第二章19 『互いの為に』
「な……えんきょ、り、だと……!?」
「当たった!!」
遠距離攻撃が上手く当たった事に無意識下で拳を握った。
それから全身強化に切り替えて着地し、奴が落ちて来る地点にまですぐに駆け出す。まさか近接必須の剣士が遠距離攻撃をしてくるとは思わなかったんだろう。
ティアルスは迷いなく刃を構え、飛び出したのと同時に奴の体を切り裂いた。
でもユークリウスは掻き消された絵具みたいに消滅する。
「は――――!?」
今回ばかりは感覚がない。
それどころか霧になって消えていってしまった。そんな事になるだなんて思いもしなかったから驚愕する。
戦慄しているのも束の間だった。
「私はここだ」
「っ!?」
背後に現れたユークリウスは掌を背中に当ててぐいっと押し込んだ。
その瞬間に内側から爆発する様な衝撃に襲われ、ティアルスは激しい激痛と共に前方に飛ばされる。そのまま煉瓦の壁に激突して吐血する。
何が起こった。確かに奴はバランスを崩して落下したはず――――。
ユークリウスは腕に黒炎を纏い接近しながらもその仕掛けを明かした。
「蜃気楼って知ってるかい? 私はそれで分身を作ったんだよ。そして光魔法で周囲の光を反射すれば姿は見えない。これが私の消える仕組みだよ」
「どういう事だ……」
「分からないか。ざっくり言うと蜃気楼で分身を作り、私が透明になって入れ替わっていたんだよ。攻撃が透ける仕組みはソレだね。だから小石やさっきの攻撃には対応できなかった。分かったかい?」
「…………!」
聞けば聞く程恐ろしい物だ。まだ詳しい原理はよく分からないけど、つまりは意識している限り攻撃が当たらないって訳なのだろう。
そんな芸当が出来るだなんてありえない。本当に化け物だ。透明になるだけでも厄介なのに分身も作るだなんて。
――じゃあ、アレをやるしかないのか。
ティアルスは刀を握り締める。最近気づいた事だけど、魔眼を使用し続けるのには強いイメージを維持しなくちゃならない。魔法と同じ原理だけど1つだけ違う。それは同時に精神力も保たなきゃいけないという事。だから魔眼の長時間の仕様は少し疲れるのだ。
けど、今はやらなきゃいけないから。
「じゃあ、死んでもらおうか――――」
「――――ッ!!」
奴が腕を振り下ろした瞬間に魔眼を使う。
予想通り肉眼で確認出来るユークリウスよりも少し左に奴の反応が確認できる。だから回避しきれず左腕を焦がしながらも刃を振るった。
刃の先に散ったのは鮮血と服の切れ端。
「っ!」
「逃がさない!!」
透明状態を解除しつつも逃走を図るユークリウスを逃がすかと食らい付く。走り去る道にはナイフや棘が降りかかってティアルスを阻むけどお構いなしだ。今は奴を止めなきゃいけないのだから。
そして弾いたナイフを拾って投げると、狙い通り背中に刺さって速度を遅くさせた。
だからその隙に全身強化で距離を詰める。
「ユークリウス! お前を絶対に逃がさない!!」
「頑固な少年だ!」
でも捕まらんと風や土の魔法で接近を妨げた。
猛攻が激しくてとてもじゃないけど攻撃出来そうにない。それどころかこっちの方が血を流すばかり。これ以上の持続は難しいと判断したティアルスは地面を思いっきり攻撃して轟音を響かせた。
「そんなんじゃ私は捕まらんぞ!」
「捕まえられないなら倒して捕まえる!」
そうしてまた鬼ごっこが開始される。
ここら辺はまだ人が少ないのか、今は全く人目がない。これじゃあ増援はほとんど望めないだろう。――そう。ほとんどは。
ティアルスは諦め悪くユークリウスを追い続けた。
「――――っ」
「体も限界の様だが?」
「まだだ!」
強烈な炎魔法を食らって脇腹が貫かれる。でもここで倒れちゃ絶対に奴を逃してしまう。だから痛くたって追い続ける。
ユークリウスも焦って来ているのだろうか、攻撃は次第と乱雑に、そして乱暴になって来た。
しかし、次の瞬間に何かを見付けたみたいで急に進路を変更する。
屋根の上へ飛んで更に奥へ行くからティアルスも同じ様に追った。その先に見えたのは――――一般人だ。買物の途中なのか袋を下げている。でも飛び上がった2人を見付けてアッと驚いた。
まさか。そんな嫌な予感をひしひしと感じつつも手を伸ばした。
するとユークリウスは両手を掲げて何か巨大な物を生成しつつもティアルスに話しかけた。ソレは巨大な鉄の塊で、嫌な予感は直感へと変わる。
「君の人間性はよく分かった! ならこれはどうかな?」
「――お前ッ!」
ユークリウスはあろう事か一般人にその巨大な鉄の塊を投げつけた。
だから即座にその人の元へ駆け抜ける。斬る事は出来ないだろう。だからと言って受け止める事も出来ないはず。しかし押し出すにしても間に合わない。
「君は正義感が強い。だからその人を見捨てられない。――だから私を見逃す」
その瞬間、鉄の塊は轟音や豪風を周囲に飛ばして地面に衝突する。
一般人を助ける事は出来た。でもティアルスは絶望を感じながら押しつぶされて。
――奴にはそう見えただろう。
ユークリウスはほっと一息つくと言った。
「悪いねご老人。君は少年の命に免じて見逃そう。それじゃあ、私はこれにて」
そこまで言った時だった。鉄の塊が動いたのは。
微かな音を鳴らした塊に気づいたユークリウスは振り返ってじ~っと見つめる。すると鉄の塊は微かに振れながら動きだし、奴はそれにびっくりした。
「なんだと。私の全力だぞ。なのに剣士如きが受けきれる訳が……」
途轍もなく重い鉄の塊は徐々に持ち上がる。
全てのマナを使用して全身強化を使い、あまつさえ無意識に真意も発動させていた。全身が悲鳴を上げる。あの時の様にマナを全力解放しているから。内側から壊れていくのを感じる。
……重い。ほんの微かでも気を逸らせば潰される。持ち上げる腕は既に折れてる気もするし、足は今も骨にひびが入ってる様な気がする。ただ痛くは無かった。
ティアルスは持ち上がった塊をどっしりと構える。
そして全身全霊で叫びながらも火事場の馬鹿力で奴へ向かって投げつけた。この塊は奴が出している物に過ぎない。つまり、
「俺はまだ、負けてないぞッ!!!!」
「なに!?」
投げつけられた塊を回避するには自分で魔法を解除するしかない。
塊は細かくなって消え、ようやく見えた奴の顔は酷く歪んでいた。殺意の籠った眼光を向けられるけど何とも思えない。殺意に慣れたのだろうか。
「何故そこまでして私を止めようとする。それ以上やると死ぬぞ」
「お前も一緒じゃんか。俺はお前を止めるから。お前は俺を止めるから。だから戦ってるに過ぎない。どっちかが止まるまでこの勝負に終わりはないんだよ」
いつも通りに壊れた手で刀を拾う。刃毀れが酷い。斬れるだろうか、コレ。
そしてティアルスも同じくユークリウスを睨み付ける。
「お前を捕まえる。もうこれ以上犠牲者は出させない! 何が何でもだ!」
「……そうか。諦める気はないと」
「ああ」
「一緒だな。全く一緒だ。私は私の願いの為に人を殺す。そして君は君の信念の為に私を止める。戦いは避けられない様だ」
するとユークリウスは周囲に直剣を出現させて空中待機させ、手元には炎や風、水や雷といった複数の魔法を出現させて見せる。
ティアルスは一般人に逃げるよう促してから構える。
やれるものならティアルスだってあれくらいやってみたい。でも、今できる事なんてたった1つしかないから。
「君に魔術という物を見せてあげよう。私の本気を。全身全霊を」
「――――っ!」
多分、あれを直に食らったら死ぬ。
でも回避はもちろん防御も出来る訳がない。だからティアルスは刃を向けた。今のティアルスにやれる事は、
――あの魔術を斬って進むしかない。
正面突破だ。回避も防御も出来ないのならそれしかないじゃないか。
ティアルスは息を整えて静かに想起する。奴を倒す。みんなの為に。絶対に、ここで、何が何でも。すると瞳が光って刃の内側から蒼白く輝く桜が飛び出した。これがティアルスの真意の光――――。
ユークリウスも幾つもの属性を混ぜ合わせた魔術を完成させ、ソレを撃ち込むべく標準をティアルスに定めた。
「死ぬがいい。我が願いの礎となる為に」
緊迫の静寂……。
それを打ち破ったのはユークリウスだった。
放った魔術は必殺の一撃と化して一直線にこっちへ飛んでくる。だからティアルスは真正面に飛び込んだ。そして全身全霊で刃を振るう。
「くっ! あああああああぁぁぁぁぁぁ――――――ッッ!!!!!」
「甘いわ! そんな程度で斬れる魔術ではない! そのまま朽ち果ててしまえ!!」
すると更に魔法の威力が増していく。
真意によって活性化したマナはありえない速度で全身を駆け巡り、更に腕に力が入る。その代わりに負荷に耐え切れず全身から血が噴き出した。
これが終わったらクロエに怒られてしまうだろうか。
舞い散る桜は未だ消えず、ティアルスの意志に比例して更に輝きを増していく。絶対にみんなを守ると強く願う度に光は純粋な色へ輝き、瞬く間に全身を包むまでになっていった。
でも魔法が斬れる訳でもない。斬り切れない攻撃の一部が抜けて体へと直撃する。ほんの僅かな量なのにそれだけでも鮮血が舞う程の威力を見せる。
「朽ちろ―――――ッ!」
――負けるな。こんな奴なんかに、負けてたまるか―――――ッ!!!
その時、刃が折れたのと同時に必殺の魔法も切り裂いた。攻撃したくとも刃が折れた今、また地面に足を着いて追い付かなきゃいけない。だけどユークリウスは切り裂いた衝撃を受け血を流しつつも撤退し始めてしまう。
――駄目だ! 届け!!
でもどれだけ手を伸ばしたって届かない。今ここで奴を捕まえなきゃ駄目なのに。また犠牲者が増えてしまうのに。
この瞬間じゃ奴に全ての意識を集中させている魔眼も発動できない。
つまりこのまま逃してしまう事に――――。
瞬間、背後から声をかけられる。
「よく頑張った!!」
「っ!?」
神速でティアルスを追い越した金髪の少年は峰内で奴の首を捉え、即座に気絶させた。その直後に誰かが体を抱きしめて言う。
「大丈夫!?」
「れ、レシリア!」
ティアルスを抱えたレシリアはすぐに屋根の上へ上り、少し遅れて来たラインハルトはユークリウスの手首を押さえ付けるアルスタを見て一息ついた。
助けに来てくれた3人は同時に見つめるとその怪我に驚く。
全身から血が溢れ、体が壊れたティアルスを。
だけどラインハルトはティアルスの頭を撫で、強気な笑みで微笑むとハッキリと言ってくれた。今のティアルスにとって凄く安心する言葉を。
「よしよし、よく頑張ったな! 後は俺に任せておけ!!」




