第二章16 『修行開始、その3』
正直言って今回は某刃と某奇妙な冒険に影響されて衝動的に書いた回です。本編とはあまり関わりがないのでスルーしていただいてもOKです。
――今の俺には何もかもが足りない。みんなに届く為にも、もっと鍛えなきゃ。
そう胸に刻みつつティアルスは屋敷内を走り回っていた。
体力もそうだけど筋肉やその他もろもろ色んなものが足りない。いつまでもマナに頼る訳にもいかないし、だからこそこうして自主的な修行をしているのだ。
見た目的な話になるけど、身軽で体力がなさそうなクロエでもティアルスの数倍は体力がある。だから短期間で体を作らないと。
そうして修行しているティアルスを見ていたアルスタ師弟が呟く。
「頑張っているな。ティアルス」
「俺達に追い付こうとしてるんだ。生真面目なティアルスならあれくらい当然だ」
「随分と信頼しているんだな」
「……まあ、ティアルスは俺達と似てるって言うか、見離せないから」
けど必死に走っているティアルスにそんな会話が耳に入る事は無く、ただ風を切る音を聞きながらひたすらに進んでいた。
しかし走ってるだけで体力が付く訳でもない。色んな人から教わった事を実践して初めて体力や筋肉が付くとラインハルトは誇らしく語っていた。
実際彼もあの体を作るのに数年はかかったと言っていたのだから、たった数日で体力がつくとは到底思えない。けどもしほんの少しでも強くなれるのなら。
――みんなを、お願いね。
――君達の行く道に、遥かな栄光がある事を祈るッス。
敵でありながらもアイネスとラコルが最期に残した言葉。当時はどうして敵であったティアルスにそんな言葉を言ったのかは分からなかった。だけど今になってみれば分かる。きっとあれは、自分が叶えられなかった祈りや願いを託してるんだって。
本来なら託される意味もないし背負う意義だってない。
だけどそれらはティアルスに影響を与えた。みんなを通してもそうだけど、多分、敵からも影響されて今の“ティアルス”っていう人間が作られてるんだと思う。
だからティアルスにはそれらを投げ捨てるだなんて事は出来ない。
――背負う物があるんだから、頑張れ!!
自分自身にそう言い聞かせる。
正直言って敵の意志を背負っていいのかは分からない。でもその意志や言葉は確かにティアルスを突き動かしているから――――。
次の襲撃が来るまであとどれくらいかかるのかも分からない。だから今のティアルスには最大限努力するしか出来ないんだ。またあの時の様になりたくなければ。
死ぬのが怖い。それは当たり前だ。でも死なせるのも怖い。自分が弱いせいでみんなが死ぬなんて絶対に嫌だから。
そんな風にして思い詰めながら走っていると、ふと声をかけられるから立ち止まった。
「ティア、ティア!」
「ん……クロエ?」
クロエは立ち止まったティアルスに近寄ると水を差しだして言う。最初は小さい声だったものの次第と大きくなって行った。
「体力、付けたいの?」
「ああ。今のままじゃクロエにもみんなにも追い付かないからな。それに毎回体を壊すって言うのも良くない事だし」
「…………」
するとクロエは黙り込んだ。
何か言い方法でもあるんだろうか。何故かソワソワするクロエに顔をしかめていると、やがてゆっくりしゃべった。
「良い方法があるの。別に体力が付くって訳でもないけど」
「……悪い事じゃないよな?」
「確かに今の雰囲気じゃそうみたいに聞こえるけど違うからっ!!」
さらっと誤解されそうな言い方をするクロエに突っ込みつつ、咳払いして気を取り直した彼女の言葉をきちんと耳に入れる。
でもそれはあまり現実味のない話であって。
「呼吸で疲労を感じない様に出来るの」
「呼吸? 今俺達が行ってる呼吸で?」
「そう」
たったそれだけで変わるとは思えない。
確かにクロエの言ったのはティアルスの目指してる体力向上じゃないし、それどころか言葉だけ聞けばそれもそれで危険な事だ。だって疲労を感じない様にって事は呼吸を止めた瞬間に疲労が溜まるって意味だし。
けどそれ以上に気になる事があった。
「そんな事できるのか? 呼吸1つで」
「それが出来ちゃうの! まあ、私も詳しい事は知らないけど……」
しかし詳しい事は知らないクロエは目を背けた。いや、呼吸って結構繊細そうだし詳しく知らなきゃ駄目なんじゃないのか。
そんな事はさて置きとクロエは早速説明に入る。
「息を止めた状態で刀を振ると普通よりも力が入るでしょ? それとほとんど一緒の様なものなの。師匠によると呼吸と連動してマナの動きがなんとかかんとかって言ってた」
「へ、へぇ~」
「でもこればっかりは実践してみないと分からないから、早速実践!」
「何か今日のクロエ押し売りが強いな……」
敬語じゃなくなってから距離がぐっと縮まったのを感じるけど、それと同時にクロエが活発になった様な気もする。これが素のクロエなのだろうか。
ちょっとした広場に立たせて起立を指せるとまずは姿勢を指定した。
「肩の力を抜いて、それでいて下半身はしっかり。腹筋に力を入れる。息は吸うのは遅く吐くのを速く。はい、呼吸!」
言われた通りの姿勢を取って呼吸を繰り返した。
これで本当に疲労を感じなくなるのかって疑問に思う。イルシアが言ってたみたいだけど、呼吸とマナは連動してなんとかかんとかで疲労が感じなくなる。うん。やっぱり何も分からない。
今は結構走り込んだから疲労を感じるし、効き目があればその疲労を感じなくなるはずなんだけど……。
「…………」
「…………」
「……特に何も起こらないけど」
「あれっ?」
するとクロエは頬に指を当てて首をかしげた。
念の為もう少しだけ呼吸をしてみるけど何も変わらない。っていうか本当に呼吸だけで変わる物なのだろうか。
「それにマナと連動するならマナの方を動かせばいいんじゃないか?」
「私はそれですぐに出来たんだけど……あれっ? も、もう1回!」
「分かった」
そうしてもう1回同じ様な態勢をとって呼吸を始める。クロエが出来るのならティアルスにも出来る、と思っていたのだけどやっぱり何も変化はない。強いて言えば体がぐぐんと熱くなってきたくらいだろうか。
ふ~ふ~吹いているだけにも関わらずなぜかそっちの方が疲れる気がする。普段ほとんど肺を使わないせいか肺が悲鳴を上げる。
っていうか急に疲れがどっと掛かって来た様な――――。
そう思った時には膝から崩れ落ちていた。
「ッ!!」
「なっ、ティア!?」
クロエはすぐに駆け寄って体を起こしてくれるけど、ティアルスにとってはそれどころじゃなかった。だって、激しい目眩と同時に耳鳴りもしてくるから。
疲労を感じない為の呼吸なのに疲労が積み重なるってどういう仕組みだ……。
凄く心配するクロエだけど、異常事態を察したアルスタとエスタリテが近づいて来るのを見付けてすかさず声をかけた。
「どうした!?」
「呼吸法を教えようと思ったらティアが……!」
「呼吸法でそんなに? まさか……」
するとエスタリテは顎に手を当てて深く考え始めた。
息は出来るけど疲労が半端ない。目眩や耳鳴りが凄くて、必死に呼びかけてくれる2人の声すらもほとんど聞こえなかった。呼吸を普通に整えてようやく聞こえて来る程度。
少しだけ時間を得た後、エスタリテは喋り出す。
「クロエ。もしかして“コー・カラスの呼吸”を教えた?」
「いえ、私が教えたのは“ルー・ラルスの呼吸”何ですけど……」
「コー・カラス? ルー・ラルス……?」
初めて聞いた単語が飛び出して来るけど、今は何の解説も無しに2人の話が進んで行った。何だかよく分からないけど呼吸法って2種類あるのだろうか。
全く訳の分からない状況を察したアルスタが耳打ちで説明してくれる。
「ルー・ラルスの呼吸ってのは疲労を感じさせない呼吸法だ。で、コー・カラスの呼吸ってのが身体能力を向上させる呼吸法だ。代償に凄く疲れるらしい。何だかよく分からんけどとある兄弟が見つけた呼吸法なんだと」
「そ、そうなのか」
兄弟そろって呼吸法を見付けるって凄いな。
ってなると今ティアルスが使っていたのはコー・カラスの呼吸とやらなのだろうか。別に意識してそう吸った訳じゃないけど。でもどうして別の呼吸法が……?
その結論は2人も分からなかった様だった。
「ルー・ラルスの呼吸なのに使えたのはコー・カラスの呼吸……。ティアルスがそう言う体質……って事なのか……?」
「でも対象の呼吸しか使えない体質ってあるんですか?」
「聞いた事もない」
「ティアルス。どんな感じで吸っていた?」
「えっと、クロエに言われた通りそのまま……」
そう問いかけられるも答えは1つだけだ。ティアルスは本当にクロエから教わった通りの呼吸を行った……はず。
しばらく経てば何とか回復して立てるようになった。
エスタリテは目を瞑って静かになると、ティアルスにもう一回呼吸を行う様に言って来る。
「ティアルス。もう一度呼吸をやってみてくれる?」
「あ、ああ」
言う通りにもう一度あの時と何も変わらない呼吸をして見せる。
まだ肺から疲れが取れきってないから辛い所もあるけど、それでももう一度呼吸をしてみせた。また体が熱くなって行くのを感じる。確かさっきはこの後に――――。
エスタリテが鋭く制止の声をかけるから咄嗟に制止した。
「止めて!」
「はいっ! あ、あれ。今度は何も……」
「やっぱりね。ティアルスが使ってるのはコー・カラスの呼吸だ」
って事は呼吸の効果が発揮する前に止めたから体が平気って意味なのか。使おうとしているのはルー・ラルスの呼吸なのにどうして。
その答えはもう結構前から知っている物だった。
この現象を決定づけるのならこれしか方法がない。
――そうか。誰かの記憶が俺の呼吸をそうさせてるんだ。
何かもう何かが起こる度に誰かのせいにしてる気がするけど、実際の所記憶が割り込んでくるから何とも言えない。もっとも、最近はそう言うのも減って来たけど。
なら変に逆らわずそのまま流れればより効果が発揮できるのだろうか。
「でもどうしてそっちの呼吸に……? もしかして無意識の内にそっちの呼吸になる様になってるのかな」
「そういう体質なんですね」
「無意識でなるんじゃ無理に変えるのは難しいよな」
「ええ」
3人がそうして話し合っていても、ティアルスもティアルスで色々と考えこんでいたからその言葉は全く届かない。クロエなら気づいてるかもしれないけど。
過去にコー・カラスの呼吸を使っていたのかも知れない。それなら無意識の内に行っても原理として無理はない。だけどこの呼吸をやって感じた事としてはまだ体が慣れていない事だ。だから過去にやってたって線は低いのだけど……。
でも、最終的に結論へ辿り着いた。それも同時に。
「じゃあ、ティアルスさえ良ければコー・カラスの呼吸を――――」
「俺、その呼吸を鍛えるよ」
今は代償があっても最短で強くなれる道を選んだ。




