第一章16 『協力者』
あれから丸一日中話し合い、最終的にはティアルスの治療を最重要視しつつも情報収集するという方針になった。クロエの自警団に協力を頼んで家の護衛をしてもらい、そしてイルシア一行は異変可決と治療もかねてナルクの街を離れる事となった。ちなみにクロエも心配だからという理由で同行する事に。
一先ずティアルスの傷を治療したいという2人の意見でとある街を目指していた。
「ティア、大丈夫? 傷、痛まない?」
「大丈夫だから少し離れてくれないかな……」
乗合馬車で揺られながらも次の街へ行くのだけど、ティアルスは囚人かと言わんばかりに手が包帯で固定され上手く身動きもとれないでいた。そんな中でイルシアが過保護なまでに心配し寄り添って来る。
クロエも心配はしてくれているけどそこそこの距離を保っていた。
別に嫌な訳じゃない。心配してくれる事自体は嬉しいし。でも、ティアルスは目の前に座っていたもう1人の剣士を見つめる。
「…………」
少し伸びた黒髪に袖の長い服を着た男だ。
幸いと言っていいのか、今は眠っているみたいだけどこんな様子を見られたらそれはそれで恥ずかしい。しかしティアルスは恥ずかしい事よりも彼の武器に注目する。
かなり大きい太刀だ。身の丈以上もある長い太刀を抱えながら男は眠っていた。
「なあ、イルシア。街に着いたとしても当てはあるのか? イルシア? ……寝てるし」
今のうちにと思ってイルシアに尋ねるけど、返事がないから肩を預ける方を見てみる。のだけど、イルシアはいつの間にか眠っていて。……眠る暇、あっただろうか。
反対側を見てみても同じくクロエも眠っていた。
――そっか。2人は俺が休んでる間にせわしなく動き回ってたからな。今くらいは休ませてあげよう。
ティアルスが傷のせいで寝転がってる数日間、2人は自警団に事情を話したり、微かでも情報を集めたり、治療の当てを探したりと動き回っていた。だから今だけは休ませるべきだろう。
しかし数日間ぐっすりと休んでいたせいもあってかティアルスに眠気は微塵も訪れない。
「…………」
けどする事もないから時間が進むのを妙に長く感じてしまう。だから暇つぶしとして馬車に揺られる回数でも数えてようかと脳裏で1、2と数え始めた。
その瞬間に男から声をかけられて。
「――囚人君」
「囚人君!?」
囚人と呼ばれた事に驚きながらも寝ていなかった事にもっと驚愕した。すると男は鋭い眼つきでこっちを見つめ、困惑するティアルスの顔をじ~っと見据える。
そして言った。
今、全員が何よりも警戒している事を。
「君達は朝霧の森へ行く最中だね?」
「ッ!? ――イルシア!!」
「願いの件を知ってる者は全力警戒」という掟を作ったティアルスは反射的にイルシアの名前を叫びながらも馬車から飛び降りる体制を取った。
だけどイルシアは柔らかい声で言う。
「大丈夫。この人は安全だから」
「安全って……!」
「ああ、敵意はないんだ。驚かせてしまってすまない」
すると男は降参のポーズを取るから念入りに魔眼まで使って確認した。あの夜のせいで信用しずらいけど、嘘の『色』が出てない事を確認して何とか納得する。
取り乱した事には黙りながら大人しく座った。
男は馬車を引くお爺さんに軽く謝罪して話を続けた。
「俺は彼女と交流のある者だ。要するに君達の協力者って訳だな」
「協力者?」
「私1人の名前はそこまで広くは伝わってないの。だからこの人の名前を使って上手く寝泊りしようって訳」
「何か考え方が汚いぞ……」
今の状況じゃいいのかも知れないけど考え方そのものは汚いからつい引いてしまう。っていうかイルシアも起きていたのか……。
しかしこの人の名前を使ってって事は結構有名なのだろうか。
「えっと……有名、なのか?」
「それなりにな。序列剣舞際の準優勝者だ」
「……序列剣舞際って何だ?」
「剣士の為にあるお祭り。大体の剣士は剣舞際を目指してるって聞くわ」
「その祭りの準優勝者……」
よくわからないけど何か凄いのだろう。
彼は寝ていた姿勢を変えてきちんと座ると、面と向かって自身の事を喋り出した。これからどうしてくれるのかも。
「リーク・ルファストだ。よろしく」
「よ、よろしく」
「そっちの事情は彼女からの伝書鳩で全て聞いた。実際俺の所にも届いたからな、あの手紙。俺はこれから君達の仲間に加わって出来る限り協力したい。だからこんな状況だが、信じてくれると嬉しい。ちなみに館については既に手引きしてある」
そうして握手を交わした。ここまで言われてちょっと失礼だけど、魔眼で確認する事でようやく安心する事が出来る。でもリークはそんな事気にしないと微笑みを浮かべてくれた。
あらかた交流も終わった所でイルシアは会話に介入して喋り出す。
「それで、私達は次の街……朝霧の森が近くにあるロクスの街に向かってる訳だけど、ここで注意事項が1つ。いや2つ。じゃなくて3つ」
「増えるな……」
するとイルシアは荷物に入っていた地図を広げ、朝霧の森を中心に説明し始めた。馬車を引くお爺さんにはなるべく聞こえないように小声で。
「主に殺し合いをするのは何をしても願いを叶えたい奴らだと思うの。だから例え館や宿に入ったとしても油断は出来ない」
「なるほど。人目があっても殺されるかも知れないって訳か」
「そしてもう1つ。私達は異変を終わらせる為に向かうけど、相手から見たら私達も同じと思うはずよ。だから戦闘になったら殺す事を覚悟しなきゃいけない」
「結構残酷だな」
「最後に。もし相手に敵意がないのならなるべく仲間に引き込みたい。戦力が多いに越した事はないからね」
「つまり戦力拡大もしなきゃいけないって事ですか」
しれっと起きて作戦会議に参加したクロエにイルシアは肯定した。
けどそれもそれで難しい気がする。だってあそこへ集まるのは何をしてでも願いを叶えたい人達ばっかりなのだから、敵意がないなんて事は到底思えない。
でもイルシアは人差し指を立てると言った。
「――そして最後の1つについて、私は少し当てがある」
「えっ?」
もしかしてリーク以外にも知り合いがいるのだろうか。なら戦力拡大も楽になるし、こっちにとっては損もそんなにないはずだ。
と思ったのだけどそうでもないみたい。
「のだけど、みんなにとっては少し関わりずらいというか、何と言うか」
「どういう事だ?」
「腕前は確かなの。でも精神面に少し不安定要素があってね。つまり究極の人見知りな訳。《神速》って言えば分かるかな」
「神速? 《神速》ってあの!?」
イルシアがそう言うと、クロエはすかさず反応して見せた。でも何も知らないティアルスからしてみれば何が凄いのかよく分からない。まあ、リークでも同じ反応だったし。
どういう人なのか説明を求めるとクロエは半ば早口で語り始めた。
クロエって意外と剣士好きだったりするのだろうか……。
「何だそれ?」
「知らないんですか? 世界に名を馳せた剣豪に与えられる称号の事ですよ! 《神速》の他にも《熱血》や《氷結》と色々称号があるんです!!」
「そ、そうなんだ……」
世界に名を馳せたって事はやっぱり凄い人なんだ。そんな人と知り合いって、イルシアは名が知れ渡っていないけど顔は広いのだろうか。イルシアももっと有名になるべきなのに。
「師匠、そんな人と知り合いだったんですか!?」
「ええ。まあ前に一度出会って度々手紙を交わし合うだけだけどね。で、私の予想だとその《神速》も朝霧の森に来ると思うの」
世界に名を馳せても叶えたい願いがあるって、いったいどんな願いなのだろう。
しかし今の言葉で引っ掛かったのだろうか。リークは顎に手を当てると言った。
「……そう言えば、最近《神速》の話題は聞かないな」
「そうなの?」
「ああ。特に大きな話題は聞いていない」
「リークが聞かないって事はなにかあったのかな」
でもイルシアは「ま、今はいっか」と片付けて次の話題へ移行する。
あらかじめ地図に書き込んだ事を今一度読み上げると、人差し指でとある場所をトンと叩いた。しかしそれが今から向かおうとしている街で。
「今分かってる異変と事件だけど、1つは朝霧の森の西にあるナルクの街の近くにある山。で、次は北にあるミストの街。最後に東にあるクロームの街。もし生存者がいるのなら次はここで起きる可能性が大きい」
「ガルバッサの街……。俺達の向かってる街とは言え、いきなり近づいて来た感じはあるな」
「足取りを見ても焦ってる感じがあったみたいですから、一番に辿り着きたいんでしょうね。それ程なまでに願いが叶うって言葉の魔力は大きい……」
「それも願いが叶うのが本当なんだから厄介だよな」
ここでどうにかしなければ更に犠牲者が増えてしまうかも知れない。だけど、解決方法もまだ不明瞭なのだから焦ったって仕方ない。だからティアルスは焦りをぐっと抑え込んだ。
するとイルシアは半ば他力本願な望みを口にした。
「って事で、街についたら最大限警戒する様にね。……館にいる時は安全だと思うけど」
最後に付け足した言葉に若干不安を感じとりながらもティアルスはある事に気が付く。だからそれを確かめるべく問いかけた。
「なあ。最優先は俺の治療って言ってたよな」
「うん」
「でもどこで治療するんだ? そんなに大きな動きは出来ないんじゃ……」
「ああ、それなら彼が治療する。こんな成りだけど回復魔法とか使えるから」
「えっ!?」
そう言ってリークを指さすと、彼は自慢げに腕を組んで胸を張った。ついてっきり「太刀しか使わない系剣士」だと思っていたから凄く驚愕する。ちなみに隣じゃクロエも口元に手を当てて驚愕していた。
するとリークは得意げに話し始める。
「俺は剣士でもあるが魔法使いでもあるんだ。魔法剣士ってヤツだな」
「想像できない……。完全に斬りかかって倒す剣士かと思った……」
「何気に失礼だな」
と、そんな風にやり取りをしていれば街が見えて来た。
外壁に囲まれた町を見付けたクロエは馬車から身を乗り出し、その大きさに思わず歓声をもらす。ティアルスも街を見つめて声をもらした。
【―■■――■――――】
ふと片目をつぶる。
あの街……ガルバッサの街を見た時、脳裏にまた誰かの記憶が流れ込んで来た。今回は今までの様な曖昧な物じゃない。きちんと風景が見える記憶だ。
流れ込んで来た記憶を見てティアルスは確信する。
この街で自分の何かが分かると。
――こんなに記憶を見せつけて、俺に何をしろって言うんだ……?




