第二章15 『真意の光』
「そこの動きはもう少し滑らかに。こう、イメージ的には流水みたいな感じで」
「流水……。こうか?」
次の日の朝。ティアルスは朝一でイルシアに剣術を教わっていた。今日やるのは動作の確認とみんなから教わった動きをその動作に乗せる事。こっちの事情を分かってるイルシアは1つ1つ丁寧に教えてくれた。
流水をイメージして木刀を振ると、イルシアは嬉しそうに手を叩いた。
「そうそう、そんな感じ。後はみんなから教わった動きを乗せて私に放ってみて」
「分かった。……ふっ!!」
ティアルスが繰り出した2連撃は踏み込みで威力が多少でも強化され、跳ね返りの時に息を止める事で極限まで短くし、隙を見せぬ連撃となる。更に剣先の動きは滑らかに動いてイルシアの持つ木刀へ命中した。
これらは全てみんなが使う流派の必要な動きを混ぜた動作になっている。
その完成度の高さにイルシアは感心した。
「凄い凄い! まだ一か月も経ってないのにそこまで上達するなんて!」
「まあ、誰かの記憶があってこそなんだけどな。半分以上は俺の力じゃないし」
実際の所まさにその通りだ。今では当たり前の様に刀を振れる様になったけど、この力は誰かの記憶に助けて貰ったからこそ扱えるようになったものだ。
と思っていたのだけど、イルシアにとってはその捉え方は間違っている様で。
「でも今となってはそんなに扱えるようになったんでしょ? ならそれはティアの力だと思うよ」
「そんなものか?」
「そんなものよ。だって自分の意志だけでそこまでやれるようになったんだから」
「そう言えば……」
今思い返してみれば型を出す時に誰かの記憶を見なくなった気がする。前は1回1回見てた気がするのに。これも“慣れ”ってヤツだろうか。
あまり慣れない感覚を体感する中、ティアルスはまた軽く何度か振る。
「うん。素の動きもそれっぽくなってきたじゃん」
「それっぽくって?」
「要するに上手くなって来たって事」
するとイルシアは木刀を構えて攻撃してくるよう促して来た。
だから今回は何の躊躇いもなく木刀を振り上げる。
「――ふっ!」
「っ!!」
振り下ろした木刀は特にブレもせず一直線にイルシアの握っている木刀へ当たり、以前よりもずっと強い威力を秘めて大きな音を鳴らす。そんな威力があっただなんて思わなかったからびっくりする。でもそんな硬直も今となっては直ぐに解除され、直後には2連撃目の音が鳴り響いた。
少しだけ木刀の位置がずれたイルシアは驚いた様に目を見開いた。
「普通の振りも上達してる……。なんか、一気に強くなったね」
「そう、かなぁ」
自分にとってみればあまり実感が沸かない。
みんなとの訓練や稽古、そしてあの戦いを通してこうなったから、体感的には“自然とそうなった”としか言いようがない。そもそもティアルスにとっていくら強くなってもみんなには届かないし、だからもっと強くならなきゃって思う。だから強くなったって実感が沸かない。
イルシアは両肩をガシッと掴むと言った。
「自信を持って。あなたの力は、みんなと一緒に頑張って手に入れた力なんだから。その努力は決して無駄にはならない」
「……分かった」
でも、そう言われてもやっぱり実感は沸かなかった。だけどこの力を誇ろうと胸を張る。これはみんなと一緒に頑張って手に入れた力なんだから。
……みんなと、一緒に。
顔を左右に振って頬を叩いた。良くない方向へ考えてしまうのはティアルスの悪い癖なのかも知れない。
――これは“みんなと”努力し手に入れた力なんだ。ちゃんと、誇らなきゃ。
そう言い聞かせて納得させた。
イルシアもその様子に何かがあった事を察したのか、雑念を払ったティアルスを見て微笑んでいる。
考え方は変えられたものの新たに気になった事が出来、それをさっそく質問した。
「そう言えば俺、みんなの流派名聞いてない」
「えっ? 聞いてないの?」
その言葉に頷く。
半ば疑問というよりかは独り言的な発言だったけど、ソレを聞いたイルシアはちゃんと丁寧に1つ1つ説明してくれる。それもティアルスが分かりやすいように例も加えて。
木刀を指でクルクル回しながらも喋り始めた。
「アルスタのは《暁光流》。光の如き速さがなんとかかんとか。ラインハルトのは《紅焔流》。炎の様に熱く、そして強い剣戟。最後にレシリアのは《水神流》。特殊な歩法で流水の動きを再現してるんだって」
「へぇ~……」
初めて聞く剣術の名前に頭を回転させた。
だって、初めて聞くはずなのに妙に聞き慣れているから。名前は知らずとも響きだけをずっと前に聞いたような気がする。
「速さと重さと身軽さか……。それらを組み合わせて型を繋げるって、良い事なのか?」
「いいんじゃない? もしかしたら私の流派に派生してティアルスが独自の流派を作るかも知れないし」
自然と流れ出た質問だったのだけど、予想外の返答をされて思わず「えっ?」と声を漏らした。っていうか流派って独自な物も生まれるのか。
するとイルシアは何も知らない事に気づいて1から説明してくれる。
「代表的な流派は確かにある。でも中にはそれらから派生したり、自分で新しい流派を生み出したりする人もいるの。リークの流派がそれにあたるかな。……まあ、あれは剣術とも言い難いんだけどね」
「派生……」
「私の流派は滅多に見ない流派だから、そうなった時はティアルスだけの流派だよ」
そう聞いて想像してみる。いつか独自の流派を派生させた未来の自分を。そこまで生きてられるかも分からない訳だけど。
世界でたった1人だけの流派を見せた時、みんなはどんな反応をするだろう。
想像に浸るのもいいけど、今は別の事に視線を向ける。
これはずっと言おうか迷ってた事だ。
「……なあ、イルシア」
「なに?」
「俺、前と今回の戦闘で不思議な事が起ってるんだ」
「不思議な事?」
すると内容の分からない言葉にイルシアは首をかしげる。
あの現象をなんて表現すればいいのかは分からない。でも、言葉にするとしたなら少し変な言葉になってしまう。だから少したどたどしい口調ながらも伝えた。
「何て言うかな。刀が蒼く光ったって言うか。で、その光が桜になって……」
「刀から光? もしかしてこれの事?」
今ので伝わったのか、なんて思うのは束の間の瞬間だった。
イルシアが両手で木刀を握り呼吸を整えた瞬間、木刀の内側から光が溢れ出しそれらは桜へと模って周囲へと舞い散って行ったのだ。
周囲の草木がなびかれる中、ティアルスはその光景に見入る。
――物凄く綺麗だった。純白の桜は舞い散っては消滅してしまうけど、それでも美しく、それでいて儚い桜だ。
「……それ、何なんだ?」
ティアルスが問いかけるとイルシアは少しだけ悩み、やがて光を抑え込めると言った。それは今度こそ何も知らない言葉であって。
「真意の光って言われてるものよ」
「真意の……光……?」
「そう」
どういう物かは分からないけどティアルスもそれを使えるのだろうか。いやまあ使えるかじゃなくて使ってた訳だけども。でも、そんなの意識的に使った訳じゃない。だからその仕組みに首をかしげた。
今の現象についてイルシアが説明するけど、その仕組みはとっても単純で、それで難しくて。
「願いや意志が途轍もなく高鳴った瞬間に起きる現象の通称。強い意志を持てば持つほど光は眩く輝き、比例して威力も増すの」
「強い意志……」
「意志は世界を影響させ、ソレは光として発現者の元に現れる。つまりその光が発現した瞬間、ティアルスは世界に影響を及ぼす程の真意を抱いたって事ね」
「世界を揺るがす、真意……」
共通する事ならある。あの時はどっちとも無我夢中だった事もあるのだけど、それ以上に確かなものがティアルスを突き動かしていた。
それは絶対に変える事の出来ない大切な意志――――。
「クロエやみんなを助けようとしていた」
「じゃあその意志が世界に影響を与えたのね。ティアルスの抱いたその“真意”こそが自分を突き動かすものよ」
例え自分がどうなってもいい。その一心で刃を振るった。だからあの時に真意の光が発現したんだ。自分の真意が純粋なら純粋な程威力を高める……。いくら仕組みを理解した所でどうしてそうなるのかが分からなかった。
だって、意志は目に見えない物なのにどうして。
「でもどうしてそうなるんだ? だって真意は目に見えない物なのに……」
「私自身もそこら辺は理解してないの。でも師匠がこう言ってた」
するとイルシアはそこら辺に落ちていた小石と棒を使って図を作って説明し始める。棒で大きな円を描いてから周囲に小石を置き、それらに線を繋いだ。
それから小さく色々書き足していく。
「私達の魂は果実みたいに1個1個保管されてて、その魂が強い意志を放つ事によって保管してる世界に影響を与え、やがてそれは真意の光となって返って来る。どうしてそう変換されるのかは分からないけどね」
最終的に大事な部分は分からないと苦笑いをしたイルシアに、ティアルスも難しくて理解し難かった事に目を瞑って苦笑いで返す。
そうして笑い合っていると立ち上がって掌を開いた。
何が始まるのだろうと思い掌を見つめると炎が出現して。
「……炎魔法? イルシアって炎に適性があるのか?」
「まあね。で、真意って言うのは剣や拳だけじゃなく魔法にまで乗せる事が出来るの」
「魔法に?」
「見てなさいって」
少し離れてから息を止めて集中すると、掌にあった小さな炎は純白の桜が混じりながらも巨大な業火へと変貌して見せた。身長の5、6倍以上もある炎は息苦しい程の熱風を発生させながら尚も燃え盛る。
ティアルスは腕で顔を覆いながらも大きな声で驚く。
「これが真意の力なのか!?」
「そう! たった僅かな炎だけでも真意によって格段に強くなることが出来るの! 風なら豪風に、水なら豪雨に!!」
「……!!」
その言葉で思い出した。
ラコルと戦ったあの時、ティアルスのマナ量じゃ出せない様なマナを循環させたはずだ。その真実ってもしかして真意によるものだったのか。ずっと火事場の馬鹿力だと思ってた。
ようやく業火を消すと周囲は一気に明るくなり、激しくざわめいていた草木も大人しくなる。
真意の威力に今も驚いていると最後にイルシアは言った。
――何故か、凄く曇った眼で。
「……でも、必ずしも真意がいいって訳じゃないから、気を付けてね」




