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彼岸に咲く願いの華  作者: 大根沢庵
第二章 存在と証明
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第二章8  『誇り』

「っていう訳で、ティアルスがあり得ないくらいの憎悪を感じ取りました」


『あり得ないくらいの憎悪、ねぇ』


 夜。

 離れた所でも会話が出来る《対話鏡》なる鏡を使い、クロエはイルシアに向かって事の顛末を話していた。あの後は特に何も感じる事は無く、周囲を警戒しながらも見回りをしていればとっくに夜になっていた。今いるのは武家屋敷ではないけどシファーの保有する建物で、一時的にこっちへ来るよう指示されたのだ。


『ティア。どんな感じだった?』


「ええと……禍々しくて、モヤモヤして、凄く心が痛む感じで……」


『その感じだと殺意系だな。きっと相手は凄い殺意を抱いてくれるんだろう』


『世の中恐ろしいわね』


 すると対話鏡の向こうでロストルクとエスタリテが話し合う。凄い殺意を抱いてるって、一体何がどうなったらそんな殺意を抱くのだろう。っていうか何で言葉だけで伝わるんだ……。

 イルシアは2人を押し出して対話鏡に顔を近づけると言った。


『それで、何か余計な事はしてないよね!?』


「余計な事って……。何も起こってないよ。ただ今の俺達じゃ太刀打ち出来ないから止めようって思っただけ」


「太刀打ちできないって、そんなに凄かったのか?」


「ああ。物凄い憎悪だった。正直、レシリアが呼び戻してくれなきゃ腰が抜けてたかもしれない」


 その言葉にレシリアは驚く。

 確かにあの時、ティアルスは言葉じゃ表せない程の超巨大な憎悪を見た。だからきっとレシリアが声をかけてくれなきゃ腰を抜かしてたと思う。


「あれは俺達の力だけじゃ絶対に勝てない。だから今は戦うべきじゃないって思ったんだ」


「それ程なまでの憎悪か……」


 絶対に勝てない。それだけはハッキリと分かった。

 だからと言ってずっと見逃す事は出来ない。あんな憎悪を持った人がこの街にいるのならどの道どうにかしなければいけない訳だし。でも、大人組が動けない今じゃどうしようも……。そんなループで思考が埋まっていく。

 イルシアは思い詰めた顔で察したのだろうか。励ましの言葉をかけてくれる。


『でも、それが分かっただけでも十分ありがたいよ。ありがとう、ティア』


「……そっか」


 けど、そう言われてもティアルスの中の迷いが消えた訳じゃない。

 だってあの時、憎悪が見えた方角からあの双子が走って来て――――。流石に気にし過ぎなのは分かってる。もしかしたらああいう幼女が好きなのかも知れない。だけど、どうしても嫌な方向への思考は止まらない。


 ――もし私達が悪い人になっちゃったら、私をやっつけに来る?


 ――何であんな事を言ったんだ。


 最後にリサが見せた瞳の『色』。あれも十分に引っ掛かっていた。

 これを言うべきなのかを未だに悩んでいる。だけどあんな小さな子供達があれ程なまでの憎悪を抱くだなんて考えられない。あんな純粋無垢な子供達が。

 でも、記憶が流れて――――。

 頬を強く叩いて思考を無理やり捻じ曲げた。


 息を整えて心を落ち着かせる。そうだ。あの2人がそんな事をするはずがない。今はそう言い聞かせるしかなかった。

 嫌な予感がしても、そんな真実を認めたくないから。

 そんな風に1人悶々として悩み葛藤していると、いつの間にか会話が終わったようで対話鏡は普通の鏡となっていた。


「情報交換はこれくらいだな。さて、これからどうするかだけど……」


「一番いいのはここで寝泊りする事ですかね。下手に外へ出ても危ないでしょうし」


「そーだよ! 危ないのは怖いもん!」


 そして4人でこれからについて話し合うからすかさずティアルスも輪の中に入って会話に参加する。これからどうするかって話題か。


「それにいくら武家屋敷じゃないとはいえここも立派な拠点になる。衛兵とかもいるし、中には戦闘可能なメイドだっている」


「メイドって戦う物だっけ……」


 ここのメイドって戦えるんだ。すれ違うメイドとかは特に武装してなかったけど。

 ラインハルトが腕を組んで言うとみんなは顔を合わせて頷いた。まあ、この街に一番詳しいのは(多分)ラインハルトだし、彼の言う事は十分信頼できる。だから結論は決まったみたいだった。

 すると背後から声をかけられる。


「――お話はよろしいのですか?」


「ひぇッ!?」


 女将っぽいお婆ちゃんに声をかけられると、足跡1つしなかったせいかレシリアがびっくりして飛び跳ねる。なんか猫みたい。

 ラインハルトは振り向いて女将に見るとこう伝えた。


「はい。……あの、今晩はここに泊まりたいんですけど、大丈夫ですか?」


「問題ありません。元よりここは剣士の集い場。存分にお体を休めなさってください」


「……! ありがとうございます!」


 剣士の集い場って事はティアルス達の他にも剣士はいるのだろうか。それはそれで不安だったりするけど、まあ、こんな厳重態勢の中で暴れ出すような人はいないだろう。

 余程狂った剣士じゃなければ。

 ――そう。余程狂った剣士じゃなければ、だ。


 話がつくと女将は早速部屋へ案内してくれて、見た目よりも案外大きな屋敷を歩き回る。言われてから注目してみると確かにナイフを携えたメイドも数人は垣間見えた。

 そしてティアルス達の他にも何人かの剣士が廊下を行き来している。武装をしていない辺り、ここは安全なのだろうか。


「あの、さっき言ってた剣士の集い場ってどういう意味何ですか」


「…………!」


 ティアルスの質問にみんなが小さく反応する。

 何も疑ってる訳じゃない。ただ今はどういう態勢で剣士を受け入れているのかを知りたいだけ。すると女将は優しい顔で答えてくれた。


「近頃、朝霧の森へ集う剣士様が多くなられています。ですがその中には敵対心を持った剣士も多く、敵意がない剣士様は行き場をなくしていました。ですから、私達はこの屋敷に異変へ参加する気のない剣士様を受け入れているのです」


「……そうですか。何か、疑うような事言ってすいません」


 すると女将は何も言わずに小さく微笑んだ。歳もとってもう戦えないのに、凄い心が強い人なんだって、本当にそう思える。

 ならここは本当に安全な所なのか。そんな事、魔眼を使わなくても声や眼だけで理解できる。この女将は優しい人だって心から思えたから。

 でも女将の話は続く。


「ですが、私達の使命はもっと別にあります」


「別?」


「――次の世代に意志を託す事です」


「…………!」


 次の世代に意志を託す。その言葉を聞いてティアルスは無意識にでも反応した。

 女将はそのまま歩きながらも、その小さい背中で背負っている物を話し始める。


「私達はもう戦えない。だからこそ、私達の技や意志を次の世代へ繋ぎ、託すのです。決して途切れさせてはならない。私達や現代まで伝わる流派や技術は、そうして受け継がれて来たのですから」


 目の前の小さなお婆さんも以前は戦っていたのだろう。だからこそ自分の意志や技を託そうとしている。そう考えると自分が悩んでいた物がいかに小さい物だったのかを思い知らされる。

 女将だってきっと悩んでる事もあるはずだ。

 なのに確証もない不安に取りつかれて悩み葛藤してただなんて。


「私や他の皆さんの想いは決して弱い物ではありません。だから、誇りを持って、自信を持って、語り継ぐ事が出来ます。かの大英雄の様に」


「大、英雄……」


「ですから皆さんもどうか、今の自分に誇りを持ってください。今の皆さんを生かしているのは過去に行った自分がいたからなのですから。例えそれが罪や過ちばかりでも、生きて、生きて、生き抜いて下さい」


 女将から語られた重く優しく、そして切ない言葉。それを受けてティアルスは自然と胸の前で拳を握った。

 “例えそれが罪や過ちばかりでも”。ティアルスには過去なんてない。今の自分を作ってくれた過去の自分なんて。だけどその言葉は覚悟を抱かせてくれる。


「この残酷な世界で輝ける希望となれるのは、どんな時も笑える人なのですから」


「どんな時でも笑える……」


 その言葉を最後に女将は口を閉じた。

 きっと、大英雄もそうだったのだろう。残酷な世界でも笑ってられるような、そんな強い人だったのだろう。イルシアが憧れる気も分かる。

 するともう部屋に着いたみたいで、女将は戸を開けると部屋の中へ案内してくれた。



 ―――――――



「お婆ちゃんが言ってた事、どう思う?」


「かっこいいって俺は思った。心の底からああいえる人はそうそういないからな」


 あれから食事を済ませて風呂も入り、さぁみんなで寝ようという所でレシリアは問いかけた。その質問にアルスタは真剣に答える。クロエもラインハルトも同時に頷いて肯定し、最後にティアルスも少し遅れて顔を縦に振った。


「あの人の言ってた事は凄く心に来た。きっと、辛い事があったんだろうな」


「次の世代に意志を託す、か。その次の世代ってのが俺達な訳で、俺達はおばさん達の意志を継いで更に未来へと繋ぐ……。渋いな」


 ティアルスとラインハルトが呟いた。

 女将から聞いた言葉を想像してつい声をこぼす。そうして今まで技や技術は受け継がれて来た。そして今度はティアルス達が次の世代へ繋げる番なのだとしたら……。本当に渋い。

 そんな妄想を馳せていると、妙な物を感じ取って即座に妄想を停止させる。


「…………」


「どうしたんだ?」


 周囲を見回すけど特に何の変化もない。だけど今、確実に何かを感じ取った。小さすぎてよく分からなかったけど、妙にピリッとするような感覚が。

 急にティアルスの様子が変わるからみんなも不思議そうにこっちを見つめる。


 ――どこからだ……?


 試しに魔眼を開放してみる。もしこれで何かを感じ取れるようなら、それは何かしらの異常事態とか、そういうアレが起ってる事に――――。

 確かに感じ取った。いや、感じ取ってしまったと言った方が心境的には正しいかも知れない。

 咄嗟にその方角を向くとどこから轟音が鳴り響いて。


「ひぇっ!?」


「なんだ!?」


 びっくりして全員で立ち上がる。

 今の音は尋常じゃない。まるで爆発でも起きたかのような轟音だ。けど何でこの屋敷の中で爆発のような轟音が響くのだろう。

 その答えは既に全員が浮かび付いていた。


「まさか襲撃!?」


「そんなのありえない! だってここは敵意のない剣士たちが集まる場所なんだぞ!? それに厳重態勢のここに襲撃を仕掛けれるなんておかしい!!」


「どの道確認しなきゃ埒が明かないんだ。行くぞ!!」


 アルスタの言葉に全員が刀を握り、素早く腰に下げて部屋を出た。ティアルスはそう言うのに慣れてないから少し遅れるけど。

 必死になって屋敷を走り回ると次第に他の剣士も集結していって、ついにティアルス達は轟音を出した正体を視界に入れる事が出来た。

 でも、


「ちーす。剣士はいるかー?」


「剣士じゃなくてもいいっスけどねー」


 重そうな大剣と軽そうな細剣を携えた2人の剣士が、屋敷の壁を撃ち抜いて侵入して来ていた。

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