第二章21 『アルスタの話』
「明日は満月らしいぞ」
「満月? もう明日か。中々早い物だな」
「私達が忙しいから時間が過ぎるのを速く感じるだけだと思うけどね」
巡り巡って次の日の夜。ラインハルトが言った。
確かにここ最近は忙しかったから時間が過ぎるのを凄く速く感じたし、そんな反応になっても仕方ない。そう言えばティアルスが目覚めた日って満月だったのだろうか。
そう思っているとアルスタが1人呟いて。
「満月、か……」
「ん、満月に何かあるんですか?」
「少しだけな」
するとその小さな声を聞き逃さなかったクロエが質問すると、アルスタは少しだけ頷いてから喋り始めた。
「俺の家族、月の神様を信仰する一族でさ。満月になると舞を踊る風習があるんだ」
「舞?」
「そう。舞」
どんな舞なのだろうかと一瞬だけ気になる。
でも月の神様って本当にいるのだろうか。月は月だし神様とは一見関係なさそうに聞こえるけど。そんな心の声が聞こえたのかアルスタは語り始めた。
「夜でも地上を照らしてくれる月っていうのは、月の神であるツクヨミが残したからである。だから満月の夜は月神に祈りの舞を捧げよう。俺の一族に伝わる言い伝えだ」
「ツクヨミね。名前だけは聞いた事があるけどどんな神様なの?」
「詳しい事はよく分からない。ただ夜でも安全に動けるのはツクヨミ様のおかげらしい」
安全に動ける――――。その言葉に少しだけ反応した。
あの夜での戦闘時。きっと月が明るくなかったらティアルスは生きてないだろう。って事はティアルスが生きているのはツクヨミのおかげって訳でもあるのだろうか。
するとレシリアは頬杖をついて外にある月を見つめた。
「夜を照らす月の神様かぁ。ロマンだね」
「ああ。そして月から俺達の安心を願ってくれてる」
よく分からないけど優しい神様なのかな、なんて想像する。アルスタも一応その神様を信じてるみたいだし、言い伝えじゃ結構凄い事をやっているのだろうか。
そんな事を思っていると今度は感慨深そうに語り出す。
「俺さ、姉と弟がいるんだ」
「ん?」
「姉と俺は弟子入りしたから弟が舞を継ぐ事になったんだけど、あいつまだまともに踊る事が出来なくてさ。必ず転ぶんだよな。明日、ちゃんと踊れてるかな」
ふとその光景を思い出したのか軽く噴き出す。
でも瞳だけが訴えかけていた。また会いたいって。けど家族を巻き込む訳にはいかないから会う事は出来ない。それを察したラインハルトが声をかける。
「きっと踊れてるさ。アルスタも踊れるんだろ?」
「まあ、多少は」
「なら大丈夫じゃないか」
会った訳じゃなければ弟を知ってる訳でもない。だからラインハルトはそういうしかなかった。でもその言葉で少しでも安心したのか、アルスタは微笑む。
月の神様へ捧げる舞……。
確かイルシアが刀を振る姿も舞の様に綺麗だった。あれも何かへ捧げる舞の応用とかだったりするのだろうか。流石に考え過ぎな気もするけど。
一通り話が終わると次はクロエが質問した。
「お姉さんも弟子だったんですか?」
「ああ。姉ちゃんは凄いんだ。俺と同時に弟子入りしたのにすぐ強くなっちゃってさ、俺がここにくる前に旅だって「困ってる人助けて来る!」って意気込んでたんだ」
「姉さん、優しい人なんだな」
「師匠に影響されて正義バカって言われてたよ。それほど優しい」
同時に弟子入りしたのにアルスタより早く強くなって旅立ちだなんて、姉は相当鍛錬したんだろう。今のアルスタでさえもその剣捌きは目で追えない程の速さなのに。
余程自慢の姉なのか、その話になると目を輝かせたアルスタの言葉は止まらない。
「更に凄いのは優しさだけじゃなく技術もでさ。マナの制御を完全に使いこなして剣捌きが俺の数倍にもなってるんだ」
「数倍!? アルスタの!?」
「アルスタでも十分神速なのにその数倍とは、化け物だな……」
「ああ。だから俺は姉ちゃんには一本も取れた事もない」
その言葉に話しを聞いているだけだったティアルスも驚く。
まだ稽古でしか技を見てなくて実戦の技は聞いただけだけど、それでもティアルスにとって神速と言っても過言じゃないのに、その数倍上を行くってなると思わず身震いする。それ本当に人間なのだろうか。
動体視力に自信がある様子のレシリアも十分恐れていた。
「アルスタの剣先を見るので精一杯なのに数倍……。それ人間なの?」
「人間だよ」
「レシリアもあの剣戟を目で追えるだけ凄いんだけどな」
マナの制御ってそこまで人を規格外に強くすることもできるのか。ティアルスも頑張ろう。そう胸に刻みつつも会話のハイレベルさに付いていく。
だってティアルスは“建前上”は剣士な訳だけど他の事は何も知らないし、目で追えないと言っても実際その超神速自体は体感したことがないからほとんど分からない。ただティアルスに出来る事は想像を通してみんなの会話に付いていくことだけ。
すると今さっきまで明るかったアルスタの表情は一気に暗くなる。
「アルスタ? どうした?」
いきなり黙り込んで俯くから心配したラインハルトが目の前で手を振る。それに気づいたアルスタはびっくりした様な反応を見せてから咳ばらいをした。何かあったのだろうか。
けどそんな疑問をぶつける事は無く、口を開くのよりも先にアルスタの方から今の事について喋り始めた。それはずっと内に秘めていた不安と恐怖であって。
「……でも、怖いんだ。姉ちゃんがこの異変に参加してたらって。助ける為なら命を賭ける事も厭わない様な人だ。だからこそこの異変に参加するんじゃないかって思うと、怖くて」
「「…………」」
急に暗い話になった事に4人は黙り込む。だって、それは自分達も同じ様な物なのだから。
自分達だって“異変を解決する為”を建前にここへ集った。だから何も言えなかった。もし姉が自分達と同じだったら必ず来るんじゃないかって思えたから。
――でも、だからこそ、言わなきゃいけない事がある。仮にそうだとしてもここにいないって事実には別の証明でもあるって。
「俺は大丈夫だと思う。そんなに強い姉さんがここにいないって事は、この異変の手には及ばない所にいるって証でもあるからな。きっと大丈夫だ」
「……そっか。そうだよな。俺、何弱気になってるんだろ」
そう言うとアルスタはさっきの雰囲気が無かったかの様に気を取り直して微笑みを浮かべる。それから両頬をべしべしと何度も叩いて気合いを入れ直す。もう大丈夫だと余裕の笑みを見せてから真っ赤になった頬を痛そうに撫でた。結局痛かったんだ……。
するとラインハルトやレシリアからも声をかけられる。
「アルスタがそんなに信頼する人なら絶対に大丈夫だ。今も何処かで元気に人助けでもしてるんじゃないか?」
「そうそう。私達より忙しいと思うよ」
「……じゃあ、みんなも絶対に大丈夫だって事だな」
アルスタはラインハルトの言葉を聞いてみんなを見渡し、言う。その言葉にみんなは顔を合わせて微笑み頷いた。
――でもその中でティアルスだけは頷けなかった。
だって、今までの戦闘を通して致命傷ばかりを負っているのはティアルスだし、みんなには迷惑ばかりかけているから。だから上辺の笑顔を繕って頷いた。
そうして話は一段落すると、今度はレシリアが気を取り直して問いかける。
「そう言えば神様への舞ってどんな感じなの?」
「舞? えっと、何かヒラヒラしたのを付けて神楽を持って、こんな動きをして踊ってた」
するとラインハルトは近くに転がってた地図の筒を神楽代わりにして座りながらもその動作を再現した。何て言えばいいだろうか。自然と言えば自然な動きなんだけど、どこか力強い動作が入っている。まあ座りながらだから当然なのかも知れないけど。
そう思っていたらアルスタはベッドから降りて、たどたどしい動きながらもその舞を踊って見せた。
初めて舞を見たクロエは再現の動きながらも感心の声を漏らす。
「おお……。舞ってやっぱり綺麗なんですね」
「何かアルスタがアルスタじゃないみたいだな。アルスタなのに」
「俺を名詞みたいに扱ってる様に聞こえるのは気のせいか!?」
身軽な動作で踊りながらもツッコミを挟んだ。
でもまあ、ラインハルトの言いたい事も分かった気はした。だってアルスタのイメージは“クールだけどどこかお調子者”みたいな感じだし、それと舞を照らし合わせると……何か、アルスタがアルスタじゃなくなったみたいになる。
舞で神秘的な影響を与えているせいもあるのだろうけど。
「……とまあ、こんな感じだな」
「凄い。本当の神様みたい」
ある程度舞が終わった所で切り上げると、アルスタは拍手を送られて少しだけ照れながら頭を掻いた。それを見て思う。舞の動きって戦闘に取り入れたらいい感じにならないかなって。……流石に夢を見過ぎだろうか。
そうしているとクロエは満月を見つめて呟いた。
「せっかくなら月見団子でも食べられればいいんですけどね~」
「今はこんな状況なんだから仕方ない。それに月見団子程度ならこの異変が終わってから食べればいい話だ」
「そうだな」
だからティアルスがそう返すと、ラインハルトは小さく噴き出して肯定した。
――でも不安だった。この異変が終わってからと言っても、その時が来たら誰が生き残ってるのかは分からない。だから不安だった。しかしこんな程度で不安がっちゃいけないと気を引き締める。
その夜。月や神様の話題のおかげでそんなに暗い雰囲気にはならず、いつもより比較的に和気藹々とした夜が続いた。解散するのが少し遅れる程。
アルスタの姉の話も盛り上がり、月に一度伝書鳩で手紙を貰えたりお土産が送られて来るらしい。それを楽しみにしてると言っていた。本当に仲のいい姉弟なんだなって思う。だけどそう思うからこそ不安だった。この異変の裏に何かが起りそうな気がしたから。
証拠のない感覚なのは知ってる。何度も起こってるし。
でも今回ばかりは直感――――いや、第六感が訴えていた。何かが起こるって。




