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彼岸に咲く願いの華  作者: 大根沢庵
第一章 零の追憶
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第一章1  『始まりの項』

 ここは街から離れた山の奥。

 今日の修行は日が沈む前までには止めるつもりだったけど、まさか日が沈んでから日没に気づくなんて思いもしなかった。

 最後の修行として全速力で木々を避けつつ山を下る。

 だけど。


「……ん?」


 その最中である物を見付けて咄嗟に立ち止まった。

 何だろう。今、一瞬だけ空に光が見えた気がしたんだけど……。そんな予想は見事に当たった。

 ――落下している。それも人らしき影が。


「なっ、人!?」


 だから全力で地面を蹴った。その場が少し盛り上がるくらいに。

 銀髪の長い髪が乱暴に揺らめいてもお構いなし。今の彼女には落下してくる人を助ける事で必死だった。


「私の脚で間に合うかどうか……っ!」


 更に姿勢を低くする。今の速度じゃギリギリ間に合うか間に合わないかのどっちか。だけど特に抵抗してない辺り魔法が使えない様子。

 あと少し。あと少しであの人に届く。

 最後に両足で地面蹴り飛びながらも叫んだ。


「届け――――ッ!!」


 限界まで伸ばした手は何とか彼に届いた。でもその瞬間に落下の衝撃と木に衝突した衝撃で周囲に土煙が舞う。体は丈夫だから何とかなったけど彼は……。

 そうして咄嗟に確認してからほっとする。

 何とか奇跡的に怪我はないみたいだったから。


 しかし彼の姿に少し疑問を抱いた。

 魔術師でなければ剣士でもなく、普通の衣服を来たただの少年。背中を確認しても翼はないし獣人の耳も無い。本当に何もない一般的な少年だった。

 焦げ茶色の癖がある毛先に中性的な顔立ち。

 見覚えも無い顔だ。


「この子、どこから……?」


 そうして落ちて来た空を見つめる。だけど夜空には輝く星しか見当たらなくて、そこに魔方陣とかの魔術跡は何一つない。

 不審に思いながらももう一度強く抱きかかえる。


 ――何か、起る気がする。


 その時、自分の第六感だけがそう囁いていた。

 でもこの先の事なんて知る由もない。これから先どれだけ壮絶な運命が待ち受けているのかなんて。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 美味しそうな匂いがする。何だろう。

 でも同時に澄んだ綺麗な空気も流れ込んで来る。そんな匂いと空気に釣られてそっと瞼を開けた。そこに映し出されたのは見た事も無い木製の天井。

 起き上がっても何かが分かる事は無い。それどころか何でここにいるのかと不思議に思うばかりだ。自分が寝ていたのは何かの部屋で、開けられた窓からは風が入ってカーテンが軽くはためいている。

 そんな風に周囲を見ていると戸が開かれて。


「あら、起きてたのね」


 すぐに声が聞こえた方角を向いた。

 そこには蒼色の羽織に身を包んだ女性がいて、手元には何かの料理を持っていた。美味しそうな匂いの元はそれだろうか。

 長い銀髪に凛々しい顔立ち。よく分からないけど結構な美人だ。


「あなた空から落ちて来たんだけど、覚えてる?」


「空から……?」


 空から落ちて来た記憶は無い。気が付いたらここで寝ていただけ。

 自分が何をやっていたのか、どこにいたのかさえも分からない。どうしてここにいるのかも。


「分からない」


「そっか。じゃあ自分の職業……っていうか自分が何をやってたか、覚えてる?」


「それも……」


「そっかぁ」


 分からない。本当に何もかもが分からない。

 ありのままを言うと目の前の彼女は少しだけ肩を落として残念そうな顔をする。でもすぐに立ち直っては顔を振って手持ちの料理を押し付けた。


「……とりあえず食べる?」




「なるほど。自分が何者なのか、どこにいたのか、あまつさえ名前も分からないと。それは大変な事になったね……」


「信じるのか?」


「もちろん」


 食事中に自分の事を全て話すと、彼女は嘘だと思いもせずにそのまま受け入れてくれた。でも自分自身で話しておきながら納得してくれた事に首をひねる。

 すると彼女は自信満々でこう答えた。


「嘘を付いてる人の眼くらい簡単に見分けられるからね。あなたは今本当に困った眼をしてる。だから今の話を信じた」


「凄いな。眼だけで嘘か本当かを判断できるなんて」


 そう言うと彼女は嬉しそうにえへへ~と口元を緩ませる。見た目の割に中身は緩いのだろうか。

 だけどすぐに表情を戻すとじ~っとこっちを見つめた。いきなりそんな事をされるからついびっくりする。

 彼女はしばらく見つめた後に疑い深く言う。


「……あなた、慌てないのね。自分が何者なのかも分からないのに。普通なら「僕は誰だ!?」って慌てふためいてもおかしくないぞ?」


「そう言えば……」


「まっ、どんな時でも慌てないのはいい事だけどね」


 言われてから初めて気づいた。

 思えば自分が何者なのかもわからないのに慌てないのは普通じゃない。知識がある訳でもないけど、何となくそう悟れた。

 でもそれを知ったからって特に焦りといった感情が出て来る訳でもなく。


「じゃあ仮名を決めましょ」


「仮名?」


「そう。だってずっと「あなた」って呼ぶのも何かおかしいし」


 目まぐるしく話がどんどん進む。良い事だと思うのだけど、話をする側としてはやっぱりこれでいいのかと首をひねってしまう。

 そんな迷いなんか気にも留めず彼女はう~んと考え始めた。

 ……だけど出て来るのはヘンテコな名前ばかりで。


「ローラー」


「やだ」


「イヤンクルガ」


「却下」


「ドランポス」


「駄目」


 その時脳裏で悟った。彼女に任せたままだとロクな名前を付けられないと。

 だから自分で必死に考える。でも、何も覚えてない自分が自分に名前を付けられる訳もなく……。


 【■■―■―――■■――】


「――ティアルス」


「ティアルス?」


 突然そんな言葉が流れ込んで来た。

 何故だかわからない。意味も分からない。だけど確かに流れ込んで来たのだ。

 すると彼女は指先を顎に当てて深く考え始める。


「ティアルス……。確か昔の英雄譚のタイトルだったわね。何でその名前を?」


「分からない。ただ頭に流れ込んで来たんだ」


「頭に流れ込んで来た、ねぇ」


 その言葉に彼女は頬杖をつく。こればかりは信じ難い話なのだろう。

 っていうかティアルスって英雄譚のタイトルだったのか……。

 とりあえずは仮名でも名前が決まった事に彼女は嬉しがっていた。


「じゃ、名前はティアルスで決まりね。本当は女の子の名前だけど……あなたは中性っぽいから大丈夫でしょ」


「んな適当な……」


「よろしくね、ティアルス」


 そうして彼女は手を差し出して来るから少し迷いつつも握る。だから彼女は嬉しそうに笑って握り返した。

 その笑顔からは敵意と言ったものは一切ない。だから心を許す事が出来た。

 すると彼女はようやく自分の名前を名乗る。


「そういえば名乗り忘れてたわね……。私の名前はイルシア・エンターライズ。普通にイルシアって呼んでくれればいいよ」


「分かった。イルシア」


 名前を呼んだだけでもイルシアは嬉しそうに笑う。

 だからこっち――――ティアルスも同じ笑顔でもう一度答えた。

 でもそれだけで話が終わる訳じゃない。まだ確認しなきゃいけない疑問や問題が山積みなのだから。


「……それで、ティアルスはどこから来たかも分からないのよね」


「う、うん」


「じゃあ確認しに行こうか」


「確認って……?」


 そう言うなりどこかへ行く仕草をするイルシアに尋ねた。

 確認しに行くっていってもどこへ行く気だろう。そんな疑問は「当たり前でしょ?」という様な顔で放たれた言葉で消え失せた。


「決まってるじゃん。街よ、街」


「えっ!?」


「もしかしたら何か思い出すかも知れないし、今の段階で何も分からないんじゃ手当たり次第にやってみるしかないでしょう! ほら、行くよ!」


 自信満々で言う。いや、確かにそうかもしれないけど手当たり次第って……。他にも方法があるだろうに。だけどその手しかないと言う様にイルシアはティアルスの手を引っ張った。

 まだ出会って1時間も経ってないのにここまで積極的に接するとは思いもしない。

 というかあまりにも親切だから逆に疑ってしまう。


「だ、大丈夫なのか? 色々と」


「ん~。何かあったら私が守るし、多分大丈夫でしょ」


「適当だな……」


「何とかなるさー!」


 そして彼女の性格も何となく分かって来た。多分、イルシアは細かい事を考えない楽観的な人なのだろう。だからなのか動かす足にも重さと言う物は一切感じない。

 どうやらイルシアの家は山の中にあるみたいで、扉を開けると目の前には沢山の木々が待ち受けていた。ティアルスが風景を見渡すのも待たずに細い道の中へと入って行く。木の葉が太陽の光を遮ってる所から見て夜は結構くらいのだろうか。


「イルシア。俺は、その……迷惑じゃないのか」


「どういう事?」


「だって初めて会ったのに俺は何もしてあげられないし、むしろしてもらってる側で、イルシアには迷惑じゃないかって……」


「…………」


 そう問いかけるとイルシアは駆け足を止めて少し遅くする。

 急にそうするから不安になって顔を覗こうとすると、微笑みを浮かべた顔がすぐにこっちを向いて。


「迷惑なんかじゃないよ。これは、私がしたくてしてあげてる事なんだから」


「……そうか」


「あなたが空から落ちて来た時ね、思ったの。この子は独りにしちゃいけないって。だから私はやりたい事をする。あなたを助けるっていう、やりたい事をね」


 言葉や表情には嘘の色なんて一切なかった。それどころか本当に自分を助けようとしてくれてるって気持ちだけがひたすらに胸を打つ。だからティアルスは信じられた。この人は優しい人だって。

 短い会話を終わらせたと思ったらイルシアはもう一回手を引いて強引にでもティアルスを導いていく。やがて森から抜けて目にした光景に唖然とした。


「ここが街……ナルクの街よ。これで思い出せると嬉しいんだけど……」


 数多く行き交う人の波。活気のある街並み。それらに目を奪われた。

 するとイルシアはティアルスの顔に軽く吹き出しつつもまた手を引いてくれる。


「じゃ、さっそく見て回りますか」

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