第二章14 『死ぬ事の恐怖』
「……ティア、ティア」
「ん。どうした?」
夜。
声をかけられたと思ったら、クロエが不安そうな表情で枕を抱きながらこっちを見つめていた。寝起きで少しぼーっとしているとクロエは頬を染めながらも言った。
「その、お布団に、その……」
「ああ、いいぞ」
そうして彼女の意図を理解して反対を向きながら真ん中から移動した。
すると戸惑いながらもクロエが入って来て、尻尾で感情を表現していた。ちょっとだけくすぐったい。
不安から逃れる様に体温を求めると小さな声で言う。
「ごめんなさい。怖い夢を見て、それで……」
「怖い夢?」
「あの化け物にみんなが無残に殺され、そして私自身も殺される夢」
「そっか」
そりゃ、あんな事があった後にそんな夢を見れば怖くもなるはずだ。だからティアルスは何も抵抗せずにクロエがくっつくのを受け入れる。ふと、恐怖で体を震わせた。
やがて震えながらも語り始めた。
「私、怖いんです。私が死ぬ事がじゃなくて、みんなが死ぬ事が」
「クロエ……」
か細く今すぐにでも消えてしまいそうな声。
でもクロエがそうなったって無理はない。だっていつ死ぬかも分からないこんな状況じゃ精神が追いやられて当然なんだから。
だからきっと、
「みんな同じだと思う。みんな、誰かが死ぬのを怖がってる。もちろん俺だって」
「ティア?」
「クロエやアルスタ、ラインハルト、レシリア。イルシア達にも死んで欲しくない。だから、みんな強がってるだけ。みんな心の中じゃ常に怯えてるんだ」
みんなと過ごす中で自然と分かって来た事だ。
魔眼を使わなくたって恐怖や不安の『色』が見える。それもみんなから。だからそれが分かった瞬間、嬉しかった。みんな一緒なんだって思ったから。
「みんな一緒……?」
「ああ」
「……ありがとう」
するとクロエは背中にぴったりと張り付いた。背中越しにでも彼女の不安さが鼓動で分かる。まだ微かに震える手からも。――きっとティアルスだってあと一回同じ戦場を経験したらこうなると思う。今回だけでも十分に精神を破壊されたから。
それにクロエは捨て子だった過去もあるんだ。独りになる恐怖は計り知れないはず。
だから今だけでも一緒にいるべきだって思った。
と、思ったのだけど……、
「……どさくさに紛れて匂い嗅いでないか?」
「なっ!? ないですよ!?」
「いやさっきから鼻息当たってるんだけど」
「これはアレです! あの~ほら、猫の本能的な!!」
「結局嗅いでたんじゃん」
さり気なくクロエが匂いを嗅いでいた事が判明し、少しだけ雰囲気が軽くなる。まあ、こんな雰囲気じゃこういった茶番みたいなのがあった方が心情的に楽かも知れない。
でもクロエの恐怖が消え去った訳じゃないんだ。
だから少しでも紛らわすためにティアルスを求めて来る。
「……安心するんです。ティアの匂いを嗅いでると」
「えっ」
「あっ、いや、もちろん師匠とかもそうですからね!? 別にそういうアレがアレしてる訳じゃないですかのよ!?」
「言葉滅茶苦茶になってる」
慌てふためくクロエに少しだけ微笑みをこぼした。
落ち着くように反対側を向いて頭を撫でると、耳まで真っ赤にして胸の中に飛び込んで来た。だから自分なりに考えて頭を抱きしめた。
するとさらに体を震わせる。
「あの、ティア。少しお願いがあるんですけど……」
「匂いを嗅がせろ?」
「違うわい!!」
ちょいちょいからかいつつもクロエが心配にならない様にしていると、服をきゅっと掴んだクロエは迷った子供みたいにまたか細い声で言った。
「私、基本的に誰にでも敬語で話すので、その、距離を感じてしまって……。捨て子だったのと亜人って事もあるんですけど。なので、2人だけの時でもいいので、普通に喋ってもいいですか……?」
だけどそれは子供のような小さな我が儘であって。
予想していたのよりもずっと軽かった事に安堵しつつも微笑みを浮かべた。何だ、“そんな事”だったのか。
「何を今更。俺はその喋り方でも距離が空いてるだなんて思ってない。むしろクロエとは更に仲良くなりたいくらいだ」
「い、いいんですか?」
「拒む理由は何もない。言いたい様に言えばいいよ」
するとクロエは嬉しそうに微笑んで、その喜びを表現する為に胸に頭を擦りつけた。……言ったら怒られるだろうけど人懐っこい子猫みたい。
ティアルスが受け入れると、クロエは早速その喋り方を実行する。
「ありがとう。ティア」
「どういたしましてだ」
何だかクロエは誰に対しても敬語ってイメージがあったからつい顔をしかめるてしまう。だけどこれもクロエを少しでも救う為だって思ったら凄く些細な事だって思えた。
でも、少し気になった事が出来たからすぐに質問する。
「けど何で俺だけなんだ? 別にアルスタとかレシリアでも……」
「いっ、今はティアがいいの! えっと、そう! 練習! これは練習の為だから!!」
「何でそんなに焦るんだ……?」
また顔を真っ赤にするクロエをなだめつつもそう呟いた。
しかし今は関係ない事だって決めつけて頭を撫でる。少しだけ強引に黙らせるとそのまま寝かしつけた。体が治ったって事は明日からも稽古が始まるだろうし、今日はもう寝た方が良い。
クロエは布越しでも心臓の鼓動を響かせていたけど次第と静かになる。やがてしばらくの間待てば完全なる寝息が届いて来た。
だからティアルスは決して起こさないように物凄く小さな声で呟く。
「死なれる事が怖い、か」
きっとクロエは過去に独りぼっちだったから誰かがいない恐怖を知っている。だから誰にも死んで欲しくないって言ってたはずだ。
レシリアも大切な人がいなくなる痛みを知っているからあんな願いに辿り着いたはず。
彼女だけじゃない。ラインハルトやアルスタだってそうだ。まだ願いが分かってないけど恐らく大人組のみんなだって。
けど、
――俺はまだ、誰かを失う辛さを知らない。だから俺は死にたくないって祈ってる……。
あの夜。巨人に頭を握り潰されそうになった時。ティアルスはクロエが死んで欲しくないって思うよりも死ぬのが嫌だって強く思った。
それに、みんなは自分の為の願いじゃなくて誰かの為の願いにしているのに、ティアルスは未だ「本当の自分を知る為」っていう自分の願いから離れない。みんなが互いに死んで欲しくないって願ってる中、ティアルスだけは自分の事に精一杯で――――。
「怒られるかな」
誰にかは分からない。だけど今さっき嘘を付いてしまった真実だけは絶対に拭えない。果たしてこれでいいのだろうか。そんな疑問が頭に渦を巻く。
嘘を付く感覚が凄く気持ち悪い事を初めて知り、その感覚に奥歯を噛みしめる。
ティアルスはまだ知らない事が沢山ある。だからこそ初めて知る中には気持ち悪い感覚を残すものもあった。
――死にたくない。死ねない。本当の俺が分かるまで。
話を聞けばあの時、クロエの方は全員で全員をカバーし合っていたらしい。1人がピンチになれば1人が。その1人がピンチになればもう1人が。そうして互いを守っていたとか。
でもあの時の自分は何をやっていた? 何に必死だった? 自分にそう問いかける。その答えはたった1つだ。死にたくないからって必死だった。
今思い返して最悪だなって失笑する。
だってあの時、レシリアの事は影すらもなくて、死なない為にラコルを倒そうと全力を出していた。だからとてもじゃないけど「俺もそうだ」なんて言えない。……言える訳がない。なのにティアルスはクロエを安心させる為にそう言った。
これって良い事なのか悪い事なのか。
「……寝よう」
でも、その先は考えたくないって瞼を閉じた。
これが現実逃避だって事は知ってる。だから今は楽な方へ逃げようと思ってしまった。
――そうしてティアルスは夢の世界へと逃げ込んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「リサ、リサ。この前危険な人が乗り込んだのはここだって」
「へぇ~。こんな大きな屋敷にも乗り込めるんだ~」
リサとサリーは真っ黒でボロボロになったマントを羽織り、屋根の上からこの前襲撃された屋敷を眺めていた。夜でも猫みたいにクッキリと見える瞳をした双子はそのまま話し合う。
「それでね。その襲撃した人を退治した5人の剣士がいたんだって」
「5人の剣士? もしかしてあのお兄ちゃんとお姉ちゃんの事?」
「そう! あの5人がここまで暴れた人を退治したんだって!!」
「すご~い!」
まさからあの5人がそんなに強いだなんて知らなかった。あれだけ暴れる事が出来る人をたった5人で退治できちゃうだなんて。
きっと、あの5人こそが正義の剣士なんだ。
どんな悪をも倒しちゃうような、凄くかっこいい正義の剣士。
だからリサは腰に付けたマチェットに触れると言う。
「……じゃあ、次は私達の番だね」
「うん」
その言葉にサリーが頷いた。「次は私達」という言葉に少し目を細めて俯き、やがて立ち上がると夜の風を真正面から受け入れる。
黒いマントが夜風に煽られてはためく中、寂しそうな眼で月を見上げる。
「次の満月。私達は動き始める」
「全てはパパの為に」
「全ては私達の為に」
「「この願いは、決して譲れない願いだから」」
2人揃って言うと、上手く決まった事に喜んで飛び跳ねながらもハイタッチを交わした。久々に決まった決め台詞。その言葉のかっこよさに痺れながらも手を繋いだ。
……温かい。サリーの、お姉ちゃんの手は凄く温かかった。
その温かさを感じながらも顔を合わせる。
「サリー。怖い?」
「ううん。パパの為なら怖くないよ。リサは?」
「私も」
パパはどんな時だって勇気を与えてくれる。生きる意味だって。
だからリサもハッキリと言う事が出来る。
「パパによると次の満月は3日後だって」
「3日後かあ。早く来ないかなー」
「そんな速くは来ないよ。お月様だもん」
「そうだよね。ちょっと早とちりしちゃった」
するとサリーが軽く噴き出して笑い始めるから、リサも一緒になって笑い始める。どんな時も何をしても一緒。それが約束だから。
でもそんな中でサリーはある言葉を思い浮かべる。
――もし私達が悪い人になっちゃったら、お兄ちゃんとお姉ちゃんは私をやっつけに来る?
――やっつけるんじゃなくて、引き戻しに行くよ。2人が誰かを思いやれる優しい子って知ってるから。
あの時に焦げ茶色のお兄ちゃんが言っていた言葉。
アレを言われた時、凄く嬉しかった反面ちょっとだけ悲しかった。何でそう思うのかはまだ分からない。だけどそう感じた。
だからリサもサリーと同じく満月を見つめて呟く。
「私達が悪い人になっちゃったその時、きっと……」
自分すらも気づかない程の音量で。
「引き戻しに来てね」
実は今回どっちが妹でどっちが姉なのか忘れそうになってました。
似たような名前を双子に付けるのはロマンだけど、ちゃんと覚えようね!(戒め)
ちなみにですがサリーが姉でリサが妹です。




