第二章20 『矛盾と憶測、そして狙い』
「どうだ。ユークリウスは」
「観念したのかあっさり情報を吐いたよ。まあ、こっちとしては爪とか剥ぎたくはないからありがたいんだけどな」
集中治療を受けて動けなくなった後、ベッドから出れなくなったティアルスはアルスタからの報告を聞いていた。
ユークリウスは睨んだ通り異変の参加者で、主催者にもあっていたらしい。
そして何とか捕まえる事には成功し話を聞いていた。
大人組が厳重警備で見守っているから脱出はおろか暴れる事さえも不可能。もっとも、既に彼は諦めていたらしいけど。
「それであらかじめ言っておくがクロエが凄く心配してるからな」
「ああ、やっぱり……」
「ティアルスは誰かの為ならってすぐ体を壊す癖があるらしいから注意しろよ?」
「どんな癖だ全く」
「いやお前の事だよ」
アルスタに小さく叱られつつも自分自身を責めた。
まあ、確かにそれについては自分もそう思っていた。何か毎回戦闘する毎に大怪我しているし。それも全てティアルスの実力不足な訳だけど。
でもアルスタは微笑むと励ましてくれた。
「だがティアルスのおかげで助けられた命もある。ありがとな」
「……そっか」
いくら助ける為だといっても、あまり自己犠牲をし過ぎるのも悪いものか。だって今のティアルスの命は1つしかないのだから。
良い事だとは思うけどその中には悪い事もあると新たに胸に刻んで覚える。
するとアルスタがさっそく話し始めた。
「それじゃあ奴が吐いた情報だけど……」
「ああ」
「あいつは朝霧の森の中心へ到達した到達者だ。願いを叶える為には50人程の血を捧げる必要があるらしい。使用用途は黒魔術の為。それで願いを叶えてくれるそうだ」
「願いを叶えるって……。でもあいつは根も葉もない話を呑み込む様な奴じゃ――――」
信頼性は低いはずだ。なのにそんなのを鵜呑みにするだなんて。
まだ戦いながらの印象だけどユークリウスは確証のない物には近づかない人間のはずだ。ティアルスが優勢になった瞬間から撤退を決める様な人間だし。だから根も葉もない話を呑み込むだなんて……。
そんな考えは次の言葉で崩れ落ちた。
「主催者には引き込まれる物があるらしい。魅力……って表現してた。で、そいつの言葉を聞く度に信じられる様になるんだと」
「んな滅茶苦茶な!」
本当にそうならもうまさしく洗脳じゃないか。言葉を聞くだけで信じられる様になるだなんて。あまりにも信じられない話に驚愕した。
それについてはアルスタも同じらしく驚いていた。
「本当に俺もそう思う。けど実際奴はそうやって主催者の言葉を信じた。あいつだけじゃない。到達者は全員同じらしいんだ」
「んな滅茶苦茶な……」
最早それしか言葉が出て来ない。
だって言葉を発するだけで信じられる様になるだなんて。そもそも自覚をしているのなら少しくらい――――。いや、違う。きっと逆らいたくないんだ。絶対に叶わない願いが叶うから。みんなそうやって線損競争を繰り広げてる。
でも、アルスタが更に驚く事を言って。
「けどな、何よりも厄介なのが、その……血なら誰でもいい事なんだ」
「……は?」
一瞬言葉が理解できなかった。そんなの矛盾してしまうから。
誰でもいいのならどうして殺し合わせる必要がある。もっと合理的な手段でも血は集められるのに、どうして……。どれだけ考えても主催者の意図は掴めなかった。
「じゃあ何で殺し合わせる必要があるんだ!?」
「それが分からないんだよ。明らかに矛盾してる。なのに到達者はそれを分かっていながら殺し合うし、主催者は止めもしない。本当に謎に満ちてるんだ」
「相手は何が目的なんだ……!」
誰の血でもいいのなら何で殺し合わせるのだろう。だってそんなの合理的じゃないじゃんか。それに血の回収だってしなきゃいけないだろうし、全員が一斉に動いて殺し合うよりも1人で単独に行った方が早いし安全なはずだ。それでも犠牲者は出てしまう訳だけど。
でも、そうすればもっと異変の参加者が死ぬ事だって無かったはずなのに。
「特別な理由が無いのなら何でそんな事に……?」
「奴に関して何も情報がない今、どれだけ考えたって何も分からない。単に殺し合う所に快楽を覚えた狂った奴って線もあるけどな」
「…………」
「今ある情報は以上だ。また何か分かったら伝えに来る」
「ああ」
でもアルスタは「そうだ」と言ってドアノブを握っていた手を離し、ティアルスに向かって来る。何だろうと思っていると彼は伝言を伝えた。
それもよりによって奴からの。
「あいつから伝言だ」
「伝言?」
「君はきっといい剣士になる、だってさ」
「……!」
「じゃ、俺はこれで」
そう言ってアルスタは今度こそ部屋から出て行ってしまった。最後にティアルスの思い詰めた顔をしっかりと見つめながら。
考えても無駄。それは分かってる。でもどうしても考えずにはいられなかった。
だって誰の血でもいいのなら大量虐殺を起こしたって叶えられるはずだ。わざわざ朝霧の森へ呼び出して殺し合わせなくても済む話じゃないのか。どうして主催者はそこまで無駄な事を……。
もしかしたら本当に殺し合う光景を見て楽しむ狂った奴なのかも知れない。でも、なんで――――。
「……寝よう」
次の報告が来るまで待とうと力なく横たわった。
確かにこれじゃあ考えるだけ無駄だ。主催者の目的や意図が分からない以上憶測も立てられないし。ただ、これには絶対裏があると睨んだ。何か向こう側にとっての裏が。
――そんな考えを持ちながらティアルスは眠りに落ちた。
―――――――
夜。目覚めた。
何かモフモフする感覚があると思ったらクロエがベッドの中に入って来ていて、面を食らいながらもバレない様に静かにベッドから下りる。
最初こそは寝ようと思った。でも、確認したい事があったから。
ティアルスはそのまま廊下へ出て目的地まで足を運ぶ。
――もし、予想通りなら。
嫌な予感がすると胸の前で拳を握る。まだ奴は多分牢獄的な所に閉じ込められているだろう。だからそこへ向かう。
別に逃がす訳じゃない。ただ少しだけ質問をするだけだ。仮に何か起こったとしても魔眼を使えば何とかなるし。
と思っていたのだけど縁側にイルシアが座っているのを見付けて。
「……イルシア?」
「ん、ティア」
1人夜空を見つめていたイルシアは声をかけられて振り返った。
翡翠色の瞳がこっちを見つめると不思議そうに首をかしげて質問してくる。
「どうしたの? 寝れないの?」
「ああ、いや、まあ……そうかな」
一応密かにユークリウスに会おうとしていた事は隠そうと嘘を付いた。それからイルシアが手招きをするので歩み寄り、隣に座ると彼女は言った。
たった今付いたばかりの嘘を。
「ユークリウスに会おうとしたでしょ」
「へっ!? 何でそれが……?」
「顔見れば分かるもん。異変の矛盾について尋ねようとしたんだよね」
「……ああ」
見抜かれたからには潔く認めた。そりゃ、個人的な理由で殺人鬼と面会したいだなんて普通なら止められて当然だ。
イルシアは少しの間黙り込んでから月を見上げると喋り始めた。
「きっと、この殺し合い自体に意味なんてないんだと思う」
「えっ?」
「何もかもが噛み合わない殺し合い……。私達は常に奴の掌で踊らされていたの。それが分かった以上、もう私達に出来る事はただ1つ」
そう言うと月に手を伸ばして拳を握った。その行動が表現する意味は1つだけだ。口で言われなくたって分かる。元よりティアルスも薄々そんな考えは持っていたから。
決意に満ちた瞳で月を見据えるとハッキリと宣言する。
自身の願いや信念を貫くと。
「絶対にこの異変を終わらせる」
「要するに武力行使って訳か」
「ええ。だってこれ以上犠牲者を増やす訳にはいかないもん」
作戦が前倒しされただけで最終的な目標は変わらなかったみたいだった。
イルシアは握った拳を胸に当てて強く祈る。その行動がどれだけの覚悟や意志を持っているかを表していた。
けどそれはティアルスも同じで。
「今日の時点で既にある程度の情報が整ってる。後は情報共有や色々やって場所を特定するだけ。その後は総力戦よ」
「そうか。ついに……」
もうそんな所にまで辿り着いていたのか。早かった様な、遅かった様な。
となれば早ければ一週間以内には殴り込みに行くのだろうか。あまり遅すぎると対策されかねないし。でも仮にそうなったとしても、ティアルスはそこで生き残れるかも分からない。今までの敵でさえあんなに苦戦したのにそれらを付き従えていた奴を相手にするなんて。
けどその直後にイルシアが小さく言った。
「……でもね、私はこう思うの。本当に戦うべきなのかって」
「えっ?」
「殺し合わせる事が狙いなのは間違いない。それが不合理的な理由であったとしてもね。でも、その先の問題がまだ見えてない限り、戦っていいのかなって思う」
「それって、つまりはどういう……」
「もしこの殺し合いが終わったとして、その先にどんな事が待ち受けているのかが不確定なの。異変を解決するこっちの立ち場としては先が見えないってのは動きずらい」
「ああ、そういう」
要するに対策がしずらいって事なんだろう。
確かに先が見えないっていうのは不安だし対策もしずらい。イルシアのいう事も一理あるけど、でも――――。
「でも、俺達がやらなきゃ。下手をすれば世界が書き換えられる」
「うん」
「俺達で止めるんだ。この異変を」
いずれにしても結論は全て同じ。どんなに迷ったって、どんなに葛藤したって、最終的には自分達で止めるんだって結論へと辿り着く。だからティアルスは本当に心からそう言う事が出来た。
するとイルシアがじ~っとこっちを見つめて来るから少しだけ驚く。
「な、なんだ?」
「ティア、変わったね」
「そうか?」
「うん。だって出会ったばかりの頃は自分から動くだなんてほとんどしなかったもの。もしかしたらみんなに影響されたのかもね」
そう言われて思い出す。確かにイルシアと出会ったばかりの頃は手を引かれて付いて行くのが精一杯だった。でも最近は自分から行動する様な事も多くなってきた……ような、気がする。
イルシアはそんなティアルスに嬉しそうに微笑み、そっと頭を撫でた。
「……そうだよね。私達がやらなきゃいけないんだ」
「あの、そういう子供扱いはちょっと……」
「ありがとティア。少しだけ悩みが晴れた」
すると立ち上がってこっちを見た。その翡翠色の真っ直ぐな瞳を受けてティアルスも微笑み、同じく立ち上がって拳を合わせる。こんな程度だけどイルシアの役に立てたみたいでよかった。
多少誤魔化されてる感はあるけど気にしないでおこう。
……でも、その言葉とは裏腹にイルシアの瞳には少しだけ霧がかかっていて、ソレを見せない為かすぐに目を背けてしまう。
だから問いかけようとしても気を逸らすみたいに言われて。
「あいつは既に寝てる。夜も遅いし、もう寝たら?」
「あ、ああ」
そのまま立ち去ってしまうイルシアの背中を、ティアルスはただ見つめる事しか出来なかった。




