第二章4 『《慈悲》の悩み』
「疲れた……」
「はい。すっごく」
ティアルスより遥かに強かった3人から全力のしごきを受けた後、ティアルスとクロエに襲いかかって来たのは物凄い疲労感だった。夜食を食べ風呂へ入り、ラインハルトの筋肉自慢に付き合わされ、イルシアから少しだけ型を教えて貰い、伝書鳩が持って来た情報を整理し、それを執事や大人組に伝え、そしてようやく今に至る。
もう動きたくないティアルスは力なく柔らかいベッドへと沈み込む。
「柔らかい……。今はこれだけが唯一の癒しだ……」
思った以上に柔らかいベッドに身を沈めるとひらすらに疲労感を解き放つ。初日でこれだけ疲れるって、連日これを続けたらどうなってしまうのだろう。
しかしまだまだやらなければいけない事は多くある。
その1つを消化すべくリークがコンコンと扉を鳴らした。
「リークだ。入ってもいいかな」
「どうぞー」
ティアルスの代わりにクロエが答えるとリークは私服の状態で入って来た。その後にティアルスを見て察したのか、軽く吹き出しながらも腰をかけて腕を握った。するとリークの手元が光り始めてティアルスの体が優しい光に包まれる。
「初日で結構頑張ったみたいだな」
「ああ。もう一歩も動けそうにない」
「ティア、凄く頑張ってましたもん。そりゃもう凄く」
腕にまかれた包帯を取る姿を眺めつつもクロエがそう言う。
一応出会ってから暇な時間さえあれば治癒魔法をかけて貰ってはいるけど、一向にする気配はない。リークはそれほどなまでに傷が深いって言ってたけど。
少しづつ疲労感が抜けていくのを感じる。これも治癒魔法のおかげだろうか。
だけど次第と睡魔が眠りへと導いていて、ティアルスは為す術もなく目を瞑っては真っ暗闇の世界へと意識を落とした。リークとクロエが何かを喋っているけど何も聞こえない。
今はただ、聞いた事のない誰かが呼びかける声しか聞こえなかった。
―――――――
夜。目覚めた。
夜明けでも深夜でもない微妙な時間帯で起きてしまった事に多少の残念さを感じつつもう一度眠ろうと目を瞑る。
1秒、1秒、1秒……。時間はじれったく流れていく。
だけどいつまで経っても眠れそうには無かった。あれだけ疲れたのに眠くならないとは自分でもびっくりする。
「…………」
いつまで経ってもしょうがないと起き上がった。
こうなったら眠くなるまで起きていようと思い至って部屋を出た。ぐっすり眠っているクロエを起こさない様、慎重に。
廊下は既に静まり返っていて、唯一床を照らしていたのは窓から入って来る月の光だけだった。そんな廊下は妙に不審な雰囲気を醸し出す。普通だったら怖がるのだろうけど特に何も感じないティアルスは歩き始めた。
確か屋敷の真ん中あたりに中庭があったはず。あそこで時間を潰せばいつかは眠くなるだろう。
そう思っていたら、曲がり角から何か大きな人影が現れて。物凄く怖い表情をしたソレは真っ暗な事もあっていつも以上にティアルスをびっくりさせた。
のだけど、
「うわっ!?」
「イヤアアアァァァァァァァッ!!! なに、お化け!!?」
こっちが驚くとそれ以上の声量で裏声になりながら悲鳴を上げた。その声とようやく顔が見えた事で誰なのかを判断出来た。
鉛色の髪の毛をした大男に向かって静かに言う。
「あ、ロストルクさん……」
「何だティアルス君か。お化けじゃなくてよかった……」
割と子供っぽい所に微笑みそうになりつつ、どうしてこんなとこにいるのか気になったから尋ねてみた。でも、その答えはティアルスた全く同じで。
「どうしてこんな所に?」
「寝付けなくてね。部屋にいるのも怖いし中庭へ向かおうと思ったんだ。君は?」
「俺も同じです」
――逆に廊下の方が怖いんじゃないのか。
そう思うも一応黙って納得した。
しかしロストルクの様な最強の剣豪でもお化けに怖がったりもするのか。……または極端に怖がりなだけだろうか。
すると1つ提案をされた。
「そうだ。せっかくなら少し話さないかい? 1人なのも怖いし」
「は、はぁ……」
そう言って2人は中庭へと移動した。けどお話と言われても世間話の様なものはティアルスには出来ない。そもそも世間を知らないって言うのもあるけど、何より慣れない人と話すのは少し苦手だから。あれ、もしかしなくてもティアルスも人見知り……なのか……?
ちょうど中庭に付き、ロストルクはその大柄に似合わない椅子に座ると1人突然問いかけて来た。だからティアルスは素直に答える。
「……君は、どうしてここに来たんだい?」
「えっ? それは異変を解決する為に……」
「じゃあ、その他の理由は?」
「―――――――」
するとロストルクの言葉に何も言えなかったティアルスは黙り込む。
まだ「自分の正体を知る為」とは言えない。だからあえてこういうしかなかった。
「願いを、叶える為に」
それは今のティアルスに出来る精一杯の隠蔽。真剣に質問してくるロストルクに申し訳なく思いつつも彼の言葉を聞き続けた。
「そうか。……そうだよな。よかった」
「……あの、どうしてそんな質問を?」
少し無遠慮だと思ったけど聞かずにはいられなかった。ロストルクの様子からして何かがあるのは確実だろう。でもそれを自分に解決できるのならと思い至ったのだ。
するとロストルクは内に秘めた思いを語り始める。
「実はな、怖いんだ。この異変が」
「えっ?」
「最強と言われてる俺だけど、本当は凄く怖い。いつ死ぬんだって。……ここは敵意のない剣士たちが集う屋敷でもある。でも俺は思っちゃうんだ。ここで願いを叶えてしまいたいと」
「…………」
それは自分も殺し合いに参加したいと言っている様な物だった。だからこそ彼は葛藤を見せる。どうしてそんなに思い詰めているのかなんて分からない。分かる余地もない。でも魔眼がしっかりと教えていた。これは本当の『色』だと。
――だからこそティアルスは何も言えなかった。それは自分も同じだから。
表じゃ異変を解決する為と言っているけど、心のどこかじゃこう望んでいる。本当の自分を知りたいと。つまり、自分も殺し合いに参加したいと言っている様な物で。
彼の葛藤は凄く共感できた。
「みんな同じだ。自身の願いを持ちつつも建前で動いてる。だから俺は怖いんだ。いつかこの願いを叶えようとするんじゃないかって。俺は――――」
「――大丈夫です」
不安に駆られる表情へと変わって行くロストルクに、ティアルスは肩を掴んでそう言った。そう言うしかなかった。
共感できるからこそ教えてあげられる事だってある。
「ロストルクさんがそうしたとしても、俺が絶対に引き留めて見せる。だから大丈夫です。何も心配はいらない」
きっとそうなったロストルクと戦ったとしてもティアルスは5秒と持たないだろう。でも今だけは自信を持ってそう言えた。今の自分ならそうだけど、未来の自分はどうなっているか分からないのだから。
すると彼の表情から不安の色が消え失せる。
「……情けないな」
「えっ?」
「君達の方が怖がっているはずなのに、何を言ってるんだ俺は」
そうは言ってロストルクは立ち上がった。未だ慣れない顔に優しい表情を乗せた彼はこっちを向いて、ティアルスの瞳をじ~っと見つめてから頭を撫でた。子ども扱いされるの何でだろう。クロエの方が小さいのに。
困惑しているティアルスにロストルクは言った。
「ありがとう。楽になったよ」
「……どういたしまして」
まだ彼を知ってる訳じゃないから、これで救われただなんて思っちゃいない。だけど今は彼の役に立てたと思うだけでも嬉しかった。
ロストルクは中庭から出るからティアルスも後を追う。すると別れる前にこんな事を伝えられる。
「……レシリアをよろしく頼む」
「えっ」
「君なら、彼女を救えるはずだ」
今の所“超怖がりだけど最強の剣豪”のイメージであるロストルクはそう言うと、意味深な言葉だけを残して廊下の奥へ歩いて行ってしまった。
レシリアにも何か過去があるのだろうか。
そう思いつつ、脳裏がチクチクとつつかれる感覚に耐え続けた。
―――――――
「せああああぁぁぁぁぁぁッ!!」
「おっ、良い一撃だ!」
翌日。ティアルスは昨日の言葉の意味を考えながらも3人で特訓していた。クロエはとシリアは別の場所で一緒に特訓し、残った3人はひたすら撃ち込みと体の動かし方の学習で猛特訓しているのだ。
渾身の一撃を受けたラインハルトは少しだけ構えた木刀をぶれさせる。
「昨日の今日で随分と出来上がって来たな。もしかして結構才能あるんじゃないか?」
「努力の結果だ。才能とか、興味ないし!!」
「まぁ、あんだけ撃ち込めばそうなるか。っと……!」
2人が教えてくれた様に攻撃する最中でも会話を続けた。
けど、それ以上にティアルスの中では依然あの言葉が渦巻いていた。どうしてロストルクがそんな言葉を残したのかは分からない。だけどレシリアには何か秘密があるんだって事だけはしっかりと理解出来る。
それは一体なんなのだろうか――――。
木刀を振りつつそんな事を考える。
――みんなそうなんだ。みんな、建前で隠してる。
ロストルクに言われてからそんな考えも止まらない。
人は誰しもが願いを持っている。だからこそ願いが叶うという言葉は凄く引き込まれるんだ。だからこそみんな“異変を解決する”っていう建前で本当の願いを隠してる。
だけどそんな考えを抱くのが嫌だったから木刀を撃ち込む事に集中する。
「っ!!」
どんな願いなのだろうか。ティアルスの他にどんな願いを持っているのだろう。どうしてもそう考えてしまって、嫌だと思おうと頭から引き剥す事が出来なかった。
そんな風に1人葛藤していればアルスタに見抜かれてしまって。
「ティアルス。お前、何か悩んでるな?」
「ふぇっ!?」
「分かるぞ。剣先が震えてるんだから」
言われてから剣先を見つめた。そこには自身の迷いを映して微かに震える刃があって、どれだけ震えを抑えようとしても迷いを映した震えは止まらなかった。そんなティアルスにアルスタは優しく接してくれる。
「迷いがあるのなら話してくれ。俺達が何とかしてみせる」
「えっ……」
「困ってる人がいたら助けるのが剣士の役目だからな」
そうして胸にトンッと拳を当ててみせた。
今はアルスタの優しさが嬉しかったけど逆に怖くもあって。迷いを解消したいけど、その為にはみんなが隠してる事を知らなきゃいけない。今はその事が怖かった。
だからティアルスは目を背けながらも言う。
「……大丈夫。全然平気だから」
――だから、ティアルスは目覚めてから初めて罪悪感を感じていた。




