第一章11 『異変の首謀者』
「…………?」
ティアルスが逃げてからしばらくの時が過ぎた。イルシアは轟音が聞こえた方角に振り向くと、何か大きな土埃が立っているのを見て無意識に呟く。
「大丈夫だよね、ティアルス……」
少し足止めを食らい過ぎただろうか。辺りには小型の魔物が残した大量の結晶と――――1人の骸しかない。今さっきまでは絶え間なく連続で襲い続けていたというのにいきなり襲撃の波が止まるなんて、少し不自然だ。
少し血に塗れた刀を払って鞘に収めると自分も後を追おうと走り始める。でも、その直後に背後から巨大な影が地中から飛び出して来て。
「もう、また大型のか」
地面から突如出現した魔物はイルシアを見付けるなり咆哮して即行で攻撃してくる。だけどそんな攻撃はいとも簡単に弾いてすかさず反撃する。
胴体から真っ二つに裂かれた魔物は断末魔を上げながら結晶を残した。けどそうなればまた次の大型が出現してイルシアを足止めする。
そんな事を繰り返していたイルシアは次第と苛立ちを覚えて吠えた。
「だぁ~もう! うっさい! 出てくんな!!」
またもや一刀両断。
今度は出て来る前にここを離れようと瞬時に飛んで離脱するけど、まあ、次々と大型のが出現する訳で。ここまで来ると大型の価値が薄れそうだ。
本格的に鬱陶しく思えて来たイルシアは次の瞬間には気合いの掛け声と共に地面を地形ごと切り裂く。
「……とりあえず、地形変動を起こしてる奴を懲らしめなきゃ」
さっきから魔物とは別物の気配がする方角へと足を運ぶ。ちょうど大きな土埃が待っていた所だ。
イルシアは木々の間を素早く駆け抜けながらも、今から向かう所にティアルスがいない事をひたすらに願い続けた。……まあ、その願いが叶わなかった事を、イルシアは知る由もない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
四方八方から殺す気で飛び出して来る棘の数々。それらをティアルスは傷ついた少女を抱えながらも全力で躱していた。
それも自身すら傷つきながら。
足に傷を負いながら避ける事は物凄く辛い。でも何より、あまりにも大変な事がこの身に起きていて。
――前が見えない。ほとんど直感で避けてる。何とか呼吸を整えないと……っ!
強烈な目眩に襲われていた。
少女を抱えている分、避ける動作には大回りな動きを強いられる。だから次第と酸欠で前が見えなくなっていった。今はほんの微かに見える光景と記憶が与えてくれる直感で避けてるだけ。いずれ直撃するだろう。
だからと言って呼吸を整えられる暇もなく。
「右下! 前! 左後ろ!」
少女の掛け声に合わせて何とか攻撃を避ける。その間にも体力と視界は徐々に削られていた。いったいどれだけ続くんだろう。あと何回これを繰り返せれば呼吸が出来る。どうしてもそう考えてしまう。
そして脇腹を貫かれた時、ここが終わりかと思った。
でもそれ以上攻撃をが飛んでくる事はなくて。
咄嗟に距離を取ったティアルスはその場にうずくまりながらも必死に空気をかき集めた。
「はぁ……ッはぁ……!」
「大丈夫ですか!?」
ふと少女を見る。額には少なからず血が流れ、左腕は……多分折れてるだろう。そんな姿でも敵を睨み付ける少女に負けずと食らい付く。
酸欠から抜けてしまえば何とかなるはず。
頭痛や耳鳴りが酷かったとしても。
「大丈夫……。まだ戦える」
離さない様にずっと握っていた刀を両手で握り締める。これだけの事をして見せる敵だ。きっと一瞬でこの山を消したっておかしくは無い。
けど、敵は2人を見つめると言った。
――怯えきった声で。
「あなた達も、私を殺しに来たの?」
「…………」
何でそんな事を言うのか分からなかった。だって、相手は完全にこっちを殺す気で攻撃しに来ていた。なのに殺しに来たのかを問うなんて……。そんな事を問われるだなんて思ってもいなかったからつい聞き返す。
念の為、少女とアイコンタクトを取りつつ。
「どういう事だ」
「私に戦う気なんてないの。ただ平穏に過ごしたいだけ。なのに私を見付ける人は全員殺そうとして来て……。“仕返し”しても次から次へと――――」
「その仕返しが相手を串刺しにする事なんですね」
案外耳ざとい少女が鋭くそう言うと、相手は少しの沈黙の後に頷いた。って事は、来る道中にあった死体は全てあの女性に“仕返し”をされたという事か。
こんな残忍な仕返しなんてされたら、そりゃ殺そうとされるはずだ。
すると少女は驚きの真実を述べる。
「やっと見つけた。貴女が《風穴》の犯人だったんですね」
「か、風穴……?」
「異変解決に送った人達が、胴体に大きな風穴を開けて死んでいた事から付けられた異名です。場所は一定周期で転々と巡り、森や山へ入る人を皆殺しにする……。いわば恐怖の象徴です」
「あの人が《風穴》……」
説明を聞くと背筋が凍りそうになる。さらにソレを“仕返し”と称しているあの女性も。
少女の話を通して分かった。あの女性は危険だと。
だから刀を握って構えると少女は説得を始める。
「今すぐ投降するのなら危害は加えません! その場合は投獄とかあるだろうけど……命の安全だけは保証します!!」
「何か慣れてないか……?」
「はい。私、ルグスト自警団の一員なのでこういうの慣れてるんです」
たった今明かされた衝撃の真実にびっくりしつつも自分なりに納得する。ルグストという名前はよく分からないけど、何かきっと凄い人なのだろう。
この条件なら少し理解し難いとは思うけど彼女にとって損は無いはずだ。ついさっきも死にそうになったばっかりだし投降してくれるのを願いたいけど……。女性は髪を振り乱して左右に振ると否定どころか拒絶した。
「あぁ、駄目。それだけは駄目なの。捕まらずに、静かに、1人で……。私にはそうするしか道が……!」
次第と体を震わせる。その様子を見ただけで何が理由なのかをすぐに感じ取った。彼女を震わせているのは『恐怖』だって。
何でそこまで捕まる事に怖がるのだろう。命の安全は保証されてる訳だし、殺されたくなさそうな彼女にとっては損も無いはず。確かにちょっとその後を想像してしまうものの呑み込めない条件じゃ―――。
その考えは即座に打ち消される。
「従わなきゃ。あの人に、従わなきゃ!!」
「っ!?」
急に両手を地面へ叩きつけた。その瞬間に地面は大量の細かい棘へと姿を変えて高速の波となりこっちへ向かって来る。
その光景に動揺したティアルスは少女に上空へ連れて行かれた。
あんなの防ぎようがない。咄嗟の判断で少女が上空へ退避しなかったら絶対に死んでいたはずだ。
「え……!?」
「どうやら交渉決裂みたいですね……」
攻撃して来た彼女に舌打ちする少女は悔しそうな表情で言う。
何とか着地しても行動は同じだった。もう一度棘の間から攻撃してくるから、今度は一緒に木々の上に避難する。
「どうするか……。ここにいても攻撃してこない限り、近寄らなければ攻撃はしないはずだけど」
「だからと言って見逃す訳にもいきません。どうにか彼女をここでどうにかしなければ」
そう言う少女にティアルスは奥歯を噛みしめた。
ここでいうどうにかしなければいけないって言うのが――――。でも、殺された人達の事を考えて思考を変えた。
殺される恐怖と言うのは十分にわかる。
でも、その行為は恐怖の象徴とされている訳で、善意を持って解決しに行った人達は全員死んでしまって。そう思うと怒りが湧き上がる。
「やるしかないか」
「私が攻撃します。ですからあなたが――――」
「それは俺の役目だ。この場合は速度が速い方が有利だろうし」
飛び込もうとする彼女の腕を掴んで制止させた。今の彼女は左腕が折れ額を怪我している状態だ。なのにそんな少女を囮になんかさせるもんか。
でも、ティアルスが囮をすると言ってもそれはそれで無理な話。
「でも足が……」
「ああ。まだ戦う為の必要最低限の準備しか出来てない。だけど、多分大丈夫だから」
さっきの攻撃で足首を攻撃され上手く力が入らない。さらには必要最低限の準備しかしてないから戦いからもまだ分からない。追加で記憶が手伝ってくれなきゃまともに刀も振れない。
ないない尽くしの現状だけど、今勝つためならこれが最善だと思った。
だからティアルスは姿勢を低くして飛び出す体制を作る。
「気を付けて」
「分かってる」
少女からそう言われるのを最後に飛び出した。あの時の様に足に力を溜めこんで、一気に解き放つ事で飛び上がれば――――!
ティアルスの予想通り空高く飛び上がる。
彼女の首へ攻撃できるように。
――最初の一撃で分かった。あんたは攻撃される時、咄嗟に防御に入る。ならその隙を突くだけ!
イルシアが言ってた。攻撃された時に咄嗟に防御態勢に入る人は云々かんぬんって。喋っている時にも理解できた。彼女は必ず防御に入る性格だ。
すると予想通り刀を弾いた手を前に掲げて防御態勢に入る。
だから刀の持ち方を変えて、あえて攻撃せずに通り過ぎた。そして防御態勢から動けない内に背後から斬り付ければ。刀は相手の首へと一直線に伸びていく。
でも、
「っ!?」
地中から人型の何かが出て来て攻撃を防がれる。
急に出現した目の前の敵はティアルスを視認するなり腕のような物を振りつけて攻撃した。何より驚くのはその威力で。
咄嗟に左腕で防御した。けど、たった一撃だけで左腕の骨が砕かれる。さらに吹き飛ばされて木に激突して肺の空気は全て外へと逃げ出す。
しかし苦しんでる暇もない。前を向けば物凄い速度で腕を振りかざしながら突進してくるのが見えるから。震える足を必死に動かして真横に飛ぶと、投げ飛ばした体を少女が拾ってまた距離を開けた。
「大丈夫!?」
「だい、じょうぶ……じゃない」
たった一瞬の攻防なのに左腕が折れた。これじゃあまともに刀を振るう事が出来ない。両手で振るえないんじゃ威力は半減するし、弾かれた時の対処もしずらくなってしまう。
たった1回近づいただけでもこの攻撃……。これは今のティアルスじゃ確実に勝てない。直後にそう理解する。
でも逃がしてくれる訳でもなさそうで。
「死んじゃえ……。私の力で、死んじゃえ!!」
そうして巨人の体に手を触れさせると赤い模様を刻んだ。直後、巨人はさっきよりも大きくなった上に咆哮だけで周囲の草木を激しく振動させる。
真っ赤に血走った眼をこっちに向けるとさっきよりも早く走り出した。
だから、ティアルスは少女を突き飛ばして巨人の前に刀を構えた。




