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彼岸に咲く願いの華  作者: 大根沢庵
第三章 描かれる未来
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第三章54 『    』

 果てしなく続く意識の中、イルシアは目覚めた。目の前に広がったのは夕日に照らされた野原。そして地面に転がった骸と突き刺さった無数の武器。

 イルシアが《虚》になった日の光景を見せられてすぐに理解した。これは幻影なんだって。


「なるほど。要するに心を壊そうって訳ね」


 魔術でイルシアの記憶に干渉しこんな光景を見せているんだろう。そしてイルシアの心を跡形もなく粉々に壊し、もう一度《虚》に仕立て上げようって事なはず。

 となるともうそろそろイルシアの心を揺るがす出来事が待ち受けているはずだ。心を打ち壊すのなら、きっと彼が――――。

 でも焦りはなかった。だからこそ自然と言葉が漏れる。


「……戻らなきゃ。みんなのいる所へ」


 みんな戦ってる。イルシアがこうして意識の底まで落とされたという事は、みんなは連れて行かれない様に全力で抗っているはずだ。ならイルシアだって全力で抗わなきゃいけない。

 そう思ったから胸の前で手を握る。真意さえ出せれば術を解除できると思ったから。

 けどビチャッという音で手に何かが付いている事に気づく。


「血……」


 掌にべったりと付いていたのは真っ赤な血だった。それも生暖かい感覚が残り、ついさっき付いた物なのだと自覚させられる。

 所詮幻影が作り出した偽物。そう斬り捨ててもう一度真意を出そうと目を瞑る。

 そんな事、させてくれる訳がなかった。


「いる……し、ぁ……」


 ふと名前を呼ばれる。

 しかもそれが懐かしい声で、数十年ぶりに聞いてもそれが彼の声なのだとすぐに察する事が出来た。けど今ここで目を見開けば奴の術中にはまるはず。だから決して目を開けなかった。

 なのに呼びかけは次第と強くなる。真意を出す集中力を削っては精神を鑢で擦り落としていった。やがて反射的に目を見開いてしまって、目の前に広がった光景に思わず背筋が凍りつく。


「……ひっ!?」


 死体が首だけを動かしてイルシアだけを見つめていた。それも足元で踏んでいた死体さえも、普通だったら骨が折れる角度で。

 くっきりと剥き出す様に見開かれた眼は的確にイルシアだけを捉え、そんな光景が見渡す限り地平線の彼方まで繋がっていく。

 そんな中で足元に転がっていた彼の首さえもこっちを向いていて――――。


「いたい……。いた、ぃ、よ」


「っ……!」


 反射的に耳を塞ぐ。これ以上彼の言葉を聞いていたら気がおかしくなりそうだったから。でも、耳を塞いでも尚彼の……彼らの声は聞こえて来る。まるで自分達を殺したイルシアを責め立てるかのように。


 ――落ち着いて。これは幻影。オルニクスが見せてる幻に過ぎない。心をしっかり保てさえすれば、こんな世界……!!


 半ば拒絶するように刀を引き抜き、真意の光を灯して地面に突き刺そうとした。怖かったから目を瞑りながら。

 でもふと聞こえた言葉に体が硬直してしまう。


「人殺しだ! 人殺しだ!!」


「――――」


 どこからか聞こえた子供の声。その言葉に体が反応してしまって、ピタリと体が動かなくなってしまう。もう一度体を動かそうとした時にはまた同じ言葉が複数の子供からかけられて。


「「ひっとご~ろし! ひっとご~ろし!」」


「っ……!」


 血が出るくらい下唇を噛む。同時に真意の光は弱々しく揺れ始め、純白の桜は枯れたかの様に待ってはすぐに消滅する。

 これは幻影。実際に声をかけられてる訳じゃない。

 そう認識しても心が揺らいでしまって、次第と剣先さえも心を映して微かに震えていく。


 だから拒絶した。


「「ひっとご~ろし! ひっとご~ろ―――――」」


「黙れッッ!!!」


 手拍子を合わせて楽しそうに言う子供たちに向かって刃を振り、圧倒的な威力を持ってして背後の子供達を全員消し去った。でも、そうするとより一層楽しそうに歓声を上げた子供達はさらに声を増していく。あろう事かイルシアの消し去った子供達も復活して混ざっていった。


「殺した! 殺した!! たった今殺した!!!」


「何人その手で同じように殺したの? ねぇねぇ、その時ってどんな感覚だったの??」


「気持ちいい? 感情に任せて人殺しをするのって楽しい?」


「何人斬った? どれだけ血塗れた? ねぇってば!!」


 子供達の問いかけは確実にイルシアの心を磨り減らす。的確にイルシアの過去を思い出させてはその時の光景を鮮明に伝え、今一度どれだけ血塗れていたのかを自覚させられる。

 どれだけの人を殺したのか。どれだけの罪を背負ったのか。


「人殺しなんでしょ? そんな手で英雄になれるの? 何万人もの命を奪ったその手で、人の命を救えると思ってるの?」


「背負った罪が赦されるとか思ってる? 一生かけたって償えない罪を、英雄になろうとするだけで償えるだんんて思ってる?」


「ううん、出来ないねっ。出来るはずがないよねっ。だってそのあなたは人殺しをしても何も感じない、感情を外見だけに飾った――――《虚》なんだから!!」


 その言葉がついに心の奥底に突き刺さる。

 ……否定できなかった。人を殺しても何も感じなくて、多くの感情に触れながら生きても何も感じなくて、だから外側だけでも見繕った。

 でも認めたくなかったから拒絶する。


「違う……。違う違う違う!!!」


 そうして乱暴に刀を振り回しては周囲の子供達を殺していく。感情に身を委ねて命を奪い、周囲の地面をその血で濡らした。

 やがて目の前に立っていた子供でさえも胴体を突き刺し殺す。すると急に静かになり、何が起こったのかと気になってふと前を見た。


 瞬間、心が砕ける。


「ぇ――――」


 目の前にティアルスが立っていた。それも口から血を流し、イルシアの刀が深く突き刺さった状態で。何で彼が。そんな疑問よりも先にこの手で刺してしまった事に酷く動揺してしまう。


「てぃ……ぁ、違っ……」


 脳裏であの時の光景が再生される。イルシアが初めて人を殺してしまったと実感した、大切な人を殺した時の光景が。

 倒れて来るティアルスの体を受け止めるけどその身体からは体温を感じて、彼が生きているのだと錯覚させられる。……幻だ。そう分かっていても彼を刺してしまったという事だけはハッキリと認識してしまって。


「違くないよ! 違くないよ!」


「あなたはまたその手で大切な人を殺したの! “またその手で”、護りたいって思った人を殺したの!!」


 するとまた人殺しのコールが鳴り響いた。

 違う。違う。そう否定しても子供達が否定させてくれない。

 これは幻影だ。全てオルニクスが魔術で見せつけている嘘に過ぎない。イルシアが刺したのだってティアルスじゃなくて“ティアルスの形で作られた偽物”なのだから。


「違っ……。私は……」


「「人の命を奪いし虚、何も感じずその手を血塗らす。人の夢を奪いし虚、何も感じず心を血塗らす。人の――――」」


「止めてッ!!!」


 もう一度感情に任せて刃を振るった。

 何度も何度もこの世界を子供達の血で塗らしては本当にこの手さえも血塗れになっていく。柄と皮膚の間から多くの血が零れては地面に血だまりを作り、イルシアは拒絶したくて何度も踏みつぶしては血飛沫を周囲に飛ばした。


「違う。私は虚でも虚飾でもない。私はイルシア。イルシア・エンターライズ。英雄に……憧れた……」


 記憶に霧がかかる。思い返そうとする記憶は全てぼけてしまって、前に大切だと思っていた誰かの記憶さえも思い出せなくなってしまう。行き場を失くしたイルシアを助けてくれた、凄く信頼していたはずの……。


「憧れた……? いつ……?」


 どうして憧れていたんだっけ。何で憧れようと思ったんだっけ。

 この手で数多くの人の命と夢を奪って来ただけの、殺す事でしか生きられなかったイルシアが、どうして英雄に憧れようと思ったのだろう。

 記憶がぼけてしまってよくわからない。そもそもこの記憶って確かな物なのだろうか。


「背負った罪を投げ出しちゃうの? 全部全部投げ出しちゃうの?」


「出来ないよねぇ出来ないねぇ。臆病な自分には出来ないねぇ」


「苦しむくらいならもっと先に進んじゃった方が楽じゃない?」


「もっと、先に……」


 解放されるだろうか。この苦しみから。

 罪に抗う事でずっと苦しみ続けるのなら、ずっと突き進んで苦しみから逃れる様に罪を被った方がいいのだろうか。

 でも、そうなる事が嫌だったから抗っていた気がする。罪に溺れるのが嫌だったから。何かになりたかったから。けれどその何かって何だったっけ……。


「そう。もっと深く。もう誰の手も届かない様な深層に」


「暗く閉ざされた世界に進もう? どんな救いさえも届かない、罪だけが存在する果てしない世界へ」


 ふと目の前に扉が現れた。子供達はその前に立ち、不敵な笑みで微笑んではこっちに向って手を伸ばしている。

 きっとこの手を取ればもう二度と後戻りはできない。

 果てしない深層に誘われて、どんな救いすらも届かない世界へと閉じ込められるだろう。でもこの苦しみから解放されるならそれでもいいかなって思える。


 心のどこかが拒絶している気がした。「駄目だ」って、「行くな」って、そう叫んではイルシアの決断を鈍らせる。

 苦しいのだ。辛いのだ。それに断る理由だってない。既に思い出せなくなってしまった記憶なんて、きっとないのと一緒だから。


「私は……」


 ゆっくりと手を伸ばす。

 ……この光景をイルシアはどこかで見た。的確に思い出す事は出来ないけど、それでもまだ消えていない記憶のどこかでこんな光景を見た気がする。


 ――もう、どうでもいいか。


 疲れた。全てがどうでもよくなるほどに。

 ここまで必死になって走って来たのだ。きっと誰にでも文句は言われないだろう。言われたくない。だからこそ子供達の手を掴もうと手を伸ばした。

 これで解放されるのなら、それでいい。



 でもその時、後ろから誰かがイルシアの手に触れてはゆっくりと戻して行った。


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