第二章13 『事の顛末』
「ん……」
朝。目覚めた。
目の前に映し出されたのはようやく見慣れて来た私室の天井。……助かった、のだろうか。あれからの記憶は全くない。目を瞑って開いたらここで眠っていただけ。
手を持ち上げると、そこには大量の包帯が――――ない。
その代わりにラインハルトやアルスタの手が握られていた。
「クロエ……」
あれ程の傷を負っていたクロエはティアルスに覆いかぶさるように眠っていて、アルスタとラインハルトはベッドに突っ伏して眠っていた。
そして左側の手を持ち上げるとレシリアの手が握られていた。彼女も彼らと同じように突っ伏したまま寝ている。
ぐっすり寝ているし起こすのも悪いだろうか。そう考えているとクロエが起きる。
「あ、ティア。起きたんですね」
「クロエまでティア呼びになってるのか……」
きっとイルシアの影響だろうなぁと思いつつも言葉を変える。
今知りたいのは事の顛末とどう収束がついたのかだ。今回はあの夜みたいに人知れず起きたんじゃなくて人が多い場所で起きたんだし、討伐してはい終わりとは思えない。
「えっと、心配してくれるのは嬉しいけど、事の顛末を聞かせてくれるか」
「はっ、はい」
するとクロエはマウントポジションを維持したまま説明してくれた。
だけどその内容は全く予想していなかった事ばかりで。
「まず被害ですけど、腕を斬られた人と私達以外は全員無傷。そして屋敷は特に問題なし。最後に今回の襲撃を防ぎ元凶を討伐した事で、えっと、勲章? みたいなものを貰いました。……シファーさんと、エスタリテさんと、ロストルクさんと、リークさんが」
「やっぱりイルシアは人目に出ないんだな。せっかくなんだから出ればいいのに」
「師匠も師匠で色々考え事とかありますから」
クロエはティアルスの言葉に苦笑いしながらそう返した。
けど被害が全くないのならよかった。いや一人だけ腕切り落とされてるけど。そう思った瞬間に浮かんだ疑問をクロエにぶつける。
「腕を斬られた人はどうなったんだ?」
「回復魔法が使える人達が協力して無事に直りました。私達にも回復魔法をかけてくれて、おかげさまで今は無傷です。ちなみにティアの腕も治ってます」
「だから包帯がグルグル巻きにされてないんだな」
そう言いつつも包帯が巻かれない開放感を存分に味わう。
私達にもって事は、アルスタも斬られた眼が無事復活したのだろう。突っ伏して寝てるからよく分からないけど。
そうやって事態が収束してよかった。もしこれでこっちのせいだ~なんて言われたら元も子もないし。……っていうかそこまでの心配は不要だろうか。
「イルシア達は?」
「師匠達こと大人組は作戦会議中です。“血を捧げる”って言葉でずっと話し合ってて、怪我人は報告をまてとの事でここにいます」
「なるほど」
そこまで話はついているのか。確かに今のこの状況じゃティアルス達は考える事は不向きだし、一番疲れていない大人組が考えた方が得策……なのか?
何にせよみんなが無事でよかった。
「ちなみにあれから何日経ってるんだ?」
「3日です」
3日……。もうそんなに過ぎたのか。こっちの感覚じゃ瞼を瞑ってすぐこの現状だから分からなかった。って事は3日も食べてない事になるけど大丈夫なのだろうか。自分自身の腹にそう問いかける。
するとクロエはとんでもない事を話した。
「ティア、凄かったんですよ。寝てるのにご飯食べて……」
「それどういう状況だ!?」
「眠ったままパンを咥える姿が……ぷふっ」
ティアルスが驚く中で口元を押さえて軽く噴き出す。いや、何がどうなったらそんな状況になるんだろう。取り合えず身に覚えのない恥ずかしい話は置いておいて次の事を質問した。これは一番最初から気になっていた事。
「それでクロエ」
「はい?」
「何で俺の体に乗ってるんだ?」
クロエが体の上に乗りながら寝ている事が気になった。
すると彼女は少しだけ頬を染め、顔を左右に振っては頬を両手で叩く。その後に3人が寝てるかを確かめて小さく言った。
「えっと、その、この中じゃティアが一番安心したので……」
「そう言う事か」
確かにこの中じゃティアルスが一番彼女と過ごした時間が長い。それなら安心される理由も分かる気がする。
誰かに安心する対象だって言われる事は何だかうれしかった。
何て言えばいいだろう。心がホワホワする。
言った後に顔を真っ赤に染めたクロエは胸に飛び込んで顔を擦りつけた。そんな子犬みたいな照れ隠しをするクロエの髪を撫でつつも考える。……いや、クロエはどっちかと言うと子猫だ。
これで何かが分かった場合どうなるのだろう。朝霧の森に殴り込みに行くのか、それともまだ情報収集に努めるのか。どっちにしろティアルスはまだまだ修行をする必要がありそうだ。
「クロエ。これからどうなると思う?」
「はい……? これからは……多分、もっと情報収集をしてこの情報を確かめると思いますけど……」
「考えてる事と違うか」
でも、結局ティアルスのする事は前と変わらない。
今回みたいな事がいつ起こってもいい様にまた稽古しなくては。今回の戦闘で全く速度が出ない事が判明したから速度を鍛えたい所だけど……。
そう考えていると今度はクロエから話しかけて来る。
「あの、ティア」
「何だ?」
「体、大丈夫ですか? レシリアからマナを使って体を壊したって……」
「ああ、あれか」
あの時にやってみせた全身強化の許容上限越え。確かにあれをやってから体の内側が壊れたみたいに痛かった。今はそうでもないけど普通の回復魔法じゃ治らない物なのだろうか。
「全然大丈夫だ。どこも痛まない」
「そうですか? よかったぁ~」
すると安心したクロエはもう一度胸に飛び込んで来る。
それ程なまでに心配だったのか。
と思ったのだけど、次の瞬間からクロエに大目玉を食らう。
「――ですけど体が動かなかったからってやり過ぎです! もう少しマナの使用量が多かったら内側から弾け飛んでたんですからね!?」
「は、ハイ……」
やっぱり詳しい事は聞いてたんだ。
ティアルスはまだ知らない事が多いから、もっといろんな事を注意してやらなきゃいけないかも知れない。実際マナがそんな物だったなんて今知ったし。全身強化の訓練じゃ注意されなかったし。
新しい知識を刻みつつも起き上がろうとした。
……のだけど上手く力が入らない。
「あれ。体が動かない……」
「回復魔法の反動ですね。一度に大量の治癒をかけられた後は体が対応出来ずに動かなくなるんです」
「どういう関係でそうなるんだ?」
「私も詳しい事は知らないですけど……再生された細胞がうんたらかんたらって言ってました」
「なるほどわからん」
あまりにも噛み砕き過ぎて最早説明が分からない。まあ、大量の治癒をかけられた後は体が動かなくなる、と頭に刻んで仕方なく力を抜いた。
しかし動けないんじゃどうすればいいだろう。歩けるわけでもないし。
特に意味もなく空を見つめた。透明に透き通った綺麗な青空を。
それからはただただ時間だけが流れる。クロエもティアルスも喋る事は無く。
そんな風に時間を過ごしていると部屋の扉をイルシアが騒がしく叩くように開いた。そして起きたティアルスを見付けるなり颯爽と駆け寄る。
「ティア、起きたんだ! よかったぁ~もう目覚めないかと思ったんだからぁ~!」
「し、心配かけてごめん……」
お母さんの様に抱き着かれながらもぞろぞろと入って来るメンバーを見る。
大人組はティアルスが起きたのを見ると一斉に安堵したみたいで、全員が同時に安堵の溜息をついた。もしかしなくても完全に子供みたいに見られてる……?
ティアルスはイルシアを引き剥すと質問した。
「それより! 異変の件はどうなったんだ? 何か分かったのか?」
「ええ。まあいつも通り証拠はないんだけどね」
するとイルシアは頷いて答えた。
その言葉にクロエは耳をピクピクと動かし、いつの間にか起きていた3人も耳を傾ける。彼女は柔らかい雰囲気から一変すると喋り出した。
「まず血を捧げるって所から黒魔術的なのは確定した。この異変の主催者は黒魔術狙いよ」
「やっぱりか」
「そしてあの男が魔物に変化した原因だけど、あの男は一度主催者に合ってると思うの」
「主催者に会ってる? どういう事だ?」
でもイルシアの言葉に困惑する。だって朝霧の森へ行く事が願いを叶える条件なんじゃないのか。イメージ通りなら主催者は朝霧の森にいるはずだし、ならどうしてわざわざ戻って来たのだろう。
それも含めて説明してくれる。
「願いを叶える黒魔術をやってのけるなら、人を魔物に変化させたって何らおかしくないわ。で、会いに行ったのはいいけど黒魔術の為に血を持って来いって言われ、一番近いこの街へやって来て、異変の参加者を探してたって訳」
「じゃあ魔物化した原因や殺害対象が参加者に絞られる理由はどう説明付けるんです?」
クロエがそう質問するとロストルクが悠然とした表情で前へ出て説明した。何か、ロストルクのイメージはどれも怯えてばっかりだから妙な違和感を覚える。
「これは俺達も詳しくは分かってない事だが、魔物には因子があるんだ」
「因子?」
「そう。その因子が多い程強くなる。だが魔物因子は普通の生物に与えると体を侵食して、新たな魔物を発生させるらしいんだ。だから彼も魔物因子に食われた結果、あそこで魔物化した」
「要するに主催者が魔物因子を操れる可能性があかもしれないって訳ね」
2人の説明に5人は困惑した。
だって、もし仮に主催者の元へ行けたとしても魔物化するかもしれないって説明されてる様なものだから。そして次の質問をしようとするのだけど、困惑してる中でイルシアは人差し指を立てると、言う。
「ちなみに殺害対象が異変の参加者に絞られてる原因は不明」
「そうなのか……」
「で、あいつが辿り着いたって事は既に他の奴も辿り着いてるかも知れない」
「つまり、今回みたいな事件がまた起こるって事か?」
「そう言う事。それもあいつみたいじゃなく無差別殺人鬼だったらより一層大変な事になりかねない」
するとティアルスは反射的に考え込む。
見回りの時に感じたあの憎悪……。赤黒の魔物やあの2人からはああいった物は感じ取れなかった。となれば、他にもこの街に殺人鬼がいるかも知れない――――。
「なあ。前に話した憎悪の話だけど……」
「この街にいるかも知れないって話でしょ? 知ってる」
イルシアはそう言うと人差し指をおでこにピンと当てた。考えてる事はお見通しって事だろう。面を食らった表情を見て微笑むと続ける。
「だからこれから、夜の間は私達が見回りに行く事になる」
「えっ?」
「基本的に動きやすい時間帯は夜だもの。だから夜の間は私達に任せて」
そう言うとトンッと胸に拳を当てた。
危ないだろって言いそうになる。でも大人組の視線に当てられて別の言葉へと変換した。未だ表現の仕方が分からない不安が残るけど、ティアルスははっきりと言う。
「――ありがとう」




