第一章10 『助けを呼ぶ声』
「お~らッ!」
「くぅっ!!」
男は一振りする度に大量の土埃を発生させる。
そのせいで少女と男の距離が測れず非常に突っ込みずらい状況が作り出されていた。身軽な動きで牽制していた少女もあまりの威力に対応出来ないのか、次第と動きが遅くなっていく。
――あの子もそんなに長くは持ちそうにない。だが……!
まだ相手の動きを見切れていない今のティアルスじゃ突っ込んだとしても少女を巻き込んでしまう可能性が高い。そうなったらこの作戦が元も子もなくなってしまう。しかし攻撃出来なきゃ……。嫌なループに奥歯を噛みしめる。
「今ですッ!!」
すると少女は必殺の一撃を最小限の動きで受け流し、反動を食らいつつも微かな隙を作り出した。だからすぐに距離を詰める。
けど男は地面を踏んだだけで周囲の土を盛り上がらせて足をもつれさせた。
つまづいて速度が遅くなったと思ったら、既に大剣は目の前にまで迫っていて。
「あめェよ!」
「なっ!?」
何とか防ぐ事には成功するけど少し離れた所まで吹き飛ばされる。
しかもそれだけじゃない。防げたのにも関わらず反動の大きさは尋常じゃなかった。一撃受けただけでも腕が痺れる。刀を握るのがやっとだ。
――まずい。このままじゃあの子が……!
反動を受けて攻勢の勢いが弱まったのか、次第と防戦一方になって行く。さらに運も無く加勢には行かせぬと言うかのように魔物が群がって来る。5、10、15と数は増えていった。
やがて戦っていた2人の間にも魔物が群がって行動に制限が掛かる。
回避するだけでも大きな距離を空けなきゃいけないのに、制限何てかけられたら――――。
「――――ッ!!」
強烈な蹴りを食らって遠くまで吹き飛ばされる。
このままじゃマズイ。そう思って助けに行こうとしても目の前に魔物が立ちはだかって阻止されてしまう。更にはまだ腕の痺れも取れていなくて……。
次第と絶望に埋め尽くされていくのを感じた。
どうする。どうする。そんな考えが頭を埋め尽くす。どうすれば殺す気で襲いかかっている男を止める事が出来るだろうか。この腕が痺れて魔物に囲まれている状態で。
考えてる途中でも魔物は迫って来ているのに。
もう駄目か、なんて思い至った瞬間だった。
土が尖った形状で全ての魔物を突き刺す。傷口から漏れる血飛沫を頬に浴びながらも驚愕してると、周囲に群がっていた魔物は一斉に消滅する。
その異常な光景に大剣を振っていた男も動きを止めた。
「何が起きてんだ……? ま、いいか」
少女も囲まれた魔物が消滅して動きを止めている。やがて驚愕から回復した男が迷わずにもう一度大剣を振り上げた。だから咄嗟に叫ぼうとしたのだけど、ある光景を見て即座に言葉を変更する。
飛びながら接近する魔物が地面に着地した瞬間に深く突き刺されている所が見えたのだ。それが表現する事は――――。
「木の上だ!!」
「っ!」
少女はティアルスの掛け声と共に高く飛び上がって木の枝を掴んだ。その直後に大量の土埃が舞い、男の姿が一瞬で見えなくなってしまう。さっきならすぐに飛び込んだ男は一向に動こうとしない。もしティアルスの予想通りなら。
土埃が消えて姿が見えて来ると、衝撃的な光景が見えて。
「―――――」
「やっぱりか……」
背後から巨大な土が男を串刺しにしていた。
自身の胸から飛び出ていた土を見て目を見開く。
「ぁ……。ん、だ。ぇ……」
引き抜かれると胴体と口から大量の鮮血が溢れ出し、男はそれ以降何も喋る事は無く倒れ込む。指すらも動く事は無く目は見開きで――――死んだ。
近くにあった石をそこらへんに投げつけて何も起こらない事を確認すると少女に言う。
「……もう降りて来ても大丈夫だ」
「う、うん」
少女は戸惑いながらも木の枝から手を離して着地する。
少し怯えながらも近づいて来ると、何でああなったのかを視線で求めるから自分なりの説明を始めた。
「多分、地面への衝撃が鍵だったんだ」
「衝撃……?」
「あの時、地面に少しでも衝撃を与えた奴から串刺しになっていった。つまり少しでも歩いた奴も串刺しにされるんだ。だから地面を裂いた衝撃を感知してあの男を突き刺した……って事だと思う」
地面が棘となって突き刺す条件。それは少しでも地面に衝撃を与える事だ。そうする事で衝撃が与えられたところが棘となって対象を突き刺す。多分、こういう仕組みなはず。
すると少女は不安に駆られた様に体を震わせた。
……当然だ。あんな光景見せられたらこんな反応になってもおかしくない。
ティアルスの場合はどうなるかを分かっていたからある程度は耐えられたけど。
「死んだの……?」
「多分」
ふと、少女はティアルスの袖を掴む。
あれだけ戦えたとしても中身は普通の少女なのだろう。イルシアにされた様に頭を撫でて安心させると場所を移動すべく歩き出す。
「……行こう」
「うん」
「さっき言ってたこれをやってる犯人。場所って分かるか?」
「分からない。最初は見かけたけど、すぐに地形を変えてしまって……」
「そうか」
こんな状況下でも少女がいてくれるから少しばかり心に余裕が出来る。
今の言葉から察するに見つけたから地形変動を起こしたのだろうか。となると相手は余程見つかりたくないのか、もしくは近づいてほしくないのだろう。
すると少女は自分からいくつかの情報を引き出した。
「見た目は普通の女性でした。白い服と同色の長い髪が特徴で、額には印象的な紋様があって……」
「紋様か」
とりあえずは長い白髪と服を着た女の人が犯人なのか。ならどうやって見つけるかって話になるけど、もうさっきみたいに走り回るのは危険すぎる。だからといってずっと立ってるだけなのも魔物に囲まれるから危険だ。
ならどうやって見付ければ……。
――助けて!
「……!」
「今、声が」
助けを呼ぶ声。最初は自分にしか聞こえないのかと思っていたけど、少女の方にも聞こえていたらしい。でも声の方向が分からない限り向かいにはいけない。
と、思ったけど少女の方が聞きとって。
「こっちです!」
「聞き取れるのか?」
「はい、耳が良いので!!」
そうして少女は声の方角へ走り始めた。だからティアルスも後を追って走る。
地形変動の親玉を倒した方がいいと思ったのだけど、でも、助けを求めているのなら助けに行くのが普通で――――。
次第に最初の目的から変わっていってる事に気づいて苦笑いする。
――助けて……!!
「近いです!」
今度はティアルスでもちゃんとした方向が聞き分けられた。
確かに近くなっているようだ。でも、近くなるのと同時に人の死体が見える。――それも1人じゃなくて複数の。っていう事は2人の男以外にもこの山へ入って来たという事なのか。
――あれは!?
しかし、死体にある物を見付けて肝を冷やす。だって、倒れている死体の胴体はくっきりと円形に撃ちぬかれていて――――。
そう確認した瞬間に叫んだ。
「飛べ!!!」
またあの攻撃が飛んでくる。地面に衝撃を与えた瞬間から。
でも少女は飛べてもティアルスにあんな脚力はまだない。だから頑張っても一番細い枝に手が届くかどうか。
ティアルスが飛ばないからその事を察したのか少女は咄嗟に手を伸ばす。
でも、その瞬間には既に地面を踏んでしまっていて。
――来る!
全てがゆっくりと動く中、前方の土が少しずつ盛り上がって行くのをしっかりと確認する。このままじゃティアルスは死ぬだろう。胴体を撃ちぬかれて。でも回避が可能な距離かと言われても答えはいいえだ。
だからいつ敵が出て来ても言い様に握っていた刀を振り抜いた。
「ぐぅッ」
刀の腹で攻撃を受けるけどやっぱり衝撃が凄まじい。圧倒的な威力に耐え切れずまた後方へと吹き飛ばされた。だけど今度はダメージを食らう訳にはいかない。足で着地の衝撃を吸収しつつも勢いを利用して刀を木に深く突き刺す。これで相当な事がない限り地面には落ちないだろう。
「大丈夫ですか!?」
「何とか! 手首を少しやったけど……」
「よかった」
そう言って左手首を何度か振る。
しかし一先ずは串刺しの刑は免れた訳だ。初めての試みだけど、後は木々の上を伝って移動するしか……。息を切らしながらもそう考え続ける。
けどそんな理想すらもへし折られた。
「危ないッ!!」
木に登ったのに的確な攻撃で飛び去る事を強要された。地面から一直線に伸びた棘を回避する為に飛び去るけど、その先に他の木々は無い。
更に少女は地震に襲われてバランスを崩す。
なら残された可能性は1つだけ。
地面に足を付けた瞬間、即座に地面を蹴って移動し始める。
「君は木々の間を移動してくれ!!」
「はっ、はい!」
全速力で駆け抜けながらもそう言う。
衝撃を受けてから攻撃するまで少しでも間があって本当に良かった。刹那の瞬間に攻撃されてたら今頃体中穴だらけだったはずだ。
けどいつまで走ればいいのかも分からない。ほんの少しでも迷えば死ぬ。それが現状。そんな中でも駆け抜けなきゃいけないなんてかなり辛い事だ。
でも、先行していた少女から声を掛けられて思いっきり地面を蹴った。
「飛んで!」
勢いに任せて自分なりに最大限飛ぶと、目の前には1人の女性の姿があって。
白い服と長い髪。見えずらいけど額には何かが書かれている。
その人が犯人だと察し、ティアルスは即座に刀を握って振りかざした。この勢いと距離じゃ着地の頃には相手の首を狙える。
――終わりだ!
あの人さえ倒してしまえば地形変動は起らない。
自分が殺意を向けている事にも気づかずに刀を振り下ろすと、その女性はこっちに気づいて見上げた。顔に映っていたのはハッキリとした――――。
振り下ろした刃は女性の手に触れた瞬間に弾かれる。
「なっ!?」
手で弾かれた事に驚愕して着地すると女性はゆっくりと振り向く。顔に張り付いたのは恐怖と葛藤の『色』。
同じ様にして隣まで飛んで来た少女は刀を構えると、即行女性に向けて走り始める。
でも、女性が地面に手を振れた瞬間に地面が大きく揺れた。
「こっちに……来ないで!!」
女性は甲高い声でそう叫ぶと、2人を潰すべく土の波を出現させた。
その波はあっという間に頭上を覆って―――――。




