第一章13 『誰かの記憶』
「ッ!!!」
腕を斬り落としたティアルスは巨人の頭を足場にして回転し、すかさず2連撃目を加えて刃を首へと叩き込んだ。乱暴な斬り方ながらも首が吹き飛んだ巨人は動きを停止させ――――なかった。
首が吹き飛んでいるはずなのに、巨人は位置が分かるかの様に手を伸ばす。
その手をイルシアが背後から糸を縫う様な動きで斬り落とした。するとティアルスを抱えて魔物が群がろうとしているクロエの下へ飛び去る。
「全く無茶して! クロエがどうなってもいいのかね!!」
「いや、俺はクロエもイルシアも助けようと……」
「ああ。飛び込んで来たのはそういう事だったのね」
そんな風に会話をしていると何かを察したイルシアは納得した。
え、もしかしてティアルスが助けに行かなくても気づいてたのか。って事はある意味ティアルスが邪魔してしまったのか。つまり逆にクロエを危険にしてしまったのか!?
今更逆効果な事をしていた事に驚いているとイルシアはポンポンと頭に手を乗せて言う。
「――いい挑戦だよ!」
「……!」
ティアルスの失敗を挑戦と捉えてくれた事が嬉しくて、急に胸に込み上げた感情を必死に抑える。一歩でも間違えてたらティアルスもクロエも死んでいたかもしれないのに……。
でもイルシアはまたここにいるように伝えた。
「けど、今のクロエを守れるのはティア、あなたしかないの。だから決して離れないで。あいつは私1人で十分だから」
「そんな――――」
「大丈夫。私がいる」
あの時にもかけてくれた言葉をもう一度投げかける。
その言葉の頼もしさに身を任せようと思ったティアルスは、不安は残るけど頷こうとした。しかし頷く途中でその動作を止めた。地鳴りがしたかと思いきや巨人が空高く飛び上がっていて、一直線にこっちへと振って来ていたから。
潰されると察したからクロエを抱えて飛び去ると、直後に地面と衝突した衝撃で地面が盛り上がる。まるで隕石でも振って来たかのような衝撃だ。
「――ティア、大丈夫!?」
「何とかっ! ……クロエも!!」
急いで意識のないクロエを確認して大きな怪我がない事に安堵する。いや、体の3か所を串刺しにされて出血してるのだから大怪我どころの話じゃないのだけど。
……息が浅い。そろそろクロエの体も限界なのだろうか。
目の前に落下して来た巨人はイルシアよりも弱っているティアルスとクロエを見付けると一瞬のうちに距離を詰める。
そのあまりの素早さにティアルスは瞬間移動した様に見えて、突然目の前へ現れた恐怖と驚愕から、足が動かなくなってしまった。やばい、死ぬ。
やがて高速で拳が振り下ろされるけど、ティアルスの脳天に当たる事は無く。
「……全く。久しぶりに本気で攻撃したってのに耐えるなんてね」
「い、イルシ――――」
「ごめんねティア。作戦変更。――2人であいつを討って。こいつは私がどうにかするから」
そう言って巨人の攻撃を弾くと、一回の蹴りだけで巨人を30m以上も蹴り飛ばして見せた。圧倒的な強さを見せるイルシアにびっくりしながらも視線を移動させる。
佇みながらもこっちを見つめる女性――――。あれだけ苦戦した相手に、ティアルスだけで勝てるのだろうか。
「あなたなら出来る! だから――――お願い!!」
するとイルシアは高速で移動し巨人を追い詰めるべく森の奥へ行ってしまった。イルシアがそこまで言うだなんて、あの巨人はそんなに強いって事なのだろうか。それも戦場を移動して戦おうとするくらい。
でもクロエを抱えたままどうやって、と考えていると早速棘の攻撃が飛んで来て。
「っ!」
咄嗟に飛び退いた。
すると相手は対象が弱り切った2人だけになった事に喜んでいるみたいで、少し笑い声を混ぜながらも1人話し始める。
「あなたの仲間も残酷な事をするわね。2人置いてかれるだなんて」
「……イルシアはそんな事をする人じゃない」
「あら、知らないの? 人って裏切る時は結構簡単に裏切るんだから。――まあ、例え嘘だったとしても、あなた達が死ぬ事は変わらないけどねッ!!」
そう言って前へ手を振ると幾つかの棘が出現してこっちへ飛んでくる。
――ティアルスはその光景を、歯を食いしばりながら眺めていた。クロエを強く抱えたまま。諦めるかの様に。
一瞬にして体感時間が延々と引き伸ばされた。
どう避ける。アレを弾くだなんて到底無理な事だ。そんな事をすれば必ずミスをして反撃を食らう。かと言って避けてもすぐ次が飛んでくるから、今度はそれをどうするか。
そんな思考が一瞬で駆け巡った。
だけど、ある人の記憶が流れ込んできて――――。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「勝てない相手にはどうすればいいか?」
「うん」
誰かが誰かにそう問いかけていた。
問いかけた人の師匠みたいな人は顎に手を当てると、指を鳴らして人差し指を立てながら言った。
「そうだなぁ……。一番いいのは逃げる事かな」
「逃げてもいいの?」
「うん。そこで死ぬよりかは逃げた方が楽な事もあるから」
子供がそう問いかけると、師匠は子供には分からなそうな受け答えをする。もちろんそこまで意味を理解出来なかった子供は顔をしかめていたけど。
ふと師匠は言葉を追加する。
「――でも、戦いってのはどうしても逃げちゃダメな時もある」
「うん?」
すると師匠は椅子から立ち上がって子供の両肩を掴んだ。
そしてしゃがんで瞳を合わせると、真剣な眼差しで言う。まるでいくつもの戦線を潜り抜けて来たみたいに。
「絶対に負けられない理由がある時。失っていい訳がない物が賭けられた時。自分の願いや理想を貫き通す時。そして――――――――だ」
最後は強風で草木が音を立てたから上手く聞き取れなかった。
師匠は拳を胸にぶつけて強気な微笑みを浮かべると最後に続ける。
「答えは、全部ここにあるから」
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「――――ッ!!」
誰の記憶かは分からない。だけどその記憶に力を貰った事だけは確かだった。
少し乱暴だけどクロエを離して刀を握る。折れた腕なんて知らない。例え腕が折れていたとしても、今だけは自分の願いを貫き通したかったから。
だから全て弾いた。
舞の様な機敏な動きで上下左右から来る攻撃を全て弾く。
願いを貫く為にも、今だけは死ねないんだ。
「なっ! 攻撃を全部!? そんな馬鹿な……」
驚愕している内にクロエを木の上まで連れて行き、とりあえず魔物からは手の届かない所に置いてからもう一度土を踏む。
大丈夫。今度こそ戦える。
負けられない理由がここにあって、失っていい訳がない物も賭けられて、自分の願いを貫きたいから。
「桜木流……」
そっと流派の名前を呼びながらも飛び出す。
誰かも分からない記憶が戦う為の力を分け与えてくれた。なのに刀の振り方、体の動かし方、力の入れ方でさえも記憶が教えてくれる。
だから前へ振った刀は的確に攻撃を捉えていた。
時々掠めてしまう時もあるけれど、そんな程度で立ち止まっちゃいけない。そもそも体の動かし方を教わっても体自体が付いて行かないのだから少しの被弾くらいは覚悟しなきゃ。
彼女は悔しそうに顔を歪めると攻撃を一段と激しくする。
「こんのッ。死ね!!!」
今度は全方位からの攻撃。
だけどそれらを全て薙ぎ払ってひたすらに前へ前進した。分厚い防御の壁も破り刀を振り下ろした瞬間。
「――――?」
赤く染まった木片を投げて来るから思わず凝視する。だけど直後、木片が火花の様な物を散らすから危険な物だと気づいて防ごうとした。
でも時既に遅く、木片から飛び出した小さな棘がティアルスの体を浅いながらも貫く。
「がハッ!?」
その隙を突かれて腹に思いっきり攻撃を食らった。
棘じゃなかった事が幸いだけど、それでも衝撃は今まで食らった攻撃よりもダントツで痛い。灼熱の炎に焼かれる様な痛みが腹部を襲う中、ティアルスは何の抵抗も出来ずに背後の木にぶつかり、また大ダメージを食らう。
背後の木がギシギシッと音を立てている。木が倒れる程の衝撃なのか。
「急いでたから棘にならなかった……。でもいいわ。それじゃあ動けそうにないだろうし、先にこっちを片付けさせてもら――――あら?」
そう言ってクロエを置いた木の枝を見るけど、そこにクロエの姿が無い事に疑問を抱いた彼女は少しだけ動きを止めた。
今の隙に攻撃を。なんて思ったけど体が動かない。
やがて影の様に背後を取ったクロエは無言で刃を振りかざす。
だけど。
「甘いわ!」
「なっ!?」
素手で刃を弾き、硬直したクロエの首に手を掛けた。
片腕だけで軽々とクロエを持ち上げる彼女は自慢をするかのように言う。
「……地面が飛び出す仕組み、知ってる? ここら一帯には私の血が染みた土で構成されてるの。だから土を踏めばどこにいるのかがすぐに分かる」
「血……? って事は、まさか、吸血鬼……!?」
「正解」
今でずっと謎だった攻撃方法がようやく分かった。
まだ分からない事もあるけど、彼女は自分の血が染みた物なら動かす事が出来るんだ。だから離れていても攻撃する事が出来たし、地面を踏む事で索敵としても機能する……。だからあんな事が起きたのか。
でも吸血鬼が何なのかはまだイマイチよく分からない。
「私は血を自在に動かす事の出来る吸血鬼。だから、生き物に血を入れるだけでそいつは私の僕と化すの」
――あの巨人はそういう事だったのか。
「何であなたの様な人が吸血鬼に……! 例えそう言う種族で生まれたとしても、生きる道ならまだまだあるでしょう!?」
「――仕方ないのよ。あの人の命令は絶対だから。それが初めて目覚めた私に下された使命。この、アイネスっていうにんげ――――吸血鬼の私にね」
ようやく聞けた女性の名前。
女――――アイネスは寂しそうな声でそう言うと、瞳に恐怖の色を纏わせてクロエを見つめた。その瞳に気づいたクロエは言う。
「……あなたは怯えている。その人に。命令を聞く事に。人を殺す事に。なんでそこまで恐怖しながらもその人に尽くすんですか」
「静かにして!! ――私だって、本当は殺したくないんだからッ!!」
「ッ!? がっ……ぁ……ぁああッ」
するとクロエの言葉を拒絶するかのように両手で首を絞めはじめる。
だから起き上がろうと体に力を入れ始めた。けど、全身が痛みに襲われ、震え、恐怖に呑まれ動けなくなる。
今行ったら、次は本当に死ぬんじゃないかって。
――何で動かないんだ。早く動け!!
例え死んでもいいから。そう思っても体が動く事は無かった。ただほんの少し前へ進める程度。こんなんじゃ絶対に助けられる訳がない。
急げ。急げ。そんな言葉と共にパニックに陥る。
――早く行かなきゃ、クロエが……! こんな殺し合いの中でも助けようとしてくれた、あの優しい子が……っ!!
誰も信じられなくなりそうだった中で、クロエとイルシアだけが唯一ティアルスの味方をし、救ってくれた。なのに何も出来ないなんて耐えられない。ましてや助けられないなんて。
全身全霊で動けと体に念ずる。
早くしないとクロエが死んでしまうから。
――助けろ。絶対に……ッ!!
一瞬だけ、全ての思考がその言葉で埋まった。
助けなきゃ。絶対に、命を代価にしてでも。死にたくないから足掻いていたのに本気でそう思えた。
その時には、既に体は動いていて――――。




