第二章22 『少女』
今回から第二章の中での最終章みたいなのに突入です! こっからどんどん盛り上がって行きますよー!
「―――――」
ティアルスは気が付けば荒れ果てた荒野に立っていた。それは前にイルシアが歩いていた風の強い荒野であって、イルシアが歩み歩んで行く荒れ果てた“道”。
そんな世界に立っていた。
でも今回は前回とは違う。周囲には無数に突き立てられた武器の数々。そして、数多の人の死体とソレを食べるカラス。それらが存在する殺伐とした殺風景で荒れ果てた荒野に、銀髪の少女が1人黄昏ていた。だからティアルスは声をかける。
「……これは、君がやったのか?」
「そう、なる」
するとたどたどしい口調でそう言った。
少女の腕には血で濁り薄汚れた剣が抱かれていて、それと比例する様に少女自身も血に染まり汚れていた。
こんな少女が1人きりでこれを――――。あまり考えたくなかった。
すると少女は曇りなき眼で問いかけて来る。
「お兄さんも、敵?」
――自然の眼だ。殺意とか敵意とか、そういう物を一切感じさせない自然体の眼。無我の境地……って表現すればいいだろうか。何の『色』も感じさせない純粋無垢な瞳はひたすらにティアルスを見つめる。だからこそ察した。頷いたら絶対に殺されるって。
不安に駆られつつも顔を左右に振った。
「いや、俺は敵じゃない。戦う気はないから」
「そう」
でも短く呟くとそれ以降はずっと口を閉じたままで何も喋ろうとしない。ただティアルスが彼女に興味を持ち続ける限り彼女もこっちに興味を持っている。
何をすればいいのかは分からない。だから今度はティアルスから問いかける。
でも、その返答は途轍もなく重く残酷なもので。
「……帰る場所は? 家族は?」
「ない。何もない。私にはもう、何も残されてないから」
「…………」
純粋無垢な瞳でもその中に隠された深い霧。それを見付けた瞬間、ティアルスはどうしようもなくなって戸惑い果てた。きっと自分じゃ彼女の深い霧は払えないだろうって。
――だけど、それでも見捨てられない。
目の前にいる少女がずっと眼差しを曇らせてるだなんて嫌だったから。
だからティアルスは手を差し出す。
「なら、来るか?」
「…………」
少女は不思議そうにティアルスの掌を見つめ、やがて薄汚れた手を出して掴もうとする。けど、指が触れる瞬間に手を引いてしまって。
綺麗な翡翠色の瞳には戸惑いの『色』が映し出されていた。
「手、汚い。体も」
「綺麗にすればいい」
「髪、臭い」
「洗えばいい」
「服、血塗れ」
「着替えればいい」
「私、殺人鬼」
「っ――――」
でも、少女の口から飛び出した言葉に思わず言葉を詰まらせる。
殺人鬼――――。この光景を少女1人で作り出しているのなら確かにその言葉が相応しいだろう。でも大人しくて、逆に救われるのを遠慮する様な少女を、見放しに出来るだろうか。
否。
「構わない」
「……馬鹿みたいに優しい人」
そう言うと少女はティアルスの手を取った。
温かい。殺人鬼とは思えないくらいの温かさ。だから無意識に下唇を血が出るまで噛みしめた。手を繋いで立ち上がると質問する。
「名前は?」
「私は――――」
でもその返答は真っ白で。
「名前なんてない」
―――――――
「これで四本目だからね! 最速記録作らない様にね!!」
「は、ハイ……」
朝。中庭にて。
新しい刀を渡されたティアルスはイルシアから大目玉を食らっていた。でもそうなるのも無理はない。だってティアルスって事あるごとに刀を折るか破損させてるし。
一本目はアイネスとの戦闘で折れた。
二本目はラコルとの戦闘で折れた。
三本目はユークリウスとの戦闘で刃毀れした。
そして今、四本目の運命が決まろうとしている。いやまあ折りたくて折ってる訳じゃないのだけど。
「全く。いい? 刀は戦場じゃ己の骨と同意義なんだからね! 刀が折れたら骨も折れるって思っといた方がいいよ!!」
「実際折れた訳なんだけど……」
「あ、そっか」
せっかく注意してくれたのだけど既に起こっている事だったからその事を言うとイルシアは目を皿にする。
確かにイルシアの言っていた通り、刀がなければ剣士は何も出来ない。ティアルスの場合は刀があってもなくても最終的に骨は折れる訳だけども。何か、そういう呪いにでも掛かってるのだろうか。
彼女は肩に手をトンッと乗せると言った。
「取り合えず、最速記録だけは作らない様にね。まあもうすぐ次の刀が来るんだけど……」
「既に折れる定めが決められてる!?」
「その場合は二刀流とかやってみたらいいんじゃない?」
さらっと今回の刀が折れる前提の話を進めるイルシアに苦笑いを向ける。何かもう刀を折る常習犯みたいになってる事に言いたい言葉を浮かばせるけど必死に抑え込めた。実際ティアルスのせいでこうなってる訳でもあるんだし。
するとイルシアが言った。
「あともう一つ。別に戦うなとは言わない。でもあまり体を壊し過ぎると後遺症とか、最悪もう腕すらも振れなくなるかも知れないんだから、気を付けて。ティアは誰かの為に~って体をすぐ壊すし」
「アルスタからも同じ事言われたっけ……」
「なら尚の事。私達だって、心配してるんだから」
「…………!」
その言葉に反応する。
そっか。今までずっと勘違いしていたんだ。
今までみんなの為ならって、追い付く為だって、そんな理由で体を壊しては大怪我をしてきた。それも短期間で。でも、それは返ってみんなを心配させていたんだ。
“良い事”の裏に“悪い事”が隠れているのも知らずに。
「……ごめん。次から気を付ける様にはする」
「分かってるならそれでよし!」
そう反省するとイルシアは満足したように笑顔でポンポンと頭を撫でた。それからまた子供みたいにわしゃわしゃと頭を撫でる。いつもみたいに嫌がろうとしたのだけど、その瞬間に夢で見た光景を思い出して体を硬直させた。嫌がらない事に気づいたイルシアは手の動きを止める。
「……ティア?」
「…………」
今朝見たあの夢。あの少女がどうしても忘れられない。
だって、少女の姿はどこからどうみても――――――。
「今朝、夢を見たんだ」
「夢? どんな?」
「銀髪の女の子が血に塗れた死体や武器のある戦場で黄昏る夢」
「…………!」
するとイルシアは小さく息をすって反応して見せた。でもそれに気づけなかったティアルスは続けて言う。イルシアが意味ありげに奥歯を噛んでいる事も知らずに。
「その女の子の瞳は純粋無垢で、だからこそ辛くて。でも俺にはどうしようもなくて。助けようと思っても助け方さえも分からなくて。それで……イルシア?」
ようやくイルシアが奥歯を噛みしめていた事に気づく。
何か物凄い葛藤を見せる彼女だったけど、ティアルスが呼ぶと我に返ったように瞳の『色』を戻してこっちを見た。
どうしたのだろう。と思っていたら言われる。
「で、どうしたの?」
「夢の中じゃその子の手を取って助けようとしたんだけど、名前がないみたいで」
「っ――――」
「そしたら目が覚めたんだ」
「……そっか。ティアは優しいね。みんなが待ってるし、そろそろ行ってあげたら?」
その質問に答えると少し考えた末にもう一度頭をわしゃわしゃと撫でて呟いた。妙に引っ掛かる表情だったけどイルシアは気にさせる前に回れ右をさせて背中を押し、みんなと合流するように促した。……いや、気を逸らす様に。
気になったから問いかけようとするけど瞳の『色』を見て確信する。まだ質問するべきじゃないって。
だから何も言わずにみんなが待つ所へと足を運ぶ。
――あの表情と、瞳の色。
曲がり角を曲がって姿を消してから立ち止まった。
やっぱり、薄々感づいてはいたけど今の会話でそれが明確になった。切っても切り離せない程の確信へと。
今朝のアレは夢なんかじゃない。あれは、
――イルシアの記憶なのか……?
額を押さえてそう考えた。
でもそんなの到底思えない。だってイルシアは敵意なんか持たないし、人を倒す時には必ず慈悲を持って斬りかかる。だからあれがイルシアだなんて思えない。思いたくもない。
なのに証拠も何もない確信がティアルスをひたすらに攻め続けた。
絶対にそうだって。
「もう、分からない」
壁に背を預けてずるずると座り込んだ。
何がどうなっているのか。何が起ろうとしているのか。何が絡まっているのか。もう、何も――――。きっとこう感じているのはティアルスだけじゃないだろう。でも、今はもう分からない。
「俺は何なんだ……?」
誰も居ないのにそう問いかける。もしくは存在するはずのない神様に。
最近は記憶も見なくなったし、かといって何かが分かった訳でもない。それどころかより一層分からなくなる始末だ。自分が何者なのかを知りたい。けど調べる方法も分からない。こんな思いはどうすれば――――。
この異変は。この世界は、一体どこへ収束するのだろう。一瞬だけ本当に本気でそう考えた。
……でも、考えたって何かが分かる訳じゃない。
「行かなきゃ。みんなが待ってる」
だからこの問題は後回しにしてみんなのいる所へと向かう。一体どれだけ多くの問題を後回しにしただろうか。誰かの記憶や自分の存在、剣術が使える理由、度々初めて聞くのに聞きなれた言葉、そして何より空から落ちて来た理由。その他にもまだ沢山ある。
――もし願いが叶えば、全て分かるのかな。
なんてとんでもない事まで想像してしまう。ティアルス達はこの異変を解決させるべくここへ集ったんだ。なのに願いが叶えばなんて、そんな前提の考えが止まらない。どんな思いで集まっているかだなんて知ってるのに。
だから心臓の前で拳を握り締めた。
この考えは胸の奥で消し去ろうって。
――駄目だ。意識をしっかり保て俺。……俺は何の為にここにいる。
自問自答で意識を保つしかなかった。じゃないとよくない方向へ曲がってしまいそうだったから。さらに両頬をビシバシ叩いて根気を入れ直す。そんな覚悟じゃまだ到底みんなには届かない。
何の為に。異変を解決する為に。
どうしてそこまでするのか。もう誰も死なせない為に。
――みんなと肩を並べて歩きたいのを忘れちゃダメだ。
そうして一歩を踏み出した。
扉の先には既に4人が待っていて、ティアルスが来るなり純粋な眼差しでこっちを見るから微笑みで返す。
そうだ。みんなと肩を並べたいから――――。
「来たな。じゃ、始めるか」
「ああ」
だけど、そうは言ってもやっぱり記憶の中にいた少女の事だけはどうしても頭から離れようとはしなかった。




