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彼岸に咲く願いの華  作者: 大根沢庵
第三章 描かれる未来
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第三章52 『運命の鎖』

 誰の記憶だろうか。

 何だかもう誰かの記憶の世界に入る事になれたらしく、花畑が目の前に広がった瞬間からそう考えた。そして目の前に立っている男は今さっきと全く同じ言葉で問いかけて来て。


「一緒に、来るか?」


「…………」


 でも返答は出来なかった。

 きっとティアルスは現在進行形で文字通り生死の境を彷徨っているのだろう。だからこれはきっと死後の世界への片道切符。

 死んでしまったのかも分からない。断ってしまえば、ティアルスの魂は永久に彷徨うかも知れないから。


 オルニクスに似た姿をした彼はティアルスの返答を待っていた。

 この人は誰だろう。そう考えても答えが出る事は全く無くて、最終的にティアルスは心の底から出た答えをそのまま口に出してみる。


「……遠慮、しておくよ」


「そうか」


 戻ってから護らなきゃいけない人。救わなきゃいけない人。変えなきゃいけない人が沢山いるのだ。それらを投げ捨てるだなんて、ティアルスには到底出来ない。

 だからこそここで付いていく訳にはいかなかった。

 それに約束だってしてしまったし。


「まだやらなきゃいけない事とか、果たさなきゃいけない約束とか、沢山あるから」


「そうか」


 そう言うと男は少しだけ寂しそうな瞳で大空を見つめた。

 一歩踏み出す度に様々な色の花弁が舞う中で、ティアルスは数歩だけ歩み寄るとついに本質的な事を問いかける。


「あの、あなたは……?」


「私? そうだね。……大罪を生まそうとした大悪党、とでもいうべきかな」


「大罪を生まそうとした? ――まさか」


 ふと脳裏でリヒトーの記憶が垣間見える。昔、オルニクスが話していた相手の事を。確かオルニクスが大罪に関わろうとは、死んだ親友から夢を引き継いだからだったっけ。

 ってなると目の前にいる男はその親友……?

 その予想は当たっていたみたいで、彼はオルニクスの事について問いかけて来た。


「オルニクスは元気か?」


「……夢を継いで大悪党になろうとしてる」


「そうか。あいつらしいな」


 自然と怒りの様な感情が込み上げる。だって、言い方は悪いけど、この人さえ大罪の事に関わらなければあんなにも被害者は出なかったはずなのだ。平穏に暮らす事も、嫁の為に頑張る事も、明るく冒険者を営む事も、望んだ魔術師になる事も、娘と一緒に幸せに過ごす事も、全て叶ったかも知れないのに。


「何で。何で大罪なんかに関わろうとしたんだ」


 けれど答えない。

 大罪を生ますなんて豪語する程なんだからそれ相応の覚悟がある事は明確だ。でも、どうしてそんな事になってしまうのだろう。


「何で大罪を生まそうとしたんだ!!」


「…………」


「どれだけ人が死んだか知ってるのか!? どれけの優しい人が犠牲になったか……っ!! 生き残るべき人達が、どれだけ……ッ」


 ティアルスは本来なら生き残るべき優しい人達をこの手にかけてしまった。純粋で綺麗な夢を、この手で打ち壊し奪い去ってしまったのだ。

 彼が関わりさえしなければそうはならなかったはずなのに。ティアルスも生まれないで、誰も死なないで、イルシアが苦しむ事も無く、みんなで楽しく過ごせたはずなのに。

 それなのに彼は言った。


「かの大罪が、どれだけ屍の道を歩いて来たかを知ってるか?」


「屍の道……?」


 聞いただけでも背筋がゾッとする言葉。よく知らないけど、足元が無数の屍で形成された道なのだろう。その道を大罪は歩いて来た……って事なのだろうか。

 彼はそのまま続ける。


「数千年前、正典戦争という古の戦争があった。幾億もの命と血を捧げる事により願いが叶えられる戦争が」


「それって……」


 まるで今と全く一緒じゃないか。規模は格段に違う訳だけど、それでも流れと言うか、筋書き自体は全く一緒だ。

 その続きを淡々と話すのだけど、その話はどこか今現実世界で起っている戦闘とどこか似ていて。


「私はその戦争の中で正典を手にした。……世界よりも大切な人を救いたかった。でも、私よりも強い意志を持った者が目の前に現れ、死闘の末に私は敗北した。彼にも絶対に譲れない信念があったんだ」


 ――イルシアとオルニクスみたいだな。


「それから私は長い時を眠り、数千年の時を得てようやく目覚めた。でもその世界にもう愛する人はいない」


 きっと辛かったはずだ。愛する人を助ける為に戦い、敗れ、そして目覚めた頃にはその人はいなくなっているのだから。でもそれと大罪にどんな関係が……?

 そんな疑問はすぐに解が出される。


「私が寝ている間に世界は七度滅んだ。そしてソレをやってのけた大罪人は《七つの大罪》と呼ばれた。……その中には私を負かした鬼族の少年もいた」


「鬼って事は、暴食の鬼神……?」


「ええ。彼は世界の平和を望んだ結果、世界を上書きして逆に世界を滅ぼしたんだ」


「上書き……」


 確かにその言い方じゃ一度世界を滅ぼしている。戦争で崩壊した世界を平和にする為に、その少年は世界を上書きした。でもそれっていい事じゃないのか。どうして平和な世界になったのにその少年は大罪なんかに認定されたのだろう。


「確かに世界は平和になった。でもその変化は様々な種族を滅ぼした」


「環境の変化によって……って事か?」


「そう言う事。魚を陸に上げれば死ぬ様に、世界が急変したせいで様々な種族が絶滅した。故に彼は世界と、その世界に生きる種族を食らい尽くした暴食――――《暴食の鬼神》と呼ばれる事になったんだ。……そして彼の意志を知っているのは私だけ」


 気が付けば次第と解かれる物語に聞き入っていた。そしてようやく見えて来た質問の答えに唾を飲み込む。

 きっとこれは彼の覚悟なんだろう。運命とかそういう物じゃない。イルシアの様に、自分自身で定めた鉄の鎖。それに従って行動しているんだ。……いや、行動“していた”の方が正しいかも知れない。


「じゃあ、もしまた世界の終焉が訪れているとしたら。それが数年後に起るとしたら?」


「それは……」


「彼の守ろうとした世界を守る。それこそが私に残された唯一の悲願なんだ。でも終焉の力に対抗できるのは終焉の力だけ。だからこそ私は願いの華で大罪を生まそうとした」


「…………」


 やっと聞けた答え。それを聞いてティアルスは戦慄する。

 彼らの事はただの悪だと思っていた。善意も何もない悪党だとばかり。でも違ったんだ。彼らだって彼らなりの正義の中で生きてる。リヒトーを利用してるんじゃなくて、リヒトーが協力したいくらいの正義を持ってるんだ。

 でも、それでも言いたい事があった。


「じゃあ何で自分で大罪にならないんだ。どうして他の関係ない人を巻き込むんだ!! どうして……」


 願いが叶うのなら。世界を上書き出来るのなら自分でなればいい話じゃないか。そうすれば他の人が死ぬ事もなかったのに。

 すると彼は拳を握りしめながらも言った。


「……君の言う通りだ。私自身が成れば君達の悲劇は起らなかった」


「は……!?」


「でも駄目なんだ。無理なんだ。普通に願いの華を使った程度じゃ大罪にはなれない。――真意が発現してこそ大罪は生まれる事が出来る」


「真意が発現してこそって、どういう事だ」


 この異変の核心に接近しているんだろう。彼から放たれる言葉は一つ一つが全て重たかった。果てしなく遠い旅路を歩いて来た想い。その想いを信じる心。それらが言葉を介して伝わって来る。

 どういう事だって質問しておきながらもその意味をすぐに理解した。


「世界に影響を与える。……すなわち世界を揺るがす程の力を秘めたのが真意だ。君も知ってるだろうけど、真意は様々な現象の威力や規模を莫大に上げる事が出来る」


 それはイルシアにも説明された。指先程度しかない微かな火でも、真意を乗せれば途轍もない業火へと成り得ると。そして真意の本当の威力もよく知っていた。

 みんなの真意を乗せて放った天地開闢の一撃。その後にもまだ真意を使えていたって事は、まだ真意を使い果たせていなかったのだろう。文字通り全ての真意を使い切った一撃――――。それを想像するとゾッとする。


「つまり、願いを使った後に大罪人となる者が真意を使った瞬間。それが大罪の生まれる瞬間なんだ。実際、今までの大罪は全員が強大な真意を持っている。そして、私やオルニクスは真意をその身に宿せてはいない」


「……イルシアは大量の罪を背負って、未来を閉ざされて、憧れを折られて、それでも諦めなかった。その最中に数万の人を斬り殺した」


「なるほど。そりゃ、人がいれば彼も欲しがる訳だ」


 イルシアの事を話すと彼もその経緯に納得したみたいだった。悔しいけど、ティアルスも経緯自体には納得した。決して許した訳じゃないけど。

 確かに過去だけを覗けば大罪に成り得る人材だ。でも、そうであってもイルシアは足掻いていた。絶対に罪には染まらないと、例え《虚》であっても英雄だけは絶対に諦めないと。だから結びつく感覚は共に葛藤を連れて来る。どっちも諦められなくて、終わらせるにはどっちかの夢をへし折るしかないから。


「……怒らないのか」


「怒りたいよ。でも、それ以前に今はやらなきゃいけない事がもう一つ出来た」


 迷いは未だに消えない。むしろ増すばかりだ。

 イルシアを助けたい。けど同時にオルニクスも救いたい。ずっと長い間苦しんでいるはずで、その苦しみや辛さから解放してあげたいから。

 オルニクスも彼の守ろうとしたこの世界を守ろうとしてる。その心自体は優しさその物なんだ。ただ、やり方に誰も共感されないだけ。


 ――俺はこの異変を終わらせる為だけに生まれて来た。それが定められた運命なのだとしたら。


 今一度覚悟が決まる。

 “英雄は誰も見捨てないから”。


 ――俺自身の運命も、オルニクスに紡がれた運命も、全部断ち切る……!!


 戻った時にどうなっているかは分からない。もしかしたらティアルスは死んでいるかも知れない。……それでも諦めきれない。

 みんなの死を変える為に。イルシアを助ける為に。そして、オルニクスもリヒトーも助ける為に。


「行くのか?」


「ああ。何か、ありがとう」


 目覚めなきゃ。みんな戦ってる。

 命を賭して、己を賭して、運命に抗うんだ。

 最後にこの世界から出ようとしているティアルスに向かって彼はこういった。


「……オルニクスを、頼む」

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