第二章18 『噂の殺人鬼』
「――――ッ!!」
ティアルスは咄嗟に距離を取って刀を握り締めた。
すると男はびっくりしたように後ずさり、どうしたものかと周囲を見渡している。その動きに全力警戒しつつティアルスも周囲を見渡す。
――早朝。人目は無し。周囲には剣士も誰も居ない……!
まさかこいつが。何でこいつがこんな所に。ひたすらそう思う。
今の反応と血塗れの剣士で確信した。こいつが昨日みんなと話していた噂の殺人鬼。そしてそいつを見付けたのなら起こす行動はただ1つだけ。
刀を動かしてチャキン、と音を鳴らした。
「お前が噂の殺人鬼か!」
いつ動き出しても言い様に既に攻撃姿勢を整える。
男はティアルスの問いには答えない。ただそこに静かに佇んでいるだけ。だから更に警戒を強めた。1ミリの動きも見逃さない様に。
仮面の奥から見据える瞳はようやくティアルスを見た。
「少年。私も困惑しているんだ。急にこんな場面に出くわしたのだか――――」
「――嘘だな。お前からは嘘の『色』が出てる!」
「ほう。魔眼か」
ティアルスの眼を見て男は驚く。
金色の瞳で見つめて分かった。この男は確実に噂の殺人鬼だって。奴から出る気迫。威圧。そして憎悪が全てを教えてくれる。
だから確信へ変わって刃を振り抜こうとした。
でも、
「なら話は早い! 少年には悪いが死んでもらおう!!」
「――――ッ」
すると男はコートの中に手を入れて何かを掴んだ。何が出て来るのかは分からない。けど、奴は既にティアルスの間合いに入っている。
素早い踏み込みと共に息を止め瞬発力を高め、そのまま振り抜く居合技なら――――!
六の型:名残花。
高速で切り裂いたのと同時に奴はコートからある物を投げつけた。奴が投げたナイフは2本をその振り払いで弾き、残りの2本は片方が頬を掠ってもう片方が肩へと直撃した。
だけど直撃したのはティアルスだけじゃない。……そう思いたかった。驚く事に、振り抜いた刃は奴の腹を、
「は――――!?」
引き裂かなかった。それどころか届いてすらいない。
いや、刃は確かに間合いに入っているし、確実に奴の腹へ直撃したはずだ。なのに奴の腹には何の変化も無かった。
だから続けて2連撃目を放とうと回転する。
でもその攻撃も当たったはずなのに奴は微動だにせず。
――どういう事だ!?
当たってるのに攻撃が入らないなんて初めてだから驚愕する。男はそんなティアルスを弄んでいるのだろうか。手を後ろにして隙だらけの体を見せつけて来る。
少しだけ距離を取れば小型のナイフが飛んでくるし近接すれば攻撃は当たらない。
そんな現象に奥歯を噛みしめた。
「お前、何の能力だ」
「能力なんかじゃないさ。これは私の自慢の“魔法”だよ。私は魔術師なのでね。――名付けて《残像》!!」
「魔法……!」
ティアルスも魔法は使えるけど魔法と呼べる程の物じゃない。ただ風を飛ばす程度だし、マナの使い方は全身強化しか知らない。
攻撃が当たらない魔法……。そんなの本当にあるだなんて。
男は空手っぽい構えを取ると言った。
「さぁ来い少年。このユークリウスが相手をしてやるぞ! まあ君の死は確定してるのだがね!!」
「確定されてたまるか!!」
要するに犯行現場を見たからお前も殺すって訳だろう。
ティアルスが飛び込むとユークリウスは手を前に翳して空気弾の様な物を発射した。見ずらいけれど、小雨のおかげである程度は肉眼でも確認できるから躱す事は出来る。
間一髪で交わし接近するけどやっぱり攻撃は当たらない。
――どういう原理で回避してるんだあいつは!
攻撃が当たらない上に近接必須なティルスから距離を空け魔法攻撃を仕掛ける。
炎や氷といった様々な属性の攻撃を回避しても近づかなきゃ何も始まらない。だけど近づいても攻撃は――――。
「くっ!!」
せめてもの反撃で破壊された地面の欠片を投げつける。
だけどその時、欠片の一個が顔へ命中して。
「いてっ」
「当たった!?」
さっきまでは全ての攻撃を回避していたのに今は当たるなんて、どうしてそんな事が……? もしかして遠距離攻撃には反応しないのだろうか。いや、でもそれじゃあ結果的には物理攻撃な訳だしそこまで納得できるものでもない。
ユークリウスからの攻撃を回避しつつもう一度小石を投げつけた。でも今度はそのまま顔も通り過ぎてしまって。
「全く、仮面が傷ついたらどうするんだ!」
「そんなんだったら仮面なんか外しておけよ!!」
「ああ、確かに」
すると正論(?)を叩きつけられたユークリウスは納得して素直に仮面を外した。ゆっくりとずれていく仮面の奥にあったユークリウスの顔は―――――化け物だ。
顔の左側が焼け焦げ義眼になり、焼け焦げた方の口元は引き裂かれたみたいに長く、歪に微笑んでいた。そんな顔を見て戦慄する。
「―――――っ」
「どうだい。これが本当の私だ。怖いか? 怖いかい?」
何も言えなかった。
そんな顔が隠されてたなんて誰が思う。
ユークリウスは戦慄するティアルスを見て微笑み、歪な笑みをさらに不敵な物へと変貌させる。そしてその隙を突いた電撃が脇腹を貫いて。
「ッ!?」
「おや。これは反応出来ない様だね」
あまりの速さに反応出来なかった事にユークリウスは嬉しそうな表情を浮かべた。それから手に電気を纏わせて人差し指をこっちに向ける。
落ち着け。標準と発射の瞬間さえ見極める事が出来れば――――、
「ばん」
「ぐッ!!」
刹那で駆け抜ける電気に直撃する。
速い。ティアルスなんかじゃ到底見極められる技じゃない。だからと言って距離を詰めていち早く倒そうと思っても無数に飛んでくる電撃に狙い撃ちされる。電気が貫通するから血は出ないけど、その度に全身が焼ける激痛が駆け巡った。
「そろそろ撤退しないと見つかるかも知れないのでね。死んでもらおう!」
するとユークリウスは手を振りかざした。
そこから真っ黒な炎が渦を巻いて全てを焼き尽くさんと火柱を立てる。
――あれには勝てない。そう察した。
「さらばだ! 若き少年よ! 君の血は私の願いに捧げようぞ!!」
「――――ッ!!」
だからこそティアルスは地面を蹴る。全身強化を使った所で奴に攻撃が当たる訳じゃないけど、でも、もしティアルスの予想通りなのだとしたら。
真正面から来る必殺の一撃を何とか回避する。
あまりの高熱に地面は溶け、周囲の雨は即座に蒸発した。
あの夜にクロエがやってみせた様に動けば。
「――なに!?」
ティアルスは高速でユークリウスの背後を取る。
さっきの攻撃が頭に当たった条件。仮にそんな魔法があったとしても、それを行うのにはかなりのマナを消費するはずだ。だから常時発動だなんて芸当は出来ない。つまり、意識下における攻撃だけを透過しているのだとしたら。
背後を取った瞬間から即座に刃を振り下ろした。
その瞬間、
「いった!! 何すんの!!」
「やっぱり!」
――奴は意識外からの攻撃は透かせられないんだ!
振り下ろした刃は確かにユークリウスの体を捉え、コートの切れ端と共に少量の鮮血が舞った。って事は奴の意識に入りつつも他の手段で意識外からの攻撃を繰り出せば――――。
しかし倒し方を知られたユークリウスは退却を選択する。
風でティアルスを吹き飛ばすと空高く飛び上がった。
「くそッ! ここは戦略的撤退だ!」
「逃がさない!!」
「逃げるんじゃない戦略的撤退だ!!」
だからティアルスも足を強化させて飛び上がる。足を掴んだ後にぐるぐると回転させて地上へと突き落とした。石の床が割れるくらいの衝撃音ならきっと誰かが気づいてくれるはず。
同じく地上に着地して接近すると、幾つものナイフが飛び出してくるから弾いて返しつつも高く舞い上がった土埃の中へと突入する。でもここはティアルスの土俵と言ってもいい。魔眼さえ使ってしまえば奴がどこにいるのか丸分かりなのだから。
反応があった方角に刃を振り下ろすと服の切れ端が飛ぶ。
「――そこだ!」
「くっ。魔眼というのはつくづく厄介だな……」
するとユークリウスは姿を消した。でもまだ反応は消えていない。奴が残した反応を辿って行けば、そこに必ず奴がいる。
と、思っていた。
気が付けば更に土埃が舞って視界が遮られ、周囲から幾つものナイフが飛んで来て、弾けはするもそのいくつかは体に食い込んで鮮血をこぼす。
「ナイフ!? 何で、こんなに……!?」
「鋼魔法って知ってるかい? 僕の得意属性なんだ。それさえ使えばこんな小さなナイフくらいちょちょいのちょいさ」
そう言うと周囲から順にナイフが飛んでくる。
反応は残ってるから弾きやすい。けど厄介なのが反応外の所からも飛んでくる事だ。魔法なんだからナイフが空中待機していてもおかしくはないけど……。
「ッ!! ……お前らは何で殺し合う! どうしてそんなにも血を捧げる!!」
だから時間稼ぎとしてユークリウスに問いかけた。すると彼は楽しそうに高笑いしてから、まるでこの質問がおかしいというかの様に答えてみせる。だけどそれはあまりにも自分勝手で残酷な物で。
「決まってるじゃないか。願いを叶える為さ。願いを叶える為には血が必要らしいからね。1人分の願いを叶える為に最低でも50人の血がいると言っていたぞ」
「50人!?」
「世界さえも書き換えられる魔術なのだ。それくらいの代償があって当然さ。まだ優しい方だとは思うがね。しかし到底無理な数だ。血を回収するのも難しい。けど我が願いが叶うのなら何をしても厭わない」
世界さえも書き換えられる――――。そうか。願いを叶えるって言葉には条件がない。だから願い次第じゃ今この世界を書き換える事だって出来てもおかしくはない。
今まで人数が分からなかったから不明瞭だったけど、50人もの生贄が必要だなんて。
「何で。何でそこまでするんだ! そこまでして叶った願いをお前は受け入れるのか!?」
「じゃあ聞くが少年は願いを叶えたくないのにここへ来たのか? どうかね?」
「それは……!」
「一緒さ。どんな願いでも叶うのは素晴らしい。だからみんな生存競争を行う。決して譲れぬ願いを賭けてな。少年も本性を出してみてはどうかね?」
そうしてユークリウスは地面を大きく動かして見せる。
動いたと思ったら足元が膨らんで、やがてそれは急上昇してティアルスを遥か上空へ吹き飛ばした。すると奴はその内に遠い所へ逃げようと空中を移動し始めた。それも飛びながら。
――駄目だ。行かせるな。
聞いた話じゃ奴はすぐに姿を消してしまう。だから今見逃してしまえばきっとまた見つける事はこんなんだろう。
そうなればあの人みたいにまた犠牲者を出してしまう。
あいつの個人的な願いの為に。
――絶対に行かせちゃ駄目だ。あいつをここで倒せ。
だからと言って既に手は届かない。肩に刺さっているナイフを投げたってそれも届かない。もっと長く強く出来る遠距離攻撃が必要だ。一直線に。曲がらず。全てを貫く様な――――。
ティアルスは逆さになりながらも掌に刃を乗せ、剣先を奴に向けて狙いを定める。
適性が風属性だと聞いてから少しずつ想像していた遠距離技を使えば。
――殺させるな。死なせるな。ここであいつに勝たなきゃ、いつ勝てるって言うんだ!!!
刃に風魔法を乗せる。一直線に飛ぶよう風魔法で土台を形成し、次第と威力を増加させる。狙いを定めた後に、この刃から風魔法を一気に解き放てば。
ティアルスは鬨の声と共に全ての力を全力放出した。
「いっけえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!」
直線を描いて飛んだ風の刃はユークリウスの脇腹へと直撃する。
今までの戦闘で常に余裕の顔を見せていた彼だけど、今だけはそんな表情が驚愕へと変貌していた。
やがて彼は血を撒き散らしながらも地上へ落下し始める。




