第一章15 『手掛かり』
「ん……」
気が付くと、ティアルスは家の天井を見つめていた。
寝転がっているだけなのに体が重い。相当疲労が溜まっているのだろうか。……そう思ったけど、体が重い理由はすぐそこにいた。
腹の方で黒髪の獣人の少女――――クロエが眠っていたのだ。
すやすやと気持ちよさそうに眠っているクロエを見て安堵したのはいいものの、彼女だって傷は浅くない。今だって重症状態のはずだけど……。
少しだけ起き上がるとクロエがぱっちりと目を開いてこっちを見た。
「にゅ……。あっ! よかった、起きたんですね!」
「あ、ああ」
するとクロエはティアルスに飛びついて無事な事を全力で喜んでくれる。まあ、両腕とか両足とか大変な事になってるから無事ではないのだけど。
包帯まみれの腕を持ち上げてクロエの頭を撫でていると、そのうるささに気づいたのかイルシアもやって来た。
「あ、ティア! 起きたのね!!」
「イルシア……」
特に目立った傷も無いイルシアを見ていたら突然走り出して半ばタックルされる。それから体のあちこちを触って傷を確認された。そんな風に焦っている彼女には悪いのだけど、ティアルスは何よりも先に事の顛末を聞いた。
「あの後、どうなったんだ?」
「あの後は……。女の人……アイネスだっけ。その人と他の人を埋葬して、2人を連れて手当したの。それ以降異変はなくて今に至る」
「今日はあれから2日後です。自警団や騎士団の協力もあって異変は無事解決。私達は異変に巻き込まれた被害者として処置を施されました」
「そっか。……聞きたい事があるんだけど、いいか」
アイネスは本当に救われただろうか。心配で仕方ない。
それに意識が途切れる直前に言われた言葉……。「みんなをお願いね」という意味深な言葉がどうしても引っ掛かっていた。でも、ここで言うべきじゃないと判断して別の事に切り替える。
「まず最初に、イルシアとクロエってどういう関係なんだ?」
ティアルスが目覚めてからはイルシアとずっと一緒にいたし、クロエと出会ったのはあの夜が初めてだ。でもイルシアはクロエを知っていた。だからそこが気になった。
するとイルシアは人差し指を顎に当てて少し考える。
「ん~。ざっくり言うと師匠と弟子って感じかな。クロエが捨てられてるのを見付けて私が保護して、剣術のいろはを教えたの。それでクロエは自ら進んで自警団に入った」
「師匠は私で言うところのお母さんです。行き場のない私を拾って育ててくれましたから」
「そっか……」
2人の言葉に胸を痛めながらも呟く。だって、まだ小さいクロエを捨るって、どうして親はそんな事が出来るんだろう。あまりにも可哀想じゃないか。
――けど、そう思う反面、イルシアの行動に一種の憧れの様な物も抱いた。
困ってる人に手を差し伸べる。その光景がティアルスにとっては凄い事だって思えたから。
「なあ。アイネスが最期に言ってた言葉……」
「「この件と“あの人”は繋がってる」だっけ。つまりこの殺し合いとアイネスを従わせてた奴……恐らく《主催者》は繋がってるって事よね」
願いは叶う。この件と“あの人”は繋がってる。これだけじゃまだ分かる事は微かな事だけだ。考えるならもっと情報があった方がいいのだろうけど、今はこれしか手元に情報がない。
でも、その後にティアルスに伝えた言葉が頭から離れなかった。
「この悲しい殺し合いを終わらせて」という切実な言葉――――。
――どこかで、聞いたことがある様な……。
もはやいつも通り確信がなかった。
起きている間じゃ聞いた事が無いのは分かってる。だけど、なんて言えばいいだろうか。“目覚める前から聞いていた”気がする。
今の感覚を引き戻そうとするも、クロエが喋り出した事でその作業は遮られた。
「忘れてた! ここに来たのはもう1つあるんです!!」
「もう1つ?」
「え~っと……」
するとクロエは指先を額に当ててう~んと考え始める。何か伝えたかった事でもあるのだろうか。そうしてしばらくの時間を費やすと手を叩いた。
「この件ですっかり忘れてましたけど、私の元にも来たんです。あの手紙が」
「あの手紙って……願いが叶うってやつ?」
イルシアの質問にクロエは頷く。
殺しに来た男はこう言っていた。「嫌われ者や荒くれ者の剣士に送られる」と。っていう事はクロエも嫌われ者――――いや、この場合ははぐれ者だったのか。
「それから色々調べたら1つの噂がある事を知ったんです」
「その噂って言うのは?」
「朝霧の森へ行けば願いが叶う。その為には生き残れ。……面倒なのが剣士だけじゃなく、一般市民や他の冒険者にも伝わってる事で」
「剣士以外にも伝わってるとなると大変な事になりそうね」
生き残れ。その言葉にまた何かが引っ掛かる。
つまり手紙を送った張本人は“あの人”で、奴はみんなが殺し合うのを望んでいる……? だから嫌われ者や荒くれ者、はぐれ者を中心に手紙を送っているのだろうか。
その事を伝えるとクロエは頷いた。
「って事は手紙を送った犯人が“あの人”で奴は殺し合いを望んでるって事なのか?」
「その線であってるでしょう。そして、何よりも厄介な事があって……」
「それは?」
「願いが叶うって部分の噂が確信になってるんです」
「やっぱりそうくるか……。噂ってのは形が変わって固定観念になるからね。一度固定されれば相応の事がない限り改変はされない……」
「まさにその通りなんです」
つまり願いが叶うって噂だけが確信になってしまっているから、みんな願いを求めて殺し合いをする可能性が高いって事なのだろうか。
今の説明からしてみんなは“あの人”の事を知らないはずだ。なら、今この現状こそが“あの人”狙い通りなのではないか。
「ってなると私達だけじゃどうにも出来ないか。何か良い方法って思い浮かんだりは……」
「すいません……」
「だよね」
この噂が既に広まっているのならイルシア達だけじゃどうしようもない。かと言って殺し合いが起るのを知っておきながら放置するのも夢見が悪いし、可能であるなら止めてあげたい。
今一度凄く危険な事に首を突っ込みそうになってたのに気づいてつい身震いする。
するとクロエは少し遠慮気味に提案して来た。
「けど、良くない方法ならあります。朝霧の森の周囲で包囲網を張って近寄らせない方法が」
「それってつまり立ち入り禁止にするって事よね。明らかに自警団だけじゃ人員が足りないでしょ」
「はい。ですから近衛騎士団とかに応援を要請する事になるんですけど、それはそれでまた一悶着あるので……」
首を突っ込まないでおくけど、きっと仲が悪いのだろう。それか信じてもらえないから喧嘩するかのどっちか。首は突っ込まないでおくけど!
いったいどうすればこの件が無事に終わるのだろう。
そう考えているとイルシアは仕方なしという様に喋りだした。
「やっぱり方法は1つしかないか」
「師匠、それって……」
「私達でこの件――――いや、異変を解決させる」
先が読めていた様子のクロエはがくっと肩を落とす。その隣でイルシアの考えにびっくりしたティアルスは目を丸くした。
するとイルシアは言う。
「だって“あの人”とこの件が繋がってるって知ってる人はそう多くはいないはずよ。だからそれを知ってしまった者としてこの異変を解決させる。見捨てるのも夢見悪いし」
「でもその方法とか分かるのか……?」
「多分、この異変を起こしてる奴の目的は殺し合いをさせる事。となると何か黒魔術的な事をしようとしてもおかしくないわ。だからそうなる前に私達が張本人を叩く!」
「つまり殴り込みに行くって事ですね」
「そう言う事」
クロエが簡潔にまとめるとイルシアは指を鳴らしながらも肯定した。笑顔でそう言ってるのが逆に怖い。しかしもし本当にイルシアの予想通りだとしたら相当マズイ状況なんじゃないか。だって黒魔術自体はよく分からないけど何か凄そうだし。
するとイルシアはまたもや閃いた表情をして言った。
「そうだ。クロエ、あなたの自警団って情報収集とか得意だったわよね」
「え? あ、はい。っていうか私が伝書鳩を携えてるので単身でも出来ますけど……」
「なら話は早い。その伝書鳩を使って不可思議な異変とか人が死んだって情報を集めて欲しいの。その情報がもしかしたら結びつくかも知れない」
「……! そういう事ですね」
イルシアの意図を察したクロエは耳をピクピクさせてポンと手を叩いた。けど話から取り残されたティアルスは何が何だかわからんと顔をしかめる。
そんなティアルスに分かりやすく説明してくれた。
「つまり、今回みたいな異変や事件について朝霧の森を中心として調べて行けば、犯人の狙いや位置が割れるかもって意味なんです!」
「え、どういうことだ?」
「黒魔術は肉体や血を代価にするの。でも殺し合いが起きても死体が回収したり消滅しなかったら黒魔術の線は無くなる。そうなると他の様々な案が浮き彫りになる」
「要するに被害を見て、そこから犯人の狙いを予測するんです。それが出来れば犠牲者は減って行くかもしれない」
「……! そう言う事か!」
ようやく理解する。
確かにそれが出来れば犠牲者は減るかも知れないし、狙いが分かれば条件によっては場所も分かるかも知れない。今の現状じゃいい案だ。
けどティアルスは思った通りの言葉を口に出してしまう。
「でも、危険なのに何でそこまでするんだ……?」
あんな事があって、あんな事が起きて。なのに臆さないどころか更に首を突っ込もうとしているイルシアが心配だった。もしかしたら無理をしてるんじゃないかって。
しかしイルシアは微笑むと言った。
「――英雄になる為に、ね」
「…………」
「あの時、私は英雄にはなれないって言ったけど、やっぱり諦めきれないみたい。それを今回の異変を通して知った。――ティアがあなたが私を助けようとした時に」
あの時は無我夢中で、誰かの記憶が言うまま従っただけに過ぎない。でも、その行動がイルシアに影響を与えたみたいで嬉しかった。
自分の行動じゃなかったとしても。
「例えこの異変を解決しても注目はされないかも知れない。でも、私は私のやりたい事をやれればそれでいいの。これが私の信念で、それが私の、理想の英雄だから」
イルシアはふと自分の英雄像を口にする。
その英雄像は凄く眩い物だと感じた。こんな人こそが英雄になるんじゃないかって思う。だから今一度イルシアの憧憬に憧れる。
けど、少し気になった事があったから尋ねた。
「そう言えば何でいきなり俺の事をティアって?」
「ああ。そっちの方が短いし呼びやすいから」
「女の子みたいですね……」
するとイルシアはにへへ~と笑って見せた。さっきの雰囲気は全く無く。




