事実。せめてこの場にリークがいてくれたら何とかなったのかもしれないけど、それも高望みって物だ。リークは今超大型の相手をしているだろうし。

 ティアルスにもまだ生きているという事は見ただけで分かった。これも魔眼の効果なのだろうか。

 でも、男の声で全員の意識はそっちに集中する事になる。


「――助からんぞ。誰一人として」


 黒装束の間から出て来たのは一人の男。同じ黒装束だけど顔を隠さずさらけ出していた。灰色の癖毛に同色の瞳――――。その瞳の奥にある物が『虚無』だと言う事をティアルスはすぐに見抜いた。

 男は腰の直剣に手を掛けると続ける。


「この場にいる全員は皆殺しだ。例えそれが協力者であってもな」


「……なるほど。要するに捨て駒の役割は果たしたからお役御免と。で、私達はついでに殺そうって訳ね」


「そう言う事だ」


 そう言いながら男は刃を振り抜いた。すると背後にいた黒装束と白装束も各々の武器を手に取り自由に構え始める。ちゃんとした構えを取る者。力なく腕を垂れさせる者。それぞれだ。

 ついでに殺す……。ついでにでも殺される対象に入ってるって事はティアルス達を煙たがってるって事でいいのだろうか。

 正直、この数を相手に出来るかどうかも分からない。


「ティア。戦える?」


「ああ。でもイルシアは――――」


「私はあいつを討つ」


「討つって……!」


 だけどイルシアは奴に刃を向けると殺意の眼光を浴びせた。また奴からもイルシアに向けて殺意が放たれる。


「一騎打ちに持ち込みたいんだけど、どうせあんたらは騎士道精神も何もないから聞かないんでしょ?」


「よく分かってるではないか。その通りだ!」


 男が指を鳴らすと周囲の黒装束と白装束は一斉に動き始めた。

 ――死ぬ。そう悟る。

 奴が狙っているのはイルシアをこの場から引き剥す事だろう。イルシアを引き剥した所でティアルスと残りの3人を始末する。合理的と言えば合理的な作戦だ。実際ティアルスが同じ立場だったらそうしただろうし。


 でも、それはティアルスが以前みたいに弱かったらの話だ。


 向って来る黒白装束に対してイルシアは刃を振ろうとするけど、ティアルスが先に先陣を切って飛び出した。それから折れた刃でも真意を発動させて一斉に蹴散らす。それもたった一振りで。

 まだ真意の扱いに慣れた訳じゃない。不安定どころかどうやって発動させるのかもまだコツさえつかめてない状況だ。でもこれだけは分かっている。自分の真意は誰かを守る時にその真価を発揮するんだって。だからイルシアに言う事が出来た。


「ティア……」


「ここは大丈夫だ。俺に任せてくれ」


 不安の抜けきらない震えた声とあまりにも引きつった苦笑い。

 でもその不格好で強気な笑みを見て納得したイルシアは微笑んで頭を撫でる。そうしているとティアルスの両脇にサリーとリサが来て、最後に残った武器をそれぞれで構えた。


「……そうする意味、分かってるのか?」


「分かってる。私達だってまだ死ねない。パパが助かるのなら、どんな事をしてでも生き残って見せる!」


「パパ言ってたもん。私達が生きてる事が何よりの幸せだって。私達だってパパが生きてる事が何よりの幸せ。だから、パパを守る!!」


 頼もしい小さな増援にティアルスは微笑む。その微笑みをイルシアに向けるとグッドサインを返され、互いに拳を合わせた。

 彼女は最後に小さく一言だけ残して飛び出していく。


「――死なないで」


 そうして男の所まで飛びだすと、黒白装束はイルシアを足止めする事も無く全員が3人に向かって全方位から、それも大量に駆け寄って来る。それぞれが刃や錫杖を構えながら。

 だからティアルスはもう一度真意の刃を振り回す。

 それに合わせてサリーとリサもあの時の様なオーラを纏わせ刃を振るった。その度に多くの人影が宙を舞っては鮮血を撒き散らす。


「サリー! リサ! ――やるぞ!!」


「「うんっ!!」」


 ――これでいいんだ。例え敵であったとしても、俺は2人を……3人を救いたいから。


 敵と共同戦線なんて普通じゃあり得ないだろう。元より相手はこっちを殺そうとしていた訳だし。でも彼女達がティアルスに手を貸してくれたのは優しさが残っているからでもある。2人が優しい女の子であるからこそ、こうして助け合っている。

 そんな現状を頭に刻んで士気を高めた。

 真意を乗せて振るった刃と共に。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「らああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」


 女子とは思えぬ気迫と同時に容赦なく刃を叩き込む。直剣で防がれる度に目を細めてしまう程の火花が散っては互いの顔を照らした。

 奴は全力で振るうイルシアの刃を片手で受け止めもう片手に握った刃で反撃を加えて来る。ここまでするって事はかなりの実力者で間違いないだろう。もっとも、その事は奴の瞳の奥を見た時点ですぐに分かっていたけど。

 すると男は喋り始める。


「まさかこんな所に貴様がいるとはな。我も多少は驚いた」


「私……? 私とあんたって初対面よね」


「ああ。貴様にとってはそうだ。だが、我は貴様を知っている」


 そう言って左手に握った短刀を振るう。

 自分を知ってると言っても、イルシアは今までそんなに遠出をした事がない。街で魔物を討伐した際は少しだけ注目される事もあるけど、こんな奴があの街にいたとは考えずらいし、一体どこで――――。

 次の言葉でイルシアは一瞬だけでも体を硬直させる。


「忘れたか。10年前の事を」


「――――!?」


 驚愕……いや、動揺と言ってもいい程の衝撃を受けた。そんなに隙を見せていると攻撃されるのも当然な訳で、脇腹に短刀を刺されて思いっきり吹き飛ばされる。

 何とか足を付いて立て直すも驚愕は抜けない。

 すかさず追い打ちをかけて来る奴の刃を間一髪で受け止める。


「10年前のあの日。我は貴様を見ていたぞ。幼き頃の貴様を」


「――お前、何者だ」


 火花が散る中でイルシアは問いかける。10年前って事は、あの時の――――。

 明らかにおかしい。だってあの時は周囲にこんな奴はいなかったし、何より今よりも感覚が研ぎ澄まされていたあの時なら視線で気づくはずなのに。


「あれから姿を消し探すのを断念していたが、まさか異変に釣られてくるとはな。探す手間が省けて大変助かる!」


 ――私を探してた? 何の為に?


 脳裏でそう問いかける。どうしてイルシアを求める。何でイルシアが必要になった。

 奴の言い振りからして主催者と何かしらの関係者である事は確定してる。でも何でそこにイルシアが関わってくるんだ。過去に何が起こって――――?


「虚けである貴様は我らには必要不可欠な存在だ。貴様こそ《虚飾》に相応しい!!」


「虚け? 《虚飾》? 何の事なの!?」


「まだ分からんのか」


 奴からの猛攻を耐え凌ぎながらも会話を続ける。

 虚け――――。つまり中身が空っぽなイルシアは奴らにとって必要不可欠な存在で、何かは分からないけど《虚飾》と称されるに相応しい素質を持つと。

 空っぽ、か。

 奴はイルシアの瞳をその眼光で見据えると言った。


「――貴様は根っこからの殺人鬼という事だ」


「――――!?」


 その瞬間、肩を切り裂かれては生まれた隙を突いて顔を掴み、地面に叩きつける。刀を逆手に持って腕を串刺しにしようとするも途轍もない衝撃が顔面を襲う。奴の掌から生まれた衝撃は脳にまでダメージを与え体を動けなくする。

 せめてもの抵抗で腕を掴むけど力が入らない。


「虚けであり殺人鬼である貴様だからこそ《虚飾》に相応しい。とても剣士とは呼べぬ戦術も含めてな」


「ぐ……!」


「諦めろ。貴様はもう負けた。大人しく罪に染まれ」


「まだ、負けて……ない……! 誰が罪なんかに、染まる、もんか……ッ!」


 真意を発動させて翡翠色の瞳を輝かせる。でもそんな抵抗も空しくまた波動によって攻撃を追加される。多分ほんの僅かにでも気を抜いたら気絶するだろう。その瞬間にイルシアは罪に染まり、恐らく《虚飾》とかいう訳わからない称号で呼ばれるはずだ。

 そんな事なんてさせない。

 まだ生きているのなら。憧れが消えていないのなら。全力で抗うまでだ。


「聞こえるだろう。響き渡る悲鳴や怒号、剣戟の音が」


 確かに聞こえる。逃げ遅れた人の悲鳴。周囲で戦っている一般の冒険者や衛兵の雄叫び。幾重にも重なる剣戟の音。そして、どうしようもなくなって咆哮するティアルスの叫び声。――――全部、イルシアが守ろうと決めた物だ。


「貴様はもう何も守れない。何も救えない。誓いも約束も枯れ果て罪に染まり――――死ぬ。それが貴様の運命だ」


 ――動いて……!


「今の貴様に何が出来る。ただ死に行く仲間の悲鳴を聞く事しか出来ない貴様に」


 ――動け……ッ!! みんなを、守れ……!!


「何も出来ぬ虚けには相応しい最期だ。絶望に呑まれ《虚飾》に生まれ変わるがいい」


 ――今ここで動けなきゃ、いつ、憧れた英雄に……っ! 諦めない。諦めたくない。背負う物がある限り、絶対に……!!!


 何も出来ない。誰も救えない。

 ただ可能なのは見苦しく足掻く事だけ。絶望に埋まり、心を蝕まれ、憧れを打ち砕かれ、理想をへし折られながら。みっともなく足掻く事だけだ。

 手を伸ばしていたこの手も朽ち果てて――――。


 ――今を燃やせ。


 その言葉を思い出した瞬間、イルシアの瞳は今一度眩い程に輝いた。

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