第二章9 『開戦』
「おーおー、ぞろぞろと集まってンなぁ」
「流石剣士が集う屋敷っスね~」
大柄の男と小柄の男は、この場に集まった剣士や冒険者を見渡すなりそう言った。それから面白そうに大剣を振り回して肩に乗っける。
大人の剣士や冒険者が囲む中で、1人の男が前に出ると交渉を始めた。
「……初めに言っておくが、俺達に戦う気はない。何の用でここへ来た」
「いやぁ、ここに宴の参加者がいるって聞いたモンでね。ちょいとそいつらを潰しに来たって訳さ」
「宴の参加者……? 何を言ってるんだ?」
冒険者の男が首をかしげるのを見て全てを理解する。
何もここに集う剣士や冒険者全てが異変に参加してる訳じゃないんだ。だからこの中の大半は異変の件を知らないはず。
となると危険性は大きくなる。
「ああそうか。テメェらは知らねぇんだっけか。ま、いいけどな。――戦う気がねぇなら下がれ。端っこで指咥えて震えてな!!」
「ヒュー! かっこいいッスねぇ!」
「用がるのは宴の参加者だけだ。邪魔するなら殺すけどな」
そう言って男は大剣を一振りした。ただそれだけでかなりの風を生み出して見せる。何も構えてない状態じゃ少し押されてしまう程の。
つまり奴らはティアルス達を殺しに来たって事か。
最初は逃げようと考える。だけどそうなった場合、奴らがどんな行動をするかが分からない。
「殺さなくたっていいじゃないか! 話し合いで済ませれば――――」
「無駄なんだよ。俺達みたいなゴミ溜めにいた剣士にゃ、もうそれしか残されてねぇんだ。――血を捧げる。ただそれだけ」
――血を捧げる!? って事は主催者の狙いは黒魔術なのか!?
今の言葉を聞いて即座に考えた。
これは前にイルシアとクロエで考えた事でもある。もし殺し合わせる事が目的なら、主催者の狙いは黒魔術なんじゃないかって。
しかし今の言葉だけでその線が濃くなった。
そもそも黒魔術自体どういう物なのかは知らないけど、言葉の響きだけで判断するなら血肉を必要とするはずだ。だからきっとこの2人は異変について何かを知っている……。
アルスタは小声で問いかけた。
「どうする、ラインハルト」
「逃げた方がよさそうだけど無視はできない。ここで好戦的に出るって事は、外へ出したらきっともっと悲惨な事になるはずだ。それにあいつの言葉は無視できない。だから――――」
その先の言葉は全員で察する。
ラインハルトは腰に下げた刀に触れると、柄をしっかりと握って引き抜こうとした。でもその瞬間にレシリアが制止させて抜くのをやめさせる。
「ダメ! 今ここで戦ったらそれもそれで被害が大きくなっちゃう! それにティアルスだって完治してないのに……!」
「でもここで戦わなきゃ事態はもっと深刻化するかも知れない。だから師匠たちが来るまでここで……ッ!?」
そうして悩んでいるともう一度突風が大人の隙間を縫ってここにまで届く。何が起こったのかと思って振り向いてみると、そこには先頭に立っていた男の腕が斬り飛ばされていて。
何の躊躇もなく斬り落としてみせた男に驚愕する。
男は苦しみもがく冒険者の傷口を踏んで少しでも出血を止めると、落ちて来た腕を掴んで見せしめに残った剣士や冒険者に投げつける。
「テメェらもこうなりたくなきゃどきな! 邪魔すんならこいつみてぇに容赦なく斬り伏せる!!」
「言う事聞いた方が身のッスよ~。……でもこんなんで出て来る訳ないッスよね」
「うっせ」
すると残りの全員は仕方なしと道を開けた。抜刀している者は即座に武器を投げ捨てて戦う気がないのを表す。そしてティアルス達は全員がどくのに押されて奴らからは見えない位置に立たされる。もしくは子供だけは守ろうと図ってくれたのだろうか。
ずかずかと入り込む2人の男は愉快に笑う。
「いいねぇいいねぇ。やっぱり弱えェ奴を甚振るのは気持ち良いぜ」
「ったく、スリッチは嫌な性格してるッスねぇ」
「お前が言うな。――さぁ、出て来た方が身の為だぜ! まあ殺すから身の為にゃならねぇけどな」
「だからそんなんじゃ出て来ないッスよね」
誰がそんな横暴な言葉で出て来る物か。
大人の陰に隠れて息を殺すティアルスは即座にそう思った。流石に4人も出る気はないらしく、必死に息や鼓動を殺して耐え忍んでいた。
だけど痺れを切らした男はとんでもない行動に出て。
「――出て来ねぇのならコイツ殺すけど……いいか?」
「なっ!?」
すぐ近くにいたティアルス達と同年代の少年を乱暴に掴むと、首に刃を当てて人質を取ったのだ。当然少年は抵抗するも力が強いのか全く意味はない。
そうして男は少年の首にゆっくりと刃を近づけた。
「ほらほら、死んじまうぞ~」
すると男は楽しそうに刃を揺らしながらも少年の首を斬りつけていく。少年は恐怖に耐えようとしているけどその顔には絶望の表情が全面に張り付けられ、男はその表情を楽しそうに見つめる。
――最低最悪の屑だ。そう思う。
人の絶望を嘲笑って楽しむ。そうしている男が許せなかった。だけど今出て行ったとしても、ティアルス達は――――。そんな今までに感じた事がない怒りを抑え込みながらも葛藤する。
でも、アルスタは既に限界を超えたみたいで、右手には刀の柄がきつく握られていた。
「……すまん、みんな。俺、ああいう奴は絶対に許せないんだ。弱者を甚振って愉悦に浸る。それを見てると、自分でも抑えられないくらいの怒りが沸いて出て来るんだ」
「あ、アルスタ!?」
「だから、俺の骨は拾わなくても結構だ!!」
並ならぬ怒りで腕を震わせていたけど、ついに耐え切れず飛び出してしまう。壁を蹴って稲妻の如き速度で空中を駆け抜けると、すかさず刃を振り下ろした。
けど簡単に防がれてしまう。
「テメェがそうか」
「どうかな!!」
アルスタは空中で体を捻ってもう一撃繰り出そうとした。けれど大柄の体にそぐわない速度で動くと、すぐに廊下の奥へと蹴り飛ばしてしまう。
跡を追おうと身を屈めて走り出すもラインハルトが立ちはだかって攻撃を受け止める。
「この先へは行かせないッ!」
「そうか。テメェも参加者か!」
だけど男の身体能力は驚異的で重いはずの大剣を高速で振り回してラインハルトの防御を崩す。あの筋肉を持ったラインハルトでさえ防御が崩される程の力なのか。
「っ!?」
「おらよッ!!」
そうしてガラ空きになった胴体に大剣を叩きこもうと振り下ろした。
ほんの少し触れただけで血が出るあの刃が体を深く切り刻んだら……きっと生きては返れないだろう。そんな一撃がラインハルトを襲おうとしていた。
でも次の瞬間には背後からクロエが刃を振り下ろしていて。
「ぐッ!?」
「クロエ!!」
これまた間一髪で弾かれてしまう。それどころか受け流す事も出来ずに壁へ激突した。
助けなきゃ。そう思って駆け出した頃には時既に遅く。
「――遅いッスよ」
咄嗟に刀の腹で防御をするも、あまりの衝撃に耐えきれず背後に飛ばされた。目の前には眼帯で片目を隠した男が細剣を抜いていた。それも既に突きの態勢で。
何が起こったのか理解できない。何をされたのかさえも。
――速い。何が起こったのか分からなかった。……突かれたのか? 今の一瞬で!?
だとしたら高速――――いや、神速の突きだ。眼で追えないどころの話じゃない。瞬間移動に等しい速さだ。そんな速さの突きをどうやって防げばいい。
レシリアは一瞬にして起きた事に反応出来ないのか、壁に激突したティアルスの隣で硬直してしまっている。だから次の攻撃が来る直前に手を引っ張って回避させた。
「しっかりしろ! 走れ!!」
「う、うん!!」
せめてレシリアだけでも。その考えはすぐに打ち消されてしまう。
背後を見るとさっきの男が走って来るのが見えて、振り下ろされた刃を危機一髪で受け止めた。その音にレシリアは振り向く。
「逃がさないッスよ。君達はここで死ぬ運命なんスから」
「……さっきの血を捧げるって話、どういう事だ」
「さぁ。それはオイラを殺してから確かめるッスね!!」
「っ!」
ティアルスの質問は直ぐに“時間稼ぎ”と見抜かれ、受け止めていた細剣は激しくしなってはその反動でティアルスの刀を弾く。そしてまだ殺す気はないって意味なのだろうか、神速の連続突きで浅くながらも体が貫かれる。
少しだけ距離が空いたと思うと隣から轟音が聞こえ。
「なっ――――!?」
たった一振りで壁が撃ち抜かれ、3人がその部屋へ飛ばされてしまっていた。これじゃあ男を挟んでいるから加勢に行きたくても行けない。それどころか行ける余裕すらもない。
するとそんな中でもラインハルトが言う。
「コイツは俺達に任せて、ティアルスはそいつを頼む!!」
「そいつって――――」
「おやおや、舐められたもんッスねぇ。たかが子供2人オイラを止められる訳ないのにねぇ!」
男は屈んで全力疾走の態勢を取ると、細剣を真っ直ぐに構えて腕を引く。
だからいつ突進して来ても言い様に刀を構えた。あの速度で突進してくるとしたら、奴の目線や剣先の方向でどこを攻撃するのかを見抜かなきゃいけない。あんな速度の中で攻撃を見抜くなんてティアルスじゃ絶対にできないから。
どこに攻撃されるか。
どこに、攻撃―――――。
――まさか!?
目線や剣先の方向を地道に計算して理解する。あいつはティアルスを狙ってはいない。となったらどこに攻撃するかって話だけど、それはたった1つ。
叫ぼうと振り返った時には既に奴はティアルスを通り越していて。
速すぎる故に声すらも置いて行ったのか、男の声は真横にいる最中にも聞こえた。
「――君は弱過ぎるんだよ」
「――ッ!?」
大量の風を生み出しながらも駆け抜けた先にいたのは、ティアルスの言う通り走っていたレシリアで。その背中を突き刺そうと男は細剣を突き出す。
レシリアは既に振り向いて男を視界に入れてはいるけど、あんな速度の中で攻撃を弾けるだなんて到底思えない。だから胸を刺されて思いっきり背後の壁に叩きつけられ、そして強固なはずの壁を通り抜け、さらにその奥の壁にまで激突した。
「レシリア―――――ッ!!!」
その時、ティアルスの叫びが屋敷中に響き渡る。
全てが刹那の内に起った。あまりにも速すぎて時間が消飛んだんじゃないかって思えるくらい速く。
助けなきゃ。そう思って走り始めるも男は剣を引き抜いて逆手持ちにし、その剣先とレシリアの心臓部分を合わせる。既に血に染まった刃はギラリと不気味に光り、レシリアは刃に映る自分の顔を見つめた。
――駄目だ、届かない。数秒もあれば辿り着くのに届かない……!
助けに行くのならティアルスも一瞬で辿り着かなきゃ駄目だ。
だけどティアルスにはそこまでの脚力はなく、全身強化を使うにも脚力が上がるまで時間が掛かってしまう。
【■■―■―――■■】
なら足にだけ全ての意識を集中させればいい話じゃないか。
全ての意識を体から逸らして足にだけ集中させる。即行で足にマナを大量に集め、屈むのと同時に爆発させた。すると物凄い推進力が生まれて先行の様に駆け抜ける。一瞬のうちに奴の元へ行ける程の速度で。
「おっ」
一瞬で奴の背後を取ると、ティアルスは両手で握り締めた刀を思いっきり叩きつけようと振り下ろした。神速とまではいかずとも高速で振り下ろした刃は確実に相手に当たって―――――。
直後、大量の火花が散った。




